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新年を向かえ心改まるのだが、長続きしない(笑)
今年は、PC取り替えたり めんどくさいことが多そうだ。 そうそう、バックアップ用の
ハードディスクが壊れた。ショック。出だしよくないのか?
チャレンジ精神だけは忘れないようにしよう。
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オープニング
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水道橋博士が福岡伸一に推薦した本が「独立国家のつくりかた」<坂口恭平著>と言う本だった
なんともうすでに私が考えていたことを発表していた人がいたのかとちょっとジェラシー。ふるさと釜石(大槌)がフラットになってしまって、「新たに俺が作らなければいかんだろ〜」と思っちゃったんだからしょうがない。
う〜ん。一方では私はこの人の手助けにならないかと考える。
もう建築家などという言い切り型の肩書きは書き換えて新たに計画家という漠然としたことを夢想(妄想)するもしくは俯瞰してものを作る活動家になりたいと思っている。もっとデミウルゴスになりたい。
ついこないだ坂口恭平を知ったばかりしかも国家の作り方も読んでいない。早くやらなきゃ。なんかあせる。
気合を入れて畑を耕すぞ。
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昨年中はいろいろご指導いただきありがとうございました。
本年もよろしくお願いいたします。
皆様にご多幸な年となりますようお祈り申し上げます。
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仕事が一段楽したこともあって、4月に入りずいぶん贅沢な時間を過ごしている。経済的には次の仕事を見つけて取り掛からないといけないのだけれど、そんなに簡単に仕事があるわけでもなく、改修依頼の図面を作成していたり、溜め込んだTV番組を見たり、なんか今までの慌しさはどこに行ったのかというくらいゆっくりな時間を過ごしている。
11’3.11の震災で故郷が(厳密には心の故郷だが)ぼろぼろになった。今までは、仕事を理由に復興支援に行っていない。なんとももどかしいことである。とある広告がきっかけで(何故かスイッチが入ってしまい)東北支援について調べた。そこで見つけたのが、「みちのく仕事」http://michinokushigoto.jp/だった。漠然としたイメージは建築家が持つ経験でなにかできないかなと思っていたのだけれどそんなことは、利益をむさぼる連中がずいぶん前からやっていた。冷静に考えれば当然のことだろう。そこで異常な価格高騰などが考えられ震災被害者の立場などお構いなしになることなど誰にでもわかることだろうが、政府はそれを抑えられない。そんな状況はさておき、みちのく仕事の内容(特に釜石が求めている人材)を見てみると建築とはちっとも関係がないのだ。支援の内容は地元企業とそこに暮らす人のビジネスマッチングのようなものだ。4月6日に初回の面談を受けそこで知ったのは、被災で精神的に参ってしまったり、失業保険で暮らすことになり働くモチベーションを失えたりする人が多くいるということだった。
その面談で自己アピールとしては、バリューエンジニアリングを少しかじりボランティアのまちづくりで運用を試みたことや、建築を構築するために持ちえる直感と論理的展開という剣があるのだからなんとかなると、面談ではもうちょっと強引に「僕なら何とかできる」とまで言ってしまった。感触として薄かったのでそんな言葉が出てしまったのかもしれない。
誰だったか、「走りながら考える」といってたなぁ〜。もうちょっと考えをまとめることをしなければ。付け焼刃でも人を納得させれるモノを持ち、また、「みちのく仕事」に入れなくとも釜石に行くことにしよう。
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3.11以降執拗に感じる違和感。政治・経済・エネルギー・外交問題・メディアetc。もすでに、バトンを受け取り世の中に少なからず影響を与えなければならない年齢になってきた。僕には子供がいない分、フラットに見渡せるのではないかと思うが、これは思い上がりである。見えないものは多くあるのだ。偏った思い上がりが僕をだめにしているのではないか。
偏見に満ちている、欺瞞に満ちている。体験・体感だけを血肉にするには、解き明かそうとするものが大きいのではないか。これも偏見なのだろうか。でも解き明かしたいという欲望がある。このモチベーションだって偏ったものに他ない。ひょっとすると、エゴなのか?それともナルシスティックな感覚か?世にとってはあんまり意味がないのかも・・・。多分意味などない。となると単純にエゴかぁ〜。
「偏」で思い出したが、二十歳になったころ磯崎新が好きだといっていた。それには理由がない。単純なる偏愛だといっていた。
あいも変わらす偏なんだ。仕方がない。
時間がかかるかもしれないけど、やってみたいものだ。
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