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2月4日
今日は立春。今日から春って事ですが、毎年節分寒波で天気が悪い。
天気予報でも今日の午後は雪だるまで気温5℃、北西の風11m。
朝起きると青空ですが煙突の煙が真横を向いています。
今日はこんなコース。
集落の道を飛出し看板を見つけながら守山に向かいます。
滋賀県は全国で一番『飛出し看板』が多い県なんです。
定番の久田工芸製 0系看板
集落ではお年寄りバージョンも。
塗り替えられて表情が変わってるのも。
実は今日の目的地はココ。
守山の湖岸道路沿いの守山ラフォーレ琵琶湖。
『飛び出し坊やコレクション展』が開催されています。
国内初の飛び出し看板は旧八日市市(現東近江市)の久田工芸が作った物。
1973年生まれの40歳。
現在の飛出とび太
塗り直しされた色々なバージョンが紹介されていて楽しいです。
草津市に多いとっくり青シャツ。
振り向きバージョン。
0系ではないですが、世界に飛び出そう坊やに思わず笑ってしまった。
コレは滋賀県南部に多い700系と呼ばれる大津市の長岡産業製看板。
裏面は女の子バージョン。
ラフォーレ琵琶湖の売店では飛出とび太くんグッズも売られていました。
以前、ゆるキャラコンテストに出たが他県ではマイナー過ぎて結果はさっぱりだったそうです。
滋賀県内では誰でも知ってるキャラなんですがね。
午後から天気が急変。
琵琶湖に風速11メートルの風が吹き始め、気温が一気に下がって対岸の比良山が雪雲に覆われ始めました。
なぎさ公園の菜の花。
冬の間から咲く早咲きの菜の花で『カンザキハナナ』って種類だそうです。
漢字で書くと『寒咲き花菜』かな?
滋賀県に走りに来られる方はとび太くんを探してみてください。
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55キロ走行
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滋賀県
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コメント(8)
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12月25日
『馬車道』
地図に載っていないのに長浜の人だけが使う地名。
JR長浜駅の北側、八幡中山町から長浜インターチェンジ辺りを示してそう呼ぶ。
昔、馬車が荷物を運んだ道だったとの事だが?
琵琶湖に沿って長浜市へ。快晴、無風。
旧長浜駅舎は1883年建築の日本最古の駅舎。
現在は長浜鉄道スクエアとして、鉄道の歴史がわかる資料館となっている。
入場料は300円。
『馬車道』を証明する写真がありました。
やはり馬車が走っています。線路をはずされた深谷線?
今から130年前、1883年の東海道線は長浜〜深谷〜関ヶ原間だった。
1889年に米原〜関ヶ原となり、長浜〜関ヶ原までの路線はわずか6年で廃線となった。
その廃線跡のレールを外した道を馬車が走っていたそうだ。
八幡中山町に馬車道の看板。
ココが旧東海道線跡(深谷線)の馬車道。
県道37号線のこの辺りが上坂(こうさか)駅があった場所。
当時の鉄道跡は現在国道365号線になっている。
竜ヶ鼻隧道跡。道路の拡張でトンネルは無くなったが石積みの一部が残りトンネルのアーチっぽい。
旧春照(すいじょう)駅前。
こんな田舎に駅ができるなんて!地元の盛り上がりは凄かっただろう。
春照駅の為に伊吹山に向かって真っ直ぐな道が出来て、地元ではステンショ道と呼ばれていた。
しかしわずか6年で廃駅となる。
廃線跡の証拠として旧国鉄以前の官営鉄道時代(1890年頃)の旧内務省鉄道庁の境界杭。
本当に汽車が走ってたの?と思うくらいの勾配の坂を越えて現在の関ヶ原駅に合流した。
もう一つJRの廃駅を訪ねる。
旧新垂井駅。(ちょっとややこしいな)
地図を見ると関ヶ原駅の上り方面(東)は線路が2本に分かれている。
大垣まで遠回りする北側の線路に新垂井駅が1944年にできたが1986に廃駅になっている。
大石の集落に旧新垂井駅のホームだけがポツンと残っていた。
垂井は中仙道と美濃路の分岐の宿場町。
現役の旅籠丸亀屋さんが残る。
写真を撮っていたら、『ちょっと、お茶飲んで行きなさい!』の声。
写真の方が女将さんの西村操子さん。
創業は1777年建築。236年前はアメリカ独立の翌年との事。
(国内ではエレキテルの平賀源内が49歳、解体新書の杉田玄白が44歳)
帰路は中仙道を走る。
米原の番場宿でこんな指さし石道標。
『(右)米原 汽車、汽船 道』
琵琶湖の汽船(太湖汽船)は長浜駅から現在の浜大津駅間を今日走った旧東海道線(深谷線)と同じ時期の1883年から6年間だけ操業していた鉄道連絡航路。
旧街道って水戸黄門や弥次さん喜多さんの様な時代劇のイメージですが、明治の汽車や汽船を利用した時代にも人は行き来していたんですね。
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87キロ走行
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12月17日
