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組織ではなく、個人個人の意識がそれぞれの中で様々な姿で持続していければ、それが、社会を変える力となっていくのでしょう。
以下、阿修羅様より。



SEALDs解散! 奥田愛基インタビュー「来るべきときに『まだ弾は残ってるがよ』って言えるように」(リテラ)
http://www.asyura2.com/16/senkyo211/msg/386.html
投稿者 赤かぶ 日時 2016 年 8 月 17 日 13:30:10: igsppGRN/E9PQ kNSCqYLU
 

http://asyura.x0.to/imgup/d4/1678.jpg

                 “解散”という区切りをつけ、新たなスタートを切る準備を始めたSEALDsと奥田愛基氏


SEALDs解散! 奥田愛基インタビュー「来るべきときに『まだ弾は残ってるがよ』って言えるように」
http://lite-ra.com/2016/08/post-2498.html
2016.08.17. SEALDs解散!奥田愛基インタビュー  リテラ


 先日15日、日本は戦後71年目を迎えた。しかし70年目の節目だった昨年のその日から、この国のかたちは大きく様変わりした。安保法制の成立。参院選での改憲勢力の議席3分の2確保──。

 そんななかでひとつの希望となってきたのが、学生団体「SEALDs」の存在だろう。昨年、安保法制に反対する緊急行動として5月に結成され、夏には国会前で大規模なデモを展開。自分たちの言葉で社会に向かって声をあげたメンバーたちは、閉塞感が蔓延しきったこの国を、たしかに変えた。

 SEALDsは、政治とかかわってこなかったような人びとがプラカードを持って路上で声をあげる、という風景をつくり出しただけではない。ネット右翼や政権にかかわる政治家たち、「どっちもどっち」と嘲笑う冷笑系が躍起になってSEALDsの行動を叩く中、数十万人規模にふくれあがったデモの様子をメディアがどのように報じるかが、政権を忖度しているかどうかの「踏み絵」ともなった。立場はどうであれ、民主主義や立憲主義にどういうスタンスをとるのかを、SEALDsの存在が迫ったのだ。

 しかし、15日の終戦の日をもって、SEALDsは解散した。

 なぜ、いま解散なのか。野党共闘ははたして失敗だったのか。そして、今後予想される衆院解散や憲法改正を、どう捉えているのか。──解散を控えた今月12日、中心メンバーの奥田愛基氏に話を聴いた。

■野党共闘はメディアのいうように失敗だったのか

──まず、なぜいまSEALDsを解散するのか、その理由を教えてもらえますか?

 もともとSEALDsをつくったときから、今回の参議院が終わったら解散する、というのはSEALDsの立ち上げからメンバーの間で決めていたことなんです。すごくドライに言うと、これからあと10年くらいつづけるのなら別かもしれないですけど、それができないなら、どこかで1回、区切りをつけたほうがいい。ある程度、期間を決めて。計画を立ててやっていくほうが自分たちは動きやすかったので。

 社会運動ってつねに新しいことを試していくことが大事だと思うんです。これまでに見えてきた足りなかったことを次につなげていく、そういうことがないとダメだし、新しいかたちも考えていかなきゃいけない。でも、足りない部分を補うにも、補えるだけの自分たちのスキルは必要で、ちゃんと勉強して学校を卒業して……ってことも大事。それに、自分たちの人生をきちんと過ごすという基本があったほうが社会運動としていいと思う。誰かの人生を犠牲にしたりとかすれば、短期的にしか物事を考えてない気がするし、やっぱり誰かを消費しながら進んでいくんですよね。はっきり言って、運動のその中心に誰がいなきゃいけないなんてことはなくて、誰でもいい。必要なら、新しい人が出てくるんじゃないかな、といまは思っています。

──SEALDsは、参院選では野党共闘を後押しし、都知事選もその流れを汲みました。都知事選は小池百合子の圧勝というかたちになり、参院選のほうもメディアは野党共闘を失敗だと断じましたが……。

 参院選は、野党共闘していなければ一人区はほぼ全敗だったのではないでしょうか。2013年の参院選で野党が議席確保したのは、小沢一郎さんの看板がある岩手県と後のオール沖縄につながる統一候補が立った沖縄県だけで、当時の民主党は1議席も一人区では獲得していない。それにくらべて、今回は3分の1強が野党統一の候補だったわけで、野党共闘していなかったら厳しかったはず。その効果は、民進党の議員がいちばんよくわかっているんじゃないでしょうか。

 でも、結果に大満足かって言えば、けっしてそうではない。参院選も都知事選も──都知事選は鳥越俊太郎さんの第一声のときにぼく個人としてスピーチしたくらいでSEALDsとしてはかかわっていないんですが──野党共闘それ自体が「目的」ではない。何をメインのイシューにするのか、何をこれから訴えていくべきなのかということを考えたときに「安倍政権NO」と言うだけでは弱い、というのは当たり前の話で、そこは勘違いしちゃいけないところですよね。選挙ですから、そのうえで何をするのかという話も担っていかないといけない。

 安倍さんは参院選のとき、「野党はバラバラじゃないですか」みたいなことを言っていましたよね。まあ、そう言っている自公も政策、全然違うんですけど(笑)。でも、違っていても「いっしょにこういうことやります」っていうのはある。それは当然なんですよね、違う政党が協力し合うわけだから。そもそも、議員内閣制の国で、一党だけで政権を維持できている国なんて、そんなにないのだし。

 対して、4野党は今回、15本の政策協定を出したんですが、その中身を大々的に打ち出すことをしなかった。選挙中、「何だったら一緒にできんの?」という具体的な話があんまり見えてこなかった気がします。次に衆院選を野党共闘でやるのだったら、今回よりもう一歩越えて、具体的に何を協力してできるのかというところを問われると思います。

 ただ、思い出してみてほしいんですが、2014年の衆院選のとき、当時の民主党の代表が誰だったかを覚えている人、いますか?っていう。渋谷の街角で100人に訊いたら5人くらいしか覚えていないと思うんですよ(笑)。答えは海江田万里さんなんですけど、海江田さん、落選しましたからね。比例復活したけど、元首相の菅直人さんも。今回の参院選で、代表の岡田克也さんは地元の三重県が取れなかったら代表を辞めると言ってましたけど、たぶん2014年だったら負けていたと思いますよ。岡田さんのお膝元って、当時はすごくネガティブなイメージだったはずで、どんなことを民主党がアピールしても、いまの民主党に期待できない、っていうかそのまえに反省しろ、みたいな空気だった。

