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二つ目の文書。
午後14時。
ブラームスを聞いているミュウの傍から机でタイピングしている。
ヨハネス・ブラームス(Johannes Brahms, 1833年5月7日 - 1897年4月3日)は、19世紀ドイツの作曲家、ピアニスト、指揮者である。バッハ(Bach)、ベートーヴェン(Beethoven)と共に、ドイツ音楽における「三大B」とも称される。ハンブルクに生まれ、ウィーンに没する。作風はおおむねロマン派音楽の範疇に属するが、古典主義的な形式美を尊重する傾向も強い。一部には、ブラームスをしてベートーヴェンの後継者ととらえる人もおり、指揮者のハンス・フォン・ビューローは彼の交響曲第1番を「ベートーヴェンの交響曲第10番」と評した。
このときすみれはミュウから聞いた話を例のごとく再構築していた。
数日前の話だ。ある1つの記憶のデンジャラスゾーンにだ、強引に踏み込んだ。14年前の白髪へとなってしまった原因逸話をわたしは引き出そうとしたのだ。
倜儻不羈(てきとうふき)のミュウのパンドラの箱をこじ開けてまで運命共同体になるんだ、という勢いすみれが催促するものだから重い口を開く。
倜儻不羈(てきとうふき:確固たる信念を持って自分の責任のもとに独立し常識や権力に拘束されることのない自由な人間自分の理想とする人間に近いと思う)
父親の小用でフランスに1人、足を運んだときのこと。25歳。十分にセックスを楽しんだ時期もあったし(236)、もちろんピアノストとしての修練もおこなっていた。
さて、そちらではたまたま町で知り合ったフェルナンドという50前後の男と知り合う。この男から性欲の匂いを感じたものだから徐々に距離を置いたのだけども、どうもミュウは脅迫観念にとらわれ、そのせいか、自宅アパートの傍の遊園地の観覧車に、おもむろに閉園間際乗った際のこと。偶然係員が観覧車をうごかす器械をストップしてしまうアクシデントがおこる。このとき不安など露塵(非常に少ないこと)ほどもおもってなかった。
ゴンドラが頂上を過ぎた辺りで宙ぶらりんに停止している。すみれは双眼鏡で自宅アパートを眺めた。不思議な気持ちだ。こうやって自宅を眺められるのだから。驚嘆。なんと、レンズにはあのフェルナンドが裸で立ち、かつわたし、ミュウが彼の相手・・をしてるのだ。汚らしいpetting (236)。まるでそうだミュウはこれまでの自分が普通におこなってきた行為をきわめて客観的にして眺めるようショックを受けた。気がつくと病院だった。(237)。白髪になったと気付いたのは洗面所でみずからの顔を見たときだった(238)。
わ
たしはおそらくあのときに性欲と生理と排卵や黒い髪、生きる意思(238)をあちらに置き、影のようなものとしてコチラのわたしとして分離された。コチラのわたしとして生きているんだ。それから夏休みが終わり日本に帰り大学に戻らずピアニストも諦め翌年父親がなくなると会社経営を継ぐ(239)。
かつての彼女は人生について手利き(技量のすぐれていること)だった。
が彼女は、本当に人を愛する経験もせず多くの人と寝た(17歳のとき処女を失う)。
かつ熱心にピアニストなるべく練習し、努力の報われない人をみればその人が原因だとさえ思い込んでいた。そういう境遇を衒う(自慢する)わけでもなくストイックかつ幸運なわたしだったのだけども、突如、亀裂が走ったのだった。
その自分の欠けた何かを知ったときがあの14年前の出来事だったかもしれない。
しかし、時すでに遅し(242)。大きな不安もある。
分裂したミュウという2人がかりに1つになったとしても、わたしは一体ちゃんと整理できるのかしら?と。
29のとき幼馴染の男性と結婚するも、性生活はない。肉体に触れられたくないのだ(243)。もう本当の私じゃないのだから。
分裂したコチラ側のミュウを思うとすみれは一抹の疑念が湧き起こる。
では、わたしという存在は何ものなの?(244)
「わたしはこちら側に残っている。
でももう1人のわたしは、あるいは半分のわたしは、あちら側に移って行ってしまった。
わたしの黒い髪と、わたしの性欲と生理と排卵と、そしておそらくは生きるための意思のようなものを持ったままね。そしてその残りの半分が、ここにいるわたしなの。
わたしはずっとそう感じ続けてきた。スイスの小さな町の観覧車の中で何らかの理由で、わたしという人間が決定的に二人に引き裂かれてしまったのよ。あるいはそれは何かの取り引きのようなものだったのかもしれないわね。でもね、何かが奪い去られたというのではないのよ。それはまだ向こう側にきちんと存在しているはずなの。わたしにはそれがわかる。わたしたちは一枚の鏡によって隔てられているだけのことなの。でもそのガラス一枚の隔たりを、わたしはどうしても越えることができない。永遠に。(238−239)
分裂後の統一は来るかもしれない。が、彼女は統一という混沌を、むかえるだけのものを持っていないからこそ、かりそめの安住地として白髪のミュウというこちら側に留まっているのかもしれない。ここでは性も夢もない。ないのだ。そういうミュウにすみれは惹かれたのだ。
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僕は2つの文書を頭の中で整理するよう努めた。
塔のてっぺんですでに亡くなっている母親の夢。
それからコチラの世界。
彼女はミュウに告白する。その代償は受け入れるつもり。そしてアチラの世界に行くには夢を見続けること。その方法?
