学問の部屋

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1 夜道を一人歩く男


一人の労働者となっていた。
雨の中、叫びながら駆けぬける。そんな日常の幼い頃と今とでは、本質は何ら変わっていない。


日々戦いをしている。会う人間、会う人間、それぞれへ無益な口論をふっかける。皆さん、一期一会だ。
ともかくこうして私は立ち止まった思索より痛みを欲した。平和より戦争を求めた。
赦しより罪を。

病人よりも兵士を選んだ。
もはや誰ととも会話しない 。言いっぱなしでしまいに唾を吐く。他人の娯楽精神に寸分も付き合うつもりはない。優しさより殺人を志向した。

するとだんだんと疲れた。酷い疲れの果てで運命が、運命との会話のみをいよいよ求めていると感ぜられた。それは誰?
が黒い太陽から背をむけ、私は引き続き剣や筆をとった。なお運命は、息をひそめて私の背後で待った。そんなこと分かっていた。
私は窒息してまで己の星と対峙する心構はなく、以前、お外を無目的に走った。怒りをたたえた唸り声を漏らし、、。



2 病人のふりなんてまっぴらごめん

人にあわせれば薄気味わるく、我がこころ開示すれば人々各々の家に帰る。
君たちなど知らない。さようなら。
遠い地で孤立した私。喰うために孤立のまま、彼らと共同経済活動をしている。なるほど、滑稽だ。

呼吸するに息苦しい灰色の街が労働の帰り路、目の前に広がっていた。熱を帯びない街路樹の腹に手をそっとあて、一休みに乾いた風景をみた。誰も他人のことなどお構い無しにルールを守って歩いている。
温かい家庭を求め、守るため。
なんともひ弱な蟻どもだ。

底冷えの酷いある朝、気が付くとだんだんと私の口角は荒れ、いぜん治癒しない出来物として顔を占領していた。規則よく三食かきこんでも、治らない。食事とは死刑執行までの肉体づくりにすぎなかった。

寝巻きのまま出勤。通勤しながら髭を剃る。仕事おわり、寒空の駐車場に座りこんでは弁当を摂った。ごみは縛ってコンビニに捨てた。
気ままにというより心はこじきだ。


3 夢

さて、動悸、頭痛と寝不足が限界に達した頃。煤まみれのまま寝床で倒れている私を襲ったのは或る夢であった。


1つは幼い頃に愛した女に大人の私がなんの準備なく告白するものだ。夕陽に照らされた出港まえの旅客船が見える。汽笛の鳴る前、私の無計画な告白と抱擁に彼女は猫のように微笑んでくれた。互いは幼子のようだった。

もう1つは父親が池の畔で不意に大きな魚影に襲われる。田園があかく空襲のように危機に迫られたとき。遠い森の片隅で、ナマズのような何ものかにさらりと呑み込まれた。一瞬だった。
私は母親の前で毅然と父親のように振る舞うも、絶対的な虚空と悲しみを前に、遂に大泣きをしてしまった。息ができない。そこは未体験の真空であった。


目覚めると、数週間の労働の疲れは涙とともに洗い流されていた。
こんなふうに定期的に夢に癒され、朝、出かける。名前も知らない外界の人間たちを敵に法律的正義をたてに戦うため。





4 どろどろのときは流れ続ける

通勤途中の小店で食べ物を買った。小銭入れに小石が1つ入っていた。三鷹の墓に敷かれていた石だ。丁寧に石を避けて500円を取り出し店員に差し出した。


エラボレイト11

イメージ 1

エラボレイト15回(最終13・3・13、14・9・11) 

1 はじめに




 このようにして自殺というものが真に自由であることに突き当たる。
(なるほど。それは僕にとって実に喜ばしい発見だった。)
 
ユズリハを手ではねのけ、世間でいう嘘や断念を掻い潜って見た真理。あしもとに転がる、腐りかけの丸太の陰からガサガサとヤスデのうごく音のした。
見遣る僕のまつ毛。弱い陽射しを受ける。ここには誰もいない。だから今ように多少とも声を忍ばす事情が出てくる。
頭上からはこの土地、この国まで見渡す父らが悲しげに見下ろしている。これはある個人のくだらない秘め事だとは、だからおもえない。有刺鉄線に囲われた保護区域の外で僕はぼうぜんとたたずんでいた。
 喘息気味も構わず、『よし』と決心をした。

・・・・あれから年月はたった。
これから自殺がかくも正しいことを君たちへ論ずる。
フーフー
―――今宵、生ぬるい風がなんども、この一室の窓を優しげにさわってた。






2 自殺を阻害する要因


人はアプリオリに正しい事を備えている。
或いは他者から教わった。ほら、寸秒瞼を閉じれば分かるでしょうに。おまえのまぶたはとても柔らかに閉じる。

――――成長した。骨は太く、肉はうるおい、人として熟した。
いつもそれは冷え冷えとした鉄筋コンクリートのマンションにおける真夜中のことだった。両親たちがひそひそ内緒話をはじめる時刻。慎重に子供達の体に大人を注入する。襖のむこうがわから父と母が温かい眼差しをおくってくれるものだから警戒する必要などまったくなかった。
子供たちがきづいた頃にはすっかり大人に変わり果てている。するとまた、ついさっきと感得したとばかりの「正しい事」が、のちのち自ら捨て去らねばならないと。そのような壁というものに、突き当たる。あまりに突然にして。制服のまま下校中にとつぜん黒い大人が後ろから首をしめる。
まなこをひらいて灰色く堅固の大柄の壁のような存在をよくみるほど大人を代表しているものだから、おもわず身震いのしたものだ。くるしい・・・くるしい・・・いう間もなく観念するほかなかった。


