学問の部屋

体系的に学問する こころから学問する

村上春樹

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全6ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6]

[ 次のページ ]

イメージ 1
16

ハルキ島で別れて以来ミュウとは一度も連絡をとっていない。
新聞を調べて8月のすみれ失踪事件を調べたりもしたが途中でやめた。9月がおわり冬がやってくるとすみれの誕生日(11月7日)、僕の誕生日(12月9日)がやってくる。年があけるとニンジンは5年生となりクラスがかわりあの「ガールフレンド」とも顔を合わせる機会もなくなった。彼女に電話をかけそうになることもあったが倉庫の鍵と、ニンジンの小さな手の感触の2つがそれを押しとどめた。
あるときニンジンを考えることもあった。彼は不思議な子どもだったけどようく考えれば僕を理解し僕を受け入れてくれた(308)
そういうニンジンは永遠とおもえる日々を通り抜けて大人になる。それはきついことだと言える。その広い世界に出たとき、僕がいまあるように、そうだ、ぼくはぼく自身の考えるべき問題をかかえている・・・。
 
すみれば①思い出②長い手紙幾通③一枚のフロッピーディスク。
・・を残してくれた。
僕は何度も何度もその長い文章をよみかえした。その間、同じ時間、心を重ねることができた。
夜中目を覚ますとあのギリシャ音楽を思い出した。意識のかい離した感触。僕は何かを考え、何かを考えないようにする。その間に違いは実はなかった(310)
 
一度だけミュウを東京の街でみかけた。タクシーに乗る僕のとなりにちょうどミュウの乗ったジャガーが横についた。見事な白髪の女性だった。
「彼女はまったくべつの人間になってしまったようにみえた」
「まるでぬけがらみたいだ(312)
僕はあえて声をかけなかった。
 
「僕はこうしてそれぞれに今も生き続けているのだと思った。どれだけ深く致命的に失われていても、どれほど大事なものをこの手から簒奪されていても、あるいは外側の一枚の皮膚だけを残してまったくちがった人間に変わり果ててしまっていても、ぼくらはこのように黙々と生を送っていくことができるのだ。
手をのばして定められた量の時間をたぐり寄せ、そのままうしろに送っていくことができる。日常的な反復作業として−場合によってはとても手際よく。そう考えるとぼくはひどくうつろな気持ちになった。(313)
 
ミュウの父親の韓国北部の風にさらされているだろう銅像をおもい、あのミュウの姿と重ね合わせて束の間の命しかもたぬ番(つがい)ではとおもった(314)
僕は夢を見る。
 
すみれが書いていたように、夢の世界で生きる。がしかしそれは長くは続かない。
僕は夜中の3時に枕元の電話を眺めてすみれが電話ボックスでタバコに火をすけてヘンリーボーンのジャケットに左右ちがった靴下を履いて。僕に話さなくてはならないことが詰まっている。そうやって番号を押そうとしている。
だから電話機は今にも鳴りだしそうに見える。でもそれが鳴ることはない。沈黙をつづける電話機。
 
が。
あるとき電話のベルが鳴りだす
それは現実の空気を震わせている。ぼくはすぐに受話器を取った。
 
 
 
 
もしもし」
 
「ねえ帰ってきたのよ」
 
「それはよかった」
 
「それはよかった?」
 
「何よ、それは?わたしがせっかく血のにじむような苦労をして、いろんなものをいっぱい乗り継いで、ここまで−いちいち説明しているとキリがないんだけど−戻ってきたというのに、あなたにはその程度のことしか言えないの。
涙がでちゃうわ。よくなかったら、わたしの立場はいったいどうなるのよ?「それはよかった」、信じられないわね、まったく。そんな心温まる、見事な機知に富んだ台詞は、鶴亀算がやっとわかるようになったあなたのクラスの子供のためにとっておけば」
 
「今どこにいる?」
 
「わたしが今どこにいるか?どこにいると思う?昔なつかしい古典的な電話ボックスの中よ。インチキ金融会社とテレフォンクラブのちらしがいっぱい貼り付けてある、ろくでもないまっ四角な電話ボックスの中。空にはかびたような色合いの半月がかかり、床には煙草の吸殻が散乱している。ぐるぐると見わたしても、心を温めてくれるようなおのはどこにも見あたらない。交換可能、あくまで記号的な電話ボックス。さて、場所はどこだろう?今はちょっとわからない。すべてはあまりにも記号的だしそれにあなたもよく知っているでしょう?わたしは場所のことはほんとに苦手なのよ。口でうまく説明できないの。だからいつもタクシーの運転手に叱られるのよ。「あんた、いったいどこに行きたいんだよ?」って。でもそんなに遠くじゃないと思うな。たぶんけっこう近くだと思う」
 
