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どんなに頑張っても
知恵を尽くしても 敗れることはあります そんなとき必要なものは
「自分を許す勇気」だと思うのです 「自分はだめだ」
「こんな人間はだめだ」と 自らを責める思いもあるかもしれません だけど・・・ 「自分を許す勇気」も
必要だと思うのです 「自分なりによくがんばった」
「力の限りを尽くした」 「だけど、力及ばなかった」 「これについては、しかたがない」と・・・ そんなときには
「自分を許す力」を
「自分を許す勇気」を持ってください
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ありがとう♪
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人間というものは恵まれた順境が続けば、 どうしても知らず識らずのうちにそれに馴れて安易になりやすい 昔から“治に居て乱を忘れず”ということが言われ、 それはきわめて大切な心構えであるけれども そういうことがほんとうに100%できる人はおそらくいない やはりどんな立派な人でも無事泰平な状態が続けば、つい安易になる 安心感が生じ 進歩がとまってしまう それが困難に出会い逆境に陥ると そこで目覚める 気持を引き締めて事に当たる そこから 順調なときに出なかったような知恵が湧き 考えつかなかったことを考えつく 画期的な進歩、革新もはじめて生まれてくる 松下幸之助
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もっとお金が欲しい 刺激のある仕事に就きたい 本物の恋がしたい それなのに望みがかなうのは夢のまた夢 なぜだろう・・・ ほとんどの人は うまくいかない立派な理由を いくつも並べて言うでしょう 私は頭が悪いから 私は気が弱すぎるから 私は年を取り過ぎているから でも、それって、もしかしたら言い訳に過ぎないのかもしれない・・・ 頭が悪いと嘆く人は、たとえ良くなったとしても 「私は頭が良すぎて器用貧乏なのだ」と言い訳をするでしょう 気が弱いと嘆く人は、たとえ強くなったとしても 「私は気が強すぎるので協調できなくて失敗する」と言い訳をするでしょう 年を取り過ぎていると嘆く人は、若い頃も 「私は若過ぎるから社会に理解されないのだ」と言い訳をしていたと思うのです 言い訳などそこらじゅうに転がっています 人間の一番気づきにくいところは たとえ気づいていたとしても、認めたくないところは 『恐れを抱いている』ということかもしれない 我が身に加えられる暴力以外に恐いものなど 誰しも、認めたくはないものです 「恐がってるなんて、とんでもない」と・・・ ルーズベルトが、恐れについて、このように言っていたのを思い出します 「われわれが恐れなければならないただ一つのものは、恐れそのものだ」と・・・ できない理由を、理路整然と述べたところで 現実は一向に変わらないのに 言い訳をする人たちは、それが格好よいとでも思っているのでしょう 立派な理由なんかいらない・・・ 昨日より今日、今日より明日が、進歩していればいいのだから そのためには、必要なことは・・・努力すること もしかして、人生は、それが問われているのかもしれません 『努力によって、運命は変えられる』 私は、そう信じています
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いきなりですが・・・この世の中で、「劣等感」を持っていないというような人は、いるのでしょうか。私は、いないと思うのです。また、「優越感」というものも難儀なものでして・・・実際には、劣等感の裏返しであることが多いようにも思います。 実際・・・劣等感の種を探したら、きりがありません。自分のことばかりを考えてみれば、それはわからないものですが、他の人を見ていれば、それがよく分かることに驚かされます。 人は、みな、様々なことで悩んでいます。見ていれば・・・「もう、いい加減にしてよ」という感じがすることも少なくないのではと思います。そして・・・「自分も、あんな感じなのかな」と思ったら、「劣等感に悩むのは、ほどほどにしなければいけないな」という気持ちが起きてくると思うのです。 大勢の人たちが、一人ずつ、タコのようにタコつぼのなかに入って、それぞれ劣等感と格闘している様子をイメージされてみてください。 タコは、タコつぼのなかに入っているうちに、つぼごと海から引き上げられ、漁師に捕らえられてしまいますね。つぼから出れば逃げられるのですが、「つぼから出たら危ない」と思って、一生懸命、つぼにくっついているのです。つぼのなかにいればいるほど危険であるのにもかかわらず、それはまるで好んで入っているといったような姿です。 劣等感に悩む人は、タコつぼのなかに入っているタコと同じようなものだと思います。その劣等感に悩めば悩むほど、自分の人生を危機にさらしているようなものなのです。 「自分が傷つくのは嫌だ。かわいそうな自分を傷つけたくない」と思って、一生懸命、つぼのなかに自分をかくまい、「こうすれば自分は傷つかない」と思っているのですね。自分の内面に深く降りていき、その世界のなかにいるわけです。 したがって、そこから思い切って出てしまう必要があると思います。それは、劣等感と優越感のあいだを揺れ動くのではなくて、違った道を見つけるということです。発想を変えてみることによって、ユニークな自分というものが見えてくることがあります。他者との単なる比較だけでは決着がつかない、自分自身の素晴らしさ、独自性が見えてくることがあるのです。その自分を愛することが非常に大事なことであるのです。 劣等感は誰にでもあります。どうか、それにあまり執着しすぎないようにしてください。劣等感に悩み、タコのようにタコつぼのなかに入っていたら、その悩みを持って生きているだけで一生が終わってしまうことにもなりかねません。 できることならば・・・劣等感との闘いの体験を、自分だけのものにしないで、もっともっと普遍化し、客観化して、他の人の考えの材料になるようなところまで、ご自分を高めてみてください。劣等感を慰める材料はたくさんありますし、あなたが劣等感を克服したら、その方法を他の人々に教えてあげる機会は幾らでもあるはずです。 劣等感は誰もが持っているものであるということを知り、そこから抜け出すことが新たな幸福への一歩だと思うのです。
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