その現場。カレハ舞う緑の日と名付けよう。


 誰が何と謂おうと僕自身ね、まざまざとあの、カレハ舞う緑の日を記憶している。
―――有刺鉄線を慎重にくぐって、生い茂った叢をつきすすんだ、あの日。行き着いた場所には不気味な建築物がそびえたっていた。足元には、それは散乱した宝がみうけられた。赤子をくるんだ毛布、生活のための祖先から譲り受けた木製の家具たちが数限りなく泥まみれに重なり、打ち捨てられていた。許しがたい惨状に私の胸は幼いなりに酷く傷つけられていた。


(そは社会の要請だった)


 社会からの要請と、己の信念をと2つを天秤にかけた。
前者をぞくぞくと選び取る者たちが生まれたことを、地面にあいた穴から1つ声がした。
なんとなくした声のぬしはモグラか小悪魔かがこぼした地底の本音であろうと思った。カレハ舞う緑の日における僕も、程無くして同様に、母からいただいた衣を捨て、壁をよじ登った。右にならったのだ。壁のてっぺんに達した時にちょうど雨がざーっと降った。しょっぱくあったそれは頬の泥をきれいに落とし、僕のひとみを最後らんらんとさせた。それから、壁の向こう側にひょいっと降りた。


<インタビュー:尻つぼみの尖った心臓となっていた。
冷たく氷に似た感触をたたえてました。
大人と呼ばれることにだけ喜び見出す他ないようにです。
それはそれは窮屈の昂揚感でした>



――老け顔の少年は、僕のそばでともに回想して先に口を開く。彼は、おそらくこの土地における僕のもう1つの影に違いない。

「これより社会の要請の内訳を語るにしよう。」
「『社会の要請』とは他人を出し抜いてでも生きねばならぬ個人的事情だ。」
「そんなものあるのかとためしに問うてみよ。」

我に返った僕。ここで生活者の僕がともに目を覚ました。すると、この部屋の片隅にちょっと立てかけた鏡を左目でみた。定期にスプレーをかけぬよごれた表面には他人の顔が映しだされていた。
驚きとともに二三度みかえした。よくもまあ、他人の顔を気付かず、なにくわぬ顔でこうもひきずって生きて来たものだ。
この部屋は老いた少年が漂着した声せぬ街に建つ1軒のアパートだった。


「馬鹿げた問いだ」

あたりの書物を整理する最中にすぐに僕は勘づく。
涙しながら「人を人とおもわず事情によって忘れよ」と強いられた事、何度ありましたか。
くたびれると、僕は また目をつむる。

「われわれは、みずからを犠牲にする行動の以外、平時の行為におき命を賭すわけにいかぬ。そのような局面、数限りなくあった。」
暗いトンネルを意識がずんずんともぐる。脳にひびく声がきこえた。
吐息がこぼれたが、意識の落下をやめることはできない。
<幾度となく直面したよ。>
宇宙空間で両膝を抱えて何十億光年くるくる舞いつつ考え考えても答えのみつからぬ、黒々した煩いだった。


「よって我々は妥協した。」
「生きるため妥協した。」

トンネルを抜けると明るい陽射しに目をやられた。
同時に凍てつく風がくびもとをしめつけた。白く堅い地面のなにもない世界だった。

胸元からは反対に、春風のような、人類のため息がふきだす。
生きるとは、自分だけが生きるためだ。愛するために妥協したのよ、との方便も時に君は使用した。が自分にとつて何等効果は、まるで効果はないと知った。
―――それは壁を登るとき、将来の予感として頭をよぎったものだった。


何がなんでも当面、生存したい。この国の法律では、だから自殺(ジサツ)なんぞ赦されるわけがなかった。死を禁じられた僕は、吃音のまま世間にスピーチせねばならぬ難儀と友になる他なかった。それは苦しい日々だった。
―― 新しい大地に靴底をつけたとたんに砂埃が、不思議と舞うことはない。むしろ空気は静止したままだ。正しい世界であるらしかった。


「生存を度外視した信念を貫き通すなど、もってのほかだ」

すっかり老け顔の少年は悪魔と変貌して、僕のみみもとで今夜も囁くのだ。
それはすっかり慣れ親しんだ、故郷の隣りに建設された人工国家のルールとおなじだ。この国に住まえばピーカーから毎日流されるスローガンだ。




今夜、このアパートの1室で、僕の眼と意識はひらかれた。
ぬぐった涙。2・3滴が畳におつる。それを横目に僕はこの見ず知らずのこの土地に足をつけたことをゆっくりゆっくり思い出しては「噛ん」だ
ちょうどあれから5年が経った。











