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●壁 阿部公房 新潮文庫
序にて1951年5月著の石川淳の解説のあるかわった構成。壁。新潮文庫。3部(1部「Sカルマ氏の犯罪」2部「バベルの塔の狸」3部「赤い繭」)からなる。どれもこの世とあの世の境のシンボルの「壁」をthemeに扱う。
1部では目覚めのすぐ後名前を失くしたN火災保険・資料課勤務の男の違和からはじまる。異変は職場、動物園、洞窟の凡てのシーンに及ぶ。ユーニークな登場人物とともに名前喪失の原因探しに翻弄される。「・・物を盗りたいものが自由に物を盗れるためにこそ、裁判が必要とされるわけだ(ある哲学者 47)」。洞窟での裁判において彼は被告に当たらず故に永遠裁判は続くと決着される。「被告がこの世界の内に留まる限り、法廷は被告の後を追ってゆく(63)」。洞窟を後自宅で彼の分身の名刺、また衣類等が革命への会議をする。タイピストY子はなんとしゃべるマネキンに変貌。あるせむしに導かれ映画を通して舞台に招き世界の果てにいくほかないと彼にヒントを与える。
ラストで追手のドクトルとユルバン教授がついに聖書の比喩よりひらめきを覚えたのであろう。「らくだ」にのり拷問中の彼の目に忍び入る。が1つのくしゃみで旅は挫折。ユルバン&ドクトルは退散。見る物を吸収したことが罪と責め立てられていた彼はやがて壁そのものになっていたことに気づく。こうして物語は閉じる。一連の出来事は自意識内の出来事か或いは世界に横たわる永遠の難問をメタファーにしたのか誰もわからぬ。夢の中で現世の亀裂に指あて破壊してしまえと燻る様子にもみえる話。
2部は貧しい詩人が影を動物にくわえられ持ち去られる話。やがて詩人は目玉だけの透明人間となる。すべて手帳「とらぬ狸の皮」が原因だ。夜望遠鏡の先に棺にのったとらぬ狸が到来。供に「バベルの塔」にゆき塔内で偉人たちの演説をきき残った目玉を銀行にあずけ完全なる自由をと促される。が土壇場で拒否する詩人。時間の逆戻し&微笑の妨害、つまりこの世界の論理を逆手に元の世界に戻る。その頃には詩人を捨てていた。「急に腹がすいていることに気付きました。もう詩人ではなくなったのですから、腹がすくのは当然なのでした(218)」
3部「赤い繭」は帰る家のない男が主人公。靴の裂け目から出る絹糸をひっぱり繭に閉じ込められ見事居場所獲得。
次の話。誠実な哲学者が望遠鏡からのぞいた労働者の液化現象発見が瞬く間に世界に広がり世界への逆襲と発展する話。ノアも太刀打ちできぬ洪水が起こり世界は滅亡する。
3つ目「魔法のチョーク」では貧しい画家アルゴン君の手元に現れた赤いチョークに纏わる話。食べ物を生み出し世界を生み出すchoke。やがて絵を描くこと、創造することの重荷を発見する。窓の外1つかけぬ難問から切り抜けるためチョークで生み出したドアの「外」を観察することで解決を引き寄せようとする。がそこは無でしかなかった。また人の祖イブを作るも約束の元半分与えたchokeを使ってピストルで死を呼び込まれアルゴン君は撃たれる。実世界で彼は絵そのものに変わり果てapartment houseの住人から発見される。
Comment:カフカより明るく軽いと違いを強調す佐々木基一だが確かに芥川河童と酷似した僕・調のインテリ風「バベルの塔の狸」なのに陰鬱とした空気は全くみられない。春樹「ハードボイルド〜」に近く無を地盤に主体性をもった選択に重きを置おいた作り。町田康「宿谷めぐり」と相似しパノラマ描写は飽きが来ぬよう入念に工夫した跡はみられるも固有名詞で盛り付けしている感は欠伸がやや漏れた。安陪の新しさは現代の常識に重なる故彼が先駆者との読み方で評価する他今彼の小説に強度のある興奮は見だせなかった。
●砂の女 阿部公房 新潮文庫
昆虫採集に出掛けた教師「仁木」が(ハエの新種を探し)途中砂地の部落に行きあたる。砂地の傾斜を無視するかに作られた無数の穴があった。のぞけば平坦な底に家をかまえている。―――塩気を多分に含んだ砂をこの村の組合は違法売買することで金を得ては村人に配分していた。何より過疎が激しく働き手に困っていた。そこで罠にひっかけるよう穴底の家に旅人誘き寄せる他ない。
―――この教師も同様或る30過ぎの女が1人住まう家に嵌った。捕まった教師・仁木順平は抵抗したがすると上階からのモッコによる配給がストップさせられた。ブヨブヨの傾きかけた家、ノミだらけの室内。狭い屋外で砂かきに励めば配給は再開されれると女は云う。ゆえに仁木も最終的にそうする他ないと受け入れた。ねむるときは黄粉のように砂がまぶされ眠る裸体の女。この女は子と旦那を砂によって亡くした。ならばと仁木は彼女の指さした所、骨の埋まった個所をあちらこちら掘ってみた。が何も出てこぬ。半ば嘘を入り込ませていたことを仁木は嗅ぎあてはしたが然し女について確かなこと。それは、地上に出るよりここでの生活、鏡とラジオさえあれば満足という生活で一貫して保守的な女ということであった。だから仁木の脱出作戦にはこの女は力なく反対し続けていた。脱出計画2度目、女を激しいsexで疲労困憊させ眠らせた後にこっそり屋根上から鎹にロープをかけた。脱出成功する。が特殊な靄と地形のせいか部落にふたたび舞い戻ってしまう。仁木は、挙句最も危険と警戒される「塩あんこ」に落ち村人に救済を求める他なかった。ふたたび穴に引き戻される仁木はすっかり妻の如くなった女と内職も加え穴底の家で冬を越した。この頃には配給の呪縛から逃れるため秘密裡に進めていた蒸留装置が完成するところにあった。それに女が子宮外妊娠で町の病院に入院させることになる幸運まで廻る。女を外に運びあげてしばらくの別れを告げた後、1人、かけっぱなしの梯子を前にした仁木。だが、今度は逃げ出す気もなかった。ただ此処でしか喜びを分かちあうことにできぬ境遇だけが余っていた。
comment:Tolstoy「復活」における監獄に至る現実やカミユ「異邦人」ムルソーのママンの葬式場へむかう太陽が起こす疲労感よりもっと生活の1部と化した「砂の女」の砂底生活。「夜と霧」の収容所生活や遠藤「死海のほとり」の神の居る地獄というより有島の「カインの末裔」にみられる神なき生(なま)の現実に近い。しかし阿部のそれは明るい。彼は女よりも女的な男にみえるのは太宰の「ビヨンの妻」での「生きてさえいればいい」とほほ笑む幸子を髣髴とさせる。(読めばわかるが「砂の女」といふより「砂」があっている。)
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