迎えに行くよ」
 
「そうしてくれるとうれしいわね。場所をよく調べて、もう一度電話する。どうせ今はちょっと小銭も足りないし。待ってね」
 
「君にとっても会いたかった」
 
「わたしもあなたにとても会いたかった」
「あなたと会わなくなってから、すごくよくわかったの。惑星が気をきかせてずらっと一列に並んでくれたみたいに明確にすらすらと理解できたの。わたしはあなたが本当に必要なんだって。あなたはわたし自身であり、わたしはあなた自身なんだって。ねえ、わたしはどこかで−どこかわけのわからないところで−何かの喉を切ったんだと思う。
包丁を研いで、石の心をもって。中国の門をつくるときのように、象徴的に。わたしの言うことが理解できる?」
 
 
「できてると思う」
 
「ここに迎えにきて」
 
電話は唐突に切れ、僕はしばらく電話が鳴るのをまった。ベルはなかなか鳴り出さない。しかし僕は急がない。
「僕には準備ができている。ぼくはどこにでも行くことができる。そうだね、そのとおり(317)
 
 
 
「ぼくはベッドを出る。日焼けした古いカーテンを引き、窓を開ける。そして首を突き出してまだ暗い空を見上げる。そこには間違いなく黴びたような色合いの半月が浮かんでいる。これでいい。
ぼくらは同じ世界の同じ月を見ている。ぼくらはたしかにひとつの線で現実につながっている。ぼくはそれを静かにたぐり寄せていけばいいのだ。
それからぼくは指をひろげ、両方の手のひらをじっと眺める。
ぼくはそこに血のあとを探す。
でも血のあとはない。
血の匂いもなく、こわばりもない。
それはもうたぶんどこかにすでに、静かにしみこんでしまったのだ。(318)
 

●コメント

 
僕は自分の居場所なき人生において犬、、それから音楽と本を代替的居場所としていた。そういう僕がすみれ(22)との出会いでかけがえのないものを獲得する。がしかし、すみれという僕と同じ人間のすみれは、未だ、自分を探している最中にあった。そしてすみれは自分を埋める相手として年上既婚者のミュウを選んだ。
彼女2人はギリシャのハルキ島で互いを打ち明けるが、ミュウ25歳時の分裂体験は根深く、すみれは告白するも当然玉砕する。
彼女は夢を見つつけるべきか?
森に逃げる。
ミュウと僕(ギリシャまでやってきた)はすみれを捜索するがみつからない。9月近くになり僕は一人帰国。
すみれを失い彼は自分にとって必要なものがこの世に何もないというほどに虚無にあった。
ちょうどガールフレンドの息子が万引きをし、彼を保安室から引き取る帰り道。喫茶店でおもむろにこの少年、ニンジンにすべてをはなした。自分は大切な友だちを失ったと。
ニンジンとーかつて体験した感触の手−家に帰り、ガールフレンドとも金輪際会わない約束をする。
彼は一人となって、まるでずっと一人であったかのように、だけど、彼は・・諦めなかった。()とうのは、すみれの残した手紙を何度も何度も読み返した。
そしていつかは覚醒してしまう夢を何度もみた。
 
ある日、すると、すみれから電話がかかってくるのだ。
すみれも苦悩の門を潜って帰って来た。それを受け止める準備は、読者諸君もお分かりの通り彼にはできている。
またかけなおすと電話を切るが、僕はあわてない。
もう準備はできている。どこにでも行く準備はできているのだ。
 
 
彼がスプートニクの人工衛星のごとき世の人人を、しかし僕という軌道と重ねる相手をすみれを長い旅路でつかみとることで、ようやくこの孤独の旅をおしまいとすることができる。もちろん、彼の復活が世界を転倒させるわけではない。ミュウに、ガールフレンドにと彼女らは世界をさまよっているしニンジンだって今後荒波にでんとす。
大人たる1人の「僕」はようやく大切なことを掴みかけたのだ。彼の潜った門はーーいや彼の選択(賭け)は正しかった。
 
END
 
 
 

