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エラボレイト4
●有島武郎の人生
1879年に官僚(横浜税関長など)の子として産まれた有島武郎。横浜のミッションスクールで西洋人とまじって英語を学んだ。(キリスト教の影響は後年まで残る)
父が税関長になると学習院中等科に武郎を移した。そこから目覚ましいほど成績がのび大正天皇(皇太子)の学友に選ばれるほどだった。フロンティア精神を養成させたが病気がちだった武郎。鍛練にとウィリアムクラークのいる札幌農学校(高等科)を進学先に選んだ。新渡戸稲造の家に寄宿することになる。二人が対面したとき新渡戸は文学と歴史が好きという有島を見当違いと笑った。が信仰はおしつけずにのびのびと学ばせた(禅をまなんだ)。
ここで森本厚吉という罪の意識の甚だしいクリスチャンの友を得た。彼が入院した際のことだ。見舞いにこなかったことで反省して「一死以て君に謝する他なし」と有島は家を出た。それを追う森本。二人はとある渓谷で心中計画をおこすまで穴ぼこに落ちる。が人類救済に身をささげるべしと、2人は断念する。森本の影響からやがて武郎は改宗。聖書と内村をたくさん読んだ。除隊後に留学を決意した。内村は反対した。が新渡戸はハーバードを推奨し決定する。(ゲーテの若きベルテルの悩みを7・8度も読む)
森本と渡った米国で旧友の森広(木村役となる)と会う。彼は「或る女」のモチーフとなる「佐々木信子(旧夫・独歩)」と婚約したばかりであった。だが女が船内で事務長と恋に落ちる。そんな話をきいた。こが後の作品となる。
ハーバード大学で歴史、労働問題などで全科目をとった。住まいをハーバードに移す前のこと。フィラデルフィアの精神病院でクリスチャンとして、看護夫ということで2か月だけ有島は労働した。ここで世話になったJ・Bスコット医師から「御身の基督教徒なるを知るが故に特に云ふ。忘れても罪を犯すことなかれ」と手をにぎって云われた。そしてこの時期にワシントンにて「かんかん虫」という信仰心から社会主義でおわった留学体験の頂点をなす記念碑をかく。
1906年の9月に欧州旅行をした。亡命中のクロポトキンとロンドンで面会する。
日本に帰国後、父の農場を視察した後結婚問題がもちあがる。新渡戸の姪を好いていたが地位の差から折れ父のすすめる陸軍少尉の娘と結婚する。この時に有島は基督教を脱会し内村にも告げる。「それではまあ君の思ふ通りやって見るがいいだろう」
この年の1910年に白樺の同人になり「二つの道」で中庸を否定し、「宣言1つ」イムズを否定した武郎。そして「惜しみなく愛は奪う(1920年)」でベルグソンの影響をうけて「本能的生活」について説く。
平行して、彼は「カインの末裔(1917年)」「生まれ出る悩み(1918)」「小さき者へ(同年)」そして「或る女(1919年)」を書いた。
有島はプロレタリアートに属さない自分は貧しい階級の喜びに参加などできないのだ(宣言1つ)。彼の個人主義とは習俗的生活でもなく知的生活でもなく、本能的生活というわたしがわたしにぴたりと重なる主客滅失のあり方にこそ生活を置いた。
ここでは霊のぬけた肉のみの野獣はなく、反対に肉から脱却した霊のみも射さない。完備なる我は周囲をとりこんで広がり、たとえそこに肉の消滅(=死)があろうとも歩を止めない前進がある。
――――妻の死の翌年に婦人公論の記者の人妻の波多野明子と不倫をした。そして夫から賠償や告訴の脅迫をうけた。第三階級は早晩滅亡するのだと述べて心中を決意する。
彼は死の場所ときめた軽井沢にむかう列車で「死の喜び」を認めて「私達は最も自由に歓喜して死を迎へるのです」といえる状態だった。
まさに「戯れつつある二人の小児に等しい」様相だった。
(参考:日本の文学の歴史 キーン 11巻 他・新潮文庫個別作品)
●有島の最後の詳細
「それほどお前の気に入った秋子なら、慰斗をつけて進上しないものでもないが、併し俺は商人だ。 商売人といふ者は、品物を無償で提供しやアしない、秋子は、既に十一年も妻として扶養して来たのだし、それ以前の三四年も俺の手元に引き取って教育してゐたのだから、それ相当の代金を要求するつもりだ。俺ぁこんな恥曝しをしては、もう会社にも勤めてゐられない。 これ、この通り辞表も書いで来てゐるんだ」
「家庭内に言うに忍びざる事件起り」と文言がある和洋二通の辞表を見せた。