 でも、それがやっと、原発や安保法制、TPPに反対してきて、その「反対」というのが積み重なったときに、じゃあ野党として何か言ってみろよ、って話になってきたと思うんです。2014年のときは、民主党の話なんて誰も聴きたくなかったはずだけど、あのときよりははるかにましになってきたんじゃないか、と。いまはむしろ聞きたいですよね。民進党として何を打ち出すのか。

■「やっぱりダメだったじゃないか」で終わらせないために

「安倍政権NO」だけではダメっていう話にもつながるんですが、いまやっと、生活イシューにボールが回ってきた。安保法制が終わったあと、「保育園落ちた日本死ね」というブログがあれだけ盛り上がって、国会前で「保育園落ちたの私だ」とスタンディングする人たちが出てきたり、奨学金の問題も各党やたら言いはじめたり……。もちろん、自民党だって抱き合わせで同じような話をしてくると思うんですけど、アベノミクスを掲げているかぎりはできないことがたくさんある。「いま、生活のためにこんな政治をやってほしい」ということを語りたい──そういう空気に、今後はしていかなきゃいけないんじゃないかと思うんです。

 憲法学者の樋口陽一先生は、専門家たちの選択が人びとの運命を左右するような可能性があるときに「それは危ない道だよ」と言うことが専門家の義務だと語っていました。その上で専門家同士が厳しく向き合うだけでなく、「市民知」とも向き合わなきゃいけない、と言っています。素人の、日々の生活のなかで気がついたこと。「最近、野菜高いな」とか、「いやいや、そうは言っても八百屋は値段をあげないと潰れちゃうよ」とか。それが「市民知」。その「市民知」って、「生活、全然豊かになってないんですけど」って声をあげていくことでもあるのだと思う。

 いまの社会保障の仕組みは、所得が低いほど負担が重くて、払えば払うほど貧困になっていくっていう逆進性の高さが指摘されていますよね。5人に1人と言われる、子どもの貧困が問題になっていますが、OECD(経済開発協力機構)の調査でも日本は公的な教育への対GDP支出は最低ランクで、でも、国は予算がないと言いながら、官民合わせて5年で30兆円の資金をリニア中央新幹線の大阪への延伸前倒しや整備新幹線の建設などに投じると言っています。

 しかも、リニアが完成したとき、人口がどれだけ減ってるかとか、考えているようにも思えない。

 こういう状況なのだから、そんなふうに使われるお金をもうちょっと生活に使ってくれと「市民知」の感覚で言うことは、大事だと思う。「ふつうに考えておかしくない?」と言うことに、もっと自信もっていいはずで。そこからはじまっていいと思うんです。いわゆるカッコ書きの「政治」からこぼれ落ちてしまっている、政治の問題をもっと指摘するべきだと思います。たとえば、都知事選では主要候補者3人が保育園の視察に行ったり、解決策について検討していましたけれど、これはやっぱり保育園問題を訴え続けた人々がいたからですよね。それはまだ一歩だけど、ちゃんと双方向のコミュニケーションがとれるあり方を探っていく……。

──SEALDsがデモでコールしてきた、「言うこと聞かせる番だ、俺たちが」ですね。

 政治家と有権者って、いまは一方通行のコミュニケーションしかないじゃないですか。市民から政党や政治家に対する批判か、政党や政治家から、市民への上から目線の先導か。その双方向性型の政治のコミュニケーションのあり方を考えていかなきゃいけないのかなと思います。

 最近のいい流れだなと思うのは、これまで選挙は結果でしか見られてこなかったけれど、選挙の過程にかかわろうという人が増えているということ。候補者の選び方や候補者が出す政策に目が向きはじめていることは、いいことだと思う。政治家もやっぱり人間なんで、完璧な人なんていませんけど。もっとこういうふうなことを言ってほしいとか、こういう政策をしてほしいとか、聞こうとする/聞かせようとする人がいて、やっと成り立つものだと思います。

 さらに、もう一歩踏み込んで、「こういうこと言ってほしい」「もっとこうやったらいいのに」と外から思うことがあったら、積極的にアプローチして働きかけていけばいいんです。もちろん、それにはリスクも伴います。何かあると「あんな人、応援してんの?」ってなるし。でも、結果を待って「やっぱりダメだったじゃないか」と言うより、ずっといい。だって選挙は、政治家のためのものじゃなく、自分たちのものなんだし。

■「最低限」が守られないギリギリの状況で

──ただ、デモには参加しても、選挙にかかわるのはハードルが高いと感じる市民は少なくないと思います。選挙や政党政治にそこまで期待できるのか?という……。

 政治家や政党に対して、「がっかりするようなこと言わないでくれよ」というのはありますよね。基本的にはぼくも冷笑なんで(笑)、距離感をもっているところがあります。政治に過剰に期待するのはよくないっていうか、選挙のときも「入れないより入れたほうがいいな」みたいな消極的な姿勢で投票する部分もある。

 ただ、「こっちの人もあっちの人もなんだかなあ」って思ってる間に、政治は進んでいく。そう考えたら、よりマシなほうに少しでも動くしかない。みんなから「この候補者いいよね」って言われるような人が出てきてほしいと、正直思いますよ。政治家に「ほんとに尊敬してます」みたいなこと、一度は言ってみたいとも思う(笑)。でも、「投票したいと思う政治家がいない」と話す人は多いけれど、さっきも言ったように自分の考えと100パーセント一致する政治家なんているわけがない。だから、よりマシなほうに投票することや、「こういう問題もあるよ」と政治家に声をあげていったりすることで、よりよくしていくしかない。

──「どっちもどっち」で終わらせないということですね。全然、「基本的に冷笑系」とは思えないですけど……。

 いや、がんばってる人を見ると難癖つけたがる中学・高校時代を過ごしまして。国連とかユニセフとか見て「ケッ」って言うみたいな。

──(笑)。国連とかユニセフの何に「ケッ」って?

