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3月12日から職場が避難所になった。
福島県浜通りでの津波から命からがら逃れてきた人たちが
最多のときには500人、今は落ち着いて100人ほど避難生活を送っている。
家族を失い、友人を失い、家や財産を失い・・・。
自分の判断ミスで、家族が家に戻ってしまい命を落とした、と自分を責める人がいる。
そして彼らが今失おうとしているのは、食い扶持だ。
勤め人だけではない。農業漁業酪農従事者たち。
原発。汚染。風評。
避難所がある市内では、まだ自分の生活も普通には戻っていない人も多いのに、
それでもたくさんの支援が届く。人の温かさがしみる。
国内・海外からの支援も続く。
新聞やテレビ映像を見れば、実にさまざまの人たちが支援活動をしてくれている。
余震や放射性物質には怯え続けているが、支援のおかげで避難所の生活は用が足りてきている。
つい先日まで、彼らに必要なのは、あとはガソリンだと思っていた。
今日ふと思った。
必要なのは学びの場だ。教育だ。
子どもだけでなく、大人にも。
放射性物質に汚染されたかもしれない地であっても、彼らの尊い故郷。
故郷で安心して農業や酪農に従事して暮らせる日まで、
我慢強く、思いやり深く、命の尊さを知る彼らが、
キラキラと夢を語る場所ができないものだろうか。
小中高校や職業訓練校を中心としたコミュニティを作れないものか。
故郷へ帰れる日まで、生を共有できた家族や仲間といっしょにキラキラとほほ笑む場所が。
あんなにも秩序正しく勤勉な彼らに、
働いて生計を立てる喜びを、別の形でもう一度味わってはもらえないものか。
募金もありがたい。当面は。
風評や偏見から彼らを法的に守り、
長期的な支援を組み立ててくれるのは誰なんだろう。
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ほんとうにそうですね。素敵な考えだと思います。
なかなか難しい問題ですが、早く解決策と笑顔がもどることを願います。。
2011/4/3(日) 午前 1:45
ローズウッドさん、ありがとうございます。
2011/4/3(日) 午後 8:29