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自転車で小さな旅
旅をコンセプトとするサイクリングガイド

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4月29日

128年前の1890年9月16日21時頃にそれは起こった。
オスマン帝国(現トルコ)の軍艦エルトゥ―ルル号が樫野崎で遭難し500名以上の犠牲者を出す大惨事となった。
救出したのは樫野崎の漁民で食べ物や着物を与えて生存者69名の看護にもあたった。
後日、オスマン帝国からの治療費支払いの申し入れに『当たり前の事をしただけ』と受け取らなかったそうだ。

それから95年後の1985年。
イラン・イラク戦争でのフセイン大統領の領空制圧に、とり残された200数十名の日本人を臨時便に乗せて国外脱出させてくれたのはトルコ政府だった。
『私たちの祖先を救ってくれた日本人を救えるのは今の私たちだけだ』

その話が『海難1890』(田中光敏監督)として映画になっている。
前日にアマゾンプライムで予習を済ませて南紀の旅に出かけた。
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今日はマ先輩、岡山のイバ先輩との3人旅だ。
和歌山市内から高速で約2時間半の串本市街に車を停めて大島に向かう。
フェリーの連絡船で渡るしかなかった大島がくしもと大橋で繋がったのは1999年の事。

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大島の尾根部を通るコースは標高100mの2つのピークを越える。
約10キロ走って樫野崎灯台に到着。
エルトゥ―ルル号の慰霊碑に真っ先に向かう。
感情移入している私たちは周りの観光客よりテンションが高い。

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樫野崎灯台は1873年に建設された日本最古の石積み灯台。
青い空と海に白い灯台がまぶしい。

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灯台の上からエルトゥ―ルル号の遭難現場となった沖合を眺める。

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海に面しては断崖絶壁だ。海金剛から樫野崎灯台を望む。
景色の良さにマ先輩もイバ先輩もご機嫌だ。

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大島から県道41号線を時計回りで潮岬へ向かう。
潮岬は本州最南端の地で八丈島とほぼ同じ緯度。

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潮岬タワーでのランチはまぐろカツ・トルコ風チキン・熊野牛コロッケの3段重ねの『タワーバーガー』。
本州最南端訪問証明書と潮岬タワーの入場券が付いてくる。
(前からこの証明書が欲しかったんです)

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タワーの上から望楼の芝を見下ろす。
太平洋の水平線が丸く見える。

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本州最南端の碑。
最南端とか最高地点とかもちろん○○一周なんてフレーズに旅心が反応する。

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潮岬灯台。

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穏やかな海の景色にすぐ足を止めてしまう。
おじさんのサイクリングならこんなペースがいい。

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串本に戻って橋杭岩へ。

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JR串本駅前にはエルトゥ―ルル号のモニュメントとトルコ友好の看板。
親日国と言われるトルコ人の殆どが知っていて、日本人の殆どは知らないトルコとの歴史がココにある。

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市街地に停めた車に戻ってゴールとします。
穏やかな気候や適度な距離ももちろんだけど、景色や歴史やロケーションが非常に楽しめたコースでした。

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ルートラボ 38キロ





4月28日

久しぶりの休日でも単身赴任者なら朝から洗濯と掃除。
洗濯機を2度回している間にお風呂やトイレもお掃除するのだ、一度も部屋に人が訪ねて来たことなどないけれど。
洗濯物が乾くまで少しの時間でも走りに行くつもりなので、今日のコースは近くの巨木・神木巡りがいいかな?


和歌山教育大学教育学部付属小中学校の校庭にある黒松の老木は『岡山の根上がり松』。
かつて吹上浜の植樹林だったが、砂丘の砂が減って根が露出したんだそうだ。

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羽柴秀長が和歌山城と名付けるまで、周辺の地名は岡山でした。
三年坂通りにその地名が残ります。
お城の岡口門前にある2本のクスノキも立派ですな。

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加太の『常行寺境内のビャクシン』は樹齢400年。
ビャクシンはイブキの事で海岸近くに分布する針葉樹だが、古木の特徴であるネジレが見れる。

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日中の気温21℃に今年初めての半袖ジャージ。
二の腕の内側に当たる風が気持ちいい。

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もう少し走りたくて県道65号線を岬町方面へ行く。
道の駅とっとパーク小島は関西空港の土砂搬出桟橋を利用した海釣りの施設。

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岬町多奈川谷川の集落で産土神社(うぶすな)に寄り道。
紀州街道から分かれて、大川越えで淡路島に渡る加太への旧道があり、江戸時代初期には谷川藩のあった古い土地だ。

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土地の守護神だけに日露戦争から凱旋のお礼の絵馬も奉納されていた。
瓦の狛犬はかつては谷川瓦の産地でもあった名残だろうか?

