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並木橋通りアオバ自転車店は少年画報社のヤングキングに連載された自転車を題材にした漫画。
少年画報社と言えばサイクル野郎を思い出すし、筆者の宮尾岳氏は1959年生まれで1970年代のサイクリングブームのど真ん中の世代だ。
作品の中にスポルティーフやWレバーなどガラパゴス的な描写が出てくる。
ニッカーの正統派ファッションもカッティングやロード用のウエアとの組み合わせでは今風に出来るんだな。
個人的にはカッコいいと思う。
通して1話読み切りのスタイルで、普通の人が自転車との関わりによって新しい生活や人間関係などが変化するオムニバス。
自転車の関わりとは通勤や通学、フィットネスやもちろん旅など。
自転車もロードだけでなく折り畳みや実用車などなど。
時には自転車の飲酒運転や無灯火問題など社会問題がテーマの話もある。
バイクフライデーの様なマイナーな自転車の登場にゾクゾクする。
第1期 並木橋通りアオバ自転車店は20巻164話。
第2期 アオバ自転車店も20巻143話。
第3期 アオバ自転車店へようこそ!20巻
現在は第4期としてアオバ自転車店といこうよ!が3巻まで出版されている。
初版から20年が経過し63巻まで出ているが20巻毎にタイトルを変更している。
これは途中からでも読み始められる様にして新規客が入りやすくする作者の配慮だそうだ。
でも固定客にはタマラナイ自転車も時々登場する。
アオバ自転車店先代の峠創作の目線やアオバのお父さん峠工一の目線、モリオやナギサの目線など登場人物の世代に合った自転車が出てくるのが、広い年齢層の人に読まれている理由なんだろうな。
その面白いと感じるツボも色々なジャンルがあるんだよ。って事が伝わってくる作品だ。何よりもどこから読み始めてもいい気軽さがいい。
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あれこれ
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JR大阪駅北側に隣接するグランフロント大阪南館12階にあるLIXILギャラリーでは、現在『吉田謙吉と12坪の家』展が開催中だ。
ギャラリーは建築や住まいに関する展示が年に3回入替えされて、見学は無料だ。
氏の名前は初めて聞いたが、舞台美術作家として活躍されたそうだ。
関東大震災後にバラック建築を元に劇場や店舗の設計を行った。
劇場の美術監督も務めた。
(考現学は今和次郎氏がモデルノロヂオと呼んで提唱していく)
当初は『調べもの学』と呼んだらしい考現学の調査例。
●川端康成の書斎
●44歳サラリーマン、昭和23年正月の過ごし方。
9時起床、朝食はお酒、たこなます、餅。
昼無しで午後は昼寝と入浴。夕食は酒2合とお造りの様だ。
寝るまでの間はラヂオを聞く...
70年経っても生活のリズムはあんまり変わってない?
●大阪と東京の子供の格好の違いとか。
氏はいろんな事をメモするのがクセだったんだって。
住まい方、暮らし方などを研究した吉田謙吉氏が52才で建てた12坪の家は赤い外壁に白い窓枠が印象的で小ステージのある劇場併用の狭小住宅だった。
路上でオモロな物を見つけて、自分なりに価値を見出そうって考えは共感できる。
看板やマンホールを見て回るのは大好きだし、超芸術トマソンなんて大好物だ。
開かないドア
私のサイクリング中にキョロキョロしてオモロな物を見つける行為は、考現学で路上観察研究をしてるって事なんですね。
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毎年、一年って早いなって思うけど、3年カレンダーを使う様になって、更に一年が早くなった様な気がする。
今年はその3年カレンダーの交換の年なので、余計にそのように感じるのかな?
毎年、各会場に数人は自転車の話が出来る人がいたが今年は皆無で、自転車ブーム?の下火を感じる。
昨年まで自転車に乗ってた人も、『今年は忙しくて、一度も乗れませんでしたわ』って乗れてない事をバツが悪そうにしゃべってきた。
一緒に走ってた同僚が転勤してから乗らなくなったそうだ。
自転車に乗り始めて2〜3年で乗らなくなる人は多いし、30才代なら仕事や家庭で忙しいのはよく解る。
『私も30才代の頃は月に1回しか乗れなかった時期があったよ』なんて返したけど、彼には自転車への情熱はもうないだろう。
初対面の人が多い仕事関係の懇親会では、『単身赴任です。趣味は健康の為に自転車に乗っています』って社交辞令的な自己紹介が常だ。
『自転車っていい趣味ですね』って言われて、健康や旅の話で話題を膨らますにはいいけど、自分で趣味って言った事に少し違和感を感じる。
自転車に乗らなくなった彼も趣味は自転車ですって言ってたからかな。
今年の忘年会で、2人の素敵な人と出会えた。
スラッとした50才代の商社マン。
休日を利用して鉄道での一人旅を楽しんでいる。知らない所に行く事が好きな乗り鉄系。自分で鉄道マニアではないと言ってる所が私と同類。
高知県宿毛市など行きたい町の話のツボが似ている。
休日は大型バイクでツーリングをしている。
男性と走ると行きたい所やペースが違うので、キャンプツーリングも一人で出かける事が多いそうだ。今のバイクではキャンプ道具が積みにくいので、来年は積載量の大きいバイクに乗り換えると言っていた。
二人に共通しているのは自分の好きな事は、一人でも楽しんでいるという事。
『趣味とは自分のしたい事を一人で楽しめる事』が私の思いと一緒なのだ。
自転車に乗らなくなった彼は、一人で楽しむ事が出来なかったんだな。
一人で楽しむってマニアとかオタクって思われるかもしれないので恥ずかしいけど、自分のペースで楽しめるからこそ長く続けられるんだろう。
好きな事に没頭するって大人の素敵な時間だと思うんです。
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快晴の秋空が気持ちいい。
朝から洗濯と掃除、そして日当たりのいいテラスでお昼寝。
単身赴任者の休日って意外とこんなもの。
お昼前にマ先輩からメール 『今日、ご飯行ける?』
私:『家に居ます。OKです』
マ先輩:『すぐ来て!』
あれ?てっきり晩ごはんだと思ったら、お昼ごはんのお誘いだった様だ。
マ先輩の車で着いたのは海の見える広場って言うか空地?
