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『共犯幻想』を読んで

全共闘運動の本質は、参加した個人個人それぞれの意識であり、そもそも何故みんなその運動にかかわったのか、そして、その中で何を得たか、が大事だったのだと思いますが、今まで余りその核の部分が表現されていないのでは、との思いがありました。しかし、最近知ったこの『共犯幻想』という作品は、それを読むものに、かなり的確に伝えてくれている、と感じます。
 
 
 
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以下、ウィキより。
 
共犯幻想』(きょうはんげんそう)は、斎藤次郎原作・真崎守作画による日本の漫画
作品である。
あらすじ
とある地方の県立丸山高等学校の時計台、学校当局と対立し当初は五十人近くいた籠城者も、機動隊による強制排除の前日には矢吹竜彦、岬涼子、蓮見四郎、柊幸夫の四人に減っていた。最後の夕飯のインスタントラーメンを食べ終えた矢吹竜彦が皆の前で切り出す「(籠城者の)数がへったことなど大したことじゃない」「ぼくが気になるのはどうして〈最後の一人〉じゃなくて〈最後の四人〉なのかだ」「どうして〈ぼくたち〉なんだ」「知りたいんだ、どうして四人が残ったのかその理由を」。そして竜彦、涼子、四郎、幸夫の順に各人は自分の過去を語り出す。四人はそれぞれ異なる凄絶な過去を背負い、その痛みを抱えて時計台に残っていたのだった…

 
 
 
                     ◇
 
 
 

 『週刊漫画アクション』の、1972(昭和47年)46日号から1973 (昭和48年)14日号の間に全36話が掲載されていたようですが、当時全く知りませんでした。
その頃は、ほぼ全共闘運動は終焉していましたが、まだ、その息吹を十分感じることが出来る時代だったと思います。
 
一人一人が全共闘、と言われましたが、その元々の出発点は、それぞれの人生の挫折やら解決できぬ苦悩であったのだと思います。特に、少年少女時代の、どこかまわりと違う自分を意識したあたり、ではなかったでしょうか。
この作品の登場人物たちは、
 
 
最初の穴は、ぼくたちの生まれ落ちたこと・・自分の中の欠損を自覚する・・・というのが出発点だった
 
 
と語りますが、自分が生きていることを、様々な理由から、自然に受け入れることが出来ない人間たちなのだと思います。
私も、昔、小学生高学年の頃の学級会・・なぜみんなあんなに建設的な発言をすらすらできるのか、ついていけない自分がいました。
 
 
 
リーダー格の竜彦は、小学生の頃、蛹から蝶となって飛び立つキアゲハを見たことに衝撃を受け、その後、自死しようとしたことがありましたが、密かに、籠城戦の最後に、一人となって時計台から飛び降りることを考えていました。しかし、彼の予想に反して、他の3人から信頼され、4人が残ったことが、彼を生へと引き戻します。
 
 
 
 
 
当局による強行突破によって 彼らは、警察に逮捕され、バラバラにされますが、
お互いに仲間を信頼することで、警察の巧みな取り調べにも、少し揺るぎながらも完全黙秘を貫き、さらに強い結びつき(共犯者)となります。
 
 
そして、家裁での審判
 
----どうして死ななければならなかったの?
翅がないからです
---いまも翼が欲しい?
いいえ
---なぜ?
翔ぶべき空がない
 
---世界全体が檻なの?
ひとりひとりが檻なのかも知れない
 
 
自分の欲求や期待さえが自分の中だけでは自己完結できない
そのことをぼくたちは知ってしまったんです
ぼくはぼく自身の存在を
継続するためにだけ生きてきました
その結果
自分のためにだけ生きるぼくを
必要とするらしい三人と出逢ったんです
 
 
 
ひとりひとりが分断されている、という意識は、当時、私たちも感じていましたが、
それを、共に生きる関係性に変えていくことは、とても困難なことであるのもわかっていました。それでも、問題提起だけでもしておかなければ---何とか私たちの人生を自分たちの手に取り戻したい、という思いがありました。
 
それが、「ベトナム戦争反対」、「管理教育粉砕」、といったスローガンとなったのだと思います。
 
 
 
