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自転車で小さな旅
旅をコンセプトとするサイクリングガイド

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我が家の習慣で秋になると家の片づけする事になっている。
屋外はブロック塀やラチスフェンスのペンキ塗りや、植栽の剪定など。
室内は扇風機の片づけや衣替えなど、もちろん私のガラクタダンボールの整理もだ。

2階の納戸が私の秘密基地で宝箱と呼ぶダンボールが押し入れ一杯にある。
今回片付けたのは、雑誌関係のダンボール。

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出てきたのは、過去のレースやサイクルイベントのリーフレット。
2001年の第2回サイクルエンデューロ鈴鹿(現在はスズカ8hエンデューロ)、秋開催や春開催の物やサイクルモードなど多数。

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更に古い物は1993年の第10回スズカシマノロードと第8回全日本マウンテンサイクリングin乗鞍。乗鞍はこの年からヘルメット着用となった様に記憶する。

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1993年のスズカシマノロードで想い出深いのは、国際ロードにゲータレードチームのジャンニ・ブーニョ(Gianni Bugno)選手が参加した事。
ショップに配布されるレースレポートやリザルトが掲載されているレースフラッシュ誌が残っていた。

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ジャンニ・ブーニョ選手は1964年生まれのイタリア人。
1990年にジロ・デ・イタリアで優勝。
1991年92年と世界選手権プロロード2連覇のトップ選手だ。
ラルプ・デュエズでも勝ち、ゴールスプリントでも勝てるオールラウンダーがカッコいい。

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参加した国際ロードでは惜しくも、リュック・ルブラン選手に敗れ2位だったけど、試走で一緒になったブーニョ選手を友人のかもめ君は『すれ違う様に、追い抜かれた!』と言っていた。

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92年の世界選手権のマシンかは分からないけど、堺市の自転車博物館に彼のビアンキとサイン入りのマイヨ・アルカンシェルが展示している。
私も好きなデュラ74で組んでいるが1998年に引退するまで、ずっとシマノパーツのマシンだったそうだ。

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私もブーニョの真似をしてビアンキに白バーテープとディアドラのシューズ。

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〜余談〜
鈴鹿サーキットのダンロップコーナーには1987年のコース拡張工事までタイヤの看板があって、ダンロップ・ブリッジとかアーチって呼んでいた。
当時は正周回でS字コーナーを駆け上がったココが周回レースでの補給ポイントだったので、サポートが補給食を手に持っている。

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昔の段ボールを開けて、古い物が出てくると忘れていた事も思い出しちゃう。
上がらない肩や痛む腰の事、坂道の息切れやジャージの食い込むお腹の周りの事も忘れて、まだ走れるんじゃないかな?なんて現実逃避の一時を過ごす楽しみ。

1991年ツールドフランス17ステージ 
ブーニョとインデュラインのラルプデュエズ

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    「すれ違うように追い抜かれた」とは名言のような、迷言のような・・・・。

    [ うみかもめ ]

    2018/10/15(月) 午後 10:13

    返信する
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    > うみかもめさん

    こんな文学的な表現が出来るのはキミしかいないよ。

    [ にも ]

    2018/10/15(月) 午後 11:48

    返信する

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