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谷川瓦かはわからないが集落には古い和瓦の民家が多く残っている。

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ココで同じ和歌山市内で単身赴任のマ先輩からの着信に気が付いた。
折り返しの電話は『今日、自転車部屋の掃除に来てくれない?』
単身赴任者の休日の基本行動は家事なのだ。

谷川から5.9キロ180mアップの猿坂峠を越えて帰る事にする。
県道751号線の猿坂峠の和歌山市側は市内を一望する景色が広がる。

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ココで汗を拭く為にジャージの後ろポケットに手をやると、巨木・神木巡りのポイントのリストが無い事に気がついた。どこかで落とした様だ・・・
コピーも無いので事務局にもう一度お願いするしかないな。

加太線のピンクのめでたい電車とすれ違って、少しラッキーな気分。

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帰宅後、すぐにマ先輩宅へ掃除の手伝いへ。
8か月前に自転車部屋の引っ越しを手伝ってからずいぶんと散らかっている。
でも、自転車に囲まれていると何か楽しくなってくるんだよな〜。

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ルートラボ 53キロ走行











4月13日

夕方から仕事だが、昼過ぎまで100キロ位走りたい。
そんな時はいつもの紀ノ川沿いに九度山まで走るのが適当でいい。
出来れば『巨木・神木』巡りのポイントも立ち寄りたい。


いつも通る紀ノ川サイクリングロードのムクノキもポイントの一つだ。
日陰のない河川敷に夏場は大きな日陰を作ってくれる。

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紀ノ川市名手市場の光明寺の松
境内に水平に広がる三方に伸びた枝に思わず『ほ〜!』って声が出る。

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十五社(じごせ)の楠樹
笠田小学校の北側のクスノキは近畿最大で、茂った葉が森の様だ。
何より幹周13.4mは圧巻。

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丹生酒殿神社のイチョウ。
25mの樹高に見上げてしまう。新緑も綺麗だったが、秋の金色に色づく風景は見事だ。

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昨年の風景はこんな感じ。

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慈尊院のナギ
ナギ?って知らなかったがマキの種類だそうだ。
高野マキとか巨木になると聞くが、熊野大社にもあるそうだ。

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道の駅 柿の里くどやまで丁度50キロ。
少し町中を流すと丹生川にこいのぼりが泳ぎ始めていた。

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立ち寄りたかった御衣黄桜(ぎょいこう)
ソメイヨシノの後の八重桜と同じ頃に咲く八重咲きの桜だ。
全国に分布しているが、数が少なく珍しい。

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黄緑の花びらの中心が赤くなると散り始めるそうだ。

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折り返しは九度山から標高150m付近を走るフルーツライン。
柿の木の柔らかそうな若葉がまぶしい。
約4キロ程で行き止まり。車が通らないので☆レーパンの選手がもがき練習していた。

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以前から寄り道したかった飯盛鉱山。
1970年に廃鉱となった施設が林道から見えたが、現在は民間企業の敷地になっていて近寄れなかった。

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少しでも走れると気分転換になってご機嫌だ。
でも、この後『日焼けしてません?』って聞かれて、返事に困るんですけどね。

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ルートラボ  102キロ走行




4月8日

学生時代に『リンゴ買ってくる』と買い物に出掛けた先輩がいた。
10日程して青森からリンゴの木箱が届いた。
自転車で青森までリンゴを買いに行っていたのだ。

大みそかの夜にファミレスに行こうと先輩が誘いに来た。
ヒザがポッコンのくたびれたスエットとジャンバーで車に乗ると、そのままびわ湖バレースキー場に連れていかれた。
そんな思い付きで行動できる自由人に憧れる気持ちもあるけど、大人になるとなかなかできない。

マ先輩からメール ✉⇒『サクラ見たい。明日サイクリング行くで。6時半集合』
私 ✉⇒『OKッス』(えらく早い集合時間やな・・・吉野に行くつもりかな?)  