「秋子は、今すぐにでも離籍してやるが、併し、それでいい気になって、おいそれとお前たちが夫婦になるやうなまねは断然許さん。 少くも一年か一年半たってからでなくっちア、第一世間がうるさくって困る。それから、金は、一度だけ支払えばそれですんだと思うな。 俺は、吝嗇ン坊(しわんぼう)のお前を、一生金で苦しめてやるつもりなんだから。それは今から覚悟しておけ!」
脅迫した。 夫ある身の女の不貞は姦通(かんつう)の罪に問われ、男女双方に大きな制裁を与えた。
武郎は
「自分が命がけで愛している女を、僕は金に換算する屈辱を忍び得ない」
と金銭で愛を汚すことを拒否した。
要求を突っぱねられた春房は、警察に突き出すという脅迫をするが、武郎は
「よろしい、行こう」と動じず、この予定外の態度に春房がたじろぎ、「どうしてもお前が支払いを拒むんなら、一人一人お前の兄弟たちを呼びつけて、お前の業晒しをしても、きっと金は取ってみせるからさう思え!」と罵り、食堂へ降りて行ったという。
この一部始終を、その日に入院中であった足助素一を訪ねて打ち明けている。足助はお金を払い相手の気持ちを落ち着かせた方がいいと考え、翌日6月8日午前、病院を抜け出し有島邸に訪れ武郎と秋子に対して金の解決を進めるも、武郎は愛する女を金で換算することは出来ないの一点張りで平行線であった。
更に情死をすることの決意も語り、それを足助は説得するも、何の成果を得られず、引き上げるしかなかった。
秋子と出逢って7ヶ月後、二人は6月8日午後、母に挨拶をし、誰にも行き先を伝えずに軽井沢へと向かった
2012年9月12日アクセス
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有島武郎
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9 著者の言葉著者はいう。君に芸術と生活いずれに道をすすめるかなどできない。それは君自身の苦しみでありかつ君自身で癒さねばならぬ。
ただ著者はこの隠れた地球上の苦しみを公にしたいと願うばかりだ。君のような人人は地球上のそここにいる。
そうやって地球は呼吸しているのだ。彼等によりそって語る。
「今は東京の冬も過ぎて、梅が咲き椿が咲くようになった。太陽の生み出す慈愛の光を、地面は胸を張り拡げて吸い込んでいる。春が来るのだ。
君よ、貼るが来るのだ。冬の後には春が来るのだ。君の上にも確かに、正しく、力強く、永久の春が微笑めよかし・・・・・僕はただそう心から祈る。」(131)
感想1:5章から8章は著者の空想である。著者が札幌にいたころに知り合った少年が大人となって彼が専従の漁師となった。
岩内の事情と相まって生活苦に追われながらそれでも芸術をおもう木本君の心情を推し測る著者、地球という殻の中でうめく悩める人への手紙がこの小説なのだ。
それは無味乾燥な生活など投げ捨てろ。命をかけて芸術活動にむかえとの助言などではない。
父と兄と妹と4人で支え合う貧乏な漁師の生活の怠惰と尊さをきっぱり受け入れながら傍らで芸術への思いを捨てきれない引き裂かれんばかりの身体。ここに暖かい息をふきかけて光をあたえようと寄り添うのが著者だ。そして著者さえも明確な答えを終局的には出さぬ。彼は無力を宣言する。ゆえに彼はただ祈るのだ。
そして、自然の呼吸のとおり、冬の次には春がくる。
彼は言うのだ。
感想2有島こと語り手が木本君を本能的生活(惜しみなく愛は奪う)に導こうとしているかは明確ではない。しかし習俗的生活・知的生活に投げ出された一家の裡にあって木本君だけ「本能的生活」への渇望が終始頭をもたげる。こんな引き裂かれる思いのただ中の木本に直接触れようとしないのは「宣言1つ」のとおりだ。
木本の自殺衝動を「葉子(或る女)」や「アンナ(トルストイ・アンナカレリーナ)」「悪魔の主人公(リーザとステパニータに挟まれる苦しみ)」に似たものをみてしまおうが早々、海産物製造会社の汽笛で我にかえる木本君はまだ見込みはあった。彼は「王子様(幸せな王子様)」や「ネロ(フランダースの犬)」の純朴な生命の軌跡がおしひしがれる世の残酷などきにせず、春が来たとさけぶ。「本能的生活」とは「自分を愛するように」といった基督のとおり、自己を中心とした精神的統一の直進に人間存在の完成を有島は見たのだった。
「殺した結果がどうなろうとそれは今の問題ではない。牢屋へ入れられるかも知れない。その時に起ることはその時にどうにでも破って了えばいいのだ。破っても、破っても、破り切れないかも知れない。然し死ぬまで破ろうとすればそれが俺の本統の生活というものになるのだ。(289)」
