その2●ドストエフスキー「賭博者」新潮文庫 4/1 読書61
●ドストエフスキー「賭博者」新潮文庫(要約) 4/2 読書62
●ドストエフスキー「賭博者」新潮文庫(要約&コメント) 4/3 読書63
●ドストエフスキー「賭博者」新潮文庫(海辺のカフカと重ねたコメント) 4/4 読書64
第二の舞台。
ポリーナから実質的に振られて放心のさなかのアレクセイ。ブランシュの網にするすると捕まった(212)。
将軍から離れてあたらしい宿先を探していた妖艶な女のポリーナ。彼女に認められパリに連れていかれる。彼自身のお金なのだが束の間のビップ生活を2人は送った。
「たしかに、わたしにしゃれた身なりをさせ、毎日ネクタイを自分で結んでくれはしたものの、心の中ではとことんわたしを軽蔑していた。(218)」
この2人。それもたった2か月で金15万フランをほとんど使い果たす勢いにあった。
(フランス人のように代々お行儀よく一家を大きくするよりかロシア的な一夜で燃焼する生に魅せられているからだ)
ブランシュは金に敏感で崇拝しており金の魔力を恐れている。しかしアレクセイはそうではないのだ。
そのばくち打ちの無根拠の情熱にあるのだ。こんな男にブランシュは
「そう、そうね、そうだわ、それはすてきだわ!あたし知ってる、あんたきっと勝って、ここへ持ってきてくれるわ。教えて、あんたってあたしが本当に惚れこむように仕向けるのね!いいわ、あんたがそういう人であるお礼に、あたしずっとあんたを愛して、ただの一度だって不実なことはしない。あのね、あたし今までずっとあんたを嫌っていたけど、それというのも、あんたがただの家庭教師でしかなかったからよ(だって、一種の召使いみたいなものだもの、そうでしょ?)、それでもやっぱり、あたしはあんたに躁を立てていたいわよ、だってあたしいい子だもの」(222)
別れぎわになると次のように述べるブランシュだった。
「あんたに請求書や手形のサインはさせなかったわ。だってあんたが気の毒だったもの。ほかの女だったら、必ずそれをやらせて、あんたを牢屋にぶちこんでいたわ。ほら、ね、どんなにあたしがあんたを愛していたか、どんなにあたしがやさしいか、わかったでしょ!あのいまいましい結婚式1つにしたってどれだけ高いものにつくことか!」(223)
そう、じつはあの祖母がなくなり遺産が舞い込むことになってとある将軍と結婚式をあげたのだった。
「あたしは将軍夫人になるの。上流社会に入るんだわ(ブランシュは常にそれを夢見ていた)。そのあと、ロシアの女地主になって、お城や百姓を持ったり、そのうえいつも自分のお金を百万も持てるんだわ」(229)
とブランシュは喜んでいた。
別れの言葉。少しばかりのお金をアレクセイに渡して
「これ、あんたに役に立つわ。あんたはとっても学のあるウチーテルかもしれないけど、ひどくばかな人なんだもの。二千フラン以上は絶対にあげないわ、だってあんたはどうせ勝負で負けてしまうでしょうしね。じゃ、さようなら!いつまでもいいお友達でいましょうね、もしまた勝ったら、必ずあたしを訪ねてきてね、そしたら、いい思いをさせてあげるわ!」(231)
その3最後の舞台となる。
ふたたびルーレットのある賭博場へむかっていた。外見的には彼は破綻者のようだ。賭けにむかうのをひきとめるアストリーがふと目の前に立ちはだかる。アストリーに対して、アレクセイは最後にうちあける言葉があった。
我こそポリーナを知っているといわんばかりの分析である。
「あの卑劣漢のデ・グリューよりあなたを選ぼうと決心するためには、非常に永い時間が必要なんです。
彼女はあなたを評価してもいるし、あなたの親友にもなり、自分の心をすっかりあなたに打ち明けもするでしょう。でも、その心の中では、やはり、あの憎らしい卑劣漢が、あのいまわしい、ちゃちな金貸しのデ・グリューが支配しつづけるのです。
なぜって、ほかならぬそのデ・グリューがかつては、洗練された侯爵として、失意のリベラリストとして、また彼女の家族と軽薄な将軍を援助したために破産した人間として(はたしてそうですかね?)、後光に包まれて彼女の前に現れたんですからね。こういう仕掛けがばれたのは、あとになってからです。しかし、ばれたって、べつに何でもありゃしない。今でもやはり、かつてのデ・グリューを返してほしい――これが彼女に必要なことなんです!彼女が現在のデ・グリューを憎めば憎むほど、ますます強くかつてのデ・グリューを恋い慕うんですよ、たとえかつてのデ・グリューが彼女の想像の内にしか存在しなかったとしてもね。(244)」
返事をするアストリー。
「そうなんですよ、あなたは不幸な人だ。彼女はあなたを愛していたんですよ。わたしがこんなことをあなたに打ち明けられるのも、あなたが滅びた人間だからです!