 社会科の授業なんかでユニセフとかが出てきて、「困ってる子たちが世界中にはたくさんいます」みたいな説明がありますよね。そういうときに「困ってる人は日本にもいるだろ」とか「そんなことしても何も変わんねーよ」と毒づいていたというか。だって、国際機関だとか政治家だとかがどんながんばっても自殺する人は変わらないだろうし、いまある悩みは解決しない。どんなに良い制度ができても、救われない人はずっと救われないから……っていうような具合で何かしら文句をつけていた(笑)。お金の回り方とか、キャンペーンの仕方とか調べたらいくらでも批判できますからね。

 それが震災以降は、「最低限のことが大事じゃん」と思うようになった。だって、ユニセフが「飢え死にするのは、ある程度しようがない」とか「肌の色で助ける対象変えます」みたいなこと言い出したら、それはすごくヤバいから。

 でも、日本でいま起こっていることって、そういうことじゃないですか。政治家が真面目に「シナと戦争して勝つ」みたいなこと言い出すし、ポジティブに集団的自衛権のことを「積極的平和主義」とか言うのは、やっぱりこわい。

 そう考えると、政治家は嘘でもいいから「戦争反対」って言ってたほうがいい。政治で全部が救われるとは思わないけど、「最低限」を守ってくれたら、まだずっとましな世の中だと。そういう感覚がもてるようになって、やっと「人助けする人たちがこの世界にいてくれてよかった。いいことやってんじゃん」って思えるようになったんです(笑)。

■「憲法改正」とどう戦うべきか

──でも、「最低限」という意味では、ついに憲法改正にまで議論が移ってきました。

 ぼくはスピーチでもよく「戦後70年間、曲がりなりにも日本は平和を守ってきた」って話を入れてきたんです。もちろん、その「平和」には、沖縄への負担があるし、米軍は沖縄からベトナム戦争に行ったことやイラク戦争の給油活動にかかわってきた事実もある。全部肯定できる「平和」じゃない。けれど、それでも軍隊を戦地に送らないっていう建前があって、集団的自衛権はやらないと言ってきたわけです。それくらい守れよ、と思うんですが、それが覆されて、ついに憲法まで話が行き着いてしまった。余裕のある状況ではないと思います。

 まだはっきりとはわかりませんが、最初の改憲で緊急事態条項を出してくると言われていますよね。それだって、いつまでが緊急事態なのかとか、権限の範囲だとか、ある程度、改憲のために譲歩してくるだろうし、「民進党さんもこれなら乗れるでしょ」と分断しようとしてくるでしょう。みんなが賛成しやすい、つまり反対しづらいかたちにもっていく。それが喫緊の政治課題なの? みんなが乗りやすいものにしようとすればするほど、あんまり意味のない改憲になりそうな気がするのですが。衆院法制局の試算だと1回の国民投票で約850億円かかるというけれど、そんなにかける意味あるの? という疑問も当然ありますが。


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「ぼくら死ぬわけじゃないし、関心がなくなったわけでもない」


──緊急事態条項のなかでも、衆議院解散の任期延長の条項のみに絞ってくるとも言われていますね。

 でも、いまの自民党の改憲草案を見るかぎり、自民党に改憲を任せるのは危険だから今回の改憲に反対だ、というのは、結構テクニカルな話だと思う。しかも、国民投票には公選法のようなルールがないから、CMもばんばん流せるし、番組を買い上げちゃってアピールもできる。……だから3分の2を獲らせたくなかったんですけど(苦笑)。

──そうしたとき、もうSEALDsはいないわけですよね。それで安保法制のときのように大きなうねりをつくり出せるのか……。

 最近、取材を受けているとよく言われるんですよ、「いま解散していいんですか!?」って。ただ、ぼくら死ぬわけじゃないし、関心がなくなったわけでもない。おのおのが勝手に動いていくはずで。

 それに、いまのネット社会のいい部分だと感じるのは、パッと手を挙げて出てきた人をひとりにしないところがあると思う。SEALDsだって、昨年の5月にはじめて、8月にはあんなことになったわけですから。

 もちろん、いまから準備をしていかなきゃいけないと思います。憲法改正の発議から60日以後180日以内に国民投票が行われるわけですが、その日がきたときに、すぐ動き出せるようにこれからやるべきでしょう。

 たとえば、「自民党支持だけど、あの憲法改正草案は無理だ」という人も、少なからずいると思うんですよ。だから、ゆるやかなネットワークみたいなものを、いまから準備するべきだとぼくは思います。いまの政治のなかで憲法改正草案の中身のどこがどんなふうにダメなのかということをきちんと整理して、身近なところでいろんな人に広げていく。

■来たるべきときに「まだ弾は残ってるがよ」と言えるように

──ただ、参院選で改憲勢力が3分の2を獲ってしまったという状況下で、憲法改正阻止を諦めてしまったり、落胆している人も多いと思うんですが……。

 俳優の菅原文太さんが、2014年の沖縄知事選のとき、翁長雄志さんの応援演説に立ったんですね。このとき、菅原さんは「仲井真(弘多)さん。弾はまだ残っとるがよ」と言った。『仁義なき戦い』の、裏切り者のところに組織なしに行って打ちまくるシーンでの台詞です。

 この「弾」って何なのか。それを菅原さんは「週刊プレイボーイ」(集英社)のインタビューで「その弾の正体は、自分がこれまで勉強してきたことや、周囲の人たちから受けた愛情や支えだと思えばいい。で、本当に自分が勝負を賭けたいときに、その弾をブッぱなせばいいんだ」と話しているんです。──どんなに絶望的な状況であっても自分のなかにまだ弾は残っている、そうやって強がって生きればいいんだ、と。

 出会った人、学んできたこと、誰かからやさしくされたとか愛されたとか、そういうものが自分のなかで弾として残る。それを一発一発、残していって、大事なときにぶっ放す。そういう気持ちが、ぼくのなかにはまだ、ある。

 あと、菅原さんはこの翁長さんの応援で沖縄に駆けつけ、翁長さんが知事選に勝利して間もないころに亡くなりましたが、同じ年、菅原さんは都知事選では細川護煕さんの応援演説にも立っているんです。都知事選がダメだったら、翁長さんの応援も「ちょっとしばらく政治は……」って気分になっちゃうと思うんですよ。でも、負ける戦いも経験しながら、菅原さんは弾を放った。そこが重要なのかなって。

 参院選や都知事選の結果によって、これから先、国民投票や衆院選はどうなってしまうだろうと思っている人もいると思うんですけど、でも、まだある。時間もあるし、自分たちのなかにまだ弾は残ってるだろうし、さらに次の弾もいまから準備できる。来るべきときに、「まだ弾は残ってるがよ」って言えるように。

──では、また国会前に奥田さんが立つこともある?

