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自転車で小さな旅
旅をコンセプトとするサイクリングガイド

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2月21日

四国に1ケタ国道はなく、一番数字が小さいのは国道11号線。
今日は高校時代の四国一周と同じ高松から徳島まで11号線に沿ったコースを走る。



高松をスタートすると台形の屋島を眺める。
平安時代末期の源平合戦(治承寿永の乱)で屋島の戦いがあった場所。

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エピソードとして有名なのは源氏方の弓の名手那須与一が扇の的を射た話。

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国道11号線にはあまりウラ道がない。
出来るだけ車の少ない旧道を走ることにする。

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志度寺は四国八十八箇所霊場の86番札所。
参道の入り口に志度町の道路元標を見つけた。

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津田の松原は日本の渚百選
旧道に約1キロの松林が続き、中には樹齢600年の古木もあるそうだ。

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東かがわ市の引田(ひけた)は江戸時代に廻船の風待ち港として栄えた町。
瀬戸内海を渡ってきた多くの金毘羅詣や八十八箇所巡礼の人々が訪れたのだろう。
ネオン看板の旅館がそんな事を想像させる。

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古い町並みの風景が残っている。
旧引田郵便局は1932年築

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醤油製造の『かめびし屋』さんはベンガラになまこ壁の大きな屋敷。

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道の隅に『左、大さか越 右、こんぴら』の石道標。
源平合戦ゆかりの地名の馬宿(うまやど)を過ぎると徳島へは大坂越となる。

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九十九折れの峠道から播磨灘が広がる。

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大坂越の県道1号線に旧道が交差する。
四国の道として歩いて旧道を辿る事ができる。

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徳島県との県境を過ぎ、2キロ程走って鳴門市に入る所が大坂越(峠)
昔は関所や番所があった場所。
国道11号線の大坂峠入り口交差点から7キロ250mアップは緩い上り。

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高松スタートで走ってきた阿波街道は板野町で撫養(むや)街道に合流して終点となった。



四国が好きだ。
今は3本の橋が架かって鉄道や車でも行けるけど、海の向こうの遠い場所ってイメージが今もある。
自転車で遠くに行きたいって思って四国を目指した高校生の頃の気持ちに今もなれるから。

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約90キロ走行
ルートラボ






傘をさして松山観光 

2月20日

四国への旅の2日目は残念ながら雨となってしまった。
JR松山駅前で観光マップを見ながら、午前中は近くの散策と決め込む。

ビルの駐輪場に自転車を持って行くと、長距離の自転車が止まっている。
関西から日本一周中の看板に、オーナーがいれば朝ご飯でもご馳走しようかと辺りを見回したが見当たらなかった。
君も今日は休息日かな?

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コンビニで傘を買って伊予鉄の路面電車に乗り込む。
路面電車はどこまで乗っても160円。

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『坂の上の雲ミュージアム』は安藤忠雄さんの設計で三角形のデザインに周囲の緑や青空の雲が写り込むミラーガラスのカーテンウォールの外観が特徴になっている。

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『坂の上の雲』は松山出身の秋山好古(よしふる)、真之(さねゆき)兄弟と正岡子規を主人公とした昭和40年代刊行の司馬遼太郎の長編小説。
(司馬遼太郎は好きだけど、これは読んだ事がない・・・)

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館内には正岡子規像

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せっかく来たのに、展示スペースは改装中で2階の無料フロアのみの見学となったのは残念。




萬翠荘(ばんすいそう)は1922年築の国重文。
元松山藩主の子孫、久松定謨(さだこと)伯爵の別邸。

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なんともレトロな感じ。
伯爵のおうちなのに飲料メーカーの広告付き鏡なのね。

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大街道のアーケードを歩く。

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伊予鉄松山市駅から路面電車でJR松山駅へ戻りました。

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雨は予報でも夜まで止みそうもありません。
高松まで普通列車の輪行で時間を潰す事にしようかなと思っていたのですが。

