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昨年の10月からこの一年間、数えてみると輪行は50回。
この夏は約30年ぶりに青春18きっぷを購入。
ちょっと行きにくいエリアの輪行サイクリングに使わせてもらいました。
青春18きっぷの結果 通常運賃と乗車距離
8月19日 彦根ー沼津 5620円分 325キロ
8月20日 富士ー彦根 5400円分 305キロ
8月30日 彦根ー西片上 4430円分 245キロ
津山ー彦根 5080円分 278キロ
9月2日 彦根ー美川 3020円分 164キロ
越前大野ー彦根 4000円分 227キロ
9月10日 彦根ー新城 3350円分 180キロ
三河槇原ー米原 3350円分 192キロ
合計 5日分 8回乗車 34250円分 1623キロ乗車
青春18きっぷの購入が11850円ですから22400円分浮いた計算になります。
昔は周遊券なんてのもありましたね。
広島エリアの周遊券の場合、期間内は大阪から広島と広島エリアの路線に乗り放題でした。
私は鉄道マニアではありませんので路線や列車に興味はありません。
しかし、旅の途中に立ち寄る『駅』は大好きです。
『駅』は初めて訪れる街の情報収集の場所でした。
観光スポットは?地元の物を食べさせてくれるお店は?を観光案内所で聞いたり、同じようなサイクリストとの交流の場でもありましたね。
時にはベンチをベッドにさせてもらう事も。
駅に立ち寄って探したのは、『駅スタンプ』
各駅に特徴を記したスタンプが置かれていました。
手帳に押した駅スタンプ。
この年は青森も山口もいったんだな。思えばすごい行動力だったと思う。
今はレアなスタンプ
北海道の弟子屈駅(てしかが)。1990年に摩周湖駅に改名。
石川県輪島駅 2001年4月廃線により廃駅
滋賀県信楽駅 3セクで現在は信楽高原鐡道の駅となっている。
宮崎県 浮上式鉄道宮崎実験線 1996年まで使われていたリニアの実験施設。
30年後の2027年にリニア中央線が実現すると思うと感動的です。
知らない町の駅に降りてみる。
きっちりコースも決めず駅の観光案内看板を見てから行くとこを決めてみる。
そんな旅に今も憧れる。
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旅の事
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コメント(4)
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昔から宿泊のあるツーリングの旅日記をつけていた。
冬休みと春休みは日数も少なく長い期間は出かけられないが、南へ向かって出かけていた。
旅の手帳より
1980年12月30日 (紀伊半島)
大晦日に那智YH(ユースホステル)の宿泊者で行く那智山より初日の出を見に行くツアー『暁の大合唱』に参加を申込み。
奈良県五條市から県道732号線を紀伊山地に踏み込む。
出屋敷峠で積雪となった。
大塔町辻堂の民宿泊
1981年1月4日 (伊勢から奈良)
前日は奥香肌荘に宿泊。今日は国道166号線を高見峠を越えて大阪まで走り切る予定だったが高見峠の積雪に苦戦。
多武峰YHに宿泊となる。
(それから3年後・・・
苦戦した冬季の高見峠越えを奈良側から越えようとしたが・・・)
1984年1月12日 (奈良から伊勢の予定)
多武峰YHを9:30にスタート。
県道37号線から三茶屋、鷲家で食購後雪の高見峠に向かう。
峠で日が暮れた為、峠でテント泊。
カレー雑炊。
鹿路トンネル
翌1月13日、三重県側の積雪量が更に多く、奈良県側に引き返す。
(雪の深さ50センチ位。ひざの高さ、車輪の半分が埋まる。)
1984年3月18日 (九州 熊本県)
浜町9:30、内大臣林道10:00、椎矢峠16:00、鶴ノ平集落20:30。
内大臣林道は椎矢峠まで全線ダート、22キロ1200mアップ。峠まで6時間かかった。
ひざまでの積雪を峠まで2時間、峠から1時間ラッセル。
鶴ノ平集落でテントサイトが見つからず、雨も降るので民宿に素泊まり。
(写真から紅葉屋さんって民宿だったようだ)
パンクしてるのはいつも遊んでくれる岡山のイバ先輩。
(当時は気が付かなかったけど、どうやらチューブラータイヤだったみたい。かなり無謀)
1984年3月24日 (九州 鹿児島県)
えびの高原YH9:20出発。
えびの高原へ。
雨の中、韓国岳へ。強風と雨で大浪池には行かず高原へ来た道を引き返す。
南ゲートから高千穂河原へ。正面に霧島の御鉢が良く見える。
霧島神宮YH泊。
1985年2月25日 (三重県 伊勢)
伊勢内宮より剣峠を越えて五ケ所浦へ。国道260号線を南島へ向かうがアップダウンが続きハードな道だった。
栃木より古和峠へ。峠の下りで日が暮れてライトの電池もなく困った。
伊勢柏崎駅の駐輪場にテント泊。
1986年3月14日 (四国 徳島県)
貞光より剣山に向かう。16キロの登り。
昨日の雨は上がり山をガスが上がっていく。
見上げても見上げてもガスの切れ目から白いガードレールが見える。
見ノ越のトンネルを抜け木屋平方面を見に行くがガスで真っ白だった。
祖谷方面に国道439号を下りかずら原でテント泊。
1月から3月の寒いシーズンのツーリングはちょっと辛いことが多いような気がする。
寒さや強い北の風、変わりやすい天候、日が短いので活動時間も少ない。
雪山のテント泊で外気温マイナス7℃なんて辛い夜があったり。
でも季節の変化を感じるのはこの時期だと思います。
3月になって強かった北風が緩み、柔らかな日差しになって、花の匂いがしてくる。
大寒を過ぎ立春も近づいて、これからの春を見つけに行くサイクリングを考えるのも楽しいです。