 授業がなければ(笑)。いまは次の弾のためにも勉強しなくちゃと思っているので。「これをやれてないな、あれもやれてないな」って、できていないことはたくさんある。いまだに「もっとこうしようよ」とか言って、メンバーには呆れられているんですけど(笑)。

 ただ、SEALDsにかんしては、やっぱりちゃんと「終える」ってことが大事だと思うんです。1回終わらせないと「出来事」にならないですから。「出来事」になるから距離をもって反省できるし、何度でも思い出せるんだと思います。

(構成/編集部)


この問題では、NHKは死者まで出しましたが、マスコミや教育機関、研究機関、といったものがいかに個人の人権をないがしろにする存在であるか、を改めて知らしめてくれたと思います。
以下、阿修羅様より。



STAP現象の確認に成功、独有力大学が…責任逃れした理研と早稲田大学の責任、問われる(Business Journal)
http://www.asyura2.com/15/nature6/msg/319.html
投稿者 赤かぶ 日時 2016 年 5 月 14 日 00:28:15: igsppGRN/E9PQ kNSCqYLU
 
 

http://biz-journal.jp/images/post_13735_0210.jpg

                2014年4月9日、会見を行う小保方晴子氏(撮影=吉田尚弘)


STAP現象の確認に成功、独有力大学が…責任逃れした理研と早稲田大学の責任、問われる
http://biz-journal.jp/2016/05/post_15081.html
2016.05.14 文=大宅健一郎/ジャーナリスト Business Journal


 今年3月10日、ドイツの名門大学、ハイデルベルク大学の研究グループがSTAP関連の論文を発表した。論文タイトルは『Modified STAP conditions facilitate bivalent fate decision between pluripotency and apoptosis in Jurkat T-lymphocytes(邦訳:修正STAP条件によって、JurkatT細胞の運命が多能性と細胞死の間で二極分化する)』である。
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0006291X16303448

 海外の一流大学が、いわゆる「STAP現象」の再現実験を行ったということで話題となっている。以下に同論文の概要を紹介する。

<(1)序論:STAP論文は撤回されたが、低pHの刺激による万能性獲得の可能性は、がん、または、がん幹細胞の分野においては魅力的な課題である。

(2)実験:そこで、理化学研究所と米ハーバード大学から発表されたプロトコルを改変して、セルライン化されたT細胞に刺激を与える実験を行った。

(3)結果:当グループが見つけたpH3.3の条件では、酸処理後、多能性マーカーの一種であるAP染色陽性細胞の割合が増加した。AP陽性の多能性細胞は酸処理ストレス下を生き延びて優位に増加。

(4)考察:小保方晴子氏【編注:一連のSTAP細胞論文問題をめぐり2014年12月に理研を退職】が英科学誌「ネイチャー」で発表したプロトコルでは成功しなかった。それは、使用している緩衝液の緩衝能が適していないことが理由として考えられたので、それも変更した。

 一番の発見は、このような瀕死のストレス条件では、Acute T-cell leukemia(ヒト急性T細胞白血病)の細胞株である JurkatT細胞が、万能性を獲得するか、もしくは死ぬかの間で揺らいでいることである。何がそれを左右するのかを探るのが今後の課題だ>

 わかりやすく解説すると、以下のようになる。

<小保方氏が発見したSTAP現象を、がん細胞の一種であるJurkatT細胞を用いて再現実験を試みた。同細胞に対しては、小保方氏がネイチャーで発表した細胞に酸性ストレスをかける方法ではうまくいかなかったため、独自に修正した酸性ストレスをかける方法を試してみたところ、細胞が多能性(体のどんな細胞になれる能力)を示す反応を確認した。それと同時に細胞が死んでしまう現象も確認されたので、何が細胞の運命を分けているのかを探っていきたい>

■がん細胞の分野で研究の価値大

 今回の論文で多能性を確認したAP染色陽性細胞は、小保方氏らのSTAP論文でも発現が確認されている多能性マーカーのひとつである。細胞が酸性ストレスによって多能性を示すという反応は、まさに小保方氏が発見したSTAP現象そのものだ。

 世界的に活躍する国際ジャーナリストで、自身もニューヨーク医科大学で基礎医学を学び医療問題に関するリポートも多い大野和基氏は、同論文を次のように評価している。

「STAP現象の論文は撤回されたが、少なくともがん細胞の分野ではまだまだ研究の価値がある、ということだ。細胞の多能性に対する酸性 pH の効果は、がん生物学(がん幹細胞も含む)の分野では、注目されるトピックであり、STAP細胞が、がん細胞ではできた可能性があることを、このハイデルベルク大学の論文は示している。

 また、この研究者らの実験では、小保方氏が確認した多能性を示すOCT4の発現を変えることができなかったようだが、異なる結果として、De Los Angelesほかが、STAPプロトコルのような、強いストレスでOCT4の発現が増加した例を紹介している。

 ともあれ、『ネイチャー』のSTAP論文撤回後、海外の大学、しかもハイデルベルク大学においてSTAP現象を確認する実験が行われたことは注目すべきことである」

 がん細胞の一種であるJurkatT細胞に対して、小保方氏が行った方法ではうまくいかなかった理由について、ある生物学の専門家は次のように分かりやすく説明してくれた。

「細胞の種類によってストレス反応に違いがあることも一因と考えられます。小保方氏はがん細胞以外の細胞を使っていたため、ストレスをかけるpHの違いが出ても不思議ではありません。

 また、培養系の実験では、緩衝材の違いはもちろん、試薬のロット(製造日)差によっても結果が違ってくるというのは周知の事実ですし、シャーレのメーカーによっても結果に違いが出ることがあるほどです。それほど微妙な調整が必要な世界であり、プロトコル(手順)通りにやっても同じ結果が得られないことは普通です。

 ハイデルベルク大学の研究グループは試行錯誤の結果、独自にSTAP現象を確認する方法を見いだされたのではないでしょうか」

 日本国内では、マスコミによる異常な偏向報道によって、完全に葬り去られたように印象づけられたSTAP現象だが、そのような先入観もない海外の大学によって再現実験が試みられた事実は大きい。

■日本の専門家たちの間違い

 一部の専門家は、小保方氏がSTAP細胞のレシピ(詳細な作製手順)を公表するサイト「STAP HOPE PAGE」を開設した際にも、「STAPを今さら研究する研究者は世界にどこにもいない」と批判していたが、それが完全な間違いであったことが証明された。

 ネイチャーのSTAP論文が撤回された理由は、小保方氏が発見した「STAP現象」の否定ではなかったことは前回記事で述べた通りである。
http://biz-journal.jp/2016/04/post_14602.html

