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有島武郎の生涯

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●有島武郎の人生
1879年に官僚(横浜税関長など)の子として産まれた有島武郎。横浜のミッションスクールで西洋人とまじって英語を学んだ。(キリスト教の影響は後年まで残る)
 父が税関長になると学習院中等科に武郎を移した。そこから目覚ましいほど成績がのび大正天皇(皇太子)の学友に選ばれるほどだった。フロンティア精神を養成させたが病気がちだった武郎。鍛練にとウィリアムクラークのいる札幌農学校(高等科)を進学先に選んだ。新渡戸稲造の家に寄宿することになる。二人が対面したとき新渡戸は文学と歴史が好きという有島を見当違いと笑った。が信仰はおしつけずにのびのびと学ばせた(禅をまなんだ)
 ここで森本厚吉という罪の意識の甚だしいクリスチャンの友を得た。彼が入院した際のことだ。見舞いにこなかったことで反省して「一死以て君に謝する他なし」と有島は家を出た。それを追う森本。二人はとある渓谷で心中計画をおこすまで穴ぼこに落ちる。が人類救済に身をささげるべしと、2人は断念する。森本の影響からやがて武郎は改宗。聖書と内村をたくさん読んだ。除隊後に留学を決意した。内村は反対した。が新渡戸はハーバードを推奨し決定する。(ゲーテの若きベルテルの悩みを7・8度も読む)
 森本と渡った米国で旧友の森広(木村役となる)と会う。彼は「或る女」のモチーフとなる「佐々木信子(旧夫・独歩)」と婚約したばかりであった。だが女が船内で事務長と恋に落ちる。そんな話をきいた。こが後の作品となる。
 ハーバード大学で歴史、労働問題などで全科目をとった。住まいをハーバードに移す前のこと。フィラデルフィアの精神病院でクリスチャンとして、看護夫ということで2か月だけ有島は労働した。ここで世話になったJBスコット医師から「御身の基督教徒なるを知るが故に特に云ふ。忘れても罪を犯すことなかれ」と手をにぎって云われた。そしてこの時期にワシントンにて「かんかん虫」という信仰心から社会主義でおわった留学体験の頂点をなす記念碑をかく。
 1906年の9月に欧州旅行をした。亡命中のクロポトキンとロンドンで面会する。
 日本に帰国後、父の農場を視察した後結婚問題がもちあがる。新渡戸の姪を好いていたが地位の差から折れ父のすすめる陸軍少尉の娘と結婚する。この時に有島は基督教を脱会し内村にも告げる。「それではまあ君の思ふ通りやって見るがいいだろう」
 この年の1910年に白樺の同人になり「二つの道」で中庸を否定し、「宣言1つ」イムズを否定した武郎。そして「惜しみなく愛は奪う(1920年)」でベルグソンの影響をうけて「本能的生活」について説く。
平行して、彼は「カインの末裔(1917年)」「生まれ出る悩み(1918)」「小さき者へ(同年)」そして「或る女(1919年)」を書いた。
 有島はプロレタリアートに属さない自分は貧しい階級の喜びに参加などできないのだ(宣言1つ)。彼の個人主義とは習俗的生活でもなく知的生活でもなく、本能的生活というわたしがわたしにぴたりと重なる主客滅失のあり方にこそ生活を置いた。
 ここでは霊のぬけた肉のみの野獣はなく、反対に肉から脱却した霊のみも射さない。完備なる我は周囲をとりこんで広がり、たとえそこに肉の消滅(=死)があろうとも歩を止めない前進がある。
――――妻の死の翌年に婦人公論の記者の人妻の波多野明子と不倫をした。そして夫から賠償や告訴の脅迫をうけた。第三階級は早晩滅亡するのだと述べて心中を決意する。
 彼は死の場所ときめた軽井沢にむかう列車で「死の喜び」を認めて「私達は最も自由に歓喜して死を迎へるのです」といえる状態だった。
まさに「戯れつつある二人の小児に等しい」様相だった。
(参考:日本の文学の歴史 キーン 11巻 他・新潮文庫個別作品)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
●有島の最後の詳細
 
「それほどお前の気に入った秋子なら、慰斗をつけて進上しないものでもないが、併し俺は商人だ。 商売人といふ者は、品物を無償で提供しやアしない、秋子は、既に十一年も妻として扶養して来たのだし、それ以前の三四年も俺の手元に引き取って教育してゐたのだから、それ相当の代金を要求するつもりだ。俺ぁこんな恥曝しをしては、もう会社にも勤めてゐられない。 これ、この通り辞表も書いで来てゐるんだ」
 
「家庭内に言うに忍びざる事件起り」と文言がある和洋二通の辞表を見せた。
「秋子は、今すぐにでも離籍してやるが、併し、それでいい気になって、おいそれとお前たちが夫婦になるやうなまねは断然許さん。 少くも一年か一年半たってからでなくっちア、第一世間がうるさくって困る。それから、金は、一度だけ支払えばそれですんだと思うな。 俺は、吝嗇ン坊(しわんぼう)のお前を、一生金で苦しめてやるつもりなんだから。それは今から覚悟しておけ!」
脅迫した。 夫ある身の女の不貞は姦通(かんつう)の罪に問われ、男女双方に大きな制裁を与えた。
武郎は
「自分が命がけで愛している女を、僕は金に換算する屈辱を忍び得ない」
と金銭で愛を汚すことを拒否した。
要求を突っぱねられた春房は、警察に突き出すという脅迫をするが、武郎は
「よろしい、行こう」と動じず、この予定外の態度に春房がたじろぎ、「どうしてもお前が支払いを拒むんなら、一人一人お前の兄弟たちを呼びつけて、お前の業晒しをしても、きっと金は取ってみせるからさう思え!」と罵り、食堂へ降りて行ったという。
 この一部始終を、その日に入院中であった足助素一を訪ねて打ち明けている。足助はお金を払い相手の気持ちを落ち着かせた方がいいと考え、翌日68日午前、病院を抜け出し有島邸に訪れ武郎と秋子に対して金の解決を進めるも、武郎は愛する女を金で換算することは出来ないの一点張りで平行線であった。
更に情死をすることの決意も語り、それを足助は説得するも、何の成果を得られず、引き上げるしかなかった。
  秋子と出逢って7ヶ月後、二人は68日午後、母に挨拶をし、誰にも行き先を伝えずに軽井沢へと向かった
2012年9月12日アクセス
 

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