3 自殺するメリット



人目を盗んで今夜はつぶやく。もちろん小声で。


自殺することで人生の矛盾が1つ解決されますよ。
それは正しいことを抱え生き抜いてきたまことの証なのですよ。


「目的はのちに考えるとして、とにかく生きねばいけない」

否、

「***を守るために結果的に生存を超えたところへむかった」


わたしは後者を選びます。
わたしはそこでしかわたしを発見できなかったの。
(顔が紅潮するのを見計らうように・・・サイレン)

し!パトカーの音?
(小声で)
もし、前者において私が発見されるなら、それは私ではない。


私は私自身を発見し、私というものを地上に刻印するために自殺したいのですよ。
地中におしこめられたマグマのエネルギーを、私の鼓動の1つきっかけに爆発させたいと思う。








4 自殺はいずれ到来す



『死に急がなくとも、いずれ人は死にますよ、さとるさん。』


 星空と重ねて笑うしか能のない祖父母たちが、突然にふっとあわられた。彼はやさしく窓辺から諭してくれる。
(・・あゝ、もう死んでしまったのに)

 ぼくは泣く。

 が最上の方便だ!と、にらみつけて、顔をそむけてやった。
奥歯をかちかちあわせる。ブツブツの壁をみつめた。
 呼吸が荒くなって横隔膜ははげしく上下する。
「それは信念と向き合う時までのたんなる先送りではないか。」
つばを飲み込む。
私は死なねば私は完成されない。わたしは無味な振り子運動でありつづけることに飽きた。
 安価なショップで手に入れたそれは安価なナイフだけが、私とこうも同盟を結ぶ。
さっきから机の上よりこちらに銀の光をはなち微笑みかけてくれるではないか。
ぼくは強がっている。
いいのだ、言ってやる。
『眠れない赤子たちよ。忘れ物なくして、死になさい。』

僕はほくそ笑んだ。








5 自殺しないのならば




 もし、自殺が許されないならば、1つ、自分を発見する途があったことを火照った脳髄がやすまる隙に言ってみたい。
ひどく汗をかいてどうしようもない羽毛布団の中であって、死よりも救いになるものがあると分かる事がある。
言ってやる。

『狂おしく人を愛する』

青空をみた。
すると自分のたどった道に、いちいち飯をくれた人間たちの顔が浮かぶ。

 よし、彼ら彼女らをわけなく、抱きしめろ。
彼ら彼女らが悲しくもカカシのようにだんまり決め込んであっても。そうであっても辞めることなく抱きしめろ。

(そら入道雲があたりを暗くした)

おまえの行動を禁ずる世の慣習が反撃を加えてくることあろうが―――わけなく山々にむかひ祈れ。
膝を折って、愛する人のため祈れ。鼻をかすめる草の匂いは君の友だ。
髪の毛をふり見出し、背骨をささえる気さえ消え失せた肉となっても。たった1人の者のため飽くなく踊れ。靴の中、小石はきみの足裏をいじめるようで君を検査しているよ。いいのだ。かまわず踊れ。


たつた1人に向けてでも気持ち及ばぬほどまたも衰弱した夜などあろうよ。
が、かの手、かの指でも、まなこの機能失う寸でまで愛すひよわな眼差したたえておれば、君よ。宜しい。

君は、きっと何かから微笑まれる。
(雲間から金色の光が幾筋か射す)
そっと、枕を差しのべられたにすぎぬ、その安楽だけを。離さずに、ただただ、生涯唯一の幸と見出す。

できるかい。
できるさ。

(ちょろちょろ小川のせせらぎが耳を通過した。)

そんなもの君の人生だとにんまり笑えることさえ待っているのだよ。
ぼくは妙に泣き笑いをしたくなった。








6 最後に


 この時代にあっては、木枯らしがふきすさび、電気体である僕の神経だけがベンチにちょっと腰かけていた。
肩に枯葉が一枚かかる。びくりと反応した。古い友に「おい」と呼ばれたかと思った。すぐに僕は落胆してうつむいた。じめんは乾いていた。もちろんこれなど空想だろう。
が・・・。
あゝ頬に冬風をうけながら気を休める日など、こないものだろうか。空の缶ジュースが脇に置かれたままにして、僕は嘆いた。

――― 息は白い。最愛の呼気たちが柔らかくはきだされる。周囲にまだ誰もいなかった。

Comment 3(おれは海辺のカフカと重ねて)

 
 
 
●ドストエフスキー「賭博者」新潮文庫  4/1  読書61
 
●ドストエフスキー「賭博者」新潮文庫(要約) 4/2 読書62
 
●ドストエフスキー「賭博者」新潮文庫(要約&コメント) 4/3 読書63
 
●ドストエフスキー「賭博者」新潮文庫(海辺のカフカと重ねたコメント) 4/4 読書64
 
 
 
 
 
 
 
