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12月29日
押しサイとは。
JRの駅に設置した駅の特徴がコメントしている『駅スタンプ』を集めて回る鉄道マニアを押し鉄と呼ぶそうです。
サイクリングで駅スタンプを集める事を私は勝手に押しサイと呼んでいます。
学生時代に通学で利用していた大阪環状線を押しサイしてみます。
スタートは天王寺駅
奈良に向かう関西本線、和歌山へ向かう阪和線の連絡駅です。
内回り(反時計回り・左回り)で次は寺田町駅。
駅の美化や改良を行う大阪環状線改造プロジェクトが行われています。
寺田町駅では改装の為に剥がしたホームの壁の下から、開業当時(1932年頃)の駅名看板が発見されました。
てらだちょうのよの字が大きいですね。
できるだけ環状線の高架に沿って走るつもりですが、ちょこっと寄り道。
サイクリスト憧れの『マニアの集まる店トモダサイクル』
鶴橋駅
焼肉の匂いがあちこちからしてくる。ガード下と商店街はまるで迷路。
環状線の高架の下は建物になっています。
お店や倉庫や工場だったり、人が住んでいたり。そんな風景もオモロなんです。
京橋駅
京都に向かう私鉄の京阪電車(関西ではおけいはんと呼ぶ)との連絡駅。
桜ノ宮駅の東側には今の環状線となる前の桜ノ宮線跡の橋台。
大川(旧淀川)を渡る201系は朱色1号(オレンジパーミリオン)の車体色。
大阪駅
東海道本線、大阪の玄関口。
日本一歩くのが早い横断歩道。
弁天町駅
駅の高架下の交通科学博物館や弁天埠頭から小豆島や九州に渡るフェリーに乗った思い出の駅。
大正駅は京セラドームの最寄り駅。
ちょこっと寄り道してJR難波駅(関西本線)
難波と言えば大阪市営地下鉄や南海電鉄の駅名のイメージが強いですが、JRにもあるんですよ。
大阪環状線改造プロジェクトで駅ごとに異なる発車メロディーになっています。
天王寺駅 和田アキ子さんの『あの鐘を鳴らすのはあなた』
桜ノ宮駅 大塚愛さんの『さくらんぼ』
天満駅 aikoさんの『花火』
大阪駅 やしきたかじんさんの『やっぱ、好きやねん』 などなど。
大阪環状線は一周21.7キロで19駅。電車の乗車時間は約40分だが自転車でこんな風に回ると5時間。
普段は目的地に行く為に利用する駅を、今日は目的地自体とするサイクリングでした。
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約30キロ走行
ルートラボ
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大阪府
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詳細
コメント(8)
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11月29日
例えば、ゴルフの打ちっ放しでたまにナイスショットが出るレベルでシングルプレーヤーに『今度、一緒に回りましょう』なんて言われても行ってはいけない。
カートに乗ったメンバーを横目に『すいません・・・』って言いながらクラブを何本か持ってコースを半泣きで走り回るのがおち。
自転車の場合、自分の息子より若い大学生に『走りましょう』って言われて、走行会に参加したらどうなるか・・・
それはそれは恐ろしい事になるに決まってます。
学生と走っておじさん達がお昼ご飯をごちそうする位のサイクリングと思って大学自転車競技部の走行会に参加しちゃいました。
集合すると大学生はロード練習の雰囲気・・・
コースは阪奈を越えて京都府和束町までの75キロ
4〜5人のグループに分かれてスタート。
いきなり5キロ 300mアップの阪奈道路で奈良県へ
『汗かくと冷えるので、ゆっくり上りますね』と4回生が気づかいの言葉
(すでに汗だくの私)
20キロ走って奈良県の近鉄三木山駅近くでコンビニ休憩。
学生にコーヒーでもおごろうかな?と思ったら、各自で持参の補給食を採るそうだ。
JR玉水から県道321号線を和束に向かう。
10キロ 400mアップ。
一人で遅れる訳にもいかず、汗はボトボト息はゼーハーの体で前を走る4回生君に付いて行く。
みんなは笑い話をしながら、ペダルをクルクルと回す。
明らかにケイデンスが違う。
40キロ地点の和束のコンビニで30分位の休憩。
私はおにぎり2つを食べるが、学生さんはカップヌードルカレーBIGとアメリカンドックをペロッと平らげていた。
先頭は2人の1回生がローテーションしながら加茂に向けて県道5号線を下る。
最後尾でも下ハン持ってガンガン踏まないと付いて行けない。
木津川沿いの堤防でようやくサイクリングペース。
清滝峠を越えて約75キロのロード練習でした。
先頭を曳いてくれた1回生に『今日はいつもの練習の何%位の強度なの?』
