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自転車で小さな旅
旅をコンセプトとするサイクリングガイド

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1月23日

和歌山市の南西部に突き出た雑賀崎を走るのが好きだ。
紀伊水道に面して天気のいい日は淡路島が見えるし、漁港や集落の景色もいい。2時間くらいの散歩の様なサイクリングコースに最適だ。

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雑賀崎は戦国時代には豊臣秀吉に滅ぼされた雑賀孫市を頭領とする雑賀衆の本拠地でもあった。
高度成長期には景観とアクセスの良さから関西の観光地としてホテルや遊園地、水族館などが開発されたが、オイルショック以降廃業したホテルの廃墟が名物だった事もあるそうだ。
実際、今も廃れた観光地の雰囲気が若干残る。

雑賀崎を周回する県道151号線の入り口となる新和歌浦交差点まで、路面電車が走っていたそうだ。
和歌浦港から走り出すと、左手に1911年開通の第一和歌浦隧道。
装飾的なポータルに内部は素掘りになっている。

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笠木部分に新和歌遊園の開発を進めた森田家の丸に十字の家紋があしらわれている。

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萬波(まんぱ)前には1997年に廃業した新和歌遊園名のバス停。

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次の田ノ浦口のバス停の上に消された看板が残ってる。
近づいてよく見ると『新和歌ロープウェイ』『回転展望台』の文字。

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1960年当時のリゾートの目玉が高津子山(たかずしやま)(章魚頭姿山と表示する事もある)への新和歌浦ロープウェイだった

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ココから向こうの高台までロープウェイがあったそうです。
1997年に廃止され遺構は何も残っていません。

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自転車でも上って行けます。
今は簡易の展望台となったかつての回転展望台跡。
紀伊水道から和歌山市内を一望する景色は当時と変わらないでしょう。

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雑賀崎漁港
建物が急な斜面に張り付く集落。
狭い路地と細い階段。

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片男波海岸から振り返ると高津子山。
万葉の頃から景勝地だった雑賀崎は、ここ50年の間のレジャーブームで一気に開発されアッと言う間に廃れて廃墟だらけになった。
それでも、漁師さんや海を望む風景はずっと変わってないんでしょうね。

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和歌山県の朝日夕陽百選にも選ばれていて、海に向かって夕陽が沈む景色が素晴らしいコースでした。



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20キロ程、2時間の散走
ルートラボ







1月21日

平日のお休み。
今日は大寒だが、朝5℃で日中は9℃の天気予報に用事がある夕方まで適当に行ける所までと南に向かって走り出す。


紀伊半島を回るJR紀勢線は駅員さんが7時〜10時までしか居ない駅がいくつか有って駅スタンプが集めにくい。
JR下津駅もその一つ。ようやくスタンプを獲得。

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箕島から湯浅までの県道20号線はキララときめきロードと名付けられている海沿いの好きなコース。
キラキラと波がきらめくほどおだやかな天気だ。

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醤油の町湯浅の『角長』さんの前を通ると香ばしい匂いが漂う。

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『丸新本家』さんに立ち寄ってお土産にお醤油を購入。
観光バス3台でお年寄りの団体さんが到着。にわかに騒がしくなった。

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国道42号線は水越峠の旧道を行く。
県道117号線となっているが、ミカン山の軽トラックが通るのもやっとの細い道。

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古からの熊野古道は県道176号線の鹿ヶ瀬峠だが、明治時代の一時期に熊野道として使われた事もあるそうだ。
旧水越峠(看板はない)の周辺はそんな感じもする。

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由良の興国寺は覚心僧侶が醤油の元になった金山寺味噌や尺八を宋から持ち帰ったと言われている場所。

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御坊でちょうどお昼ご飯。
去年の春から休業していた『元祖せちやき やました』さんが、ご商売を再開したと聞いたので訪れる。

元々、駄菓子屋で学生を相手に焼きそばを作っていた先代が、『おばちゃん、焼きそば卵とせちごうて!』と言われた事をきっかけにせち焼きが出来たそうだ。
せちがうとは御坊の言葉で無茶苦茶にする、混ぜるって意味。

