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英語ではHitting The Wall、日本語ではハンガーノック。
運動によって血糖値が下がり、体の運動機能が著しく低下する事。
要は腹へって走れなくなること。
『ハンガーノックにならない為には?』なんて記事はアチコチに有りますし、対応は休憩と補給に決まってます。
なので『どうすれはハンバーノックになるか』の情報を報告します。
【私のハンガーノックのイメージ】
レベル①エネルギーの残量40% (これは普段よくある)
空腹感、しんどいって自覚があり、お昼前の11時頃の感覚。
あと1時間ぐらいは大丈夫。
レベル② エネルギー残量20% (ココで食事すれば回復可能)
空腹感が無くなる。息切れ、鼻水、冷や汗が出る。
やばい気持ちを大量の水でごまかすが、あと30分しか動けない。
レベル③ エネルギー残量10%
空腹感無し、中指や小指の痺れ。立ち眩みや目が回る。頭が上がらない。
思考能力が低下し、運動できないので座り込んで休むしかない。
食事しても2時間くらいはパフォーマンスは回復せずダメージも残る。
レベル①なら普段のサイクリングでも経験する。
前回の日の岬コースで久しぶりにレベル③のハンガーノックになりました。
非常食を持たず、補給ポイントが少ないコースだった事が原因です。
私は普段から休憩をとる事が少く、ランチもお店に入る事は滅多ない走り方にも問題がありますね。
8:30 海南 朝食 食パン 200Kカロリー摂取
10:30 湯浅 40キロ地点
コンビニ おにぎり、アメリカンドック 400Kカロリー摂取
人間は肝臓と筋肉に糖質エネルギーを約1200Kカロリー持っていますので、ココで合計約1800Kカロリー保持していると仮定します。
11:30 紀伊内原 60キロ地点 空腹を自覚 レベル①
ココまでの消費カロリーは約1200Kカロリー。エネルギー残量は40%程度。
12:30 方杭みちしお 70キロ地点 食事の予定が満席で諦める
空腹感が薄れて次のポイントを目指す事しか考えていない。既にレベル②
13:00 産湯海岸 75キロ地点 症状からレベル③を自覚。
ココまでの消費カロリーは約1600Kカロリー。エネルギー残量は10%程度。
この先14:30に三尾で食事を摂るまで約10キロの移動に1時間半を要しました。
普通に走れるのは活動時間3時間、約60キロは走れる
レベル①状態で約1時間 約15キロしか走れない
レベル②状態で約30分 白目むいた状態での約5キロ。
レベル③80キロで運動できなくなりました。
望んでハンガーノックになる人はいないだろうが、食事の摂れないコースの場合、どれだけ補給食が必要か?今の調子でどこまで行ける?の判断をする参考になれば幸いです。
モバイル版では表示されないけど、PC版では記事数が表示されるので、今回で600記事になった。
たまにはHow To的な事を書いてみようかな?と思った次第です。
ハンガーノックの事って、ろんぐらいだぁすの1話に出てくる位だれもが注意しておかなければならない事ですもんね。
※画像は文章に関係ありません。
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ハンガーノックになった前回の『日の岬サイクリング』の記事はコチラ
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コメント(6)
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10月14日
サイクリングコースを考えるのに、ポイントラリーがあると行先を考えるのが楽だ。
普段は通らないルート上にポイントがあると、コースも新鮮だし。
今はwakayama800モバイルスタンプラリーも回ってるけど、和歌山サイクリング協会主催の『巨木・神木』めぐりの締め切りが11月末なので、先に回っておきたい。
今日は残った中紀エリアへ向かおう。
湯浅の深専寺。
以前来た時に門前のイブキが見事だったのでこれだと思ったが、実際は境内のクスノキだったので再訪しておく。
県道176号線の新鹿ヶ瀬トンネルを越えて日高町へ。
久しぶりに上津木集落のお花畑に立ち寄ったが、もう誰も手入れしていない様で荒れ果てていた。
日高町 誓願寺のイブキは県指定天然記念物。
新日本100銘木にも選ばれている。
冬場の高級魚クエ料理の民宿がこの先の海岸線に増える。
ここでお昼ご飯と思ったが、観光バスのアジアからのお客さんで満席だったので、食べそびれてしまった。
大きな葉っぱと何本ものツルが巻き付いた幹は南国のジャングルって感じ。
日の岬への県道187号線は9月の台風での流木や砂が大量に残っていて走行注意だ。
wakayama800の日の岬ポイント。
灯台の正式名は『紀伊日ノ御崎灯台』で1895年の設置だが、去年ここに移設された。
アメリカ食堂『すてぶすとん』とはカナダ移民先の漁港スティーブストンを三尾なまりにしたものだそうだ。
カナダ移民はサケの漁師だっただけに、メニューはサーモン。
塩屋の光専寺は熊野古道沿いなので、樹齢600年 樹高15mのビャクシンを熊野詣での参詣者も見上げていたんだろうな。
巨木・神木ポイントは印南の東光寺のナギが最終ポイント。
国の天然記念物 樹高22m 樹齢700年。
木の国(紀の国)って感じの大木だ。
JR紀勢線印南駅で輪行準備。
無人の駅舎にカエルが遊んでいる。
印南とカエルってどんな関係?と思ったら、1億円のふるさと創生事業で『考える』『人をかえる』『町をかえる』『古里へかえる』『栄える』をテーマにカエル橋とか作ったんだって。
wakayama800も3ヶ所回れました。
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ルートラボ 約106キロ走行 |
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10月13日
会社の帰りに街灯が点くほど暗くなってきた。
秋を告げるコスモスは日の短さで咲き始める短日植物だ。
コスモスの花言葉の『乙女のまごころ』って昭和歌謡の曲名の様だな。
午後からの日差しは半袖でいいけど、日陰は少しヒヤってする今の気候は走りやすい。
わかやま電鉄貴志川線の伊太祈曽駅。 よんたま駅長はいつも愛想がいい。
和歌山でコスモスが一面に咲いている所を他に知らないから。
風に花が揺れているのは、草原を跳ねるように走るワンピースの乙女のイメージか?
