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錦織選手、残念でしたが、まさか決勝まで進むとは・・・驚きました。
以下、jijicom様より。
 

「また優勝目指す」錦織との一問一答=全米テニス

http://www.jiji.com/news/kiji_photos/0140909at34_t.jpg
男子シングルス決勝で敗れ、悔しそうな表情で記者会見する錦織=8日、ニューヨーク
 テニスの全米オープン男子シングルス決勝で敗れた錦織圭(日清食品)は、あと1勝の重みを知った上で「また優勝を目指す」と明言した。一問一答は次の通り。
 −試合中の心境は。
 緊張もあったし、きのうも気持ちが高ぶるのをなかなか抑えられなかったので、試合に入るのが容易ではなかった。決勝という舞台で力を出せず悔しい。
 −ランキング上位選手が相手なら違ったか。
 ちょっとあると思う。相手がチリッチで、何回も勝ったことがあるので、勝てるというのが少し見えたのも良くなかった。集中できなかった理由の一つ。ここまで硬くなったのは久しぶり。
 −四大大会優勝に近づいたか。
 格段に近づいている。ワウリンカ、ラオニッチ、ジョコビッチに競り勝つことができて自信になった。夢の世界だったベスト4、決勝。すごく自信になるので、これからもけがを恐れずやりたい。
 −準優勝できた強さは何か。
 気持ちの部分でめげずにやれたことが一番評価できる。テニスも、自分が理想とするより攻撃的なプレーができだしている。四大大会で活躍することが目標なので、また優勝を目指してやりたい。 (ニューヨーク時事)(2014/09/09-11:48) 2014/09/09-11:48
 
 
 
 
                                  ◇
 
圭さんのご両親は、水泳、サッカー、野球、ピアノ、英会話、と子供が好きなら何でもやらせていたといますが、その中でも、テニスはずばぬけた能力があったので、テニスに集中していったようです。
  圭さんは、13歳で米国の名門テニススクールに単身留学しますが、お父様によれば、「日本の中学や高校の部活動は、個性を大事にして育ててくれるようには思えなかった」とのこと。
ちなみに、錦織選手は、81年ぶりとなる四強進出を果たした、と言われますが、かつて、四大大会での四強入を果たした佐藤次郎さんは、1934年に26才の若さで自死されています。国家の名誉のためのスポーツ、といった時代だったのでしょう。圧倒的な個の強さを感じさせる錦織圭さんの今後の活躍を期待します!
 
 
 
 
 
 
日本も、今回の失敗を良い経験にし、共に成長して、いつかワールドカップでボスニアと優勝を争ってもらいたいと思います。
以下、スポニチ様より。
 

オシム氏 苦難経て母国ボスニアH1勝「ブラジル旅行は意味があった」

スポニチアネックス 6月27日(金)10時21分配信
 ◇W杯ブラジル大会1次リーグF組 ボスニア・ヘルツェゴビナ3―1イラン(2014年6月25日 サルバドル)

 元日本代表監督イビチャ・オシム氏(73)の母国ボスニア・ヘルツェゴビナは1次リーグで敗退したが、25日に行われたイランとの第3戦で3―1と歴史的なW杯初勝利を記録した。11年には民族間の対立からW杯予選を含めた国際試合の参加資格が剥奪される寸前までいったが、オシム氏の尽力で最悪の事態は回避。同氏が苦しかった道のりを振り返った。

 私の故郷であるボスニア・ヘルツェゴビナの冒険が終わった。1次リーグ最終戦でイランに3―1で勝ったが、1勝2敗でグループ3位に終わり、ブラジルを後にすることになった。1次リーグを突破できる可能性もあっただけに、結果は残念だが、ポジティブに考えたい。今回は「参加することに意義」があった。

 もちろん負けておきながら喜んでいてはいけない。善戦したからと満足する習慣をつけてはならない。そこには進歩がないからだ。その上で今回の「ブラジル旅行」には意味があったと思う。