鹿児島県指宿 池田湖から開聞岳を望む。
雪の九州山岳地帯を抜けると菜の花。春を見つけたサイクリングでした。
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先日の彦根サイクリングクラブでの忘年会で・・・
I会長 『そうそう、岐阜県の山の中にポツンと古い木造の旅籠があって、一人で泊まったんや』
Kさん(中仙道を徒歩で走破した経験者)
『そうそう、一軒だけポツンあるんだよね』(Kさんは関東の出身)
I会長 『何て旅籠だったかなあ?』
Kさん 『・・・・・・大黒屋だよ!』
岐阜の山の中の古い旅籠・・・
家に帰って中仙道を走った時の画像を見ていると見つけました。ココですね。
中仙道細久手宿にある現役の旅籠。
自転車なら可児や恵那まで行けばビジネスホテルにでも泊まれるんでしょうが徒歩の人はココで夜になってしまうらしい。
I会長もKさんも泊まった時の話で盛り上がっていました。
『床がギシギシ言ってね』
『夜中が怖いんだよ』
中仙道の山中の一軒宿・・・・
興味はあるけど、一人じゃよう泊まらんな・・・
2011年5月のレポート↓
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いよいよ8月も終わり。
楽しかった夏休みの終わりはなんか悲しい。
サイクリングのブログを拝見していると、ロングツーリングの記事が多く目に止まり、うらやましく思える。
夏のロングツーリング。とてもワクワクする響き。
私は学生時代からサイクリングの旅日記をつけている。
当時の日記は、もうボロボロだけど、読み返すと懐かしい。
旅日記より・・・・
1980年8月14日 (四国一周 愛媛県)
愛媛県伊予吉田より国道56号線を大洲、松山へ
北条のYH門田旅館に飛び込み、もうユースホステルを止めていた。
ユースの価格で旅館に泊めてもらう。
1981年8月13日 (信州方面 岐阜県)
高山より国道361号線。朝日集落で食購した。明るい内に野麦峠着。今日はテント泊。スパゲッティー。
1983年8月16日 (能登半島 石川県)
輪島から門前を経由して向かい風の大規模農道を見付島まで走る。
台風の影響で波が高い。見附島の公園でテント泊。
1983年9月2日 (北海道)
稚咲内より北へ30キロのダート。サロベツ原野は空まで続く道。
稚内泊。
1983年9月3日 (北海道)
朝から雲空。出発して雨となる。11時30分宗谷岬。寒い。浜頓別まで走るが雨はひどくなるばかり。
浜頓別ユースに宿泊、2100円。
1983年9月11日 (北海道)
斜里8時30分出発。11時ウトロで昼食、羅臼キャンプ場泊。露天風呂。
昨日からの雨はやまない。知床峠では昨日熊が出たそうだ。
羅臼でトド料理を食べていると、地元の人から熊肉を食べさせてもらった。
1984年8月31日 (信州 長野県)
前日、国道257号線の舞台峠より御岳林道を鞍掛峠に登るが山中で日が暮れて野営となった。
御岳林道より御岳を望む。
一日中ダートの林道。17時40分に王滝村。公園でテント泊。
1984年9月16日 (信州 長野県)
朝から雨。富士見より八ヶ岳道路で清里へ。小諸泊。
1985年7月31日 (鳥取県)
鳥取駅前のベンチ泊。鳥取砂丘に立ち寄って余部鉄橋へ。
兵庫県竹野泊。
1985年8月15日 (東北 福島県)
猪苗代湖より五色沼の桧原湖。 スカイバレーは600UP、標高1400メートルの白布峠を越える。暑い。
白布温泉に浸かって南米沢泊。
1985年8月31日 (東北・青森県)
十和田湖の湖畔から奥入瀬渓流に沿って下る。
八甲田へは奥入瀬渓流の分岐から15キロ800メートルアップの笠松峠。
酸ヶ湯、八甲田遭難碑に立ち寄って青森泊。
行きたい所の点と点をつないでサイクリングコースを考える。
走れる所まで走って、暗くなったら寝て明るくなったら走る。
こんな自由な旅は、なかなか出来ないですが、ロングツーリングが楽しくて仕方が無かった気持ちを、これからも毎年夏に思い出せればいいな。と思います。
自転車の仕様が分かる写真はこれしかありませんでした。
当時、定番のTAクランク48×44×26
RDはアルビー、FDはサイクロン。
ハブはカンパヌーボ
サドルはイデアル90だった。
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最近はサイクリングコースのプランニングに地図を使わなくなった。
走りに行く時は地図は持って行くけど.
最近は自転車用のナビを使っている人も増えている。
私が高校生の頃のプランニングの情報って地図だった。
私の愛用していた地図は「ワラヂヤ」の地図。
先日、ワラヂヤ出版が無くなっている事を知った。
1892年創業。2002年営業停止。110年の老舗だった。
自宅の本棚に残っていたワラヂヤの地図。
古いものは300円の価格表示。
紙なので旅行先のスタンプが押してあったり、破れてしまったりしている。
裏は白地図になっていたので走ったコースを赤鉛筆でなぞっていた。
日地出版の地図は1983年の物。
破れにくいハイパー紙(当時はそう呼んでいた)。
この日地出版も1999年にゼンリンに吸収されて今はもうない。
私自身、紙の地図を見る事が殆ど無くなった。
実際、コースのプランニングはルートラボを使ってるし・・・・
地図の小さい字は見えにくくなって来てるし・・・
地図はボロボロになるまで使う旅の友って思いがあったけど、今は違うんだな。
子供の頃に遊んだおもちゃでもう遊ばなくなったみたいでちょっと寂しいけど、思い出と一緒にこの地図は残しておこうと思う。
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