すみれはアチラの世界に行ったと仮定しよう。しかしどうやって?僕はすみれが自殺しているようにはどうしてもおもえない。
さてわたしは眠っていたが、ギリシャ音楽(255)の生演奏が聞こえて目を覚ます。どうも気になってコテージを出て聞こえる山のてっぺんへ向かった。すみれもおそらくどかで聞いているに違いない。今通ってきたつづらおりの畦道を振り返ると暗黒が辺りを満たしていてこの手も足も自分のものでもないように感じた。まるでミュウが感じたように僕自身も本当の僕が東京に居て餓えた猫たちが僕の死体を喰っているかもしれない・・。
いつのまにかやんだ音楽はもしかしたら最初から周到にたくらまされたものでは・・と思うのだった(260)
コメント
おそらく、ミュウとすみれ、僕の三者は、ミュウ25歳の分裂体験を三者体験しており、ミュウとすみれが惹きつけられミュウ25歳分裂体験が感染するようにすみれが最期の賭けに出て、そして「風いたみ岩うつおのれおみ砕けてもの思うこころかな」みたいに彼女はアチラにむかった。
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すみれの行方はわからないまま。翌々日にはミュウが日本領事館員とギリシャ観光警察の人を連れて帰ってくる。
大がかりな捜査が行われ、それからすみれの両親までもやってくる。
僕は新学期がはじまるのでミュウに礼をいって島を出た。
すでに僕にはなんらかのミュウへの好意(あちらも行為を抱いていた)を抱いてしまっていたことは分かっていたが島を離れるほどにあらゆるものが点のようになりやがて消えてなくなった(266)。飛行機の乗り継ぎの都合上アテネに一泊することとなって夕方一人でアクロポリスの丘で(267)自分の人生、それからすみれを思った。
「すみれがぼくにとってどれほど大事な、かけがえのない存在であったかということが、あらためて理解できた(268)」
「ぼくと彼女は自然に心をかさねあわせることができた(268)」
ぼくとすみれが肉体的なむすびつきも得ることができたらもっと幸せだったかもしれないが、それは潮の満ち引きや季節のように変えようのないことで引き伸ばされた袋小路のような友だち関係であったことは分かっていた。が「唐突な大きな転換(269)」が訪れることをどこかで期待していた。それはきわめて可能性の低い期待だったのだが。
「すみれの存在が失われてしまうと、ぼくの中にいろんなものが見あたらなくなっていることが判明した。まるで潮が引いたあとの海岸から、いくつかの事物が消えてなくなっているみたいに。そこに残されているのは、ぼくにとってもはや正当な意味をなさないいびつで空虚な世界だった。薄暗く冷たい世界だった。ぼくとすみれのあいだに起ったようなことは、その世界ではもう起らないだろう。ぼくにはそれがわかった。
人にはそれぞれ、あるとくべつな年代にしか手にすることのできないとくべつなものごとがある。それはささやかな炎のようなものだ。注意深く幸運な人はそれを大事に保ち、大きく育て、松明としてかざして生きていくことができる。でもひとたび失われてしまえば、その炎はもう永遠に取り戻せない。おくが失ったのはすみれだけではなかった。彼女といっしょに、ぼくはその貴重な炎までをも見失ってしまったのだ。(270)」
すみれともう1人のミュウは「あちらの世界」にいるのだろう。
僕もあちらに行くべきか?が、ぼくはあちらの世界へ行く方法が分からないばかりかぼくはこちら側の時間性の継続の中に閉じ込められいる。
いや、ぼくの意思としてはここから出ていくことを求めていない(271)
が、ぼくは確かであって、それは、もうこれまでの自分には戻れないということ。
明日になれば別人になり今日が最期の夕暮れ時なのだ。
「ぼくの中では何かが焼き尽くされ、消滅してしまっている。どこかで血が流されている。誰かが、何かが、僕の中から立ち去っていく。顔を伏せ、言葉もなく。ドアが開けられ、閉められる。明かりが消される。今日がぼくにとっての最後の日なのだ。これが最期の夕暮れなのだ。夜が明けたら、今のぼくはもうここにはいない。この身体にはべつの人間が入っている(272)」
僕は最後の日の今日、地球の軌道を回り続けている孤独な金属の塊、人工衛星をおもった(273)
だから、人は、一層のこととおもって「おのれのみ砕けて」しまおうと思うのか。
*風をいたみ岩をうつ波のおのれのみ 砕けてものを思ふこころかな−源重之(みなもとのしげゆき 清和天皇の曾孫 10世紀)
(あまりに風が激しいので、岩を打つ波がおそいかかった岩はもとのまま、自分のほうだけあえなく砕け散る)