 今大会で唯一の初出場国ボスニアは、つい20年前まで戦争をしていた(92〜95年)。たくさんの人間が死んだり難民になった。現在も民族対立は解決しておらず、国民の3人に1人は失業者で、サッカーを除いたら何も残らないような国だ。

 そんな国がW杯に初出場し、国民は喜んだ。代表で民族の違う選手たちが一緒にプレーする姿が共感を呼んだ。サッカーは政治目的に利用されることも多いが人と人をつなぐ力もあるのだということを実感している。

 ボスニアのサッカー協会は11年春にFIFAから資格停止処分を受け、代表チームもW杯予選など国際試合に出られない可能性があった。3民族の代表が交代で会長を務める輪番制が正常でないとされ、規約改正を求められた。旧執行部が全員解任。事実上の臨時執行部である「正常化委員会」が組織され、私が責任者に指名された。プラティニ(欧州サッカー連盟会長)から連絡があって引き受けたのだが、大したことはしていない。大騒ぎしないでほしい。結果的にうまくいったのは協力者たちのおかげだ。

 会長ポストの輪番制は非効率ではあっても、民族平等のため悪くない制度だった。しかし、サッカーに関心のない地方政治家が協会の役職に就いていたり、多額の使途不明金が存在するなどサッカー界の腐敗は深刻なことが分かった。規約改正にとどまらず大幅な改革・刷新が必要だった。

 このままでは代表チームの現場が安心して試合に集中できないと、ベギッチ(現サッカー協会会長)やハジベギッチ(90年W杯ユーゴスラビア代表主将、ボスニア代表監督を歴任)らに協力してもらい、組織改革や財政再建などを進めた。その結果、ボスニア代表がW杯に出場し、苦労が報われた。代表には各民族の選手を取り交ぜて、多くの国民のサポートも得ることができた。(注※)

 今大会でボスニアは、初出場、初得点、初勝利を記録したが、喜んでばかりいられない。初戦でアルゼンチンに惜敗したが、健闘した。いい試合だったからといって、喜んではいけない。繰り返すが「負けても喜ぶ習慣」をつけてはいけない。

 この大会はボスニア人の悪い癖が出てしまった。クロアチア代表にも共通するところがあるが、相手を見下したり、恐れたりする。いわばリスペクトを欠いたり、リスペクトしすぎて、普段の力が発揮できないのだ。自分と相手の実力を客観的に評価できないということでもある。

 強い相手と対戦する時は自信を持つことができない。一方、格下と決めつけた相手には傲慢(ごうまん)な態度で臨み、試合が始まって強い抵抗を受けると動揺し、恐怖感にとらわれる。

 アルゼンチンに善戦しただけで満足し、ナイジェリアには誤審で得点を取り消される不運があったものの、いいところなく敗れた。確かにジェコの得点はオフサイドでなかったし、失点場面はナイジェリアのファウルを取ってもおかしくない。しかし、誤審はサッカーには付きもの。ゲームの一部と割り切るべきだ。サッカーは審判と戦う競技ではない。1点取り消されたら、2点入れればいいのだ。審判レベルも向上してもらいたいが、審判のせいで負けたと言い続けるのは見苦しい。

 敗退が決まり、精神的プレッシャーが取り除かれたイラン戦では、選手たちは伸び伸び堂々とプレーしイランを圧倒した。初戦、2試合目にも同じようにプレーができていれば、別の結果が出ていたかもしれない。

 これからは今回の「初出場」が「最後の出場」にならないよう、引き続きW杯や欧州選手権に出場できるよう努力を続けなければならない。成功を真の成功にするためには、一度うまくいったらそれを繰り返すことだ。

 W杯後、すぐに新しいチームをつくらねばならない。ジェコ(28)やスパイッチ(33)の時代は間もなく終わる。

 ボスニアやクロアチアの敗退に救いがあるとすれば、スペイン、イタリア、イングランドなどが同じ仲間ということか。日本も落胆する必要はない。同じ間違いを繰り返さなければ、今回の失敗は「よい経験」になる。