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普通のお好み焼き屋の雰囲気だが平日にも関わらず、満席で何組か待ってる程、繁盛している。
せち焼きミックスを注文すると、テーブルの鉄板の上で焼いてくれる。

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焼きそばをタマゴでせちがってソースとマヨネーズ、カツオとノリをまぶして完成。
ラードと焦げたソースの匂いが食欲をそそる。タマゴの味がやさしい。

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御坊は本願寺日高別院の寺内町で、かつては廻船や日高川の船運の港町。
紡績と製材業が盛んで和歌山県有数の都市でした。
紀州鉄道西御坊駅近くの長い商店街に賑やかだった雰囲気は残っています。

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紀州鉄道は日本で1番短い2.7キロの運行距離。


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旧道の峠道とB級グルメを堪能してJR御坊駅から輪行で帰りました。

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約65キロ走行
ルートラボ





1月17日
今年のNHK大河ドラマは『真田丸』ですね。
戦国時代の地方豪族、真田家の物語で作家は三谷幸喜さんです。

甲斐の武田家に仕えていた真田一族が幸村最期となる大阪冬の陣まで、どの様に生き抜いて戦い抜いたか?といったストーリーです。
乱世の荒波を渡る舟と、大阪冬の陣で真田軍が大阪城の南に築いた陣の名前をかけて『真田丸』とのタイトルになっているようですね。

関ヶ原の戦いののち、負けた西軍についていた真田家が14年間蟄居させられていたのが、和歌山県北部の九度山です。

真田幸村ゆかりの地、九度山へ行ってみました。


快晴。朝2℃、昼11℃、北東の風4m。
紀ノ川に沿ってサイクリングロードを走る。
向かい風だが、のんびり走るのには最適な道で和歌山から九度山まで約40キロ。

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『道の駅 柿の里くどやま』の観光センターに立ち寄れば、いろんな情報が入手できます。

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14年間、九度山で住まいとしていた場所の真田庵。
門や瓦に旗印の六文銭が印されています。

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普段でもレトロな木造駅舎の南海高野線九度山駅も真田丸をPRする赤備え。

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普段の九度山は霊場高野山への町石道の基点。
そう思えば、ここは本当に歴史のある土地なんだと思う。

一人のサイクリングじゃお店でランチってしにくいけど、道の駅で食べる事が出来ます。
今日はベーカリーカフェ・パーシモンさんのガーリックパンとデンマークソーセージをベンチで頂きました。

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九度山からの折り返しは紀ノ川沿いの同じ道じゃ面白くない。
かつらぎ町から国道480号線を市峠へ。
県道13号線東渋田交差点から7キロ350mアップ。

高野山へのバスルートにもなってるので、シーズン中の走行は注意が必要です。

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志賀高野山トンネルを抜けて国道370号線を海南方面へ。
回り道をこのルートにしたのは、かいなん・きみのサイクルフォトラリー』の最後のポイントをチェックする為。

和歌山から最も遠いポイントの泉福寺は、国の重要文化財で和歌山県で最も古い梵鍾がある。
ここをチェックしてフォトラリーの全70か所をクリアです。

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NHK大河ドラマも『龍馬伝』以来見ていませんでしたが、続けてみてしまいそうです。

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約110キロ走行
ルートラボ




1月16日

のチェックポイントを回っています。
生石高原のポイントを残していました。
暖冬で油断していましたが、本来の1月の寒さなら標高800mの凍結を考えておかなければいけませんでした。

今日の天気は快晴で日中11℃の予報なら生石高原にも行けるのでは?と考えて9時過ぎにスタートです。

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ポイント『黒沢牧場』
木津交差点より11キロ 330mアップ。

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県道184号線で日当たりのよい南側から生石高原へ向かいます。
予想通り北の風も弱く、日差しが気持ちいいです。

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国道424号線分岐より沼田集落を上がったり下がったりしますが県道184号線で生石高原へは約17キロ500mアップです。