1回生君『30%くらいッスかね?』
4回生君『いえ!50%位ですよ!』
(間髪入れずフォローのコメントが微妙)
いつもは今日の倍の距離を走るそうだ。
オフシーズンに入ったとはいえ、選手は練習したいだろうにおじさん達に付き合ってくれてありがとう。
次回があればおいしいものでお礼させてもらいますね。
帰りは和歌山まで輪行するつもりで、堺市のJR津久野駅に車で送ってもらったが、やる気に火が付いた私は和歌山まで60キロを自走で帰宅。
(20キロ走った和泉佐野辺りで深く後悔)
ロード練習の事とかウェアや補給の事とか普段は誰にも聞けない事を教えてもらったりして、非常に楽しい一日でした。
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11月28日
以前、JRの駅スタンプを集める鉄道マニアを『押し鉄』と呼ぶと紹介しました。
サイクリングで知らない町を通り過ぎるだけでなく、駅に立ち寄って駅スタンプを収集すると少しだけ旅人になれる様な気がするんです。
今日は大阪へ向け阪和線の駅スタンプ収集のサイクリング『押しサイ』をしてみます。
和歌山から大阪へは平安時代からの熊野街道、県道64号線で標高180mの雄ノ山峠(おのやま)を越えます。
JR山中渓駅(やまなかだに)。
大阪府下で一日の乗客数が190人と最も少ない駅です。
駅前は熊野街道の山中宿。
古い民家が雰囲気を残します。
駅でスタンプを押しながら、府道30号線を北上。
JR阪和線と並行する府道30号線なんて何年も走っていませんでした。
道が狭い上に車が多いので、自転車で走るには面白みがないんです。
押しサイでない限りコースとしてはあまりおススメしません。
それでも、大阪から和歌山への古くからの道ですので、こんな古い看板のお店を見つけるのも楽しいです。
松下電器輪栄店 武井自転車店と書いています
現在のパナソニックサイクルの創業当時は輪栄号って自転車を販売していました。
当時のナショナル系の販売店は輪栄店って名前だったんですよ。
立ち寄った駅は、田舎だろうと思っていたら意外にも近代的だったり、逆に趣きがあったり。
駅前の観光案内看板を見ると、知らない所が見つけられたりするのが楽しいんです。
JR鳳駅まで鳳本町商店街を通り抜けます。
タイル張りの銭湯やゲームセンターの看板などレトロな感じの建物が好きです。
JR鳳駅(おおとり)
ヤマトタケルの死後、大鳥になって最後に舞い降りたとされる大鳥神社の中を走り抜けます。
本日は三国ヶ丘駅までのスタンプを収集しました。
こんな寄り道だらけのサイクリングも楽しいです。
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ルートラボ 約80キロ走行
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10月4日
キンモクセイの香りに池本元光さんのタルーゼ号が見たくなった。
私のサイクリングの原点はタルーゼ号を見た事だと思う。
池本元光さんは1947年生まれ。日本で初めて自転車で世界一周した人物。
その時の自転車が4サイドのキャンピング車『タルーゼ号』
(自伝によると、『やったるぜ!』の意味だそうだ』
私が小学5年生の秋に父親の会社の慰安行事で大阪府河内長野市にある関西サイクルスポーツセンターを訪れた。
そこに展示していたのがタルーゼ号。1968年から72年まで4年4か月、走行距離41840キロの世界一周を終えた池本さんは74年からKCSCに勤務していた。
冒険とか探検なんて刺激的な言葉にワクワクしていた子供心に、使い込まれた重装備のキャンピング車はズッキューンでした。
その記憶がキンモクセイの香りと一緒に刷り込まれています。
今は堺の自転車博物館サイクルセンターに展示していますので、久しぶりに行ってみました。
両親宅のある富田林をスタートして狭山池へ立ち寄る。
日本書紀や枕草子にも名前が出てくる日本最古の堰堤式ため池。
もちろんダムカードもあります。狭山池博物館は安藤忠雄先生の設計。
堺へはいつもの西高野街道で大仙公園の博物館へ到着。
大人の来館者が多いなぁ〜と思っていたら中国からの観光客。
最初のウェルカムムービーは中国語版。
自転車博物館は入館料200円。
公益財団法人 シマノ・サイクル開発センターの運営で、自転車の街である堺と自転車の歴史を紹介しています。
3Fの特別展示コーナーでは『折りたたみ自転車 創意工夫』のテーマ展示
折りたたみ自転車オーナーの私も興味津々。
軍隊のパラシュート部隊で使われてる折りたたみ自転車。
精密計測器メーカーミツトヨが社員のアイデアコンテストで採用し200台だけ製作した『のびのび号』1975年製 16㎏
田川サイクル フォルテ 1984年 9㎏ 当時でこの重量は脅威的!