 本日はノーベル文学賞(2012年10月11日)の発表であるのだから有力候補として名前の挙がっている村上春樹「海辺のカフカ」をせっかくだから、いやいやそんな言い方はよそう。Bibleとノルウェイの森を据え置いている私は、村上春樹を・・・今回のこの小説に書かれている「アレクセイ」とはずいぶん異なる、愛を中心に据えた「復活の道程」を彼の「海辺のカフカ」からひきたいとおもったのだ。
 田村カフカは15歳の誕生日。父親のお金をくすねて一人旅にでた。あてもなく行き着いたところは四国のとある図書館だ。そこでは同性愛者の従業員に図書館に住んでもよいと許可をもらって、然したびたび幽霊なんか出てくるこの図書館の1室で生活を送ることとなる。なんとその図書館というと長が幼い田村カフカ君を捨てて個人的事情に拠り出て行ってしまった記憶の彼方にたたずむあの母親(佐伯さん)だったのだ。彼女は毎日二階の自室で何やら執筆に励むルーティーンを送る。(平行してタナカさんという知恵おくれの老人が佐伯さん方角へ向かうラインも章ごとに交互にだけど描かれている)。母親は正体をめいかくに明かさずそれとなくたびたびカフカ君と館内で対話するがこのカフカ君の足場を求めての自分探しの物語は彼が死を象徴する森で葛藤におちいるところで物語はピークに達する。
(逃亡先としてもう1つの居場所である)森の小屋で田村カフカは幻影らしき少女の人物と対話をする。この箇所をね、どうしても読者諸君に読んでほしかった。
 
 
幽霊:「まずなによりも大事なこと」
「遅くならないうちにここを出なさい。森を抜けて、ここから出ていって、もとの生活に戻るのよ。入口はそのうちにまた閉じてしまうから。そうするって約束して」
 
田村カフカ:「ねえ佐伯さん、あなたにはよくわかってないんだ。僕が戻る世界なんてどこにもないんです。僕は生まれてこのかた、誰かにほんとうに愛されたり求められたりした覚えがありません。自分自身のほかに誰に頼ればいいのかもわかりません。あなたの言う『もとの生活』なんて、僕にとってなんお意味もないんです」(下466)
(*メモ:森の小屋で佐伯さん似の少女との会話。佐伯さんは幼い田村カフカを捨てて姉を連れてでていった。特別な事情があった)
 
 
「あなたは私のことを覚えていてほしいの。あなたさえ私のことを覚えていてくれれば、ほかのすべての人に忘れられたってかまわない」(下466)
(*森のなかで佐伯さんに似た少女と小屋の中で)
 
 
 
「あなたは僕のお母さんなんですか?」
 
「その答えはあなたにはもうわかっているはずよ」
 
 
 
「私は遠い昔、捨ててはならないものを捨てたの」
 
「私がなによりも愛していたものを。私はそれがいつかうしなわれてしまうことを恐れたの。だから自分の手でそれを捨てないわけにはいかなかった。奪いとられたり、なにかの拍子に消えてしまったりするくらいなら、捨ててしまったほうがいいと思った。そこには薄れることのない怒りの感情もあった。でもそれはまちがったことだった。それは決して捨てられてはならないものだった」
 
僕は黙っている。
 
「そしてあなたは捨てられてはならないものに捨てられた」
 
 
 
 
「ねえ、田村くん、あなたは私のことをゆるしてくれる?」
 
 
 
 
「僕にあなたをゆるす資格があるんですか?」
 
彼女は僕の肩に向かって何度かうなずく。
「もし怒りや恐怖があなたをさまたげないのなら」
 
 
 
 
 
「佐伯さん、もし僕にそうする資格があるなら、僕はあなたをゆるします」
と僕は言う。
 
 
 
 
お母さん、と君は言う、僕はあなたをゆるします。そして君の心の中で、凍っていたなにかが音をたてる。
 
(下471)
 
 
 
 
 田村カフカ君が森から生還した後。大島さんは佐伯さんが死んだことを伝えた。そして。
 
「僕らはみんな、いろんな大事なものをうしないつづける」
 
「大事な機会や可能性や、取りかえしのつかない感情。それが生きることのひとつの意味だ。でも僕らの頭の中には、たぶん頭の中だと思うんだけど、そういうものを記憶としてとどめておくための小さな部屋がある。きっとこの図書館の書架みたいな部屋だろう。そして僕らは自分の心の正確なありかを知るために、その部屋のための検索カードをつくりつづけなくてはならない。掃除をしたり、空気を入れ換えたり、花の水をかえたりすることも必要だ。言い換えるなら、君は永遠に君自身の図書館の中で生きていくことになる(下520)
 
 
「彼女がここでなにを書いていたのか、僕は知らない」
 
「ひとつだけ言えるのは、彼女はいろんな秘密を呑みこんだまま、この世界からいなくなってしまったということだ
(下522)
 
 
*( )は新潮文庫「海辺のカフカ下巻」より
 
 
 
 
 
 
 
 
●おわりに
 
わたしはこの部分を再読し、懐かしく、おもわずね涙ぐんでしまった。
―――ドストの「救済の道程」が他者を神に奉りつつも首元にがぶりとかみついてみせ、互いに攻守をせわしくかえるようで、ある種友好的な闘争とみるならば、、、春樹の「救済への道程」はなんとおだやかな、、かつ内面にひっそりたたずむ『個室』にて、おこなわれる葛藤、そして平安といわれるものへのキヅキ・・といえようか。
 