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ポイント『生石高原』
標高870m(山頂)、気温は3℃くらい。
しかし、風が強く早々に退散。

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札立峠への下りは日陰に凍結が残りますので押して進みます。

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ポイント『森のぱん屋さん』さん
丁度、昼どきでお客さんが一杯です。

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ポイント『岳人』さん(土曜日しか営業していない天然酵母のパン屋さん)
11時からの営業時間にもかかわらず、13時で既に売り切れ状態。

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ポイント『MCカフェ ミッチーズ』さん
バイクツーリングの立ち寄りポイントとして有名だが、自転車スタンドも用意している。

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ハンサムドッグを頂きます。パンはドーシェルさんのものだそうです。
気さくなマスターと大型バイクのお客さんとの楽しいおしゃべりで長い休憩となりました。

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ポイント マリーナシティーの『ムーンブリッジ』

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浜の宮海水浴場で日向ぼっこしながら海を眺めます。

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沖に目をやると、????何?あれ?

蜃気楼です。
有名な富山湾の蜃気楼は春先に海が冷たくて空気が暖かいと起こりますが、和歌山では暖かい黒潮に冷たい空気が入ってきて起こるのだそうです。

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約85キロ走行

ルートラボ



12月27日
青春18きっぷでJR紀勢本線の始発に乗って本州最南端に向かう。
紀伊田辺駅での乗り換えで、同じバイクフライデーで輪行中のベテランサイクリストと一緒になり、一人じゃ辛い各駅停車の旅も楽しく過ごす事が出来た。


思い付きで串本駅の2つ手前の田並駅で下車する。

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狭い農地と特に産業もない山と海に囲まれた紀伊半島の小さい集落では、明治時代に外国に移民する人も少なくなかった。
この田並からも昭和40年頃まで600人近くの人が移民されたそうだ。
外国に馴染みのなかったはずの70年も前に、田並では移民者からの仕送りでパンやコーヒーの文化が伝わって、映画や演劇が行われる劇場もあった。

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移民された方から送られてきたお金で田並劇場が建てられたのは昭和25年(1950年)。
今は劇場再生が地域活性化の活動として行われている。

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紀伊半島の海沿いをぐるっと回る国道42号線を南下して潮岬へ。
岬への上りで振り返ると串本の町が見える、本当にくびれているんだなと改めて思う。

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芝生の向こうが本州最南端。
北緯33度25分59秒、八丈島とほぼ同じ緯度。
初めて訪れた夏、後ろの潮岬タワーから矢沢永吉の『時間よ止まれ』とサーカスの『ミスターサマータイム』が流れていた事を思い出して思わず鼻歌が出る。

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当時、大島に渡るのに串本から渡船に乗るしかなかった。
今は1999年に開通したくしもと大橋で渡る事が出来る。

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今日の目的地はココ。
樫野崎灯台は1870年に出来た日本最古の石造り灯台。
青い空と海に白い灯台が映える。

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本当の目的地はその横にあるトルコ軍艦エルトゥールル号殉難将士慰霊碑。
1890年に樫野崎沖で座礁し587名が亡くなった大惨事だった。
当時の地元住民の救護と政府の尽力が現在のトルコの親日文化の発端になってるとも言われている。

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その話が今年公開された映画『海難1890』になっている。
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お昼は地元スーパーで購入しためはり寿司。
醤油ご飯を高菜の浅漬けで包んであっておいしい。

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橋杭岩

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国道42号線を熊野灘沿いに北上。

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太地は400年前からの古式捕鯨発祥の地。
くじら浜公園には捕鯨船の展示。

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太地港を眺める。

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今日のゴールは紀伊勝浦駅。
和歌山に向けての普通電車は2時間に1本なので、輪行準備を済ませて駅前でマグロ丼とクジラ煮を頂く。

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今日の青春18きっぷ
紀三井寺ー田並   146キロ 2590円
紀伊勝浦ー紀三井寺 180キロ 3350円
青春18きっぷ1日分の2370円で5940円分乗車しました。



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約80キロ走行
ルートラボ






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