・・・労働が何であるかを理解しないのは、べつにあなたが初めてじゃないです(わたしはロシアのナロードについて言っているんじゃありませんよ)
ルーレットってやつは、これはもっぱらロシア的な賭博です。
あなたは今まで誠実だったし、盗みをするくらいなら、むしろ召使になろうと思っていた・・しかし、将来どんなことが起りうるかを考えると、恐ろしくなりますね。もう、たくさんです。さようなら!あなたは、もちろん、お金に困ってるんでしょ?これはわたしからですが、10ルイ・ドルあります。それ以上はあげませんよ、どうせ負けちまうでしょうからね。受け取って、お別れにしましょう!取ってください!」(246)
2人は最後の抱擁をした。
アレクセイは「ふたたび生まれ変り、よみがえる(247)」ためにルーレットにむかい有り金残らずすってしまうが1グルデンだけチョッキのポケットに残っていることにはっと気付いた。
「最後の1グルデンを、それこそ本当の最後の1グルデンを賭ける、その感覚は、何か一種特別なものがある!
―――わたしは勝ち、20分後には170グルデンをポケットに入れて、カ
ジノを出た。
これは事実である!最後の1グルデンが、時にはこれだけのことを意味しかねないのだ!もし、あの時わたしが気落ちして、決心をつけかねたとしたら、どうだったろう?明日こそ、明日こそ、すべてにケリがつくことだろう!」(248)
彼は金さえ手にはいれば、いやわずかな気の迷いさえなければ復帰できると信じる。どこに復帰する?
ポリーナのもとへ?ブランシュのいるパリへ?ちがう。
今のじぶんを超えたべつのところだ。
Comment 1:それぞれ(将軍、フランス人、ポリーナ、ブランシュ、イギリス人)の思惑が交錯する。祖母の金にむらがりアレクセイも金勘定が心の平静を保つ要であることに違いはなかった。アレクセイに宿る狂気の芽はポリーナを前に生と死をないまぜにして芽吹く。ルーレットの結果の前においてはどちらに転んでも「それでよし」とする溌剌が確かにそこにあった。彼は天国と地獄の両方が共存した賭博場を愛して病まないのはポリーナを愛することと同義と云っても過言ではない。資産家の将軍祖母に感染した賭博熱が人々をむしばむなか1人生無傷で生存できると確信している様子のアレクセイ。彼は人をも殺しかねない勢いが裡に眠ったまま、ただ自己証明のため外界のあらゆる律法を蹴散らす。なぜにそのようなことを?
平均的人間相手にじぶんは病気であることの告白以外に説明の術はない。一方に於いて行動として彼は死んでまた生き返るローテーションをせねばならぬと自らを囃したてここをまた立ち去る。
Comment 2ドストエフスキーの描く人物はトルストイが指摘したようにすべてにドストの影がちらつく。みな吃音者のように背骨のゆがんだ同一の人間にさえ見えてくる。しかしその違和も親しみをおぼえてのめり込んでしまう魅力がここにある。ドストエフスキーの目は愛を基軸にして決して対象を神ほどに奉る勢いで輝かせこちらといえば頭をたれるばかりなのだが、ちょっとでも人間臭さをみせようなら厳しく指弾するのがドストのやり方だ。
よって舞台はいつも血なまぐさくなる。静謐な教会でとっつかみあいの喧嘩をしているくすぐったい面白みさえ感じるのだ。
ドストの愛する女性は憎しむ対象でもある。同時にその女性たちは傲慢でエゴイストをさも隠し通していると固く信じているようにみえてあるとき溶解してみせる。
そんなダイナミックなやりとりが心地いいのだ。それがなんといってもドストの醍醐味なんだろう。
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