 小保方氏の人権を蹂躙するかのようなマスコミがつくり上げた世論に同調し、常識を逸脱した禁じ手まで使って論文をなきものとして責任逃れをした理研や早稲田大学と比べ、真摯に生物学的現象を追究するハイデルベルク大学のニュートラルな姿勢は、科学に向き合う本来のあり方を教えてくれる。

 ハイデルベルク大学が発表した今回の論文によって、STAP現象に対する世界的な関心が再び高まっていくかもしれない。

(文=大宅健一郎/ジャーナリスト)



                         



何の状況の説明もなく、自分たちの真意も語れぬ中、謝罪するスマップの姿・・・いまだに、河原乞食のような扱いをする事務所・マスコミ。どれだけ人権意識が薄い国なのだろう。
しかし、このようなことに、強い違和感を持つ若者たちが育ってきたことに希望を感じる。
以下、阿修羅様より。



「電波を使ったパワハラだ」、SMAPの謝罪会見に批判殺到!BPOで審議入りの可能性も!キムタク以外4人は10月以降自粛
http://www.asyura2.com/13/hihyo14/msg/890.html
投稿者 赤かぶ 日時 2016 年 1 月 19 日 17:44:00: igsppGRN/E9PQ kNSCqYLU
 
 


「電波を使ったパワハラだ」、SMAPの謝罪会見に批判殺到!BPOで審議入りの可能性も!キムタク以外4人は10月以降自粛
http://saigaijyouhou.com/blog-entry-9661.html
2016.01.19 15:00 真実を探すブログ


http://blog-imgs-88.fc2.com/j/y/o/jyouhouwosagasu/20160119132755opo@oo.jpg


☆【衝撃】SMAP解散のフジテレビ謝罪生放送がパワハラ的で問題視 / BPO放送倫理番組向上機構で審議入りが濃厚に
URL http://buzz-plus.com/article/2016/01/19/smap-kaisan-bpo/
引用:
・BPO放送倫理番組向上機構で審議入り
不快感を受けた視聴者がたくさんおり、すでにテレビ局や関係各社にクレームや意見を投げている人もいるようだ。また、この放送を多感な小中高生が視聴したらどう感じるだろうか? 世間の声が高まれば、BPO(放送倫理番組向上機構)でも問題視され、審議入りになる場合があるし、一部の芸能関係者は「BPOの審議入りが濃厚」と話していた。
:引用終了


☆SMAP、生謝罪で存続決定!キムタク以外4人は10月以降自粛も
URL http://www.hochi.co.jp/entertainment/20160119-OHT1T50000.html
引用:
中居正広(43)ら独立を決意していた4人がこの日、ジャニー喜多川社長や、激怒していたメリー喜多川副社長に謝罪し、残留を承諾された。しかし、騒動を引き起こした責任から、秋のテレビ改編期の10月以降、一時的に活動を自粛する可能性もありそうだ。


 5人の中央に陣取った木村拓哉(43)が、硬い表情のまま3分近くにわたるメンバーのあいさつを締めくくった。ただ一人、最初から残留を決めていた。




                          ◇


SMAP 強制謝罪 生放送 緊急会見 公開処刑 SMAP×SMAP 存続?解散?公開謝罪? 速報 1月18日 動画  
学ぶべきは、このような生き方であり、そのような人を育てた家族や社会への敬愛を失いたくないものです。
以下、阿修羅様より。


総理大臣がなんだ! ノーベル賞・大村智先生の、権威に媚びない「痛快人生」 祝!医学・生理学賞受賞()
http://www.asyura2.com/15/hasan101/msg/689.html
投稿者 赤かぶ 日時 2015 年 10 月 21 日 09:21:05: igsppGRN/E9PQ
 
 
http://gendai.ismedia.jp/mwimgs/9/d/594/img_9d56cf0038ca27616aff7998104ba857143197.jpg

             医学・生理学賞を受賞した大村智・北里大学特別栄誉教授(80歳)〔PHOTO〕gettyimages


総理大臣がなんだ! ノーベル賞・大村智先生の、権威に媚びない「痛快人生」 祝!医学・生理学賞受賞
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/45883
2015年10月21日(水) 週刊現代 :現代ビジネス


山梨の農家の長男として生まれて、夜間高校の先生になり、一念発起して研究者に。そして自分の作った薬が世界中の人の病気を治す---そんな偉人めいた話がぶっとぶ、豪快なセンセイの一代記。


■総理からの電話に「あとでかける」


2年連続、しかも複数分野でのノーベル賞受賞に日本列島は沸いた。口火を切ったのが、10月5日に医学・生理学賞を受賞した大村智・北里大学特別栄誉教授(80歳)だ。


受賞理由は、アフリカで年間数千万人が感染し、重症化すると失明に至る感染症・オンコセルカ症の特効薬『イベルメクチン』の発見と開発。


アフリカでオンコセルカ症の診療にあたっていた長崎大学熱帯医学研究所元所長の青木克己氏が、当時の反響を語る。


「それまでオンコセルカ症に対して安全で有効性のある薬はなかった。われわれにできることは、寄生虫を媒介するブヨを殺虫剤の散布で殺すことだけ。それだけに、イベルメクチンができたときは大騒ぎでした。


日本ではあまり知られていませんでしたが、世界では大村先生の名前はとうに浸透しています。私は先生のノーベル賞受賞は20年遅いと思っています」


とはいえ、世界に冠たる「平成の野口英世」の素顔は、温厚な人格者というよりは、独立自尊、時の権力にもズバズバと物申す快男児なのだ。


持ち前の反骨心は、受賞の一報を受けての北里大学での記者会見で、さっそく発揮された。業績紹介や学長挨拶の後、詰めかけた報道陣を前に大村さんが挨拶をしようと口を開きかけた刹那、事務方が「安倍総理からお祝いの電話です」と耳打ちした。


すると、大村さんは「あとでかける」とにべもない。気を利かせたつもりの司会者が、「ただ今、安倍総理のほうから電話が入っておりまして、そのあと大村先生のご挨拶を」とフォローした。苦笑い気味に携帯を耳にあてた大村さんが、再び報道陣に向き直って発したひと言は――。


「今、総理大臣から電話があるそうですけども、(この電話口で)ちょっと待たされております。タイム・イズ・マネー。(会見を)続けましょう」


こう言って、挨拶に戻り、今度は総理のほうを待たせたのである。この対応に、「わざわざ記者会見の最中に電話を入れてくるような政権の人気とりを一蹴してくれて、胸がすっとした」「大村さん最高!」などの感想が、ネット上に溢れかえった。


