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週刊現代7月16/23日号の、いまあのひとが生きていたら、という特集の中に、今は亡きダイエー創業者の中内功さんについて佐野眞一さんが書かれていました。
以下、週刊現代より。
 
 
政府に意見する経営者はいないのか
中内 功
佐野眞一(ノンフィクション作家)
 
 今回の東日本大震災が起きたとき、私が真っ先に思い出したのは平成7(1995)117日の阪神淡路大震災におけるダイエー創業者・中内功の目を見張る活躍ぶりだった。それは中内ダイエーのいわば最後の光芒だった。
 これ以降ダイエーの業績は急降下の一途をたどった。2001年には中内は代表権を返上し、2004年には産業再生機構入りして中内ダイエーはついに消滅した。そして翌2005年には、中内自身が83年の波乱の生涯を閉じた。
 
 中内が東京・田園調布の自宅で阪神淡路大震災の第一報に接したのは、117日午前549分に流れたNHKの臨時ニュースだった。中内は直ちに、同じ敷地内に住む長男の潤(ダイエー副社長)を電話で叩き起こし、災害対策本部の設置を命じた。
 時の村山富一内閣が対策本部の設置を決定する3時間も前のことだった。
 同時に、360名の応援部隊を東京と福岡から神戸入りさせることが決まった。まだ現地からの情報が混乱していた午前8時には、ヘリコプター、フェリー、タンクローリー、トラックなど陸海空運搬手段の確保に入った。
 午前11時に新木場のヘリポートから神戸ポートアイランドに向かって飛び立ったヘリコプターには、おにぎりなど1000食分の食料が積みこまれた。
 午後145分、神戸ポートアイランドに到着した緊急応援部隊は、液状化したポートアイランドのぬかるみの中を泥だらけになりながら2時間かけて歩き、本格的な復旧活動に入った。
 
 地震発生当時の17日と翌18日は、ダイエーの休日振替日に当たっており、ほぼ全店が休業となっていた。だが17日の午前7時半、中内は流通業の生命線は生活必需品の確保にある、開けられる店はすべて開けろという号令を早くも出していた。
これと同時に、中内は傘下のコンビニチェーンのローソンに対して24時間営業継続の命令を出し、あわせて被災者を勇気づけるため、商品が揃わなくても店の明かりだけは終夜灯し続けろ、という号令をかけた。
 中内がこの命令を出したと知ったとき、中内は太平洋戦争末期のフィリピン戦線で味わった恐怖を思い出しているな、と思った。中内は人肉食いの噂が飛び交う地獄の戦場で、暗闇がいかに人間を絶望感に追い込むかを、以前のインタビューで私に語っていた。
 
 中内ダイエーのこの救援活動について、中内より2歳年下の吉本隆明は次のように述べている。
「同じ神戸に拠点を持つ山口組はただで物品を配ったのに、ダイエーは安価ではあっても金銭を取って商品を販売した。そう批判する人もいた。
 しかし、商人は物を売るのがプロだ。たとえただで配ったとしても被災者30万人すべてに行きわたるものではない。却ってパニックの原因にもなりかねない。ただで配るのは市民の尊厳を冒瀆することであって、経済人として慎むべき行為である・・・・・・」
 吉本は中内の行為をそう言って絶賛した。
                          略
 政府をもしのぐダイエーのこの見事な救援作戦の背後に、自分の商売の原点になった神戸に対する中内の強い思い入れがあったことは間違いない。だか、その裏にはそれ以上に、中内がフィリピン戦線で遭遇した前述の痛切な戦争体験が重なり合っている。
 中内は阪神淡路大震災に遡る半世紀前、いわば国家の棄民として戦場に放り出された経験を持っている。その男が、それから50年後、国の救援活動をはるかにしのぐ補給作戦を展開した。
 
 この事実は考えてみれば、ひどく皮肉である。この事実には、国というものが戦後、国民に何をしてきたかという、苦すぎる思いが込められている。
 中内は震災後の私のインタビューで、こんなことを述べている。
「国には絶望した。なんでこんな国に高い税金を払いつづけてきたんやろうと思うと、あらためてむかっ腹がたった」
 政府の無策ぶりは今回の大災害でもまったく変わらなかった。ただ今回の大災害が阪神淡路大震災と決定的に違うのは、こんな溜飲がさがる台詞を言った経済人が、私が知る限り、一人もいなかったことである。
 
・・・以上・・・
 
先の戦争で、仲間の殆どが玉砕し、 背中に重傷を負いながらも奇跡的に生還した中内氏は、 「人の幸せとは、まず物質的な豊かさを満たすことです」と語ったと言います。
 
中内氏の興した流通革命は、定価を維持しようとするメーカーの勢力の圧力にも屈せず、世の人の喝采を浴びました。戦後も戦時中の国家統制がさまざまな規制の形で残り、中内氏にとっての戦後はまだ終わっていませんでした。
 
1964年、松下電器産業とテレビの値引き販売をめぐって『ダイエー・松下戦争』が勃発、。松下電器は仕入れ先の締め付けを行い、ダイエーへの商品供給ルートの停止でダイエーに対抗しました。 この時の松下幸之助の考えは「儲けるには高く売ることだ。今後、高い水準に小売価格を設定するので、これを守りなさい。安売り店への出荷は停止する」であった。
 
