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全共闘運動の本質は、参加した個人個人それぞれの意識であり、そもそも何故みんなその運動にかかわったのか、そして、その中で何を得たか、が大事だったのだと思いますが、今まで余りその核の部分が表現されていないのでは、との思いがありました。しかし、最近知ったこの『共犯幻想』という作品は、それを読むものに、かなり的確に伝えてくれている、と感じます。
以下、ウィキより。
『共犯幻想』(きょうはんげんそう)は、斎藤次郎原作・真崎守作画による日本の漫画
作品である。
あらすじ
とある地方の県立丸山高等学校の時計台、学校当局と対立し当初は五十人近くいた籠城者も、機動隊による強制排除の前日には矢吹竜彦、岬涼子、蓮見四郎、柊幸夫の四人に減っていた。最後の夕飯のインスタントラーメンを食べ終えた矢吹竜彦が皆の前で切り出す「(籠城者の)数がへったことなど大したことじゃない」「ぼくが気になるのはどうして〈最後の一人〉じゃなくて〈最後の四人〉なのかだ」「どうして〈ぼくたち〉なんだ」「知りたいんだ、どうして四人が残ったのかその理由を」。そして竜彦、涼子、四郎、幸夫の順に各人は自分の過去を語り出す。四人はそれぞれ異なる凄絶な過去を背負い、その痛みを抱えて時計台に残っていたのだった…
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『週刊漫画アクション』の、1972年(昭和47年)4月6日号から1973年 (昭和48年)1月4日号の間に全36話が掲載されていたようですが、当時全く知りませんでした。 その頃は、ほぼ全共闘運動は終焉していましたが、まだ、その息吹を十分感じることが出来る時代だったと思います。
一人一人が全共闘、と言われましたが、その元々の出発点は、それぞれの人生の挫折やら解決できぬ苦悩であったのだと思います。特に、少年少女時代の、どこかまわりと違う自分を意識したあたり、ではなかったでしょうか。
この作品の登場人物たちは、
最初の穴は、ぼくたちの生まれ落ちたこと・・自分の中の欠損を自覚する・・・というのが出発点だった
と語りますが、自分が生きていることを、様々な理由から、自然に受け入れることが出来ない人間たちなのだと思います。
私も、昔、小学生高学年の頃の学級会・・なぜみんなあんなに建設的な発言をすらすらできるのか、ついていけない自分がいました。
リーダー格の竜彦は、小学生の頃、蛹から蝶となって飛び立つキアゲハを見たことに衝撃を受け、その後、自死しようとしたことがありましたが、密かに、籠城戦の最後に、一人となって時計台から飛び降りることを考えていました。しかし、彼の予想に反して、他の3人から信頼され、4人が残ったことが、彼を生へと引き戻します。
当局による強行突破によって 彼らは、警察に逮捕され、バラバラにされますが、
お互いに仲間を信頼することで、警察の巧みな取り調べにも、少し揺るぎながらも完全黙秘を貫き、さらに強い結びつき(共犯者)となります。 そして、家裁での審判
----どうして死ななければならなかったの?
翅がないからです
---いまも翼が欲しい?
いいえ
---なぜ?
翔ぶべき空がない
---世界全体が檻なの?
ひとりひとりが檻なのかも知れない
自分の欲求や期待さえが自分の中だけでは自己完結できない
そのことをぼくたちは知ってしまったんです
ぼくはぼく自身の存在を
継続するためにだけ生きてきました
その結果
自分のためにだけ生きるぼくを
必要とするらしい三人と出逢ったんです
ひとりひとりが分断されている、という意識は、当時、私たちも感じていましたが、
それを、共に生きる関係性に変えていくことは、とても困難なことであるのもわかっていました。それでも、問題提起だけでもしておかなければ---何とか私たちの人生を自分たちの手に取り戻したい、という思いがありました。
それが、「ベトナム戦争反対」、「管理教育粉砕」、といったスローガンとなったのだと思います。
彼らは、退学処分となったものの、その行動は、いつのまにか、彼らのまわりの、家族や教師、部活仲間、といった人たちの意識を、大きく変えていました。
学園闘争というと、セクトの内ゲバや爆弾闘争、といったものが取り上げられがちですが、、本来の全共闘運動は、入るも自由、出るも自由、といった極めて個人を重視した開放的なものでした。この作品でも、封鎖しながらも、一カ所だけ、道を残しておく選択をしますが、‘連帯を求めて、孤立を恐れず’といわれた当時の私たちの精神を示してくれているように感じます。組織や秩序、管理、が優先されがちな日本社会では、個人の自由を何より尊重する、とても先進的な運動体でしたが、この作品では、高校が舞台とされている分、より純に描かれていると思います。
なにかのはじまりは
私たち以外の目には
なにかのおわりに見えるでしょう
しかし いつでも
おわりからはじまるのです
全共闘運動の終焉は、この作品のラストシーンで描かれたように、何かの始まりとなったのかどうか、は定かではありませんが、何も変わらぬ、と思っていた日本で、その後、二度の政権交代が実現されたことは、私たちが諦めなければ、少しずつでも、社会を変えていくことは可能なのだ、と教えてくれたのだと思います。
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