 ※オシム氏は「正常化委員会」発足後、各派の政治家・指導者を説得し約1カ月半の期限内にサッカー協会内をとりまとめ、FIFAの資格停止処分取り消しに成功。ボスニア代表は国際試合出場資格を回復。オシム氏は13年末までその任にあったが会長就任は固辞し、現在は事実上の非常勤相談役・顧問の立場で代表チームをサポートしている。
結果は惨敗でしたが、敗北の中から学んでさらに成長していってもらいたいですね。
以下、スポニチ様より。
 
 
http://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2014/06/26/jpeg/G20140626008444200_thum.jpg
<日本・コロンビア>コロンビアに完敗し、肩を落とす本田(中央)ら日本代表イレブン
Photo By スポニチ
 主力選手が目標に掲げた優勝どころか、1次リーグ突破すら果たせなかったザックジャパン。惨敗の原因は何だったのか、日本に足りないものは何だったのか。厳しい結果の中にも収穫はあったのか。元日本代表監督の名将イビチャ・オシム氏(73)が、日本の戦いぶりを鋭く分析した。

 【日本の進むべき道】

 スペインやイタリアといった強豪とともに、私の故郷のボスニアや隣のクロアチアも敗退が決まった。日本の敗退も残念だ。C組では、優勝候補のコロンビアを別にすれば、日本は明らかにコートジボワールやギリシャよりもいいチームだった。コンパクトにまとまり、若くエネルギッシュで、モダンなサッカーをしている。決勝トーナメントに進み、対戦相手の組み合わせ次第では、かなりのところまで勝ち進んでも不思議ではなかった。

 日本人選手のすぐれた部分を生かした「日本らしいサッカー」を進めるという方向性は間違っていない。組織性や勤勉性、俊敏性、献身性など日本の長所を生かしたスタイルはまだ完成していない。これから伸びていく余地がまだまだある。

 W杯など大きな大会が苦手だなどというコンプレックスは持つべきでない。チームとして経験を積めば、精神的プレッシャーへの対応もうまくなるだろう。

 また、個別の親善試合で勝つことと、W杯のような数週間の大会で勝ち進むことが同じではないと理解すべきだ。今回は海外組が過半数で構成される初めてのW杯だった。控え選手を含むチーム編成、チーム内のコミュニケーション、キャンプ地の選定、コンディションづくり、その他の経験の蓄積が、今後の役に立つだろう。

 代表チームの基礎力はあくまでもJリーグにある。4年後のW杯ロシア大会を待つまでもなく、2年後にまたブラジルで五輪がある。どんどんJリーグからフレッシュな戦力が登場してきてほしい。

 私が日本にいたころ、試合に負けても「いい経験になった」というのをよく聞いた。勝っても負けても経験だが、それが「いい経験」になるのは、次の機会に同じような間違いを繰り返さずに済んだときだ。この敗戦が「いい経験」になるかどうかは、今後の努力次第なのだ。試合結果  C組日程&勝敗表  日本代表メンバー
[ 2014年6月26日 11:35
オシムさんの故国、ボスニア・ヘルツェゴビナは、1次リーグは不運もあり突破できませんでしたが、ワールドカップ初出場で初勝利しました。
 
 
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              先制ゴールを決めたボスニア・ヘルツェゴビナFWジェコ(右)(AP)
 
ナイジェリア戦で誤審に泣かされたエースのジェコが、見事な先制ゴールを決めるなどで、3-1でイランを下しました。
人とボールが流れるように動く素晴らしい攻撃でしたが、かつて、オシムさんの日本代表が見せたスピード感のある、美しいサッカーを思い出しました。
アルゼンチン戦の敗戦では、厳しい評価を下していたオシムさんですが、この勝利を喜んでくれていることでしょう。
 