時々、歩いている人を見かける矢田峠を越える県道9号線は、熊野古道だ。
和佐地区の古道沿いには大庄屋中筋家住宅が残る。
国指定重要文化財で母屋は江戸末期の建築だ。
熊野古道に沿って走ると雰囲気のある風景が残る。
JR和歌山線 布施屋駅は120年前の木造駅舎と青緑の105系が走るローカル線だ。
駅前の熊野古道案内看板は古道ウォークの人達はここから伊太祈曽を経由して海南まで歩くから。
今年の和歌山サイクリング協会のポイントラリー『巨木・神木』のチェックポイントは井口家のヒメコマツ。
旧満屋村の旧家井口邸のお庭にある樹齢300年の県指定天然記念物だ。
個人のお宅の様なので、門前からパチリ。
日が短くなってきた。
これからのサイクリングは17時に帰宅する様にしよう。
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我が家の習慣で秋になると家の片づけする事になっている。
屋外はブロック塀やラチスフェンスのペンキ塗りや、植栽の剪定など。
室内は扇風機の片づけや衣替えなど、もちろん私のガラクタダンボールの整理もだ。
2階の納戸が私の秘密基地で宝箱と呼ぶダンボールが押し入れ一杯にある。
今回片付けたのは、雑誌関係のダンボール。
出てきたのは、過去のレースやサイクルイベントのリーフレット。
2001年の第2回サイクルエンデューロ鈴鹿(現在はスズカ8hエンデューロ)、秋開催や春開催の物やサイクルモードなど多数。
更に古い物は1993年の第10回スズカシマノロードと第8回全日本マウンテンサイクリングin乗鞍。乗鞍はこの年からヘルメット着用となった様に記憶する。
1993年のスズカシマノロードで想い出深いのは、国際ロードにゲータレードチームのジャンニ・ブーニョ(Gianni Bugno)選手が参加した事。
ショップに配布されるレースレポートやリザルトが掲載されているレースフラッシュ誌が残っていた。
ジャンニ・ブーニョ選手は1964年生まれのイタリア人。
1990年にジロ・デ・イタリアで優勝。
1991年92年と世界選手権プロロード2連覇のトップ選手だ。
ラルプ・デュエズでも勝ち、ゴールスプリントでも勝てるオールラウンダーがカッコいい。
参加した国際ロードでは惜しくも、リュック・ルブラン選手に敗れ2位だったけど、試走で一緒になったブーニョ選手を友人のかもめ君は『すれ違う様に、追い抜かれた!』と言っていた。
92年の世界選手権のマシンかは分からないけど、堺市の自転車博物館に彼のビアンキとサイン入りのマイヨ・アルカンシェルが展示している。
私も好きなデュラ74で組んでいるが1998年に引退するまで、ずっとシマノパーツのマシンだったそうだ。
私もブーニョの真似をしてビアンキに白バーテープとディアドラのシューズ。
〜余談〜
鈴鹿サーキットのダンロップコーナーには1987年のコース拡張工事までタイヤの看板があって、ダンロップ・ブリッジとかアーチって呼んでいた。
当時は正周回でS字コーナーを駆け上がったココが周回レースでの補給ポイントだった。
昔の段ボールを開けて、古い物が出てくると忘れていた事も思い出しちゃう。
上がらない肩や痛む腰の事、坂道の息切れやジャージの食い込むお腹の周りの事も忘れて、まだ走れるんじゃないかな?なんて現実逃避の一時を過ごす楽しみ。
1991年ツールドフランス17ステージ
ブーニョとインデュラインのラルプデュエズ
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【タミヤ】(田宮模型)は1946年創業の世界有数の総合模型メーカー。
年齢が違っても、車やバイク、飛行機やウォーターラインのスケールモデルやRCカー、ミニ四駆などで男の子なら馴染みのメーカーだろう。
私がハマったのは1/35 MM(ミニタリーミニチュア)シリーズ。
今年、MMシリーズは発売50周年となった。
小学生2年の時に同級生のお兄さんのタイガー戦車を見たのが最初だと思う。
子供の頃から色を塗ったり、ジオラマ作ったりしてた。
単身赴任になってから出戻って約20年だ。
プラモデルの楽しさって作るだけじゃない。
MMシリーズは小松崎茂画伯のボックスアートにもワクワクする。
改造したりプラ板で加工したりするのも楽しみ。
戦車模型なら塗装に失敗ってないので、気楽に塗れるし。
スケールモデルはフィギュアがついているのが好きな理由。
大きさや質感、使用感が出せる。
フュギュアを配置することで、風景に物語が生まれる気がする。
顔を日本人っぽくとかイギリス人ぽくとか想像力を働かせる。 どう作ろうが、自己満足なのがいいんです。
ネットもない時代の情報源は模型店の前のショーウインドウだったり、タミヤの広告だったり。
比較的新しいけどまだタミヤニュースが家に有った。
表紙は各国の部隊マーク、裏表紙は塗装の資料だったりコンテストの入賞作品が掲載されている。
小学生の頃に目がくぎ付けになったのが、Pachi(パチッ)コンテストと人形改造コンテスト。
家には道具も在庫のキットも残っているので、また作りたいとも思うけど、プラモデル好きの中には在庫する『積みモデラ―』ってジャンルもあるらしい。
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