体力のないわたしはとりあえずここで筆を置くとする。

その2

 
●ドストエフスキー「賭博者」新潮文庫  4/1  読書61
 
●ドストエフスキー「賭博者」新潮文庫(要約) 4/2 読書62
 
●ドストエフスキー「賭博者」新潮文庫(要約&コメント) 4/3 読書63
 
●ドストエフスキー「賭博者」新潮文庫(海辺のカフカと重ねたコメント) 4/4 読書64
 
 
 
 
 
 
 
 
 
第二の舞台。
ポリーナから実質的に振られて放心のさなかのアレクセイ。ブランシュの網にするすると捕まった(212)
将軍から離れてあたらしい宿先を探していた妖艶な女のポリーナ。彼女に認められパリに連れていかれる。彼自身のお金なのだが束の間のビップ生活を2人は送った。
「たしかに、わたしにしゃれた身なりをさせ、毎日ネクタイを自分で結んでくれはしたものの、心の中ではとことんわたしを軽蔑していた。(218)
この2人。それもたった2か月で金15万フランをほとんど使い果たす勢いにあった。
(フランス人のように代々お行儀よく一家を大きくするよりかロシア的な一夜で燃焼する生に魅せられているからだ)
ブランシュは金に敏感で崇拝しており金の魔力を恐れている。しかしアレクセイはそうではないのだ。
そのばくち打ちの無根拠の情熱にあるのだ。こんな男にブランシュは
「そう、そうね、そうだわ、それはすてきだわ!あたし知ってる、あんたきっと勝って、ここへ持ってきてくれるわ。教えて、あんたってあたしが本当に惚れこむように仕向けるのね!いいわ、あんたがそういう人であるお礼に、あたしずっとあんたを愛して、ただの一度だって不実なことはしない。あのね、あたし今までずっとあんたを嫌っていたけど、それというのも、あんたがただの家庭教師でしかなかったからよ(だって、一種の召使いみたいなものだもの、そうでしょ?)、それでもやっぱり、あたしはあんたに躁を立てていたいわよ、だってあたしいい子だもの」(222)
別れぎわになると次のように述べるブランシュだった。
「あんたに請求書や手形のサインはさせなかったわ。だってあんたが気の毒だったもの。ほかの女だったら、必ずそれをやらせて、あんたを牢屋にぶちこんでいたわ。ほら、ね、どんなにあたしがあんたを愛していたか、どんなにあたしがやさしいか、わかったでしょ!あのいまいましい結婚式1つにしたってどれだけ高いものにつくことか!」(223)
そう、じつはあの祖母がなくなり遺産が舞い込むことになってとある将軍と結婚式をあげたのだった。
「あたしは将軍夫人になるの。上流社会に入るんだわ(ブランシュは常にそれを夢見ていた)。そのあと、ロシアの女地主になって、お城や百姓を持ったり、そのうえいつも自分のお金を百万も持てるんだわ」(229)
とブランシュは喜んでいた。
別れの言葉。少しばかりのお金をアレクセイに渡して
「これ、あんたに役に立つわ。あんたはとっても学のあるウチーテルかもしれないけど、ひどくばかな人なんだもの。二千フラン以上は絶対にあげないわ、だってあんたはどうせ勝負で負けてしまうでしょうしね。じゃ、さようなら!いつまでもいいお友達でいましょうね、もしまた勝ったら、必ずあたしを訪ねてきてね、そしたら、いい思いをさせてあげるわ!」(231)
 
 

その3

最後の舞台となる。
ふたたびルーレットのある賭博場へむかっていた。外見的には彼は破綻者のようだ。賭けにむかうのをひきとめるアストリーがふと目の前に立ちはだかる。アストリーに対して、アレクセイは最後にうちあける言葉があった。
我こそポリーナを知っているといわんばかりの分析である。
「あの卑劣漢のデ・グリューよりあなたを選ぼうと決心するためには、非常に永い時間が必要なんです。
彼女はあなたを評価してもいるし、あなたの親友にもなり、自分の心をすっかりあなたに打ち明けもするでしょう。でも、その心の中では、やはり、あの憎らしい卑劣漢が、あのいまわしい、ちゃちな金貸しのデ・グリューが支配しつづけるのです。
なぜって、ほかならぬそのデ・グリューがかつては、洗練された侯爵として、失意のリベラリストとして、また彼女の家族と軽薄な将軍を援助したために破産した人間として(はたしてそうですかね?)、後光に包まれて彼女の前に現れたんですからね。こういう仕掛けがばれたのは、あとになってからです。しかし、ばれたって、べつに何でもありゃしない。今でもやはり、かつてのデ・グリューを返してほしい――これが彼女に必要なことなんです!彼女が現在のデ・グリューを憎めば憎むほど、ますます強くかつてのデ・グリューを恋い慕うんですよ、たとえかつてのデ・グリューが彼女の想像の内にしか存在しなかったとしてもね。(244)
 
