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自転車で小さな旅
旅をコンセプトとするサイクリングガイド

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5月4日

岡山のイバ先輩と静岡県をサイクリング。
島田からスタートするが、今日は特にコースを決めていないそうだ。


島田宿は日本橋から23番目の東海道の宿場町。
江戸時代に『箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川』と言われたのは、水量の多い大井川が難所だった事と、徳川家康の駿府城の防衛の為に大井川には橋も渡し舟も禁止され、川合所でお金を払って人足に肩車や蓮台に乗せて貰って川を渡るしかなかったから。
大井川川越遺跡として当時の街並みが再現されていた。

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当時の人足の肩車代は今なら1500円位だそうだ。
私たちは大井川橋を渡る。
大井川橋は1928年完成の17連トラス橋で2003年の土木遺産だ。

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金谷宿から東海道の金谷坂を上るが、当時の石畳が再現されている。
丸石の石畳は自転車も押しにくい。
学生時代の暗峠での『ダッシュ押し』ってよくわからない練習を思い出した。

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牧之原台地から大井川を望む。
大井川鐡道のSLの煙を見つけて無邪気にはしゃぐオッサン2人。

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大井川って歌川広重の東海道五十三次のこんな風景。

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牧之原台地は日本一の製茶地帯。
一面に広がる茶畑で『♪夏も近づく八十八夜〜♪』イバ先輩と歌いながらのサイクリング。

私『お茶の風景を見るのに、ちゃんと八十八夜(5月2日頃)を考えてるなんて、先輩さすが〜!』
イバ先輩『エッ?八十八夜って今なの?』(知らなかったのか・・・)

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茜たすきに菅の笠なんて格好の娘さんは居らず、茶畑の収穫は機械的農業だった。

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大井川左岸にはリバティーコースってランニングコースが20キロ近く続き、最適なルートだ。
河口付近から焼津へは車の多い県道を避けて駿河湾沿いの松林に行くと『月の砂漠』の看板。
作詞の加藤まさをさんが幼少期に過ごし歌詞のヒントになったとか。
歌を初めのとこしか知らなくて、イバ先輩と歌うことはなかった。
実は4番まであるんだって。

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海岸沿いの堤防の道は小川港まで10キロ以上続いて快適だ。
何より、正面に見える富士山の景色が素晴らしい。
富士山に馴染みのない関西人はこれだけでテンションが上がる。

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駿河湾のサイクリングなら桜エビを食べたい。時期もピッタリだ。
最初は『エッ?そうなの?』って言うイバ先輩も桜エビのかき揚げと黒ハンペンには満足気だ。

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富士山の見えるコースがいいって言ってた割には大崩海岸を通らず、藤枝から宇津ノ谷峠を越えると言う。
イバ先輩『だって自転車道があるから』
(先輩は自転車道が大好きだ)
私は東海道の古い町並みが見れればうれしい。

岡部宿は21番目の宿場町。1836年築の大旅籠柏屋(かしばや)さんが残る。

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国道一号線を旧道に避けて、明治9年開通の宇津ノ谷(うつのや)隧道を抜ける。
レンガのトンネルに柔らかいあかりがレトロな雰囲気。

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鞠子宿の名物はとろろ汁

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東海道五十三次にもとろろ汁の文字。広重も食べたのかな?

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県道208号線の安倍川橋に寄って弥勒の安倍川餅屋さんで休憩。
有名な『せきべや』さんより駄菓子屋の様な『かごや』さんの方がオッサン2人なら入りやすい。

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ゴールは静岡って事だけを決めた思い付きサイクリングだったけど。
思いがけずいい景色やおいしい物などを見つける事ができました。
オモロを見つけるカンが冴えてたって言うのかな?。
でも、これがあるから知らない町にフラっと訪ねる旅ってやめられない。

歌川広重も東海道を旅した景色が忘れられずに、東海道五十三次を製作したらしいので、さぞ楽しい旅だったんだろうな。


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ルートラボ 約70キロ走行



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