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毎度お馴染み流浪のブログ貧乏学入門へお越しくださいまして、
誠にありがとうございます。
おかげさまをもちまして、マイペースかつ自分勝手な更新内容ではありましたが、
見に来てくださる方がおられる励みもございまして、
700回目(更新は2075回目)を迎える事が出来ました。
ほんとうにありがとうございます。
というわけでして・・・・・本日はレトロ写真館です。
(またかよっていわれそうなんですが・・・)
この書庫は、昔はよかったな〜的な書庫にするつもりはなくて、
ふと後ろを振り返った時に新たな発見はできぬものか、
今まで知らなかった事で、重要な事はなかったのか・・・・なんてはずだったのがすっかり今ではゆるくなり、
古い写真をみつけては、直感を更新するっていう形に変わってきました。
これはこれで楽しんで更新しておりまして、
今ではいちばん更新数の多い書庫になりました。
これからも気長に、マイペースでやって行きますが、今後とも何卒宜しくお願い致します。
話しが脱線してしまいましたが、
今回は某図書館の書庫(通常公開されていない倉庫にしまってある本)の中から、
なんと!!昭和31年に角川書店発行の佐渡ヶ島を借りる事が出来ました!!
私事なんですが、
うちの実家の場合、父方も母方もルーツが佐渡なんで、これは感動の一冊でした。
SADO ISLANDって表記がすでにツボな一冊なんですが、
表表紙は佐渡を代表する郷土芸能である鬼太鼓(おんでこ)、
裏表紙は毎度お馴染み佐渡おけさです。
佐渡の表玄関として栄えた、両津(りょうつ)です。
両津港は佐渡汽船の船で新潟港に結ばれており、この区間の航路は、
おそらく日本国内でも唯一であろう海上国道350号線です。
何度か記事にしたエピソードで、かなりの余談ではありますが、
漫画=こちら葛飾区亀有公園前派出所の両さんこと、両津勧吉のネーミングの由来は、
この両津にあります。
2004年に平成の大合併で、佐渡島内の9市町村が全て合併し、
人口約7万(当時)の佐渡市が成立しましたが、成立前は両津が唯一の市でした。
島全体の過疎化は依然深刻で、市の人口は遂に6万人を割り込んでしまいました。
(右)カメラマンがやって来たのを気付くのが遅すぎたのか、
撮影時が夏だったのか・・・・・どういうわけなんだかハダカ。
(左)どこの港町だったのか、確認忘れて本を返却してしまいました。
これは無念です・・・・。
佐渡は寺社の数がとんでもないくらい多く、
また、能の大家である世阿弥が佐渡に島流しにされた経緯から、能の舞台もやたらと多いです。
寺社が多い事に関しては、
中でも真言宗の寺が多いためなのか、八十八か所巡りがあることから、
この写真はお遍路さんだと思われます。
これは佐渡おけさです。
独特のリズムと踊りの佐渡おけさです。
数年前に山崎ハコさんが佐渡おけさ唄ってる動画があったので、
貼ろうと思ったんですが・・・・削除されてる模様・・・これまた無念です。
よく佐渡の特産品や果物とかでも、おけさ○○とか、
ネーミングになる事が良くあるんですが、おけさってなんじゃろかって話になると思うんですが、
おけさというのは、どうやら人の名前らしいです。
おけさという名の芸妓さん?
真野です。
真野は古くは佐渡の国府が置かれていたこともあってか、中心だった場所です。
ここはかつて島流しにされた順徳上皇が眠る地として有名です。
日蓮上人が流された塚原の根本寺といい、
佐渡に流された人って、けっこう政治か宗教がらみの人が多い気がする・・・。
小木です。
小木は佐渡の南西部にある港町で、古くは北前船で栄え、
今もその名残を強く残した街並み(宿根木=しゅくねぎ)が残されています。
矢島=径島という景勝地があり、たらい舟が名物です。
船の形をした古い民家や、復元された北前船。
また何度か行った事があるんですが、小木の民俗資料館の資料数は凄い数で、
これは目を見張るものがあります。 小木は佐渡の南の玄関口として、
港から出る佐渡汽船航路は直江津港とつながっています。
またかつて、高度経済成長期には、
名前が同じ港であることから奥能登の小木港(現在の石川県能登町小木)と航路でつながれていたそうです。
佐渡観光のいいところは、
古く由緒ある寺社仏閣が多いにも関わらず入場料を取らない所が多く、
資料館とかもそういったところが多いです。
なのに、悲しいかなPR不足で・・・・・客が来ない。
ユーチューブを手当たり次第探したのに・・・・あまりにも観光PRが少なすぎる。
鬼太鼓(おんでこ)です。
悪魔を払い、豊年を祈願する鬼太鼓は文献上江戸時代からあったとされる郷土芸能です。
奥能登の御陣乗太鼓も見た事があるんですが、
佐渡の鬼太鼓はこれまた違う迫力があります。
最後は相川の街並みです。
相川はかつて佐渡金山で栄え、全島ではなく相川だけで人口が10万人たこともあったそうです。
現在では人口は1万人弱ほどです。
江戸期から現存の坑口のみならず、
明治初期からの火力発電所から金山関連の施設等々、
これまで発信していなかった施設がある事を広く周知しだしており、
新潟県は佐渡金山を世界遺産に!と力を入れています。
↑佐渡金山の廃坑跡を発信しておられる方のHPです。素晴らしいレポート内容でした。是非!!↑
また、能登半島及び佐渡ヶ島は世界農業遺産に選ばれています。
話しを元に戻しまして・・・・。
写真集には、江戸〜明治大正期の佐渡の最盛期を伝えつつ、
いまは寂しくなったと書かれています。
この本が出たのは昭和31年、この頃は島の総人口は10万人いたとか。
今ではもはや、その半分。
佐渡は第二次世界大戦中空襲をほとんど受けておらず、
なおかつその後大規模災害が長年起こらなかったことから、自然や古い建造物が多く残存しています。
生態系もかなり守られていると聞きます。
日本全国開発されまくって殺風景な昨今。
佐渡にしかできない事、佐渡でしか出せない味・・・・・あるとおもうんだがなぁ。
長い記事になってスミマセン。 ではでは〜。
さときゅう
*ユーチューブ投稿元の 佐渡汽船営業部 様に心から感謝いたします。
*ユーチューブ投稿元のsado japa 様に心から感謝いたします。
*ユーチューブ投稿元の藤下幸伸 様に心から感謝いたします。
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どうも〜
佐渡は…以前、能登ともフェリー?だったか、定期航路がありましたねぇ〜
(今は、もう無いかな?)
未踏の地です…
2015/10/31(土) 午前 8:52
> piellle300さん
佐渡は以前、佐渡の小木港と奥能登の小木港とで航路があって結ばれていました。名称が同じだという事で交流があるそうなんですが、双方の著しい過疎化が原因になってしまって、採算が取れなくなってしまったようです。
今では北陸から一番手短に渡るとすれば、直江津航路が一番近いことになります。
2016/1/13(水) 午後 11:46 [ sat*ky*20*6 ]