返事をするアストリー。
「そうなんですよ、あなたは不幸な人だ。彼女はあなたを愛していたんですよ。わたしがこんなことをあなたに打ち明けられるのも、あなたが滅びた人間だからです!
・・・労働が何であるかを理解しないのは、べつにあなたが初めてじゃないです(わたしはロシアのナロードについて言っているんじゃありませんよ)
ルーレットってやつは、これはもっぱらロシア的な賭博です。
あなたは今まで誠実だったし、盗みをするくらいなら、むしろ召使になろうと思っていた・・しかし、将来どんなことが起りうるかを考えると、恐ろしくなりますね。もう、たくさんです。さようなら!あなたは、もちろん、お金に困ってるんでしょ?これはわたしからですが、10ルイ・ドルあります。それ以上はあげませんよ、どうせ負けちまうでしょうからね。受け取って、お別れにしましょう!取ってください!」(246)
 
 
2人は最後の抱擁をした。
アレクセイは「ふたたび生まれ変り、よみがえる(247)ためにルーレットにむかい有り金残らずすってしまうが1グルデンだけチョッキのポケットに残っていることにはっと気付いた。
「最後の1グルデンを、それこそ本当の最後の1グルデンを賭ける、その感覚は、何か一種特別なものがある!
 
―――わたしは勝ち、20分後には170グルデンをポケットに入れて、カ
ジノを出た。
 
これは事実である!最後の1グルデンが、時にはこれだけのことを意味しかねないのだ!もし、あの時わたしが気落ちして、決心をつけかねたとしたら、どうだったろう?明日こそ、明日こそ、すべてにケリがつくことだろう!」(248)
彼は金さえ手にはいれば、いやわずかな気の迷いさえなければ復帰できると信じる。どこに復帰する?
ポリーナのもとへ?ブランシュのいるパリへ?ちがう。
今のじぶんを超えたべつのところだ。
 
 

Comment 1

それぞれ(将軍、フランス人、ポリーナ、ブランシュ、イギリス人)の思惑が交錯する。祖母の金にむらがりアレクセイも金勘定が心の平静を保つ要であることに違いはなかった。アレクセイに宿る狂気の芽はポリーナを前に生と死をないまぜにして芽吹く。ルーレットの結果の前においてはどちらに転んでも「それでよし」とする溌剌が確かにそこにあった。彼は天国と地獄の両方が共存した賭博場を愛して病まないのはポリーナを愛することと同義と云っても過言ではない。資産家の将軍祖母に感染した賭博熱が人々をむしばむなか1人生無傷で生存できると確信している様子のアレクセイ。彼は人をも殺しかねない勢いが裡に眠ったまま、ただ自己証明のため外界のあらゆる律法を蹴散らす。なぜにそのようなことを?
平均的人間相手にじぶんは病気であることの告白以外に説明の術はない。一方に於いて行動として彼は死んでまた生き返るローテーションをせねばならぬと自らを囃したてここをまた立ち去る。
 

Comment 2

ドストエフスキーの描く人物はトルストイが指摘したようにすべてにドストの影がちらつく。みな吃音者のように背骨のゆがんだ同一の人間にさえ見えてくる。しかしその違和も親しみをおぼえてのめり込んでしまう魅力がここにある。ドストエフスキーの目は愛を基軸にして決して対象を神ほどに奉る勢いで輝かせこちらといえば頭をたれるばかりなのだが、ちょっとでも人間臭さをみせようなら厳しく指弾するのがドストのやり方だ。
よって舞台はいつも血なまぐさくなる。静謐な教会でとっつかみあいの喧嘩をしているくすぐったい面白みさえ感じるのだ。
ドストの愛する女性は憎しむ対象でもある。同時にその女性たちは傲慢でエゴイストをさも隠し通していると固く信じているようにみえてあるとき溶解してみせる。
そんなダイナミックなやりとりが心地いいのだ。それがなんといってもドストの醍醐味なんだろう。
 
●ドストエフスキー「賭博者」新潮文庫  4/1  読書61
 
●ドストエフスキー「賭博者」新潮文庫(要約) 4/2 読書62
 
●ドストエフスキー「賭博者」新潮文庫(要約&コメント) 4/3 読書63
 
●ドストエフスキー「賭博者」新潮文庫(海辺のカフカと重ねたコメント) 4/4 読書64
 
 
 
 
 
 
 
「ロシア人はあまりに豊かに多面的に天賦の才を与えられているために、それにふさわしい形式を手っ取り早く見付け出すことができないからなんですよ。この場合、問題は形式なんです。われわれロシア人は、たいてい、あまり豊富な天賦の才を授かっているので、それにふさわしい形式を見つけるには天才が必要とされるんです。」
「わずかフランス人と、それにおそらく、ほかのいくつかのヨーロッパ民族の間では、形式が実にきちんと定まっているために、きわめて品位のある様子をしながら、実はこの上なくつまらない人間だっていうことがありうるんです。
だからこそ彼等の間では形式があれほど多くの意味を持つんですよ(52)
 
 
 
 