同じ白樺派の志賀直哉の氾の犯罪における奇術師も同様だ。
みずからがわたくしらしく生きるところの方法は、なににつけても感触でわかる。
感想3:木本は画家になりたい。しかし家の事情からさびれゆく岩内で漁師をするほかなかった。
「・・・彼等がこの目覚ましい健気な生活を、やむをえぬ、苦しい、しかし当然な正しい生活として、誇りもなく、矯飾もなく、不平もなく、素直に受け取り、軛にかかったひき牛のような柔順な忍耐と覚悟とを以て、勇ましく迎え入れている、その姿を見ると、君は人間の運命のはかなさと美しさとに同時に胸をしめ上げられる(69)」
そんな生活に妹の心づくしや難破した時の父の子への眼差しを含めて尊さを身一杯に感じながらも芸術を忘れられない二重生活に引け目を感ずる木本。それは己を激しく苛む結果、自殺衝動の芽まで育ててしまう。そんな(空想上の)彼に著者は直接手を触れない。
ノルウェイの森のキヅキを追いかけてしまう直子の実直さにように、春がきて君の情熱が殻をやぶり得るだけの力を湛えているとそうだ。著者は確信している。
以下直子のセリフ。
「私たちは普通の男女の関係とずいぶん違っていたのよ。何かどこかの部分で肉体がくっつきあっているような、そんな関係だった。・・・・13歳のときにはもうペッティングしていたの・・・・私たち、お互いの身体を隅から隅まで見せあってきたし、まるでお互いの体を共有しているような、そんな感じだったのよ。・・普通の成長期の子供が経験するような性の重圧とかエゴの膨張の苦しみみたいなものを殆んど経験することなくね・・・・私たち二人ははなれることができない関係だったのよ」(263〜264)
「たぶん私たち、世の中の借りを返さなくちゃならなかったからよ」「成長の辛さのようなものね。私たちは支払うべき代価を支払わなかったから、そのつけが今まわってきてるのよ。だからキズキ君はああなっちゃったし、今私はこうしてここにいるのよ。私たちは無人島で育った裸の子供たちのようなものだったのよ。おなかがすけばバナナを食べ、淋しくなれば二人で抱きあって眠ったの。でもそんなこといつまでもつづかないわ。私たちはどんどん大きくなっていくし、社会の中に出ていかなくちゃならないし。だからあなたは私たちにとっては重要な存在だったのよ。あなたは私たちと外の世界を結ぶリンクのような意味を持っていたのよ。私たちはあなたを仲介にして外の世界をうまく同化しようと私たちなりに努力していたのよ。結局はうまくいかなかったけど(上265)」
直子の本能的生活にむけた入口の手前における心境だ。
葉子も同じだ。
互いがおなじ底にいきついて互いをみつめあったとき。
「自分の心が幸福に淋しさに燃え爛れているのを知っていた。唯このままで永遠は過ぎよかし。唯このままで眠りのような死の淵に陥れよかし。とうとう倉地の心と全く融け合った自分の心を見出した時、葉子の魂の願いは生きようという事よりも死のうと云う事だった。葉子はその悲しい願いの中に勇み甘んじて溺れて行った(新潮文庫上巻31)」
こういふ前進力を求めているのか。ここは留保しておこう。
この作品はどこまでも「著者が木本にむけた」共感にとどめておくほうがよい作品だ。
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3 10年ぶりの再会著者は自分の農場の事務所で彼を待った。吹雪の強い夜にはつくづく自然の前で人間は無力であると思わずにはいられない。「さあ始まったと私は2つに折った背中を思わず立て直した。同時に自然は上歯を下脣にあてがって思いきり長く息吹を吹いた(47)」
巨人の風貌へ成長した彼(大木)は水車番の案内でここまでのそのそやってきた。
10年といふ歳月、彼は一心に漁師に専念していた。
岩内港はだんだん錆びれて行くばかりで君の一家の生活苦も目にみえてひどくなり必然的に君の遊学の道は絶たれ実家にかえった。そのような事情が背後にあった。
余裕のない一家の生活「一年中かの北海や荒波や激しい気候と戦って、淋しい漁夫の生活に没頭(54)」し技師による防波堤の設計ミスから他人の漁場をつかうはめになり「パンの為めに生活のどん底まで沈みきった10年の月日(54)」生活だった。