ところが通常運賃3510円が格安チケットなら特急券付きで3350円!
(通常なら特急券2160円なので合計5670円。)
折角なので特急いしづちに乗車させてもらいます。

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最後列シートなら自転車の収納もスマートです。

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普通列車なら高松まで4時間半かかるところが2時間半で着いちゃいました。
(高松も豪雨の為、駅舎で何時間も雨宿りする事になりましたが・・・)

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九州の門司駅もそうでしたが、高松駅も本州との連絡船接続駅でした。
宇高連絡船が着いたかつての港はは再開発されてきれいになっています。
今の高松港に小豆島行のフェリーが停泊中。

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移設された赤灯台。
下の部分がガラスブロックになっていて、夜は全体が赤く光るそうです。

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日暮れ前になってようやく雨が上がりました。
そのへんウロウロしてみようかなと走りだす。
時計を気にしない旅の一日でした。

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愛媛県 伊予灘と松山

2月19日

愛媛県まで来たけどサイクリングのコースを決めていない。
旅の目的地なんて思い付きでいい。
スタートの北伊予駅前のロータリーでしばらく観光マップを見て『ココ行ってみたいな』なんて決め方。

午前中の目的地はJR予讃線下灘駅。
旅心を刺激する青春18きっぷのポスターに何度もなったローカル駅。
かつてはホーム下が海岸の日本一海に近い駅だった。

(ちなみに看板右の2つの島が鉄腕DASHのDASH島ね)

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伊予灘を眺めながらベンチで時間を過ごす。

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波の静かな瀬戸内を眺める国道378号線を松山方面へ折り返す。
夕やけこやけラインの名前のとおり双海町は日本一の夕日の町。
下灘駅から夕日を眺めるのは次の旅の宿題にしよう。

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松山市街へ入る前に寄りたかった三津浜の町。
古い建物が残る港町は夏目漱石自身も著書『坊っちゃん』の主人公も上陸したかつての海の玄関口

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小説『坊っちゃん』に出てくるターナー島(四十島)が三津浜港から見える。

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今日はわざと地図を持たないでいる。
JR松山駅の観光センターで地図をもらってから市内観光。

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愛媛県庁の前のNTTは夏目漱石が数学教師として勤めていた松山尋常中学校跡。

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現存12天守の松山城へはリフトかケーブルに乗って向かう。
天守からは松山市内を一望でき、ここから伊予灘に沈む夕日もいいんじゃない?と思ったが、天守の拝観は17時まででそれも無理。

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松山城の回りを走る伊予鉄道の路面電車も松山らしい風景。
道後温泉行きについて走ると道後温泉本館に到着。

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温泉施設で唯一の国の重要文化財で近代産業遺産にも指定されている。

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『坊っちゃん、泳ぐべからず』の神の湯の入浴から出てくると、ジブリの千と千尋の神隠しの様な風景を見る事が出来た。

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JR松山駅前に投宿し松山で食べたかった『じゃこ天』で一杯。
(じゃこ天は八幡浜のより宇和島のが好きです)

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知らない町の気になる所を好きな様に走る。
地元の人に道を聞き、お店の人におススメを出してもらう。
今日も旅のサイクリングが出来ました。

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約70キロ走行
ルートラボ










1月11日

思い付きで宿泊した。
それも一人旅の醍醐味だと思う。
前日に徳島県に来て、『明日も休日か・・・』と思ったらもう一日走りたくなった。

旅の朝は早いとはいえもう7時なのにまだ薄暗い。
でも吉野川の堤防沿いの歩道は快適に走れる。

先ずは、吉野川の河口から14キロ地点の吉野川第十堰に立ち寄る。
現在の旧吉野川への水量を調整する為に1752年に作られた堰。
向こう岸まで1キロはあるだろうか?

