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逆説にこそ新しい真実が宿る。
逆説を通して新たなる真理の高みに到達する。
そんなバカげたことをロマンチックに信じている僕は、
こんな風に酔っ払ったところでアルコール依存症について書きたくなってしまう。
僕は人に厳しくするのが苦手だ。
だから自分で言うのもナンだけど、
優しく接することが治療的になる患者さんには人気がある。
Nsから「先生の患者さんってホントに先生のこと大好きなのよ。
患者さん同士の嫉妬ってハンパないわよ!」なんて言われるし・・・
厳しく接することが要求される患者さんには人気が・・・あるのかないのかよく分からない。
でも少なくとも言えるのは「苦手!!!」ってことだ。
その代表がアルコール依存症の方だ。
アルコール依存に陥ると、アルコールのために生活にいろんな支障が出てくる。そして・・・
仕事を失い・・・家族を失い・・・家を失い・・・友人を失い・・・健康を失い・・・
そうやっていろんなものを失って・・・どこかで「底つき体験」というのを経験する。
「もうダメだ。どん底まで落ちきった。アルコールをやめなきゃ絶対ダメだ」
切迫したどうしようもない状況に陥って、やっと到達する決意。
そんな決意をする体験が「底つき体験」だ。
底まで到達しないと、依存を治すことは難しいのだと教科書には書いてある。マジですか。
残念なことにマジらしい。
中途半端に断酒してはすぐに再飲酒してしまう患者さん・・・
再飲酒した翌日の朝、泥酔状態の彼の代わりに「体調が悪くて会社休みます」・・・と、
電話を会社にかけて、宴の後しまつから御粥づくりまで甲斐甲斐しく面倒をみる妻。
そういう妻をイネブラーと言う。「(飲酒継続を)可能にする人」っていう意味の英語だ。
彼女のせいで彼は依存症でいる期間を延長させることができてしまっているってワケ。
そして依存症でいる期間が長ければ長いほど、生命予後は短くなってくる。治りづらくなってくる。
だから精神科医としては、少なくとも自分がイネブラーになるのは職業倫理に反することだ。
僕は言う。「あなたが飲んで死のうとも、私は一切、責任は取りませんよ」
僕は説明する。「あなたが止めるというのなら、私はできる限りの力で援助します。
とはいえ、私はあなたの思想を変えることはできません。
あなたが心の奥底でお酒を捨て去っていないのだとしたら、
私はそれを発見することも、矯正することも、できません。
ただ、あなたが自分の意志で、お酒を飲み続け、死んでいくのを見届けるしかないでしょう。」
他にも、ここには書けないようないろんなことを患者さんに告げる。
淡々と告げる。告知する。予言する。
あるいは・・・恐喝する・・・あくまで淡々と真実を告げることで。
そういいながら僕は思う。「頼む!これを底つき体験にしてくれよ!!!」
でも・・・僕の真実の声(あるいは恐喝?)が、
底つき体験として体験されることはあまりない。
心のどこかで冷たくなりきれない自分がいるらしい。
患者さんにはバレるらしい。患者さんは・・・
「何だかんだ言って、あのセンセイは優しいから何とかしてくれるよ」
・・・そう思ってしまうらしい。そして・・・
やっぱりお酒を飲んで・・・仕事を失い・・・家族を失い・・・そうやってコロリと命を失う・・・
自殺じゃないよ。
身体合併症で突然死するんだ。ある日突然、血を吐いたり意識を失ったりしてね・・・
なんだよ!だから僕が言ったとおりじゃないか!
僕があなたを脅したときにあなたは、
あれだけ毒舌を吐いてたじゃないか?
僕の予言を笑い飛ばしてたじゃないか?
あんなに強気で勝気で、僕のことをバカにしてたじゃないか?
何とか言ってみろよ!
僕の予言なんざアッサリ外してみろよ!
なんでわざわざ僕の予言は的中させるんだよ!
こんなこと言われて悔しければ、予言を見事にハズして生き延びて、
僕のことを「予言をはずしたヤブ医者野郎!!」ってバカにしてみろよ!
バカにしろよ!!・・・バカにしれくれよ・・・お願いだから、
僕のことをバカにしてください。頼むよ。バカにしてくれよ。。。
こんなことをブログに書きながら思う。
でもこんなイネブラーでバカな精神科医の懺悔の記事を読んだって、きっと底は尽かないのだろうと。
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