その後、消費者団体が、松下に対して松下製品の不買運動を決議したこともあり、公正取引委員会が「メーカー(松下側)に不当表示の疑いあり」という結論を出しました。
松下幸之助は、「もう覇道はやめて、王道を歩むことを考えたらどうか」と諭したようですが、中内氏は応じなかったといいます。
 
1988年にはパシフィック・リーグの南海ホークスの株式を買いとってプロ野球業界へも参入、福岡ダイエーホークスを誕生させ、福岡ドームの建設に着手しました。
現在、経済界の異端児ともいえる孫さんのソフトバンクが、そのホークスの所有者となっているのも、不思議な縁なのかも知れません。
 
阪神淡路大震災が起きた時の衝撃も大きかったですが、ダイエーと山口組の行動に救われる思いがしました。日頃から国民のことを考えていなければ、あのような素早い対応は出来なかったでしょう。
 
中内氏は経営者でありましたが、その姿勢は、間違いなく消費者である国民の側に立ち、何より国民の幸福を願っていたのだと思います。価格決定権をメーカーである大企業から消費者国民の手に近付けてくれた中内氏は、戦後日本の一番の革命家であったのかも知れません。
 
「売り上げだけが日本一というのではあまり意味がない。それは手段であって本当の目的はそれを通して新しいシステムを作ることだ。」
 
 新しいシステム、今こそそれが何より必要な時なのだと思います。
 

転載元転載元: 無心

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阪神淡路大震災から、もう二十年経つのですね。
大企業の経営者も政治も、更に劣化してしまったようですが、国民のための新しいシステムを何とか構築したいものです。

2015/1/18(日) 午前 7:12 [ mushin1967 ]

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2011年7月13日の過去記事より転載しました。

2015/1/18(日) 午前 7:16 [ mushin1967 ]

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> 44人いる「語り部」の3人に2人は70歳以上だ。被災地の経験と教訓を、いかに次代につなぐかが課題になっている。

我々日本人には、経験と教訓が役に立つのか。本当に「故きを温ねて新しきを知る」ことができるのか。われわれは、三匹の子豚の大豚か、中豚か、小豚か。たぶん藁の小屋しか建てられない大豚なのであろう。
日本人には、世界観がない。我々はいかなる世界に住みたいか。いかなると世界に移住すべきか、という話し合いがなされていない。ただ、過去の悲惨な内容を繰り言として述べるにすぎない。忘れないことが一番大切なことだと信じて疑わない。虚しきと限りなし。明るく壮大な未来を語り、二度と災害を経験しない計画を世界に提示して、その建設に力を合わせよう。さすれば、世界遺産が出現する。人類の創造力を顕示しよう。見事な防災都市の出来栄えを見れば、被災者のことは決して忘れ去られることはない。

2015/1/18(日) 午前 9:45 [ nog*t*ra ]

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これはご自身の、東日本大震災が起こった夏の記事の転載なのですね。
素晴らしい記事です。

中内さんが阪神大震災時に、そのような対応をされていたこと、
全く知りませんでした。
経営者として、本当に見事な姿勢です。
その根底にはフィリピンでの戦時体験があったからなのですね。

昨日、映画「野火」を見たばかりでしたので、「飢え」に対する人々の苦悩は
見るに堪えない映像によって残酷なまでに的確に届きました。

「「国には絶望した。なんでこんな国に高い税金を払いつづけてきたんやろうと思うと、あらためてむかっ腹がたった」…こんな言葉の吐ける経営者がまた現れてほしいです。

2015/1/18(日) 午前 11:27 alf's mom

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> nog*t*raさん、こんにちは。

そうですね。日本人は、昔から、自然災害や疫病、凶作、といったものに苦しめられてきたのでしょうから、この世での救いは諦めてしまったのかもしれませんね。
しかし、やっと、努力すれば健康で文化的な生活を出来る時代になったのですから、経験を生かしていかなければならないのだと思います。
国も、しっかり国民の立場に立って動いてもらいたいですが。

2015/1/18(日) 午後 2:09 [ mushin1967 ]

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> alf's momさん、ありがとうございます。

alf's momさんも亡くなられた前兵庫県知事のことを書かれていましたが、戦争体験を何とか戦後に生かそう、と奮闘して下さった方達と思います。
当時、その時のダイエーの行動を特集してくれた局がありましたが、まるで映画を見ているように見事なものでした。
戦争とは真逆の方向で、ひとつの意思のもとに動く組織は、感動的でした。
当時、細川政権を潰して出来た自社さ政権でしたが、なぜ一企業がやれることすらやらないのか、情けない思いがしました。
文太さんも言われたように、国民を餓えさせない責任をまず第一に考える政権を樹立したいものです(^^)

2015/1/18(日) 午後 3:17 [ mushin1967 ]

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こんばんわー

休みをユックリ楽しんでるのに・・・
日曜7時前の早朝、携帯
「現場どうじゃったぁ〜」
「土曜日初日、床ハリまで」

午前の10時過ぎからニワトリ潰して庭にムシロ敷いてぇ
恒例の焼肉会・・・・
「この世からアルコール追放っ!」
でぇ焼酎みんな飲んでぇカポネ禁酒法時代・・
はははは
真昼間から・・大決闘・・ハイヌーン

どうにもブログライフ
ご挨拶回りも上手くいっておりません
おゆるしください

19日週始め日向路・・

晴れ
14℃[+1]〜 5℃[+6]

佳い一日をっ!

2015/1/18(日) 午後 8:18 [ sekiya ]


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