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女子高生が渡って行く高瀬橋は潜水橋。

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大きい道を避けて、へんろ道を辿る。
六番札所の安楽寺。

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朝食を取らずにここまで走って来たのは、ここで休憩したかったから。
県道12号線、阿波市土成町のコインスナック 御所24。
日本で最後の『大塚 ボンカレーライス自販機』が残っている。

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他にもコカ・コーラのボトル自販機やうどんの自販機もありました。
(このうどんとUCCの缶コーヒーは青春の思い出だな〜)

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阿波の土柱、波濤嶽(はとうがたけ)
段丘礫層(土柱礫層)が風雨により浸食されて柱状になったもので、日本ではここだけしか見れない。

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美馬は昔から撫養街道(むやかいどう)と讃岐街道の交差する吉野川の舟運流通の要地。
江戸後期から明治時代の商人屋敷が多く残る。

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元々は防火が目的だったうだつが、明治には装飾としての意味合いが強くなった。
そんな豪華なうだつの家屋が多く残っている。

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観光キャラクターのうだつまる。

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町の外れにはレトロな劇場が残っている。『脇町劇場オデオン座』
寅さんこと渥美清さんが亡くなった1996年公開の山田洋二監督『虹をつかむ男』(主演西田敏行)のロケ地となった。
YouTube


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徳島への帰路は吉野川の右岸を走るが、徳島までこんな道が40キロ以上続く。
快適すぎて寄り道したくなくなっちゃう。

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吉野川市川島にある潜水橋 学島橋で善入寺島へ渡る。
日本最大級の川中島で大正5年(1916年)まで3000人が住んでいた。
今でも広大な農地となっています。

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『藍より青し吉野川』
水のきれいな吉野川、青い空と奥深そうな山々。
国道を避けると遍路道があって、時間がゆっくり流れるような感覚。
徳島はそんな感じでした。

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約105キロ走行
ルートラボ






1月10日

和歌山港から徳島港までは南海フェリーで約2時間。
旅客運賃の2000円と特殊手荷物の自転車が700円。
自転車代をケチってターミナルで自転車バラしたけど、3月末までは自転車代が無料だったのね。

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穏やかな天候で徳島港着は予定通り7時35分。
先ずは鳴門・徳島サイクリングロードを走る。
基点の吉野川大橋北詰からは朝のお散歩やジョガーも多い快適な道。

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吉野川の河口近くは支流も多い。
今切川は運河の景色で船が運航する際に道路が昇降する加賀須野橋がある。
動くとこを見たいけど、残念ながら待ってられない。

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大手海岸は東に冬の低い日差しにキラキラ光る海と西に鳴門金時の畑がずっと続く風景。

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岡崎は少し漁村の雰囲気の残る静かな集落。
かつては京阪神に最も近い四国の玄関口として栄えていた港町。
小鳴門海峡を土佐泊集落まで小さな渡船に乗って当時の雰囲気を味わってみる。

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そろそろ大鳴門橋に向かいましょう。今日の大潮は12時半ごろで時間的にぴったりだ。

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大鳴門橋は鉄道併用橋でした。
鉄道を通す計画は中断したけど、このスペース使って歩行者・自転車道を作ってくれないかな?

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大迫力です。しばらく見てても飽きないです。
海面から45メートルのガラス張りの床にヘンな所がムズムズします。

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鳴門でのお昼ご飯は大井食堂さんの『鳴ちゅるうどん』
いりこだし?縮れた細麺にきざみ揚だけのシンプルなおうどん。

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鳴門から古い家屋の残る撫養街道(むやかいどう)を西へ走る。
古い道はすぐ横の県道12号線よりよっぽど面白い。

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四国八十八箇所巡りのお遍路さんで旅人に慣れているのかな?
挨拶をしてくれる人が多い。

一番札所の笠和山霊山寺(じぐわさん りょうせんじ)はお遍路のスタート地点

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利根川、筑後川と日本三大暴れ川として四国三郎と呼ばれた大河の吉野川。
夕焼けの堤防沿いをのんびり走って徳島をゴールとしました。

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いのたにさんで『徳島ラーメン』。
豚骨醤油味のスープは濃いめ。白ご飯も一緒に頼めばよかったと後悔。

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約90キロ走行
ルートラボ







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