登場人物・場所

 
僕―――24歳。歴史学科卒業後小学校の教師に。すみれとは大学正門で出会う。すみれを愛している。
すみれ――22歳。大学中退し小説家志す。ミュウという年上既婚女性に片思い。ミュウのもとで働きだす。
ミュウ――39歳。かつてピアニストを志望し順風満帆だったが25歳スイスでの分裂体験を機に挫折。父親死亡後は貿易会社を継ぐ。白髪だが普段は髪を黒色の染めている。
ガールフレンド――僕の担当クラスの子供ニンジンの母。恋人関係。物語終盤では泣きすがるように、正しいこと、正しくないことについて尋ねるが別れる。
ニンジン:仁村晋一  ――僕の担当クラスの子供。いろいろ不思議な面がある。が僕とは物語終盤、心を通い合わせる。

イメージ 1
15

電話があったのは僕のガールフレンド。新学期がはじまってからちょうど二度目の日曜日に当たる。とても大事なことだと述べて僕は電車に乗りスーパーマーケットまの保安室にむかった。
彼女の息子ニンジン(仁村晋一 にむらしんいち 279)が万引きをした。
三度目の犯行らしい(281)
警備主任といわれる中村なる50後半の男性はニンジンの常習性に「問題」をみるものだから母親の今回は・・という言葉になかなか首を縦に振らない。僕は「犯罪性よりも精神的歪み」のほうに着目すべきで根本的原因をみつけなければ、と言うのだが中村主任は警察経験からいちいち犯罪者の長話につきあって根本的原因を探していたら脳みそが1ダースあっても足らないと失笑した。が倉庫の鍵が見当たらないということで偶然か必然かこの小トラブルによって今回は御咎めなし、帰されることとなる。
先に母親(ガールフレンド)(愛車トヨタセリカで)帰してしばらくニンジンと二人きりで喫茶店で過ごした。
僕はおもむろに話はじめた。
「いろんなことがある」と。
夏休みギリシャにいった。友だちがギリシャの小さな島でゆくえがわからなくなった。
「ぼくはその友だちのことが好きだった。とても好きだった。誰よりもなによりも大事な人間だった。だから飛行機に乗ってギリシャのその島まで探しにいったんだ。しかしだめだった。どうしても見つからない。それでね、その友だちがいなくなってしまったら、ぼくには誰も友だちがいないんだ。ただの一人もいない」
 
ぼくが今なにをいちばんやりたいか、わかるかい?それはね、ピラミッドみたいな高いところに登ることだ。できるだけ高いところがいい。できるだけまわりの開けたところがいい。そこのてっぺんに立って、世界をぐるりと見渡し、どんな景色が見えるのか、今となってはそこからいったいなにが失われてしまったか、自分の目で確かめたいんだ。いや、どうだろう。わからない。本当はそんなもの、見たくないのかもしれない。本当はぼくはなにも見たくないのかもしれない(293)
 
ぼくは子供の頃からずっと一人で生きてきたようなものだった。家には両親とお姉さんがいたけど、誰のことも好きにはなれなかった。家族の誰とも気持ちが通じあわなかったんだ。だからよく自分のことをもらい子じゃないかって想像したものだった。事情があって、どこか遠くの親戚からもらわれてきたんじゃないかって。あるいは孤児院からもらわれてきたんじゃないかって。でも今にして思えば、それはまあないだろうな。どう考えたって、身よりのない孤児を引き取るようなタイプの両親じゃないからね。いずれにせよ、ぼくは自分がその家族たちと血がつながっているということが、うまくのみこめなかったんだ。それはむしろこの人たちはまったくの赤の他人だと思った方が、ぼくにとってはらくだったな。
ぼくは遠くにあるどこかの町をよく想像したものだ。そこには一軒の家があって、その家にはぼくの本物の家族が住んでいた。小さくて質素だけれど、心が安らぐ家だった。そこではみんなが自然に心を通いあわせることができたし、感じたことをなんでもそのまま口にすることができた。夕方になると母親が台所でご飯を作る音が聞こえ、温かいおいしそうな匂いがした。それが本来のぼくがいるべき場所だった。ぼくはいつもその場所のことを頭の中で思い描き、その中に自分を溶けこませた。
 
