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12月25日
『馬車道』
地図に載っていないのに長浜の人だけが使う地名。
JR長浜駅の北側、八幡中山町から長浜インターチェンジ辺りを示してそう呼ぶ。
昔、馬車が荷物を運んだ道だったとの事だが?
琵琶湖に沿って長浜市へ。快晴、無風。
旧長浜駅舎は1883年建築の日本最古の駅舎。
現在は長浜鉄道スクエアとして、鉄道の歴史がわかる資料館となっている。
入場料は300円。
『馬車道』を証明する写真がありました。
やはり馬車が走っています。線路をはずされた深谷線?
今から130年前、1883年の東海道線は長浜〜深谷〜関ヶ原間だった。
1889年に米原〜関ヶ原となり、長浜〜関ヶ原までの路線はわずか6年で廃線となった。
その廃線跡のレールを外した道を馬車が走っていたそうだ。
八幡中山町に馬車道の看板。
ココが旧東海道線跡(深谷線)の馬車道。
県道37号線のこの辺りが上坂(こうさか)駅があった場所。
当時の鉄道跡は現在国道365号線になっている。
竜ヶ鼻隧道跡。道路の拡張でトンネルは無くなったが石積みの一部が残りトンネルのアーチっぽい。
旧春照(すいじょう)駅前。
こんな田舎に駅ができるなんて!地元の盛り上がりは凄かっただろう。
春照駅の為に伊吹山に向かって真っ直ぐな道が出来て、地元ではステンショ道と呼ばれていた。
しかしわずか6年で廃駅となる。
廃線跡の証拠として旧国鉄以前の官営鉄道時代(1890年頃)の旧内務省鉄道庁の境界杭。
本当に汽車が走ってたの?と思うくらいの勾配の坂を越えて現在の関ヶ原駅に合流した。
もう一つJRの廃駅を訪ねる。
旧新垂井駅。(ちょっとややこしいな)
地図を見ると関ヶ原駅の上り方面(東)は線路が2本に分かれている。
大垣まで遠回りする北側の線路に新垂井駅が1944年にできたが1986に廃駅になっている。
大石の集落に旧新垂井駅のホームだけがポツンと残っていた。
垂井は中仙道と美濃路の分岐の宿場町。
現役の旅籠丸亀屋さんが残る。
写真を撮っていたら、『ちょっと、お茶飲んで行きなさい!』の声。
写真の方が女将さんの西村操子さん。
創業は1777年建築。236年前はアメリカ独立の翌年との事。
(国内ではエレキテルの平賀源内が49歳、解体新書の杉田玄白が44歳)
帰路は中仙道を走る。
米原の番場宿でこんな指さし石道標。
『(右)米原 汽車、汽船 道』
琵琶湖の汽船(太湖汽船)は長浜駅から現在の浜大津駅間を今日走った旧東海道線(深谷線)と同じ時期の1883年から6年間だけ操業していた鉄道連絡航路。
旧街道って水戸黄門や弥次さん喜多さんの様な時代劇のイメージですが、明治の汽車や汽船を利用した時代にも人は行き来していたんですね。
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