 
 
彼らは、退学処分となったものの、その行動は、いつのまにか、彼らのまわりの、家族や教師、部活仲間、といった人たちの意識を、大きく変えていました。
 
 
 
学園闘争というと、セクトの内ゲバや爆弾闘争、といったものが取り上げられがちですが、、本来の全共闘運動は、入るも自由、出るも自由、といった極めて個人を重視した開放的なものでした。この作品でも、封鎖しながらも、一カ所だけ、道を残しておく選択をしますが、‘連帯を求めて、孤立を恐れず’といわれた当時の私たちの精神を示してくれているように感じます。組織や秩序、管理、が優先されがちな日本社会では、個人の自由を何より尊重する、とても先進的な運動体でしたが、この作品では、高校が舞台とされている分、より純に描かれていると思います。
 
 
 
なにかのはじまりは
私たち以外の目には
なにかのおわりに見えるでしょう
しかし いつでも
おわりからはじまるのです
 
 
 
全共闘運動の終焉は、この作品のラストシーンで描かれたように、何かの始まりとなったのかどうか、は定かではありませんが、何も変わらぬ、と思っていた日本で、その後、二度の政権交代が実現されたことは、私たちが諦めなければ、少しずつでも、社会を変えていくことは可能なのだ、と教えてくれたのだと思います。
 
 
 
                            ◇
 
 
 
 
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題名に誘われて『幕末不戦派軍記』(野口武彦著 講談社)を読んだ。
 
 
「業平組」と称する幕臣の下っ端4人組が、長州、上野、日光、会津、仙台、そして函館と戊辰戦争の戦地を巡る小説。
元は、実在の人物達(在京在阪中日記)をモデルにしているのだが、戦意はまるでなく、戦地に向かう道中をいかに楽しく食べたり遊んだりして過ごせるかを考えているお気楽な男達の話。
 
太平の続いた徳川の世の最後を象徴するかのような幕府直参の御家人達にあきれるばかりな話ではあるが、その後の日本の歴史を考えれば、ホッとさせられる面もある。
もちろん、そんな人達も少なからずいただろうから、血気盛んな薩長に勝てるわけはなかったのかもしれない。
軍記と言うだけあって、それぞれの戦いはかなりしっかり資料にあたっているようで、新撰組や戊辰戦争に興味のある人たちの期待も裏切らないように書かれており、また当時の農民達や町民がどのように暮らしていたのか知るにも良き書なのではと思う。
 
 
私が興味を持った箇所(奥羽朝廷の巻より197)
『もう一つ、官軍を水攻めにする秘策も検討された。
            略
この大計画が実現することはなかった。眼の前に立ち塞がったのは信達両郡にまたがって生起した大規模な農民一揆である。農繁期に田畑を戦場とされ、両軍の略奪暴行に晒されたばかりでなく、加重する夫役・助郷の負担に耐えかねた農民が結束して蜂起し、村役人・庄屋を襲って水帳や証文を焼き払い、質屋に担保復権の返済、代官に課役廃止と年貢減免を要求する。博徒の群や盗賊団も村々を荒らし回り、信達地方には無政府状態が発生した。農民は官奥両軍のどちら側にも付かず、自衛のために道路を封鎖して軍勢の通過を拒絶した。すぐ戦争を止めなければ足元に火が付き、明治政府も奥羽同盟も共倒れになりかねない。奥羽の山野は五芒星旗の代わりに筵(むしろ)旗が押し立てられたのである。
 
                     ・・・以上・・・
 
幕末から明治にかけて、多くの農民一揆が発生したが、その背景に幕府・官軍による農民への重税、略奪、戦争被害、治安悪化があったことは間違いないと思う。
 
明治維新は日本の近代化のために必要な革命だったと言われるが、幕府・官軍の争いに殆どの国民(農民)は関心がなく、むしろ生活を破壊する戦争に反対していたのだと思う。
 
また、戊辰戦争の戦死者は18686人と算定されていて、アメリカの南北戦争の死者62万人よりはるかに少ないといわれるが、その理由は、この本に出てくるように不戦派の幕臣が多かったことと、何より国民が殆ど参加することはなかった戦争だったということだと思う。
 