2 要約

1はじまり

 
この小説は手記形式である。1つは主人公アレクセイ・イワーノヴィチがルーレテンブルク(架空の町 P)での最愛の女性ポリーナを中心におこる事件。もう1つは家庭教師先の将軍が恋したマドモワゼル・ブランシュの誘惑だ。アレクセイの一時の大金に目をつけられ供にパリで豪遊する。そして、ふたたびホンブルグ(232)に帰り召使などをしてまで金を貯めた後命をかけるほどの意気込みで賭博に挑む。
奇跡の勝利(=170グルデン)を手にするはなしだ(248)
およそ舞台は3つに分かれている。1つずつみていこう。
 
 
 
 
メモ:
1ルーブル=1.5フローリン
1フローリン=1グルデン=2フラン=2ターレル
1フリードリヒ・ドル=10フローリン
金貨=10フリードリヒ・ドル
*亀山郁夫氏によると1ルーブル=千円
(133)
 
 

その1

とある将軍のところにて家庭教師に従事していたアレクセイ。3か国語を使いこなせる優秀な彼だったが性格破綻者の側面も色濃かった。この将軍家に来るべき遺産相続にむけフランス人やブランシュやポリーナ、イギリス人のミスター・アストリー()という人物らが集っていた。将軍開催の食事会()からはじまる。
紹介していこう。
何度か偶然顔をあわせたことのある内気なイギリス人()。アストリーという。このイギリス人はポリーナに片思いしている。(16 35)
つぎにアレクセイがもっとも毛嫌いする高飛車なフランス人。のちに食事のさいに喧嘩をふっかける(12)
そしてアレクセイの片思いの相手ポリーナという女性。将軍の親戚であり借金があるため相続金狙いにやってきている。隠れた目的のもう1つは侯爵のフランスデ・ブリューも狙っている(16)
そしてマドモワゼル・ブランシュ。博打好きで男にパラサイトしては一文なしにさせて町を追い出されるほど破天荒な素行だ。あまりにもうつくしい美貌をもつ女性。
そして主人公たるアレクセイだ。
彼等一行はアレクセイとイギリス人をのぞいて将軍の祖母の遺産狙いだ。遺産問題と大きくかかわるのが将軍もたびたび足をはこぶ賭博場。①紳士の勝負②欲得ずくの成り上がり者の勝負(23)と、対極のもの同士が混在していた。後者は人のもうけた分をくすねる大胆ささえもある。アレクセイもルーレットに親しむ側の人だから(いや、生命をかけているほどだ・・)精神的支配者たるポリーナも体裁もあって持ち金を彼に託して頼むほどだった。さてアレクセイとポリーナ2人の関係にやや入り込んでみたい。
アレクセイは激しく彼女を愛している。愛を語ることは許されているものの奴隷のように使い走りに使われている域を出なかった。彼女は決して己を離さず緊急のときしか語らない卑怯な性格もある。借りた金をアレクセイがすった後、将軍と食事の席で賭博熱をついつい語ってしまったアレクセイがあったのだが、そのときも他人ごとのようにそしらぬ顔のポリーナがあった。 
アレクセイのポリーナに対する愛情は激しく時に狂気にさえ映る。
「僕はいっさいの形式を失っています。」「今や僕の内部すべてが停止してしまったんだ。」「僕はもうずっと以前から、ロシアだろうと、ここだろうと、この世で何が起こっているのか、わからないんです。」「ずばり言いますけれど、どこにいても僕の目に映ずるのはあなたの姿だけで、それ以外のものはどうだっていいんです(53)
かつて、彼女が一言すれば奈落に飛び込んでみせると言い放ったことまであった。
それを思い起こす命令への懇願に対してポリーナは「あたしがなんのためにあんたをシランゲンベルグからとびこませなければいけないの?」「そんなの、あたしにとって、まったく無益なことだわ(65)
と手をふる。
「みごとだ!」「人間は天性、暴君だから迫害者になるのを好むもんです。あなたなんかひどくお好きじゃありませんか」という返事する始末だ。
ただ、「僕にわかっているのは、あなたの前に出ると、しゃべって、しゃべって、しゃべりつづけなければならないということだけです、だから喋るんですよ。あなたの前に出ると、僕はいっさいの自尊心を失くしちまうんだ、どうだってよくなるんですよ(56)
ここは重要だ。アレクセイは被支配者にとどまっているようで常に相手の頸ねっこをねらっている獣がある。歪曲した愛し方だ。
それはつまりこうだ。相手を神のように奉りながらもそんな相手が人間的臭みをひとたびみせるならば恐ろしく噛みついて見せる。
俺は彼女を憎んでいる・・・誓ってもいいが、もし彼女の胸に鋭いナイフがゆっくりと沈めることができたとしたら、わたしは快感をおぼえながらナイフをつかんだことだろう、という気がする。(19)
彼は自分自身に率直なためにごまかさず狂気をそのまま表に出してしまう。(まだ行動にしないだけ随分ましなのだが)。彼の願い、救いは些細だ。
「彼女がわたしのところに来て『だって、あなたを愛しているんですもの』と言ってくれることを望んでいるのであって、もしそうでなければ、そんなばかげたことなぞ考えられぬというのであれば、その時は・・・そう、いったい何を望めばいいのだろう?自分が何を望んでいる、わたしにわかるとでもいうのか?わたし自身、途方にくれているにひとしいのだ。わたしはただ彼女そばに、彼女の後光とかがやきに包まれていたいだけだ、永久に、いつも、一生の間。その先のことは何一つわからない!」(141)
 