現実のぼくの家には犬が1匹いて、家族の中でその犬のことだけはすごく好きだったよ。雑種だったけれど、とても頭の良い犬でね、一度何かを教えれば、いつまでも覚えていた。毎日散歩に連れていって、二人で公園に行って、ベンチに座っていろんな話をした。ぼくらは気持ちを伝えあうことができた。それが子供時代のぼくにとっていちばん楽しい時間だった。でもその犬は、ぼくが小学校5年生のときに、家の近くでトラックにはねられて死んでしまった。それからあとは犬はもう飼ってもらえなかった。犬はうるさくて汚くて手間がかかるからってね。
 犬が死んでからというもの、ぼくは部屋に一人でこもって本ばかり読むようになった。まわりの世界よりは、本の世界のほうがずっと生き生きとしたものに感じられた。そこにはぼくが見たこともない景色が広がっていた。本や音楽がぼくのいちばん大事な友だちになった。学校でも親しい友だちは何人かいたけれど、心を開いて話をできる相手にはめぐり会えなかった。毎日顔を合わせたければ適当に話をして、いっしょにサッカーをやっていただけだ。なにか困ったことがあっても、誰かに相談なんかしなかった。一人で考えて、結論を出して、一人で行動した。でもとくにさびしいとも思わなかった。そういうのが当り前だと思っていたんだ。人間というのは、結局のところ一人で生きていくしかないものなんだって。
 
しかし大学生のときに、ぼくはその友だちと出会って、それからは少し違う考え方をするようになった。長いあいだ一人でものを考えていると、結局のところ一人ぶんの考え方しかできなくなるんだということが、ぼくにもわかってきた。ひとりぼっちであるというのは、ときとして、ものすごくさびしいことなんだって思うようになった。
 ひとりぼっちでいるというのは、雨降りの夕方に、大きな河の河口に立って、たくさんの水が海に流れこんでいくのをいつまでも眺めているときのような気持ちだ。雨降りの夕方に、大きな河の河口に立って、水が海に流れこんでいくのを眺めたことはある?(294−296)
ニンジンは答えない。
「たくさんの河の水がたくさんの海の水と混じりあっていくのを見ているのが、どうしてそんなにさびしいのか、ぼくにはよくわからない。でも本当にそうなんだ。君も1度みてみるといいよ(296)
 
母親の家まで僕らは歩き途中のコンクリートの橋でニンジンは隠し持っていた「保管室3」という鍵をみせた。子供の不思議を思い、それから鍵を川に捨てた。
ニンジンの手を握り−「経験したことのある感触だった(298)」家にむかった。
彼女は僕をアパートまで送ってくれた。車内で
「でもぼくはやはり問題の一部になるわけにはいかない。いろんな人のためにもね。問題の一部になることはできないんだ(301)
と告げて関係の終りを切り出した。
彼女は、その「いろんな人」とは、自分の息子、それから、あなた自身のため?とたずねて、僕はうなづくほかなかった。
彼女にとって僕とあえなくなることは「かなりきついこと」だった。と同時にこれが正しくないことだと僕に言われても、
「正しいことって、いったいどんなことなの?教えてくれる?正直なところ、なにが正しいことなのかわたしにはよくわからないのよ。正しくないのがどんなことか、それはわかるわ。でも正しいことって何?(302)
彼女は泣きだしそうな表情でハンドルを握りしめ続けた。
 
わたしがまだ若かったころには、たくさんの人がわたしに進んで話かけてくれた。そしていろんな話を聞かせてくれたわ。楽しい話や、不思議な話。でもある時点を通りすぎてからは、もう誰もわたしには話かけてこなくなった。誰ひとりとして。夫も子供も、友だちも・・・みんなよ。世の中にはもう話すべきことなんてなにもないんだというみたいに。ときどきね、自分の身体が向こう側まで透けて見えるんじゃないかって気がすることがあるの(303)
自宅に着き彼女は感謝を述べて帰った。
僕は昼食の残りを仕上げ食べて読みかけの本を読もうとしたが諦めて、鍵のおkと、彼女がステアリング握りしめる両手をおもった。僕は長い時間をかけてシャワーをあびて、、おもう。僕は正しいことをしたのか。いろんな人?
いろんな人ではなく、すみれのことだけだった。(305)
 
 
 

