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自転車で小さな旅
旅をコンセプトとするサイクリングガイド

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2月1日

日本最古の官道(国道)、竹ノ内峠を越えて橿原に向かう。
高校生の頃からの走りなれた道に地図なんていらない。




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橿原神宮では弓を射る祭事が行われていた。
風もなく柔らかい日差しにしばらく見学させてもらう。

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飛鳥に向かう。
奇祭と言われる飛鳥坐神社(あすかにいますじんじゃ)のおんだ祭りに立ち寄ったが天狗とお多福の行いまで2時間前にも関わらず多くの人が立ち見状態。割り込んでも満員電車の様な状態に2時間も待てそうにないので諦めて天狗にササラでしばいてもらって厄を払ってもらい退散。



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中学校の時の遠足みたいに石舞台古墳を見ながら母親に作ってもらったおにぎりのお昼。
相変わらずご飯の量が少なく笑える。

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お昼からは近鉄壺阪山から土佐街道を流してJR和歌山線に沿って大和街道を橋本へ向かう。

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近鉄薬水駅近くの薬水拱橋。
1912年完成のアーチ型鉄道橋。近代土木遺産ランクB

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他にもこの辺りは鉄道遺構が多く残る。
大阪府最高峰の金剛山の奈良県側のふもとの無人駅となったJR北宇智駅はSL時代のスイッチバックの線路があった。

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五条の未成線となった五新線の高架は50年以上前のもの。

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大和二見駅から分岐していた川端貨物船跡のレンガ橋脚。
これも30年以上前のもの。

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奈良と和歌山をつなぐ大和街道のJR橋本駅をゴールとしました。
66キロ走行

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ルートラボ




1月4日
 
耳を疑った。
M氏:『正月の膨らんだ胃袋でかつ丼食べに行きませんか?』
私: 『え?ダイエットじゃなくて?』
普通、正月明けのサイクリングは正月に増えた体重を減らすんじゃないの?
この人たちは違う様だ。
 
滋賀県大津市石山で賛同メンバー5名が集合。
 
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石山から信楽町朝宮まで国道422号線。
所々分岐する旧道をおしゃべりしながら緩い登りをこなす。
 
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道路脇の気温表示は3℃でもそんなに寒く感じない。
県道5号線でお茶の産地 和束町へ。
 
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気温表示は5℃なのに朝より寒い。お茶に適した盆地の冷え込みなのか、たまらずコンビニ休憩。
 
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JR加茂より大仏鉄道の廃線跡を案内する。
加茂駅の南側にあるSL広場にはC5756(貴婦人)
男の子はやっぱり食いつきますよね。
 
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観音寺橋台
向こう側は現在のJR関西線の橋台、手前が1898年に開通した私鉄の関西鉄道(かんせいてつどう)大仏線の橋台。
 
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線路に沿って進むと・・・・
廃線巡りコースはやぶこぎ道に。ジムニーも横倒し。
手前の分岐で道を間違えたようだが大仏廃線に関係の無い朽ちかけたコンクリート製の水道橋を渡って本来の道路に無事合流。
 
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鹿背山橋台
 
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梶ヶ谷隧道
 
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赤橋。
約110年前、この橋の上を汽車が走っていたんですね。
 
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ゴルフ場の前はここまで造成が進んでいました。
 
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さて、本日の目的地はココ。国境食堂。
年末年始の膨らんだ胃袋でかつ丼大盛りに挑戦です。
 
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大盛りはご飯三合のカツ2枚ですが、変な人たちはもちろん完食です。
私は大人ですので、普通サイズの親子丼とおうどんのセットですけどね。
 
 
 
来た道を滋賀に引き返す組と分かれて、私は京都八幡木津自転車道を北上。
 
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上津屋橋、通称ながれ橋は2012年10月の台風で流れたまま。
 
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御幸橋(ごこう)から桂川沿いに走り京都駅にゴール。
 
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午後からのにわか雨と強い北風にちょっと苦しめられましたが、クルクルとペダルを回すダイエットサイクリングができたはず?です。
 
 
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本日94キロ走行
ルートラボ↓
 
 
 
 
 
 
9月28日
 
朝晩の気温差が大きくなり、秋の気配が強くなると飛鳥に行きたくなる。
飛鳥はサイクリングに夢中だった高校生の頃によく走りに行った場所。

 
 
大和川沿いから竹之内街道へ。
竹之内街道は『難波(住吉辺り?)から京(当時は飛鳥)に至る大道を置く』と日本書紀に記された日本最古の官道。
 
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峠は竹之内峠。
 
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1983年6月に撮影した竹之内峠。
旧道の下に切通しの新道を工事している最中だった。
 
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旧道を辿ればいい天気に芭蕉旧跡綿弓塚(わたゆみつか)周辺では写生の集団。
後ろからコッソリ覗かせてもらう。
 
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横大路を橿原まで走りなれた道。
ちょこっと今井町に立ち寄って本薬師寺跡のホテイアオイを見に行く。
 
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藤原宮跡。
この辺りから金剛山や葛城山、二上山を見るのが好きだった。
 