『対立』から『共生』へ困難な歩みを続けるボスニアの再生は、私たちの希望でもありますが、この勝利が、ボスニアの人たちへ、さらに勇気を与えてくれたことと思います。
 
 
日本代表は、残念でしたが、日本では、サッカーは、まだ始まったばかり、と思います。
 
以下、3月14日のgoal より。
イビチャ・オシムと宮本恒靖の対談
2014/03/14 14:11:00
 
 オシム: 日本人は背も高くないし、世界では身体的にハンディキャップがある。だが、運動能力(動き回る能力)、積極性(アグレッシブなこと)、技術力の高さなど、現代サッカーにとって必要な資質を、日本人は備えている。なのに、多くの人々が外国の真似をしようとしている。私にいわせれば愚かなことだ。そんなことをしなくても、日本人は自分たちの道を探せるのに。もっと自信を持てばいい。自分たちがやっていることは間違っていないと。他人が日本から学ぶような長所を日本人自身が見つけるべきだ。

オシム:さっき本田についていったのと同じこと。香川も守ってやらないといけない。スターシステム(スター偏重報道、偏愛)の犠牲にならないように。
  特定の選手の人気が出ること、そのものは悪くない。だが、それが選手の助けにならない。逆に足を引っ張っている。ヨーロッパでもメディアに問題はあるが、日本では深刻だ。
 20歳代の若者が、毎日テレビに取り上げられて、おとぎ話のヒーローのような扱いを受ける。彼が一人で成し遂げたわけではないのに。そうした問題は、日本がアメリカ化している問題だといえる。

  
オシムさんの助言は、サッカーに限らず、現在の日本人そのものへの提言とも思います。
 
「情報のあふれた社会に身を置くと、まるで誰かに操られているように自分の考えを持つことが難しくなる。模倣という形で他人の考えを疑いなく受け入れ、サッカーにとって心臓とも言える『考える力』を失う」イビチャ・オシム『考えよ!
 
イメージ 2
 
  
5月6日にBS1で「オシム73歳の闘い」が放送されました。スポーツ関係の人にあまり興味を持ったことはなかったのですが、友人の勧めで「オシムの言葉」を読んで以来、すっかりオシムさんのファンとなっている私でしたが、残念ながら視聴できる環境でなく、諦めていました。しかし、その友人が録画したものを送ってくれたので、すぐ観てみました。
 
 
番組内容
祖国ボスニア・ヘルツェゴビナをW杯初出場に導いたオシム73歳。対立する民族を融和させ、悲願を実現した感動のドラマとは。「オシムの言葉」の木村元彦氏が密着取材。
出演者ほか
【出演】ジャーナリスト…木村元彦,【語り】平岳大
詳細
去年10月、リトアニアのサッカースタジアム。人前でほとんど泣いたことのない大男が涙を流していた。イビチャ・オシム73歳。この日、祖国ボスニア・ヘルツェゴビナが悲願のワールドカップ初出場を決めたのだ。深刻な民族対立で一時は予選参加が危ぶまれていたボスニア。病後の不自由な体にムチ打ち、対立を解きほぐしていったのは、オシムだった。知られざる闘いの日々を「オシムの言葉」の著者、木村元彦氏が密着取材。


 
 

 
イビチャ・オシムは、言うまでもなく、サッカー日本代表の元監督ですが、 残念ながら、2007年に脳梗塞で監督を辞め、故郷のボスニアに帰ってしまいました。しかし、そこで、オシムでなければ不可能と思われる大きな仕事を成し遂げていました。
「オシム73歳の闘い」その経過を丁寧に再現し、ワールドカップ初出場を決めた試合での人々の様子を収めてくれていました。