イメージ 1
12

 
二つ目の文書
午後14時。
ブラームスを聞いているミュウの傍から机でタイピングしている。
ヨハネス・ブラームス(Johannes Brahms, 183357 - 189743日)は、19世紀ドイツの作曲家、ピアニスト、指揮者である。バッハ(Bach)、ベートーヴェン(Beethoven)と共に、ドイツ音楽における「三大B」とも称される。ハンブルクに生まれ、ウィーンに没する。作風はおおむねロマン派音楽の範疇に属するが、古典主義的な形式美を尊重する傾向も強い。一部には、ブラームスをしてベートーヴェンの後継者ととらえる人もおり、指揮者のハンス・フォン・ビューローは彼の交響曲第1番を「ベートーヴェンの交響曲第10番」と評した。
 
 
 
 
このときすみれはミュウから聞いた話を例のごとく再構築していた。
数日前の話だ。ある1つの記憶のデンジャラスゾーンにだ、強引に踏み込んだ。14年前の白髪へとなってしまった原因逸話をわたしは引き出そうとしたのだ。
儻不羈(てきとうふき)ミュウのパンドラの箱をこじ開けてまで運命共同体になるんだ、という勢いすみれが催促するものだから重い口を開く。
儻不羈(てきとうふき:確固たる信念を持って自分の責任のもとに独立し常識や権力に拘束されることのない自由な人間自分の理想とする人間に近いと思う)
父親の小用でフランスに1人、足を運んだときのこと。25歳。十分にセックスを楽しんだ時期もあったし(236)、もちろんピアノストとしての修練もおこなっていた。
さて、そちらではたまたま町で知り合ったフェルナンドという50前後の男と知り合う。この男から性欲の匂いを感じたものだから徐々に距離を置いたのだけども、どうもミュウは脅迫観念にとらわれ、そのせいか、自宅アパートの傍の遊園地の観覧車に、おもむろに閉園間際乗った際のこと。偶然係員が観覧車をうごかす器械をストップしてしまうアクシデントがおこる。このとき不安など露塵(非常に少ないこと)ほどもおもってなかった。
 
ゴンドラが頂上を過ぎた辺りで宙ぶらりんに停止している。すみれは双眼鏡で自宅アパートを眺めた。不思議な気持ちだ。こうやって自宅を眺められるのだから。驚嘆。なんと、レンズにはあのフェルナンドが裸で立ち、かつわたし、ミュウが彼の相手・・をしてるのだ。汚らしいpetting (236)。まるでそうだミュウはこれまでの自分が普通におこなってきた行為をきわめて客観的にして眺めるようショックを受けた。気がつくと病院だった。(237)白髪になったと気付いたのは洗面所でみずからの顔を見たときだった(238)
たしはおそらくあのときに性欲と生理と排卵や黒い髪、生きる意思(238)をあちらに置き、影のようなものとしてコチラのわたしとして分離された。コチラのわたしとして生きているんだ。それから夏休みが終わり日本に帰り大学に戻らずピアニストも諦め翌年父親がなくなると会社経営を継ぐ(239)
 
かつての彼女は人生について手利き(技量のすぐれていること)だった。
が彼女は、本当に人を愛する経験もせず多くの人と寝た(17歳のとき処女を失う)
かつ熱心にピアニストなるべく練習し、努力の報われない人をみればその人が原因だとさえ思い込んでいた。そういう境遇を衒う(自慢する)わけでもなくストイックかつ幸運なわたしだったのだけども、突如、亀裂が走ったのだった。
その自分の欠けた何かを知ったときがあの14年前の出来事だったかもしれない。
しかし、時すでに遅し(242)。大きな不安もある。
分裂したミュウという2人がかりに1つになったとしても、わたしは一体ちゃんと整理できるのかしら?と。
29のとき幼馴染の男性と結婚するも、性生活はない。肉体に触れられたくないのだ(243)。もう本当の私じゃないのだから。
分裂したコチラ側のミュウを思うとすみれは一抹の疑念が湧き起こる。
では、わたしという存在は何ものなの?(244)
 
 
「わたしはこちら側に残っている。
でももう1人のわたしは、あるいは半分のわたしは、あちら側に移って行ってしまった。
 
わたしの黒い髪と、わたしの性欲と生理と排卵と、そしておそらくは生きるための意思のようなものを持ったままね。そしてその残りの半分が、ここにいるわたしなの。
わたしはずっとそう感じ続けてきた。スイスの小さな町の観覧車の中で何らかの理由で、わたしという人間が決定的に二人に引き裂かれてしまったのよ。あるいはそれは何かの取り引きのようなものだったのかもしれないわね。でもね、何かが奪い去られたというのではないのよ。それはまだ向こう側にきちんと存在しているはずなの。わたしにはそれがわかる。わたしたちは一枚の鏡によって隔てられているだけのことなの。でもそのガラス一枚の隔たりを、わたしはどうしても越えることができない。永遠に。(238−239)
 