さて奴隷と瓜二つ、言いなりにあえて服することで至福を堪能するアレクセイ。ポリーナがついつい挑発に乗って彼に命じてしまった「小学生じみたいたずら」とは、とある男爵夫妻にむけて暴言を吐いたことだった。(のちに影で大笑いしていた悪魔的な側面を露わにするポリーナなんだが)
その暴言といったら時代のマナーからすればとてもじゃないほど逸脱していた。
アレクセイ「わたしはあなたの奴隷たる光栄を有するものです」(63) 
それがきっかけでアレクセイの雇い主である将軍から家庭教師解任要求と発展したのだがからたまったものではない。その背後に男爵がブランシュと事件をおこし二人を接近させぬためには早急にこのトラブルを治めたかった事情があった。同時に将軍のフランス人侯爵デ・グリューが資産そっくり抵当権者になっていたという財布事情がイギリス人のアストリーを通じて明らかになった。将軍の部屋をでるとすぐさまデ・グリューがポリーナの手紙持参で訪れる用意周到もあって全体の人間関係がアレクセイの中でついに浮かび上がった。
今一度関係図をくりかえす。
①将軍――デ・グリューに多くの債務をもつ。祖母の相続が頼みの綱
②ポリーナ――借金がある。将軍の義理の娘。祖母の相続をあてにしている&デ・グリューとの結婚を強く願っている。
③デ・グリュー――将軍への債権回収が目的。ポリーナには興味はなし。
④アストリー―――ポリーナに片思いをしている。デグリューより資産はある模様。ブランシュやデ・グリューの内情を人伝えに知っている。
⑤マドモワゼル・ブランシュ―――賭博好き。男を魅了す美しさの持ち主。将軍との結婚を狙っている。人から気に入られるのが巧み。
*アストリー除いた全員の願望・・・祖母が死に相続が開始されること。(97)
 
さて第一の舞台のpeakとなるのは遺産の保持者である祖母が車いすで来訪したことだ(99)。場のじかんをとめるほど一同を驚かせた。彼女はさらに毛嫌いする将軍がのめり込むルーレットを見物したいなどと言い出す(109)。これがきっかけでまるで「彼女は子供に返っちまいましたね(119)」とデ・グリューが囁くほどに、そうミイラとりがミイラになる。
最初の頃はルーレットのゼロばかりかけるなど奇異な賭け方が目立ったのだがビギナーズラックを呼び込んだ。最終的に8千フローリン(533万3千円)も稼いだ。(132)
将軍「以外」のものたちへ乞食もふくめてチップをわたし有頂天だった祖母だが将軍の危惧したとおり(139)翌日には1万2千グルデンの負け(800万マイナス)最終的に1万5千ルーブル(1500万)負けた(159)。付き人だったアレクセイも関わっていては損だと祖母のもとをはなれてしまう。翌日もまた一同の説得虚しく(174)祖母はまたルーレットに出掛けた。結末は、ふたたびモスクワに帰るまで10万ルーブル(*亀山「罪と罰」末巻解説:1ルーブル=千円 10万ルーブル=1億となる)近く負けてしまった(184)。いくらかの資産が自宅には残っているとはいえ疲れた様子で最後ポリーナに将軍などの処にいず、うちにこい、待っていると言い残しモスクワに帰った。(185)
 
アレクセイはこの祖母の御付きとしてまじかに破綻する道程をみていたのだが彼のほうこそ性格破綻者であるのは今更いうまでもない。
ポリーナが彼の泊まるホテルに訪れた。彼自身はポリーナが(祖母賭博事件後に)退散したフランス人のデ・ブリューの残した手紙(188)から結婚の筋がもはやなくなったと聞かされ残された彼女の借金5万フランに旨を痛めるアレクセイ。熱にうかされる体質のアレクセイはなんと1時間で彼女のためお金10万フローリン(6666万)をルーレットで用意してみせた(198)
彼のほうこそ賭博熱の芽は塵芥の中顔をだすチャンスを待ちわびていたのだった。さてそんな愛情を一心に注ぐアレクセイのプレゼントをポリーナは快く受け取ることはできなかった。彼女は常にリスクをおわない・支配者でなければならないのだから彼の思わぬ行動は嫌悪にしか映らない。
「あたし、あなたのお金なんて貰わないわ」「あたし、ただでお金は貰わないの」(201)
「あたし、あなたが憎い!そう・・そうよ!・・・あたし、あなたをデ・グリュー以上になんか愛してないわ」(202)
「あたしを買いなさいよ!どう?ほしい?デ・グリューみたいに、5万フランで?」(202)
 
さて奴隷にとどまるのを旨とするアレクセイはただポリーナの狂気をみるだけだ。「わたしはこうした一時的な精神錯乱は理解できないけれども、もちろん、この時の彼女が正気でなかったことは知っている。たしかに、彼女はひと月たった今でもまだ、病気だ。」(206)
ポリーナはやがて彼においかぶさり甘く口づけする。

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