昨晩確認した天気予報だと本日は終日曇り、北西の風5m。
こりゃ南東に向かうしかないな。
彦根から中仙道を南下。
旧街道に沿って近江鉄道があるので街道を歩く人も訪れやすいのだろう、平日にも関わらず5人くらい見かけた。
自転車の人は全くいないけど・・・
愛知川を渡る近江鉄道愛知川橋梁。
明治後期、1898年建設。有形文化財。土木遺産ランクB
電車も一緒に写したかったんですが昼間は一時間に一本じゃ待ってる訳にもいきません。
今日は行き先を決めておらず地図も持ってない。
近江鉄道に沿って走る事にする。
八日市は聖徳太子の時代から八の付く日に市が立ち中仙道と東海道土山までの御代参街道(ごだいさん)の街道筋の古い町。
本町商店街の一本裏手にはかつての遊郭街の延命新地。
新八日市駅 1913年建築。
1930年から1948年まで枝線が旧御園駅まで伸びていた。
旧御園駅の元の駅名は飛行場駅。
1915年に沖野ヶ原に日本初の民間飛行場があり、後に陸軍八日市飛行場となった。
国道421号線の札の辻交差点付近が連隊本部の正門だった。
沖野原神社内に連隊本部の門柱が移設保管されている。
この辺一面が飛行場だったんですね。
映画俳優の三船敏郎さんは戦中この部隊に居られたとの事。
戦争の語り部としてこんなものが残っています。
飛行機の掩体壕(えんたいごう)です。正面は30m、高さは10m位あるでしょうか?
皆さんの所ではこの看板を何て呼んでますか?
一般的には飛び出し坊やとか飛び出し君とか?
これは『飛出とび太』って名前なんです。
飛び出し看板のルーツは滋賀県八日市(現東近江市)の久田工芸さんの看板なんですよ。オリジナルは0系と呼ばれています。
ご当地版もいろいろ有りますが、コレは滋賀県豊里の豊里小学校前にある『けいおん』キャラクターの物。
お昼は甲賀市水口の谷野食堂の『スヤキ』。
中華麺をラードで炒め、申し訳程度のもやしと塩で味付け。
食べ手がソースや醤油、コショウや七味で味付けする。
なんだろう?旨い!昭和レトロな感じもたまらない。
旧東海道を草津まで走る。
ココでも街道歩きの人を見かけた。
自転車の人は・・・やっぱりいてません。
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本日71キロ走行
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11月28日
いよいよ寒くなってきました。天気予報では日本海側に雪のマークが出ています。
滋賀県も雪降るんでしょなんて言われますが、そんなには降りません。
雪カキしないといけないのはひと冬に5回ほどでしょうか?
冬型の気圧配置で大陸にマイナス35℃以下の寒気がやってくると雪が積もります。
毎年12月の中頃からそんな天気となります。
滋賀県北部は黒く厚い雲に覆われますが、南部は快晴だったりします。
そんな時は県南部へサイクリングしましょう。
今日もそんな天気でしたので、彦根スタートで近江八幡へ行ってきました。
JR近江八幡駅北口の観光案内所で観光マップを頂きました。
近江八幡は豊臣秀次の八幡山城の城下町で近江商人発祥の地。
琵琶湖の水運を利用した商人の古い町並みが残る観光スポットです。
新町通り、虫小窓や格子の旧家が残ります。
旧伴家住宅・旧八幡小学校 1840年築
『近江八幡の水郷』として重要文化的景観の第一号に選定された八幡掘。
時代劇撮影でよく使われる場所。
かわらミュージアム
江戸時代中期より八幡掘沿いで八幡瓦が作られていたそうだ。
白雲館(旧八幡東学校)、明治10年築 中は観光案内所
日牟禮八幡宮(ひむれはちまんぐう)
※3月の左義長祭りはコチラ
ここでオヤツタイム。
クラブハリエ(CLUB HARIE)日牟禮ヴィレッジ。
店の奥にヴォーリズ建築の旧忠田邸を改装したカフェで焼き立てバームクーヘンがいただけます。
ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(日本名 一柳米来留)1880−1964
明治38年に現八幡商業高校に英語教師として来日、メンタームの輸入や結核治療のサナトリウムの建設や近江兄弟社学園の設立など社会的貢献事業を行った。
建築家として全国に建築が残っています。
池田町ヴォーリズ洋館街
旧八幡郵便局
旧一柳邸住宅(ヴォ-リズの自宅)
帰りは輪行。バイクフライデーの輪行準備手順をご紹介します。
①ランドナー用の横型輪行袋を準備
②シート側のレバーをオープンにして、サドルを持ち上げると後輪がクルンと前に回って前輪側に折りたためます。
③ハンドル固定レバーをオープンにして抜きます。
(チキットやポケットロケットならハンドルは折りたたみ機構がついていますが私のは抜く方式)
シートポストを前に倒して、はい!できました。
駅に着いて輪行袋のファスナー閉じるまで3分あれば十分です。
袋に入れた状態では自立しませんので、転倒させないように注意が必要です。
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走行約45キロ
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