 
分裂後の統一は来るかもしれない。が、彼女は統一という混沌を、むかえるだけのものを持っていないからこそ、かりそめの安住地として白髪のミュウというこちら側に留まっているのかもしれない。ここでは性も夢もない。ないのだ。そういうミュウにすみれは惹かれたのだ。
 
 
 
 
 

13

僕は2つの文書を頭の中で整理するよう努めた。
塔のてっぺんですでに亡くなっている母親の夢。
それからコチラの世界。
彼女はミュウに告白する。その代償は受け入れるつもり。そしてアチラの世界に行くには夢を見続けること。その方法?
 
すみれはアチラの世界に行ったと仮定しよう。しかしどうやって?僕はすみれが自殺しているようにはどうしてもおもえない。
さてわたしは眠っていたが、ギリシャ音楽(255)の生演奏が聞こえて目を覚ます。どうも気になってコテージを出て聞こえる山のてっぺんへ向かった。すみれもおそらくどかで聞いているに違いない。今通ってきたつづらおりの畦道を振り返ると暗黒が辺りを満たしていてこの手も足も自分のものでもないように感じた。まるでミュウが感じたように僕自身も本当の僕が東京に居て餓えた猫たちが僕の死体を喰っているかもしれない・・。
いつのまにかやんだ音楽はもしかしたら最初から周到にたくらまされたものでは・・と思うのだった(260)
 
コメント
おそらく、ミュウとすみれ、僕の三者は、ミュウ25歳の分裂体験を三者体験しており、ミュウとすみれが惹きつけられミュウ25歳分裂体験が感染するようにすみれが最期の賭けに出て、そして「風いたみ岩うつおのれおみ砕けてもの思うこころかな」みたいに彼女はアチラにむかった。
 
 
 
 
 

14

すみれの行方はわからないまま。翌々日にはミュウが日本領事館員とギリシャ観光警察の人を連れて帰ってくる。
大がかりな捜査が行われ、それからすみれの両親までもやってくる。
僕は新学期がはじまるのでミュウに礼をいって島を出た。
すでに僕にはなんらかのミュウへの好意(あちらも行為を抱いていた)を抱いてしまっていたことは分かっていたが島を離れるほどにあらゆるものが点のようになりやがて消えてなくなった(266)。飛行機の乗り継ぎの都合上アテネに一泊することとなって夕方一人でアクロポリスの丘で(267)自分の人生、それからすみれを思った。
すみれがぼくにとってどれほど大事な、かけがえのない存在であったかということが、あらためて理解できた(268)
 
ぼくと彼女は自然に心をかさねあわせることができた(268)
 
ぼくとすみれが肉体的なむすびつきも得ることができたらもっと幸せだったかもしれないが、それは潮の満ち引きや季節のように変えようのないことで引き伸ばされた袋小路のような友だち関係であったことは分かっていた。が「唐突な大きな転換(269)」が訪れることをどこかで期待していた。それはきわめて可能性の低い期待だったのだが。
 
「すみれの存在が失われてしまうと、ぼくの中にいろんなものが見あたらなくなっていることが判明した。まるで潮が引いたあとの海岸から、いくつかの事物が消えてなくなっているみたいに。そこに残されているのは、ぼくにとってもはや正当な意味をなさないいびつで空虚な世界だった。薄暗く冷たい世界だった。ぼくとすみれのあいだに起ったようなことは、その世界ではもう起らないだろう。ぼくにはそれがわかった。
 人にはそれぞれ、あるとくべつな年代にしか手にすることのできないとくべつなものごとがある。それはささやかな炎のようなものだ。注意深く幸運な人はそれを大事に保ち、大きく育て、松明としてかざして生きていくことができる。でもひとたび失われてしまえば、その炎はもう永遠に取り戻せない。おくが失ったのはすみれだけではなかった。彼女といっしょに、ぼくはその貴重な炎までをも見失ってしまったのだ。(270)
 