今年一番のお気に入りのマンガ『ゆるキャン△』の7巻を読んだら、外でご飯が食べたくなったそうだ。
ゆるキャン△の第2弾の制作も始まったらしいので放送が楽しみだ。
以前、ゆるキャン△を紹介した記事はコチラ
ワンタッチのテーブルと椅子を広げて、食材を並べる。
私が行くまでにスーパーで買い込んでいたそうだ。
ガスコンロで食材を焼き始めるとワクワクする。
食べながら、焼きながら、おしゃべりしながら・・・そんな時間が楽しい。
スーパーの食品って3〜4人前なので、そのまま持っていくには少し多い。マルシンハンバーグも天ぷらも3枚入りで、私が2つ食べなければならない事になる。
食材は小分けにするか、参加人数で調整する必要があるな。
満腹で空と海を眺める。
お昼ご飯を外で食べるだけの『おじさんのゆるキャン△』はそれだけで十分に楽しく贅沢な時間だった。
私が持ってるキャンプ道具って30年位前に使ってたアルミとステンレス製のコッヘル、そしてスベアくらいだ。
スウェーデンのオプティマス(Optimus) 社のガソリンコンロ。
1955年発売のロングセラー製品だ。
燃料のホワイトガソリンで1時間ぐらい調理が出来る。
一人の淋しい晩御飯も、スベアで調理を始めるとワクワクしてきたっけ。
いくつになっても外でご飯を作るって楽しいな。
スベアにまた火を入れたいし、またいつかこんなスタイルで出かけたいと思う。
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我が家の習慣で秋になると家の片づけする事になっている。
屋外はブロック塀やラチスフェンスのペンキ塗りや、植栽の剪定など。
室内は扇風機の片づけや衣替えなど、もちろん私のガラクタダンボールの整理もだ。
2階の納戸が私の秘密基地で宝箱と呼ぶダンボールが押し入れ一杯にある。
今回片付けたのは、雑誌関係のダンボール。
出てきたのは、過去のレースやサイクルイベントのリーフレット。
2001年の第2回サイクルエンデューロ鈴鹿(現在はスズカ8hエンデューロ)、秋開催や春開催の物やサイクルモードなど多数。
更に古い物は1993年の第10回スズカシマノロードと第8回全日本マウンテンサイクリングin乗鞍。乗鞍はこの年からヘルメット着用となった様に記憶する。
1993年のスズカシマノロードで想い出深いのは、国際ロードにゲータレードチームのジャンニ・ブーニョ(Gianni Bugno)選手が参加した事。
ショップに配布されるレースレポートやリザルトが掲載されているレースフラッシュ誌が残っていた。
ジャンニ・ブーニョ選手は1964年生まれのイタリア人。
1990年にジロ・デ・イタリアで優勝。
1991年92年と世界選手権プロロード2連覇のトップ選手だ。
ラルプ・デュエズでも勝ち、ゴールスプリントでも勝てるオールラウンダーがカッコいい。
参加した国際ロードでは惜しくも、リュック・ルブラン選手に敗れ2位だったけど、試走で一緒になったブーニョ選手を友人のかもめ君は『すれ違う様に、追い抜かれた!』と言っていた。
92年の世界選手権のマシンかは分からないけど、堺市の自転車博物館に彼のビアンキとサイン入りのマイヨ・アルカンシェルが展示している。
私も好きなデュラ74で組んでいるが1998年に引退するまで、ずっとシマノパーツのマシンだったそうだ。
私もブーニョの真似をしてビアンキに白バーテープとディアドラのシューズ。
〜余談〜
鈴鹿サーキットのダンロップコーナーには1987年のコース拡張工事までタイヤの看板があって、ダンロップ・ブリッジとかアーチって呼んでいた。
当時は正周回でS字コーナーを駆け上がったココが周回レースでの補給ポイントだった。
昔の段ボールを開けて、古い物が出てくると忘れていた事も思い出しちゃう。
上がらない肩や痛む腰の事、坂道の息切れやジャージの食い込むお腹の周りの事も忘れて、まだ走れるんじゃないかな?なんて現実逃避の一時を過ごす楽しみ。
1991年ツールドフランス17ステージ
ブーニョとインデュラインのラルプデュエズ
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