 オシムを取材したノンフィクション作家の木村元彦氏は、「オシムの伝言」などで有名ですが、オシムをよく理解している方だけに、安心してみていられます。
 
 
ボスニア内戦は、すでにいくつかの映画でも描かれていますが、民族浄化ともいわれるその凄まじさから、内戦が終結しても、そう簡単に和解できるものではないのが現状のようです。
 ボスニアのサッカー界も、民族対立(セルビア、クロアチア、ムスリム)の末20114月に、FIFAから除名され、国際大会への出場も停止となりました。誰も解決できぬような状況となったため、最後にFIFAが是正機関の責任者として就任を要請したのが、オシムでした。
まだ左半身が不自由だったオシムですが、祖国のサッカーの灯を消さぬため、持ち前の自由な精神(「何しに来た。」との出迎えの台詞に、最高のを飲みに来た」といって相手を和ませたり)と、すべての民族から信頼される公正さで、各民族の代表の協力を順次とりつけ、その結果、ボスニアはFIFAに復帰でき、見事にワールドカップ初出場を勝ち取ることができました。

 
 どこの立場になったこともない。しいて言えば、サラエボっ子だ。』
『私には、民族の壁など最初からない。』
 
と公言するオシム以外、誰もその役を果たすことは出来なかったのでしょう。

ボスニアがワールドカップ初出場を決めた昨年1015日のリトアニア戦、アウェイにも関わらず、たくさんのボスニアのサポーターがかけつけました。ボスニアから戦火を逃れていった人たちが、母国の初出場をかけた試合に世界中から集まってきていました。
 
 
『両親を亡くした人、子供を亡くした人、すべてを無くした人は難民となった。そういうことがあっても、一万人以上が集まってくる。大切な時間とお金をかけて、わざわざ来てくれるんだ。』
 
 
オシム自身、内戦で多くの友人を失っており、その視線には、常にそういう人々の姿が入っているのでしょう。
 
 
『サッカーは、関係でできている。民族対立を無くし、良い関係をもたらすことが出来る。
本当は、みんな共存を望んでいる。
しかし、今始まったばかり。まだ自信を取り戻しただけだが、自分を何かの一部だと感じ、人々と共に、道に出て、共に歌い踊る。生活や仕事に希望が戻り、国は再び歩み始めるんだ。』
 
 
多民族国家であるボスニア、選手も観客もすべて多民族のボスニアは、国そのものが多様性や寛容さを前提としなければ成り立たないのでしょう。そういう国を愛する人たちの故国なのでしょう。
何より、多民族共生は、人類の目標でもあると思うので、ボスニアの試みが実を結ぶことを願っています。
現在、ボスニアは、経済危機の中、水害もあり、民族間の争いもまだまだ油断できない状況のようですが、サッカーの持つ力は、確実に国民に希望を与え、勇気づけているのだと思います。
 
 
 
母国の初出場が決まってからのオシムの第一声が、『日本とワールドカップで戦えるといいな。』だったといいます。
 
 
1964年、東京オリンピックで初来日したオシムは、敗戦から立ち上がり、経済復興した日本の姿に目をみはりました。そして、散歩中、見ず知らずの老女から梨をプレゼントされたことにとても感激し、それ以来、日本を好きになってくれたようです。
 
悲惨な内戦後、ビッグチームからの監督就任の誘いがあったにも関わらず、日本の弱小チーム
の監督をひきうけてくれ、日本代表監督にもなってくれたオシム。
残念ながら志半ばで病気となり、生死をさまよいながらも、奇跡的に生還、そして日本を去ることに。
母国へ帰る日、成田には、巻選手やジェフのサポーターおよそ300名がかけつけ、オシムを感動させたといいます。
日本を第二の故郷というオシムは、体調の優れぬ中、今も、日本代表へのメッセージをたえず送ってくれています。
 
 
オシムの故郷、ボスニアと日本が共に勝ち進んで、713日の準決勝で戦う姿を、私も、是非見たい。
 
 
「オシム73歳の戦い」はワールドカップ開催初日に再放送してくれるようです。
BS1 613日(金) 午後900分〜950
祖国ボスニア・ヘルツェゴビナをW杯初出場に導いたオシム73歳。対立する民族を融和させ、悲願を実現した感動のドラマとは。「オシムの言葉」の木村元彦氏が密着取材。
 
 
 
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                     オシムの言葉 日本代表を語る。
 

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