すみれともう1人のミュウは「あちらの世界」にいるのだろう。
僕もあちらに行くべきか?が、ぼくはあちらの世界へ行く方法が分からないばかりかぼくはこちら側の時間性の継続の中に閉じ込められいる。
いや、ぼくの意思としてはここから出ていくことを求めていない(271)
が、ぼくは確かであって、それは、もうこれまでの自分には戻れないということ。
明日になれば別人になり今日が最期の夕暮れ時なのだ。
ぼくの中では何かが焼き尽くされ、消滅してしまっている。どこかで血が流されている。誰かが、何かが、僕の中から立ち去っていく。顔を伏せ、言葉もなく。ドアが開けられ、閉められる。明かりが消される。今日がぼくにとっての最後の日なのだ。これが最期の夕暮れなのだ。夜が明けたら、今のぼくはもうここにはいない。この身体にはべつの人間が入っている(272)
 
僕は最後の日の今日、地球の軌道を回り続けている孤独な金属の塊、人工衛星をおもった(273)
 
だから、人は、一層のこととおもって「おのれのみ砕けて」しまおうと思うのか。
 
 
 
風をいたみ岩をうつ波のおのれのみ 砕けてものを思ふこころかな−源重之(みなもとのしげゆき 清和天皇の曾孫 10世紀)
(あまりに風が激しいので、岩を打つ波がおそいかかった岩はもとのまま、自分のほうだけあえなく砕け散る)
 
 
 
 
 
 
 

イメージ 1
9

港での猫会話の交換の後2人は買い物としてコテージに戻る。ミュウはブラームス(166)を聞き、すみれは執筆をしている。
(*この時期に書いた文書が、のちに登場する)
22時になると二人はいつもの通りそれぞれの寝室に別れるのだが12時半過ぎた頃ミュウは部屋で異変を感じ取る(168)。そう、部屋の片隅ですみれが体育座りをし汗びっしょり、かつピンク色のハンドタオルをくわえてうずくまっているのだ(170)
ミュウは声をかけても無反応のすみれをとりあえず着替えさせベッドに移動させてミネラルウォーターを飲ませた(173)。それからすみれは謝るように意識を取りもどし眠れないようだったので今日は一緒のベッドで眠ることとなった(174)
そこですみれが抱きしめにきた(175)。ミュウは子供のようなすみれに抱きしめられてすみれは心ではうれしくもあったが残念なことに身体はそれを拒否していた(177)
ミュウは14年前のあのとき以来この世界で誰とも身体をまじわせることができなくなったことをすみれに話した(178)すみれは枕に顔を埋めて堰が切れたみたいに泣いていた(178)
そのときミュウは理解した。
(*やや長いがこのシーンを引用する )
 
 
わたしは同性愛の経験はなかったし、自分にそういう傾向があると考えたこともなかった。でももしすみれが真剣に求めているのなら、わたしはそれにこたえてもかまわないと思ったのよ。
少なくとも嫌悪感みたいなものはなかった。
 
すみれとなら、ということだけれど。だからすみれの指がわたしの身体を撫でまわしたり、彼女の舌がわたしの口の中に入ってきたときにも抵抗はしなかった。不思議な気持ちはしたけれど、それに慣れようと思った。だからわたしはなされるがままになっていたの。わたしはすみれのことが好きだったし、彼女がそれで幸福になれるのなら、なにをされてもかまわないと思っていた。
 でもいくらそう思っても、わたしの身体はわたしの心とはべつのところにいた。わかるでしょう?すみれに身体をそんな風に大事に触れられてもらえること自体は、ある部分ではうれしくさえあったの。でもわたしの心がどれだけそう感じても、わたしの身体は彼女を拒否していた。それはすみれを受け入れようとはしなかった。わたしの身体の中で興奮しているのは心臓と頭だけで、あとの部分は石のかたまりのようにかたく乾いていた。悲しいけれど、どうしようもないことだったのよ。もちろんすみれにもそれはわかった。すみれの身体は熱く火照って、柔らかく湿っていた。でもわたしはそれにこたえてあげられなかった。
 わたしは彼女に説明した。あなたを拒否しているんじゃない。でもわたしはそれができないの。
14年前にあのことが起こって以来、わたしはこの世界の誰とも身体を交わらせることができないの。それはどこか別のところですでに決められてしまったことなの。
そしてわたしは彼女に、もしなにかわたしにできることがあるのなら、それをしてあげると言った。つまりわたしの指とか、口とかで、ということ。でも彼女の求めているのはそういうことではなかったし、それもわたしにもわかっていた。
 彼女はわたしの額にそっとキスして、ごめんなさいと言った。わたしはただあなたのことが好きだったの。ずいぶん迷ったけれど、やはりこうしないわけにはいかなかったの、と。わたしもあなたのことが好きよ、とわたしはすみれに言った。だから何も気にしないで。これからもあなたにいっしょにいてほしいの。わたしはそう言った。
 それから長いあいだ、すみれは枕に顔を埋めて、まるで堰が切れたみたいに泣いていた。わたしはそのあいだずっと彼女の裸の背中を撫でていた。肩口から腰にかけて、そこにある彼女の骨のかたちをひとつひとつ指先に感じながら。わたしもすみれと同じように涙を流したかった。でも泣くことはできなかった。(177−178)
 
