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11月21日
滋賀県サイクリング協会のイベント『芭蕉句碑巡り』のポイントラリーに参加している。
滋賀県内の松尾芭蕉句碑12ヶ所を訪ねてレポートを出すというもの。
過去の句碑巡り記事
あと長浜エリアの2ヶ所が残っていたので訪ねてきました。
中山道の高宮宿より北上、鳥居本宿の街道沿いには創業350年の有川製薬。
この建物も築250年以上前のものだそうだ。
昔は琵琶湖を一望できたであろう摺針峠を越え番場宿、醒ヶ井宿へ。
JRに沿って近江長岡の長岡神社へ立ち寄ると樹齢800年と言われる大イチョウ。
旧住友大阪セメント伊吹工場専用線の廃線跡を利用した遊歩道『伊吹せんろ道』
右手に伊吹山が見えるが、冬の時期となると今日みたいに雲を被る事が多い。
芭蕉句碑 ポイント③ 『頭巾めせ寒や伊吹の山おろし』 年次不詳
米原市(伊吹)弥高
長浜まで一気に走り残るは1ヶ所。
芭蕉句碑ポイント① 『行く春を近江の人と惜しみける』 1690年 芭蕉47歳
長浜市(虎姫)酢
今日の立ち寄りポイントは、長浜市国友。
司馬遼太郎 街道をゆくでは『国友村は、湖に底に沈むように静かな村だった。家並みはみな、さすがに立派でどの家も伊吹の霧で洗いつづけているように清らかである』と紹介された。
しかし、国友の見所は『静かな村』ではなく、戦国時代からの鉄砲鍛冶の村って事。
日本の鉄砲伝来は1543年。
種子島に漂着した中国船に乗っていたポルトガル人から2丁の鉄砲を薩摩藩の島津家が購入。
1丁は和歌山の根来へ。もう1丁は朝廷に献上され、国友村の鍛冶職人に製造が命じられた。翌1944年から鉄砲製造を開始したそうだ。
国友村は織田信長の桶狭間の戦い以降、秀吉や家康の保護を受け幕府直轄の鉄砲製造の工業団地みたいになる。
国友鉄砲資料館でそんな歴史が紹介されていて大変面白かった。
国友鉄砲の鍛冶職人が全国に分散。
1893年に初の国産自転車を作った宮田製銃店(現宮田工業、自転車部門はミヤタサイクル)もその一人。
その説明もちゃんとありました。
今も集落には鍛冶屋や火薬屋が多く残る。
道路脇のモニュメントも。
長浜農業高校の銀杏並木に立ち寄ったが、まだちょっと早い。
11月末かな?一面の落ち葉で金色の景色となる。
初冬の風物詩。
彦根松原海岸の赤カブ干し。漬ける前に天日と寒風にさらす事で甘みを閉じ込めるのだそうだ。
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80キロ走行
ルートラボ↓
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2013年11月21日
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