グランテックの田川改造バージョン 1984年12.8㎏
プラのドロヨケやギアのワイド化で軽量化と走行性を向上させてるんやな。
片倉ポーターシルク 1951年 17㎏
丈夫さと折り畳みの容易さを兼ねようとすると、この重さになるんですね。
ヘッドのエンブレムがカッコいい〜。
自転車は乗り物なので進化とは軽量化と多段化の経緯だと思っていましたが、乗る事だけでなく、持ち運びに特化した工夫ってのも面白いですね。
有名選手のロードレーサーも展示してます。
ブーニョが1991年の世界選手権で乗ってたビアンキ。
一番好きなデュラエース7402のフルセットにウットリ。
さて、タルーゼ号は?・・・・・あれ?ない?ない・・・ない!
今の展示は1995年5月〜99年12月まで55000キロを走破した坂本達さんのキャノンデールのキャンピング車でした。
ちょっと残念ですが、このハンドルの太さや使用感のある砂埃まみれの自転車にやはり顔が緩みます。
館内には図書室もあります。
80年頃からのですがニューサイクリング誌、サイクルスポーツ誌、自転車競技マガジンなどのバックナンバーもあります。
1Fフロアの壁面には地元小学生の自転車の絵が張り出しています。
見つけました!これが『タルーゼ号』です!
(6年生のこの子、絵がうまいなぁ〜)
地下の自転車庫に1980年代のエアロダイナミックブームの頃のaxフルセットのロードも発見。まさしく自転車遺産って感じ。
(このエアロボトルなんて100円で叩き売りしてても売れてなかったですよね)
和歌山へ向け紀州街道を走る。
秋の日差しの中、今日もいいサイクリングだったなと思うとペダルも軽い。
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ルートラボ 87キロ走行
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8月8日
今年は太平洋戦争終戦70年。
大阪市内に残る戦争遺構を巡るサイクリングの企画に参加させていただいた。
大阪市内を中心とした空襲は終戦の年1945年(昭和20年)の3月から8月14日まで8回行われ、大阪城周辺の軍需工場や輸送施設が狙われ一般の方に多くの被害者が出た。。
メンバーは15人ほどで長居公園をスタート。
天王寺を近鉄阿倍野駅の地下道で越える。
大阪城内の旧陸軍第四師団司令部庁舎 1888年築。
空襲の被害はなく、戦後は大阪博物館として利用された。
米軍の空爆対象となった大阪城の北東側にアジア最大規模と言われた軍需工場『大阪砲兵工廠』があった事から、大阪城にも空襲の傷跡が残る。
本丸天守北東角石垣。8月14日の空襲の際、1トン爆弾の爆風で石垣が歪み焼夷弾により焦げ跡が残っている。
山里丸石垣の機銃掃射弾痕は6月7日の空襲によるもの。
大阪城北側にあった大阪砲兵工廠 1919年築 8月14日の空襲で敷地内の建物はほぼ壊滅。
天神橋から淀川の長柄橋へ。6月7日の機銃掃射痕。
コンクリートがこんなに砕けるなんて、すごい破壊力だったと感じた。
柴島(くにじま)浄水場壁面の6月7日空襲時の弾痕。
西淀川区の高射砲台遺構。
1943年に大阪の防衛強化の為に6台作られた高射砲基地。
当時250名の兵士が配備されていたが、高度10000メートルを飛来する米軍機に対して射程外だったそうだ。
神崎川沿いのなにわ自転車道。
北野高校(旧制北野中学校)本館西壁に28か所の弾痕。
終戦の年には疎開や農園勤労、軍需工場への勤労で授業は行われていなかったとの事だが、空襲に対する学校防衛で生徒を含む9名が無くなっている。
今日のコースで一番胸が熱くなった。
見所が多く走るのに夢中になるが、暑さがこたえる。
空襲被害の大きかった淀川の周辺を回って、日陰の気持ちいい公園で冷たい物で休憩。
最後に住之江区南加賀屋の住宅地に残る防空壕を見学して解散となった。
今晩は両親宅に泊まる事にして、母親とビールを飲みながら戦争遺構について話す。
母親は77歳で小学校1年生の時に終戦だったが、毎晩の様に防空頭巾を被って避難したと言っていた。子供の時の怖い思いが刷り込まれているのだろう、今も戦争時の資料館などには行けないのだそうだ。
家に読んだことのない戦記本がある。
祖父が南方に通信兵として出兵していた際の手記を自費出版したもの。
一度、読んでみようかと思う。
今回はいいねのバナーは外しておきます。
今日のナイスな一枚。自転車もファッションもオシャレでした。
ニューサイクリング誌の表紙より(うそです)
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