(*のちに出てくるすみれのフロッピーディスクに保存されている2つの文書は、この愛撫の前の日付だ  14章で出てくる)
                       
 
「わたしたちは素敵な旅の連れであったけれど、結局はそれぞれ軌道を描く孤独な金属の塊に過ぎなかったんだって。遠くから見ると、それは流星のように美しく見える。でも実際のわたしたちは、ひとりずつそこに閉じ込められたまま、どこに行くこともできない囚人のようなものに過ぎない。ふたつの衛星の軌道がたまにかさなりあうとき、わたしたちはこうして顔を合わせる。あるいは心を触れ合わせることもできるかもしれない。でもそれは束の間のこと。次に瞬間にはわたしたちはまた孤独の中にいる。いつか燃え尽きてゼロになってしまうまでね(179)
翌朝の7時に目が覚めるとすみれはいなくなっていた。ミュウが貸したパジャマと安物のサンダル以外だけで(181)
夜があけてもすみれは帰ってこないものだからミュウは警察に行くも本気で取り合ってくれないので日本領事館に電話をかけると警察も本腰に。
が聞き込みをするも一行にみつからない。で、「僕」に電話したのだった(182)
僕は、すみれは帰れないだけの理由がある、何かはわからないが自殺をすることは絶対にないといった(184)
 
僕は布団の中でいろいろの雑念に襲われながら、とりあえず明日考えようと「留保」することにして眠った。(185)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

10

ミュウの質問に答えてから彼女は港に行きロードスに向かった。領事館にそれからすみれの両親を呼ぶのだ。警察署が言うにはここで深刻な犯罪がおこったことはないし(15年間)鍾乳洞があるがそこに行くには遠すぎる。井戸もない。
なるほど。危険性はないらしい(190)。僕は二人が楽しんだビーチにいってそれから傍の山のてっぺんですみれを思った(193)。コテージに戻って(僕の市外局番の数字を入力して鍵をあけた)彼女の赤いスーツケースから日記帳とディスクを取り出した(195)
パワーブックからディスクのデータを開いた。
 
 

11

 1つ目の文書。すみれは次のように語り始めている。(もちろん、すみれ逃亡前の日時だ)
 
今は4時過ぎ。わたしの大好きな時間。ひさしぶりの手紙。かかずにいられなくなったの。そうだわ、わたしなんて知恵おくれと思ってしまうくらい無残のピースをへたくそに形にするみたいに文章にしていた。そうやって生きてきた。今こうしてギリシャの孤島からわたしってなぜかけなくなったのか、おもうとKの「トランスミッション説」が当たってるかもしれない。「とりあえず」といふ運命を今ミュウにぴったんこくっ付いて送っているわ。 そうだそうだ、メッドソーに寝ころぶみたいに何も考えなくていいのよ。ちがう、ちがうわ。最初からそうだったのだもの。わたしの最初のルール。
理解というものは、つねに誤解の総体に過ぎない(202)
分からないとして文章をかきはじめるわたしのスタイルどこいったのよ。そうよそうよ。
わたしはこの世界を生きるために書くという夢作りの中で生きればいいのよ、という小さな解決策をみつけたのよ。わたしの見た夢。
「本当の」母親が螺旋階段の頂の突き当たった白壁のまんまる穴に捻じ込まれている。時間は終わったの。わたしは泣いた。
床屋はもう穴を掘らない(212)」みたいにしけた穴掘りやめて(執筆)、わたしはミュウに告白するのよ。もし断られたなら
「いいですか、人が撃たれたら、血は流れるものなんです(214 ベトナム戦争まっさかりの時期の映画 ワイルドパンチ 1969年))
 
なのよ。
 

全6ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6]

[ 次のページ ]


.
sat**ukurod*wi*
sat**ukurod*wi*
男性 / AB型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

過去の記事一覧

検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事