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2月19日
スタートはJR関ヶ原駅。
本日のコース
関ヶ原の戦いが行われたのは1600年9月15日早朝。
徳川家康を大将とする東軍と毛利輝元、石田三成を中心とする西軍約2万人の大合戦だったが、以前訪れた時に意外と狭いエリアで戦っていたんだな?との印象だった。
当時の鉄砲の致命傷を与える射程距離は50メートルだったそうだ。
小早川秀秋の裏切りで西軍は総崩れとなり中仙道や北国街道を西へ敗走する中、西軍の島津義弘は800名の家臣と『島津の退き口』と呼ばれる東軍陣地を突っ切る前進退却を行った。
烏頭坂(うとうざか)の戦い。
東軍陣地を突破した島津隊は家臣で甥の島津豊久が『捨て奸戦法』に出る。
※捨て奸(かまり)とは本隊を逃がす為に追手に抵抗する部隊を残す戦法。
・・・おとり部隊の事。
追われる島津本隊は勝地峠を越えて上石津へ抜け五僧峠を越えて近江へ。
島津義弘が薩摩に帰りついた時家臣は80名程だったそうだ。
歴史の道を気持ち良く走っていたんですが、いなべまでの国道365号線は大型トラックの多いつまらない道。
出来るだけ裏道を走りながら阿下喜(あげき)へ。
阿下喜から三岐鉄道北勢線に沿って麻生田、楚原までは日本ウォーキング協会選定の『美しい日本の歩きたくなる道500選・軽便鉄道と昭和に町に出会う道』のコース。
阿下喜駅の軽便博物館のモニ226
桐林館(旧阿下喜小学校) 1937年建築
旧阿下喜郵便局 1939年建築
員弁川散歩道の桜並木はサクラの頃が楽しみな道。
三岐鉄道北勢線は1914年開設の軽便鉄道(けいべん)
レール幅が普通の1067ミリ規格ではなく762ミリの特殊軌道。
電車の幅が狭くおもちゃの電車みたいでかわいいです。
明智川拱橋(通称:めがね橋)1916年 土木遺産ランクA
六把野井水拱橋(ろっぱのいすいきょうきょう)(通称:ねじれ橋)
土木遺産ランクA 橋の下は江戸時代からの疎水。
北勢線を辿りながら桑名へ向かう。
桑名は東海道五十三次の宿場町だが、都会の様相に旧街道を偲ぶ風景は薄い。
東海道唯一の海路となる船着き場『七里の渡し』
渡船が向かうのは揖斐川の向こう20数キロ先の東海道41番目の宮宿。
養老鉄道で大垣までサイクルトレインに乗るつもりがタイムオーバーで普通に輪行。
土日は終日自転車を乗せれますが、平日は9時から15時まで。
平日の輪行サイクリングは通勤通学のお客さんに迷惑にならない様に活動時間が少なくなってしまうのが欠点ですね。
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75キロ走行
ルートラボ↓
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2014年02月20日
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