■自分の食い扶持は自分で稼ぐ


中学以来の友人で、大村さんが創設した「山梨科学アカデミー」常任理事の功刀能文氏が語る。


「『たとえ総理相手といえども、自分にはそれ以上に大事なものがある』というのが大村先生。権力に巻かれることはしません。


『国立の研究者たちはお上の保護の下、国民の税金で研究しているけれど、僕は自分自身の研究でお金を稼いで研究費に充てている』という自負がある。事実そうやってここまで来たのです」


たしかに大村さんの経歴は、研究者としては異色ずくめだ。1935年、山梨県韮崎市の農家に生まれ、学生時代はクロスカントリースキーに熱中。おかげで勉強のほうはすっかりそっちのけになったという。


地元の山梨大学を卒業後、上京して夜間高校の教師になったが、一念発起して学問の道へと進んだ。『生命誌ジャーナル』のロングインタビューで大村さんは当時をこう振り返っている。


「昼間は大学で勉強、夜は高校に行って授業をし、土日は徹夜で実験という毎日。資金が足りない時はアルバイトで時間講師もやりましたよ」


修士号を取った後、大村さんは東京に残らず故郷を目指している。Uターンした山梨大学で助手だったときに出会ったのが、微生物の世界だった。


大村さんの評伝『大村智 2億人を病魔から守った化学者』著者の馬場錬成氏は言う。


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馬場錬成『大村智 2億人を病魔から守った化学者』


「大村氏には〝研究勘〟とでもいうべき独特の才能が若い頃からあったように思います。ご本人に聞いても『何かある』としか言わないけれど、傍から見ると人生の岐路で意外な決断を下している。ポリシーが〝人真似はしない〟であるというのもうなずけます」


山梨大から北里研究所へ移って、猛烈に研究し、米国での研究留学へと飛び立った。そして持ち前の独立心と負けん気から、独自の研究スタイルを築き上げる。研究費も含めて「自分の食い扶持は自分で稼ぐ」という、通称「大村方式」がそれだ。再びご本人の弁を引こう。


「まず企業から研究資金の支援を得て、有用な化合物を見つける。そして発見した化合物の使用権を企業に渡す。企業がその化合物を実用化・販売したら、その売り上げに応じて特許料を私の研究室に入れてもらうというものです。


私はイベルメクチンで得た特許料で病院を建てました。世界中訪ねても、特許料で病院をつくった大学の先生というのは私だけかもしれません」


このシステムなら、国に頼る必要はない。そもそも国は、私大には助成金を出したがらない。前出・馬場氏は言う。


「文部科学省の科学研究費補助金の配分は、旧帝大をはじめとする国公立大が約7割。ひどく偏っています。私学出身者で、当時としては珍しい産学連携から研究費を調達した大村先生がノーベル賞を受賞したというのは、まさに画期的なことです」


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ビル・ゲイツのサクセス・ストーリーに共感 〔PHOTO〕gettyimages


■ごひいきはマイクロソフト創業者


受賞理由となった、イベルメクチンの元となる微生物「放線菌」が静岡県の川奈ゴルフ場脇から採取されたというエピソードはすっかり有名になった。が、イベルメクチン商品化をめぐるエピソードはもう一つあるという。馬場氏が続ける。


「1981年、イベルメクチンは動物薬として商品化されることになり、大村先生を始めとする北里研究所とメルク社で特許料に関するライセンス契約が話し合われました。


最初の交渉で、メルク社は『オオムラが発見した放線菌の菌株を3億円で買いたい』と提案した。研究所の理事会はこの提案を受けようとしたのですが、大村先生は買い取りを拒否した。この薬が生み出す利益はそんな程度で済むものではないと読んだのです。


結局、最後はメルク社側が折れ、大村先生の提示した条件を飲んだ。その後、メルク社側から北里側に支払われた金額は現在までで200億円を超えています。あのとき菌株買収を拒否していなかったら、北里側は3億円にせいぜい若干のお礼を手にするだけで終わっていたでしょう」


この莫大な収入を、大村さんは北里研究所の建て直しにつぎこんだ。


大村さんが北里研究所の副所長に就任したとき、研究所は3億~4億円の赤字を抱えた貧乏研究所だった。大村さんの妻は「大学の教授に落ちついてやっと給料もちゃんと入るようになったのに、また給料の安い研究所に戻るなんて……」とぼやいていたという。


ところが、構造改革、人材育成に取り組んだ大村副所長は、貧乏研究所を金融資産230億円以上の黒字施設に回復させた。研究者として超一流であることは言うまでもないが、経営者としても傑出した能力を発揮するアイデアマンなのだ。


「先生には商人的感覚がある。ご本人もマイクロソフト創業者のビル・ゲイツが大好きなんです。彼は学者ではないけれど、一人であれだけの財を成した。その姿に共感するようですね」(前出・功刀氏)


いわゆる「専門バカ」とは違う。そんな幅の広さを象徴するのが、大村さんの絵画熱だろう。


■負けず嫌いの根底にあるのは「東大への対抗心」


ノーベル賞報道がなされたとき、人々の度肝を抜いたのは、数年前に韮崎市の自宅跡に建てた自前の美術館を韮崎市にポンと寄付していた、というエピソードだ。


大村さんは、イベルメクチンだけでなく、これまで26もの医薬品の商品化に成功している。医薬品研究者は生涯に一つ商品化できるものを見つけられたら大成功、といわれており、商品化されればそれほど実入りは大きい。特許料は研究所に入るとはいえ、その一部は、当然、大村さんに支払われる。


かつて公表されていた高額納税者名簿によれば、大村さんの'03年分の納税額は1億3,500万円で、山梨県の高額納税者第3位だ。当時の税制で計算すると、推定年収は3億6,500万円! しかも単年だけの一時的な収入ではないから、大村さんは、まさに山梨きっての大金持ちなのだ。


が、周囲の人々は、大村さんの私生活は、いわゆる金満家とはかけ離れたものだと口を揃える。


「取材で何度もご自宅に通いましたが、私が接した限りでは、私生活で華美な消費をしている印象はまったくありませんでした。そもそも大村氏には贅沢をしようという発想がない。絵画も投機が目的ではなく、あくまで子供の頃から好きだった絵を見て心を休めたいという目的で買っていました」(前出・馬場氏)