その後、どちらかというと戦争を好む薩長が明治政府を作り、多くの農民の反対を抑えて日本に徴兵制を導入し、国力の殆どを国民の生活より軍備に費やし、海外へと向かっていくことになってしまった日本だが、その出発点となった明治維新をもう少し多角的に見直すことが必要な時期になったのではないかと思う。
 
 
(私の「みんなの政治」への過去投稿より)

採点:5点満点中1点5点満点中1点5点満点中1点5点満点中1点5点満点中1点
みんなの議員評価「国政調査権」で「事前試写」とは
稲田衆議院議員殿

 すでに投稿されている方もおられますが、昨日の新聞記事によるとあなたは「文化庁」を通じて民間映画配給会社に公開前の「靖国 YASUKUNI」の試写を求め、それが一種の「国政調査権」に基づくものと語っているとのことですが、「国政調査権」とは議院・委員会の承諾がなければ行使できないのではないでしょうか。又、あなた方は独立行政法人から「助成金」がでているのも問題視しているようですが「助成金」の是非については今後も国会で論じられていくはずでしょうから、独法・助成金のあり方全体の議論の中で論じるべきことと思います。弁護士て゛もあられるのでしょうから、もう少し順法精神を持って頂きたいと思います。

 ホームページで「明治維新」は「天皇親政」を実現した画期的改革であり、小泉改革がそれに次ぐものといわれています。しかし、私は、「明治維新」は新政府側がその権力獲得のため、天皇を利用した暴力革命であると思っています。その後の軍事優先の強力な中央政権国家の出現は、多くの日本や他国の方の生命を奪う戦争へと突入し、先の大戦での米国の原爆投下による終戦という不幸な結果を招いたと考えます。

 先日NHKの番組で長岡藩の河井継之助をとりあげていました。彼は、新政府が武力で中央集権国家を作ることに異をとなえ、日本は暴力に頼らず平和裏に諸藩(地方)連合国家として歩むべきと主張したようです。しかし、新政府は一切耳を傾けることはなかったといいます。又、国民の唯一の抵抗手段であった「百姓一揆」の発生件数は、幕末よりも明治初期のほうが多かったと記録されています。そのことからも、武力によって達成された「明治維新」は大多数の国民にとっては決して望んだものではなく、逆に経済的窮乏・不安を与えたものと考えます。

 翻って、現在の日本をみれは、国民の意向を無視した政治(軍事優先の中央集権体制)が今も続いています。国民・地域より「国家」が上と考える政策はもう終わりにしなければなりません。そうでなければ、靖国に祭られている方を含め、幕末から現在にいたる戦争でなくなった多くの方の魂を救うことは出来ないとおもいます。
 
 
 
 
投稿者:mushin1967さん
投稿日時:2008310日 1552
支持する:307  支持しない:38
 

 

 
 

今年、語り場のウェスティーさんの紹介でこの本を読んだ。

岩波書店から出ている分厚い本だが、中身も厚かった。
本当の外交とは、かくも底の深いものなのかと驚かされた。

世界各国の歴史と現状を正確に把握しつつ、自分の国の国益を求めて双方納得いくまで何度も話し合い、マスメディア対策まで議論を重ねて慎重にアイディアを出し合っている。

二人の議論からは最後に信頼感さえ生まれている。
この会談によって、米国はヴェトナム戦争の悪夢から逃れ出ることができ、中国は国際的に確固とした地位を得たと言われている。

今、日米、日中、の関係云々言われているが、この対談が行われた1971年の段階ですでに米中関係はしっかり築かれていたのだ。というか元々米中は仲が良かったようだ。
会談の中でも両国は「日本は余り信用できない」「日本の軍備増強は好ましくない」点で見事に一致している。
今、米軍基地やアフガンの問題が騒がれているが、そもそも日米同盟など最初から信頼関係で成り立っていたのでないのは明らかなのではないだろうか。

いつまでも対米自立が出来なければ、日本はまともな独立国とは言えないし、経済の再生もままならないのではないだろうか。
鳩山総理には本物の外交を是非始めてもらいたい(-_-)

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