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2009年4月3日(金)
「物語・落語現代史」第12回
『表現ジャンルとしての落語の可能性/マンガ比較論』
最終回までお付き合いいただきありがとうございます。
前回までは歴史を語るということで、なるべく客観性を持つように努力しました。
今回は“私論”“暴論”かもしれませんが、
私の考えていること、感じていることをストレートにしゃべらせていただきます。
(夢月亭清麿)
【現代史を見つめることによって見えてきた、いまの落語の問題点】
・明治からずっと続いてきた時代モノ(江戸モノ)への重視もしだいに衰えてきた
・時代モノ(古典)を前面に押し出すことによって培われてきた
“芸”の精度や重みをどう維持していくのか
・師弟関係、入門制度などで支えられてきた落語会の秩序が封建制と見なされたり、
現代社会のシステムとズレが生じてきた
・大衆芸能、庶民の娯楽などと言われてきたが、事実は果たしてそうなのか。
落語ではなく、現代社会の変化が起きているのでは?
【落語は表現ジャンルとしての特性をこれからアピールできるのか】
・落語とは何か? → 音声言語と目線
・個人で語るもの → 究極の個人芸
・古典と新作 → 二つが両立する特異と魅力
【マンガ比較論】
・戦後の日本におけるあらゆる表現ジャンルのなかで、
その発展ぶりがいちばんめざましいのは“マンガ” だ
・映画・小説・演劇・歌謡など落語に共通するものをもつジャンルは多いが、
いちばん共通性が高く、
これから落語(特に新作)が意識しなくてはいけないのは“マンガ”であろう。
【落語とマンガの重視すべき共通点と相違点】
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