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明日香村の稲渕棚田はお彼岸の頃に案山子コンテストをしている。
彼岸花の景色は正に秋の風景。
 
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今年の案山子コンテストのグランプリ作品。
 
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高校生の頃は明日香村から多武峰(とうのみね)に抜ける道は無かった。
唯一、細川の集落から南側の林道を冬野の集落まで上って、登山道を歩いて多武峰に抜ける道があって、途中から大和盆地が一望できた。
1983年11月
 
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せっせと坂を上ったが30年近く経つと杉林も成長していて、展望は殆どなくなっていたのが残念。
 
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冬野の集落から登山道を駆け下りる。
多武峰 増賀堂跡。
 
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30年前に訪れた時は紅葉の真っ最中だった。
増賀上人のお堂があったが、今は取り壊されていた。
1983年11月。
 
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大化の改新の中臣鎌足を祭神とする談山神社。
檜皮葺きの十三重の塔は重要文化財。
 
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桜井までダウンヒル。
駅の南側の商店街から横大路を西に向い帰路につく。
 
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日中のまだ汗ばむ日差しが夕方になると急に寒く感じる秋の空気。
気がつけば足元に長く伸びる影。
金木犀の香りにちょっとさみしくなったり。
 
思わず高校生の気分になる秋のサイクリング。
 
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 113キロ走行
ルートラボ↓
 



7月13日
午前縛りのサイクリング。
よく覗かせて頂いている自転車ブログの方が紹介されていたコース。
 
大和高原。奈良県と三重県の境のエリアをそう呼ぶと初めて知った。
 
スタートは西名阪道の針テラス。
このコースは標高が500メートル近い高原エリア。
涼しく木陰も多いので、夏のサイクリングに最適。
 
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左側の西名阪道は現在の国道25号線、自動車専用道路となっているが、横に旧25号線が残っている。
2桁の一級国道とは思えない田舎道。
 
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渓流沿いの県道127号線へ。
里山の集落や渓流に沿って緩やかな下り坂で、全く汗をかかず気持ちいい。
 
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布目ダムはかつてのツアーオブジャパン奈良ステージのコース。
一周10キロの周回コースを多くのローディーがロード練習に訪れていた。
 
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いきなりの雨にちょっと雨宿り。
雨上がりの集落の風景が返って旅心をくすぐる。
 
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柳生の里へ。
徳川家剣術指南役 柳生十兵衛の柳生新陰流で有名。
宮本武蔵など一時は一万人を越える弟子がいたそうだ。
明治の廃藩置県でも一時期は柳生県があったそうなので、当時は人口も多かったのかな?
 
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十兵衛が植えたとされる樹齢350年の十兵衛杉
落雷にあって枯れてしまっているが、遠くからでも木皮のつやを感じる。
 
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旧柳生藩小山田家老屋敷。
徳川家康や独眼流正宗の筆者、山岡荘八も住んでいた。
この地でこの建物なら、さぞ歴史小説の創作意欲が湧いたと思う。
 
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国道369号線で針テラスまでは揺るかな上りが続く。
おやつは水間町の国道沿いにあるカントリーカフェ ハーブクラブさんのベーカリーでくるみとレーズンのパン。
ずっしりと重い。
 
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42キロ走行。お昼までに十分周回できました。
針で空を見上げれば、夏の雲。
いよいよ、夏がやって来たなと感じました。
 
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ルートラボ↓
 
 
 
12月15日
 
木津川 泉大橋の河川敷に車をデポして出発。
歌姫街道を平城京へ。
飛鳥時代の壬申の乱(672年)では朝廷軍が通ったとされる古道。
万葉の趣のこの呼び名も現在では住宅地の生活道路。
 
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歌姫集落あたり。
 
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平城京、遣唐船とせんと君
 
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奈良から加茂に向けて旧関西鉄道大仏線の廃線跡をたどります。
 
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1897年(明治30年)に名古屋から加茂まで開通した関西鉄道は1899年には奈良まで延長。
しかし、1907年には旧国鉄の木津〜加茂ルートの開通と鉄道国有化の為、この大仏線はわずか9年で廃線となってしまった。
 
廃線跡、赤橋 。
橋の上を汽車が走っていました。
 
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梶ヶ谷トンネル、御影石とレンガ積
 
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鹿背山アバット(橋台)
 
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観音寺橋脚跡、手前が大仏線、奥は現在のJR関西本線
 
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加茂駅近くではC57貴婦人の展示。
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大仏線を散策するなら加茂スタートがおススメ。
駅からポイント毎に大仏鉄道跡散策の看板が立っていて親切。
現在では看板の向こうは一面の住宅造成工事の最中。
里山の雑木林を抜ける感じのいいこのコースが変わろうとしていた。
 
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本日のランチ
国境食堂のカツ丼大 980円
カツ2枚、ご飯2合。普通のカツ丼の3倍あるそうだ。
となりから10歳位の女の子に見られていたので何食わぬ顔で完食したが・・・・苦しかった。
 
 
 
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