六十数年来の付き合いの功刀氏に至っては「あの人には、豪華なものとか派手なものは似合わないですよ」と大笑いする。


「大村先生は高級ホテルやレストランでは食事はしません。田舎流です。町の飲み屋とか学生が泊まるような宿が大好きで、みんなでワイワイやっています。


好きな酒は焼酎。いつも自分の焼酎ビンを持っていて、山梨に帰ってきたときは、その焼酎ビンを抱えて行きつけの蕎麦屋に行くんです。


自宅は教え子たちの合宿所にしており、合宿が始まると先生は自分の親まで呼んでいました。とにかくオープン。あけっぴろげです」


大金持ちだが気さくな先生は、故郷と絵画と本と教え子を愛している。


「先生の負けず嫌いは相当ですが、その根底にあるのは、東京一極集中、わけても東大への対抗心です。


どこかの大学を卒業した後に東大大学院へ進学した人が、周囲の受けをよくしようと、学歴を東大卒とするでしょう。先生はそれががまんならない。だから、ことあるごとに『自分は山梨大学卒です』と公言しています。山梨の人間としては嬉しいですよ。


肩書なんて必要ない、という矜持が先生にはある。それが人を惹きつけるのではないかと思います。努力家でもありますが好奇心旺盛で、読書も欠かさない。学士院会員なだけに、他の分野の学者との交流もあるから、話題もボキャブラリーも豊富で、座談の名手です。


時折冗談をはさんで場をなごませるのもお手のもの。12月のストックホルムでのスピーチを今から楽しみにしていて、『スウェーデンの王様に笑ってもらわなくちゃ』と、すでに息巻いているみたいですよ」(前出・功刀氏)


こんな面白い研究者が出るのだから、日本もまだまだ捨てたものじゃない—そんな気持ちにさせてくれる大村さんの授賞式を、われわれも楽しみにしよう。


「週刊現代」2015年10月24日号より



                          ◇


                       ノーベル賞】大村智 記者会見中に安倍総理から
                       電話が来て普通 に会話w 2015年10月5日
戦後の学生運動は、左翼系がほとんどでしたが、その閉鎖性を打ち破ったのが、「マルクスなんかしらないよ」で始まった個を主体とする日大全共闘の戦いだったと思います。半世紀を経て、今の若者たちにも、その精神は受け継がれているように感じます。
以下、日大全共闘議長だった秋田明大氏の記事を、野次馬雑記様より転載させていただきます。


No 396 週間アンポで読む1969−70年 「秋田明大獄外記 」

                                     2015/8/7(金) 午後 4:51
「週刊アンポ」で読む1969−70年シリーズの2回目。
この「週刊アンポ」という雑誌は、1969年11月17日に第1号が発行され、以降、1970年6月上旬までに第15号まで発行された。編集・発行人は故小田実氏である。
今回は、「週刊アンポ」第10号に掲載された「秋田明大獄外記」である。

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【「秋田明大獄外記」 週刊アンポNO10 1970.3.23発行】
秋田明大はくだらねえ、という声をはやく聞きたい・・・彼はじぶんからそういった。そしたらおヨメさんももらえるし・・・。しかし、動き出した人間・秋田明大はその動きを止めるわけにはいかない。右翼におそわれた全共闘学生は死んだ。秋田は怒った。
より日大をかたれ、よりたたかえ、これが秋田明大の、いまの、スローガンだ。
オレは逃げていると思う・・・彼はこうもいう。彼が逃げれば逃げるほど、彼の好きな<自然>に近づいていく。<自然>との距離がせばまればせばまるほど、現代の秩序、現代の権力のメカニズムは、秋田明大をとらえようとするだろう。
自然児・秋田明大は逃亡する。自然児・秋田明大は逃げることで権力にたちむかう。10ケ月の空白のあとで、動き出した人間・秋田明大<何処にいる?>

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たくさんの犠牲があった。68年の5月に日大闘争が急激に爆発する以前に、すでにものすごい犠牲が出た。
退学させられた学生たち、追い出された教官たち、こうしたひとびとのことを僕たちは忘れることはできない。こうしたひとびとが、68年6月以前に、困難なたたかいを持続していたからこそ、日大闘争は開始されたのだ。

68年に全共闘運動が始まった。この運動は歴史的必然だった。
それまでのたたかいというものは、いわゆる革命理論を立てることから出発していたけれど、全共闘運動というのは、あるいはベ平連運動というのは、自己解放という視点からスタートした。
それからもうひとつは、直接民主主義という視点。

全共闘運動のなかからたくさんの犠牲が出た。いや、今だって出ている。
1700近く、という数字は、日大闘争のなかで逮捕された学生の数だ。一万名以上、というのは負傷した学生の数だ。
日大では、この数字は当然のことだ。ほんとうは当然ではないんだが、日大の現実を見ていると、当然のように思えてくる。

68年4月25日、20億円の不正事件が明らかになった。会頭古田は、それにもかかわらず、いなおりつづけた。
日大闘争は、この事件の追求から始まった。それを追及するのは当然のことだった。日大生でなくても20億円横領に怒った。だから・・・。

68年6月11日、古田の追求集会を経済学部前で開いていた。、そこにはたぶん5千名をこえる日大生が集まっていた。
そのとき、二階の窓から、砲丸や鉄製のゴミ箱がとんできた。学生たちはたくさんケガをした。投げたのは三百名ほどの日大右翼だった。
機動隊が構内に入ってきたのは、そのときだ。彼らは機動隊を拍手で迎えた。逮捕されたのは、しかし、僕らのほうだった。右翼はだれひとり逮捕されなかった。

日大では、自民党が倒れないぎり、たたかいはおきない、よくそういわれていたことを覚えている。日大闘争のおきる前だ。
しかし、僕らは自民党が倒れるのを待っているわけにはいかない。いや、待っていればいるほど、自民党は倒れないのだ・・・。
僕らはすでに、たたかいを始めてしまったのだ。このたたかいを推進するほかに、僕らの進むべき道はない。

全共闘運動は、日大闘争は終息したとよくいわれる。だが、たたかいは始まったばかりだ。

「敵を恐れるな・・・せいぜい敵は君を殺すことができるだけだ・・・友を恐れるな・・・せいぜい君を裏切ることができるだけだ・・・無関心な人々をこそ恐れよ・・・彼らは殺人も裏切りもしない・・・だが彼らの暗黙の承認の前に、この世に殺リクと裏切りが存続するのだ」