マ先輩んちに行くと、車に乗れと言う。
(やっぱり奈良県の吉野やな。中千本から上千本辺りは良さそうやもんな)
車は大阪に向かう・・・(京都か?)、が京都を通過・・・(どこまで行くんやろ?)
で到着したのは滋賀県長浜市木之本だった。(和歌山市から高速道路で約3時間かかった)

呼び出されたのは5名。
まるでマ先輩はジャイアンで我々はのび太。
もちろん、ドラえもんもしずかちゃんもいない。
到着時の木之本は雨が降り、気温5℃の寒さでサイクリングの気分じゃない。マ先輩『まずは、モーニングじゃい!』でつるやパンさんのサラダパンとサンドウィッチを頂く。

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天候の回復を待って高島市マキノのピックランドからスタート。
メタセコイヤ並木を行く
メタセコイヤってセコイヤに似てるって意味で正式名はアケボノスギ。

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知内川自転車道。
滋賀県北部のサクラは京都より約1週間遅く、今が満開だ。

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琵琶湖畔に出て、サニービーチから海津大崎を望む。
海津大崎は琵琶湖八景の『暁霧・海津大崎の岩礁』と言われる景観地だ。

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元々は湖岸沿いの道路補修作業員の宗戸清七さんが1931年に自費で植えたサクラがきっかけだった海津大崎の桜並木は、海津から大浦まで約8キロ続く。
葛籠尾まで行けば20キロ近い桜並木となる。

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大浦ではその場でついた草餅や焼きそばを地元の人たちが販売していて、中学生が売りに回ってるのでここで食事タイムとする。

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海津に折り返して清水の桜に立ち寄る。樹齢300年以上のアズマヒガンザクラだ。

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今日のコースは35キロ程で、花見サイクリングには適当な距離でした。
海津大崎の桜を見に来る方は、京都の満開の一週間後を目処に来られるといいと思います。

今年は3月初めの南部のウメ、4月初めの桃山のモモ、今日のサクラと春の花を満喫したサイクリングを楽しむ事が出来ました。
のび太君達は滋賀県名物の『近江ちゃんぽん』食べて、3時間かけて和歌山に帰ります。

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急に呼び出されて集まった5人は、まだ思い付きで行動できる自由人なんだな。

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ルートラボ 約36キロ






大阪に出張するとグランフロント大阪に立ち寄る。
年に3回程展示の替わる南館11階のLIXILギャラリーに立ち寄るのが好きだ。

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『ふるさとの駄菓子 -石橋幸作が愛した味とかたち-』が5月まで展示。

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吹き飴、かりんとう、ねじりおこし、かるめら焼・・・江戸時代より日本各地で庶民に愛されてきた郷土駄菓子の数々。
戦後、徐々に数が減少する中で、その姿を後世に残すべく全国行脚した仙台の駄菓子職人石橋幸作さんが約半世紀にわたって諸国の駄菓子を調査研究した素朴で暖かいふるさとの食文化の一端が紹介されている。

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調べた駄菓子のラベルやお店の写真も記録してるんですね。
収集癖のある所は私も同じだな・・・

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私は生活感のあるレトロな景色をを自転車で見て回るのが好きなので、以前から駄菓子屋とかいいなぁと思ってました。
残念ながら最近は見かける事は少ないですけどね。

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コレ何て言いましたっけ?ソースが美味しいタコせん?。

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生活感があると言えば、市場なんてのもいい。
コロッケやあげパンを買い食いするサイクリングなんてのも面白いかも?

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下町っぽい所をウロウロしていて、意外な自転車を見つけた。
『LEVANT(レバン)』はNJS認定のフレームビルダー東川製作所のブランド。
私の記憶では大阪府河内長野市に工場があった。

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ユニカがここまで使い込まれている。
サドルの後のトゥストラップは予備のチューブラータイヤを吊る為の物だ。

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カッコいい集合ステーとコンポのシマノクレーン(CRENE)から1970年代前半の自転車と推測する。
もちろん当時はジュラエースって呼んでた。
5段フリーは当時の鉄板である12−21Tで小さくてカッコイイ。

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グランフロント大阪北館の4階にはシマノスクエアがある。
歴代のジュラエースの展示を見ながら、このパーツに憧れてた頃を思い出したりして・・・

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北館1階のKAPELMUUR(カペルミュール)にも立ち寄る。
おじさんはハデハデウェアよりこんなアダルトなデザインがいいって思う。

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サイクリングに行くなら、ちょっとした拘りの立ち寄り処が欲しい。
国宝、土木遺産、○○百選なんかもいいけど、認定されてなくても懐かしい様な風景を見るとグッとくる。
例えば、麦焼酎のCMみたいな風景に出会いたいと思う。

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