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去年は送ってくれた人にだけ出した。
今年は喪中ハガキの準備さえせずに、
年賀状をくれた人にだけ送るための寒中見舞いを準備した。
以前は年賀状を書くのがまあまあ好きだった。
外注にしても、自分で作るにしても、
センスのいいものを作って、気の利いたヒトコトを書いて。
独身の身でも100通を越えるやりとりのときがあった。
それが人との比較で多いのか少ないのか分からないけれど、
自分内比較では、この2年で激減させた。
準備した寒中見舞いは50通で、それで間に合っている。
近しい友人は「atopiccoはそういうとこ冷たいよね〜」と言うが、
印字の宛名・コメントなし、の年賀状をとりあえず送る人だって冷たいのではなかろうか。
年賀状を書こうが書くまいが、
長年会えないでいてもつながっている人とはつながっているし、
業者も真っ青なくらい味気ない年賀状を毎年送ってくる人とはつながっている気がしない。
郵便やさん、ごめんなさい。
櫻井翔くんがCMしても、そういうわけで私は年賀状ホドホド派。
郵便やさんと言えば、民営化はすごい。
私は新住所になって6年だが、いまだに旧住所の年賀状が届く。
しかも、その間に来ていたであろうDM関係なんかは届かない。
アッパレ、郵便やさん。
旧友の年賀状のコメント。
「久しぶりにみんなで会いたいね」
このコメントを何年も、本人もさほど気にしないで書いているんだろうが、
とにかく毎年書いている友人がいる。
同級生たちもそろそろ子育てに余裕が出てくる頃、それもいいだろう。
今年返信を書きながらハタと気付いた。
私の中のイジワル虫がつぶやく。
「それじゃ、あなたが音頭をとってみんなを集めたら?」
もちろんそうは書かないけど。
去年高校時代の友人が集まる会をいつの間にか私が仕切っていた。
ヒマだと思われているわけではない。
友人たちは私の機動力を信用してくれていて、
なんとなく「任せておくか」っていう感じだった。
感謝されたいわけでも、都合よく思われたいわけでもない。
なかなか腰をあがられずに、結局は企画が流れてしまう思いをするより、
自分がやったほうが楽なのだ。
「久しぶりにみんなで会いたいね」の友人はそんな気にならないんだろうな。
そんな視点を持ちさえしていないんだろうなあ。
芯のありそうな友だちになら、冗談めかして「自分でやったら?」って言えるけど、
この子、そうじゃないしなあ。
そうやって、年賀状を出したい人がちょっとずつ減っていく。
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