現在という時代を生きていくなかで、僕らは悪しき秩序、悪しき知恵を得て生きて行く。人間性をすりへらして生きることを要求される。
これが大衆なのだ。さまざまな自己矛盾をかかえて生きている。その自己矛盾が何であるのかを、ひき出していくことによって、僕らは大衆であることを脱皮していく。否定的な意味での大衆であることを。

久しぶりに、ある友だちに会った。彼は昨年までいっしょにたたかった仲間だ。そして今は、ある会社に就職している。
職場で優秀な人間であるといううわさは前から聞いていた。優秀ということばの意味を、僕はかなり否定的にとらえていた。彼の場合。
ところが会ってみて、僕はうれしくなった。彼は昔とかわっていなかた。あいかわらずシンのある人間だった。
職業を否定することはできない。そうである以上、僕らはたたかいながら働くことが必要だ。友だちは実行者だった。

友だちはいま、どこかの組織に入っているわけではない。少なくとも名目的には。しかし、ある種の結びつきはある。その結びつきは、いわば個と個の結びつきとでもいうべきものだ。
個と個の結びつき、というのは非常に強いものだ。全共闘運動というのは、こうした個と個の結びつきを大切にする。
だから、全国全共闘が、いわゆる八派の連合になっているのはまずいことだ。このことを、他人事のようにいうことはできない。僕にも多くの責任があるのだから。
けれども、全国全共闘が八派連合になっているという矛盾をインペイすることはできない。それは、たたかっているひとびとに対するギマンだ。

全共闘を解体しようという声がある。全共闘を止揚しようというのなら、話はわかる。だが、止揚と解体はけっして同じものではない。
全共闘解体に、僕は正面から反対する。

2月25日、午前10時20分、日大全共闘に加えられた弾圧。

日大全共闘文理学部闘争委員会の学生30数名が、文理学部府中校舎の1年生に対して、「古田新支配体制粉砕!」のため、京王線武蔵野台駅前にて、同日午後4時から開く予定の「2・25 1年拡大討論集会」の呼びかけのビラを配布中、文理府中校舎方向より駆けつけた日大アウシュビッツ体制の右翼警備員2〜30名―この右翼連の一部は文理世田谷校舎からトヨエースで駆けつけた。後に判明するーに丸太(直径5センチ)、鉄パイプ、木刀で襲われ、多数の重軽傷者を出し、この混乱に乗じて卑劣にも国家権力―機動隊は被害者である文理学部闘争委員会の学友29名を逮捕していったのである。

このとき、日大全共闘、中村克巳君は傷つき、3月2日午前7時20分、死亡した。

左側頭部に3センチ四方の陥没骨折。

イメージ 3

(中村克巳君が被っていたヘルメット。「日大930の会」にて。)

警視庁発表<3月2日午前11時>中村君は交通事故死。理由―1.電車の車体にヘルメットの塗料がついていたという目撃者がいる。2.運転手の証言によると「ガツンという音がしてショックを感じたので急停車した。」
よって運転手の業務上傷害致死事件として捜査する。

府中署公式見解(2月25日)の修正見解。
「証人の調べで、鉄パイプ等は全共闘学生のものではなかったことが判明。したがって、これまで被害者としてのみあつかってきた体育会系学生を、過剰防衛の疑いがあるので、暴力行為容疑で取り調べる用意がある。しかし、体育会系学生は現在スキーに出かけているので、いますぐには取り調べはしない」

病院発表・・・「中村君の体の傷は、左側頭部の傷以外にはなく、服も汚れていない」
目撃者の証言・・・「運転手は車掌の車内電話の知らせではじめて知り、急停車した。ガツンという衝撃ではない」

中村君を殺したのは、日大右翼であり、それをあやつる古田体制である。そしてさらにそれと結びついた国家権力である。
たとえ百歩ゆずって、中村君の死が交通事故であったにせよ、殺人者は右翼と古田理事と国家権力なのだ。

日本大学は大学ではない。これがわれわれの日大に対する認識だ。われわれというのは、すべての日大生、ということなのだ。
学問・研究の自由はない。自治会活動は圧殺される。各学部学生分断支配。集会・出版の自由は口にもできない。右翼警備員の検問、検閲体制。農獣医学部の小林忠太郎講師ら、まともな学者の追放は昔からだ。
失うものは、われわれには何ひとつない。

ぼくには、たたかいが日常だ。
3年前、闘争と日常は僕のなかで分離していた。集会やデモのあと、その次は映画、あるいは酒、というふうに。
けれども、いつのまにかこうした分離がなくなってきた。それを僕は不安だとは思わない。

日常性というものを、僕はたいへんに恐れる。バリケードのなかにも日常がある。その日常に埋没していくことはたやすいことだ。そしてそれは危険なことだ。
しかし、僕は、日常性を拒否しない。うまいものを食べること、いい家に住むこと、こうしたことをダメだと誰がいえるだろう。
ソボクな欲望をおさえることを、僕はしない。
自己をいつでも変革していかなければならない。しかし、この自己変革と日常性は互いに矛盾するものではない。

家族帝国主義フンサイ!とよくいわれる。けれども、これで親の愛情を否定できるだろうか。否定できないものとしてあることを、僕は認めよう。

日大闘争にかかわっていることを、僕の親は最初知らなかった。新聞に僕の名前が出たとき、親は東京に出てきた。ビックリしたからだった。
「バカみるのは、お前だけだよ」と父親はいった。僕はこたえた。「お父ちゃんは学生を裏切ってもいいのか」
おやじは何もいわなかった。体にだけは気をつけろ、そういっただけだ。

「はやくヨメをもらえ」
このまえ、おやじはいったものだ。
「でも、食っていけないよ」
「おまえの分だけ、オレが働けばいいんだから」

まだ結婚はしない。日大闘争をもっと押し進めなければならない。それに第一、あるひとりの女性を、独占することはできない。コレガオレノ女ダ、ということはキライだ。性というものが、相手を独占することなく、解放されるとはどういうことなのだろう。もしかしたら、それがわかるまで結婚できないのかなあ。しかし、これはちょっと大変だ。

はやく「秋田はくだらねえ」といわれたい。そしたら議長もやめられる。運動ももっとよくなる。
人間は単純なのがいい。とにかく自然が好きだ。

東京の雨、いなかの晴天、これが好きだ。

自然に生きるために、いま、たたかわなければならない。

(終)






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