「大抵の人は恐らくその年月の間にそう云う生活から跳ね返る力を失ってしまうだろう。世の中を見渡すと、何百万、何千万の人々が、こんな生活にその天授の特異な力を踏みしだかれて、空しく墳墓の草となってしまったろう(55)」
そういう世の不条理に非難の石をなげうつこともむなしい。
「一人一人が肩の上に背負わなければならない不条理(55)」であるがためだ。しかし彼は仕事の合間をぬって他人から「キチガイ」と言われようと絵を描き続けていた。
「俺ら唯あきれて見ているだけです。その心持が描いてみたくって、あんな下手なものをやってみるが、から駄目です(56)」
近況を報告したあとの翌朝。朝頭巾もかぶらず雪の中に君は消えて行った。それから3・4日後に著者も農場を出た。
4著者の回想。春。梅がさき椿もみえる頃、君の生活を私(著者)は想像する。
「私が私の想像にまかせて、ここに君の姿を写し出してみる事を君は拒むだろうか。私の鈍い頭にも同感というものの力がどの位働き得るかを私は自分で試してみたいのだ。君の寛大はそれを許してくれる事と私はきめてかかろう(60)」
5 木下君の悩める生活岩内の船は港を出る様子はとても快速・陽気な(アレグロモルト)。そんな調子で発つと炭火の火の粉をみて船員たちは艪をつかみ船の運命をきめる。
君は、船内でははい縄を用意し、父と兄と2人の漁夫の5人で漁にうちこむ。
少しの休憩には異邦人とばかり自分を省みてしまう時間がわずかにあった。
「押しつぶしてしまおうと幾度試みても、すぐ後からまくしかかって来る芸術に対する執着をどうすることも出来なかった」
「・・・彼等がこの目覚ましい健気な生活を、やむをえぬ、苦しい、しかし当然な正しい生活として、誇りもなく、矯飾もなく、不平もなく、素直に受け取り、軛にかかったひき牛のような柔順な忍耐と覚悟とを以て、勇ましく迎え入れている、その姿を見ると、君は人間の運命のはかなさと美しさとに同時に胸をしめ上げられる(69)」
6 難破ある年の3月に君の船は暴風に帆柱を折られ(72)、波をかぶり五体をひきちぎられるほどもまれ「眼と鼻位の近さに押し逼った死から遁れ出る道を考えた(74)」
不思議なことに君の心は「気持ち悪く落ち着いていた74」」「君の心の底だけが悪落付きに落付いて、「死にはしないぞ」とちゃんと決め込んでいるのが却って薄気味悪かった。それは「死ぬのがいやだ」「生きていたい」「生きる余席の有る限りはどうあっても生きなければならぬ」「死にはしないぞ」という本能の論理的結論であったのだ(74)
ハルシネーションの船を1せきみせるほど(80)に、これまでかという状況に追い込まれていた木本一家の船。死んでたまるかという力がぶったおれた仲間をみても静かにあることにだけど驚いた。それから運よく救助され船はひっぱられながら行く手に雷電峠をみる。
「山脚は海の中に、山頂は雲の中に、山腹は雪の中に揉みに揉まれながら、決して動かないものが始めて君達の前に現れたのだ。それをみつけた時の漁夫たちの心の勇み・。・・魚が水に遭ったような、野獣が山に放たれたような、太陽が西を見付け出したようなその悦び・・・船の中の人達は思わず足爪立てんばかりに総立ちになった。人々の心までが総立ちになった(81)。
助かったのだ。岸に着くころ「父上は膝から下を水に浸して舵座に座ったまま、じっと君を見詰めていた。今間で絶えず君と兄上を見詰めていたのだ。そう思うと君は何とも云えない骨肉の愛着にきびしく捕えられてしまった。君の眼には不覚にも熱い涙が浮かんで来た。君の父上はそれを見た。」
「あなたが助かってよござんした」「お前が助かってよかった」(84−85)
コメント:
木本君が生きてやろうと意地になって危難の際にも保持できたのは彼の芸術的情熱の方向がまことに生きる活力にみなぎった類であったからに他ならない。
7 生活苦と芸術の二重生活真裸な実力と天運ばかりが凡ての漁夫の頼みどころ(87)」の生活はあまりに悲壮であり「彼等がそれを意識もせず、生きると云う事は凡てこうしたものだと諦めをつけて、疑いもせず、不平も云わず、自分の為めに、毎日毎日板子一枚の下は地獄のような境界に身を放げ出して、せっせと骨身を惜しまず働く姿はほんとうに悲壮だ(88)」
こんな生の不条理にあって、死というものに対して人間はあまりに無力だ。なのに生きている人間の「生」といふ営みは・・・
「何故生きようとしなければならないのだろう(89)」
考えずにはいられないからだ。
配縄の繕いのときにもふと山のことを思ひ、配縄をたぐりあげるときのすけそうのぴちぴち跳ねる姿にも手をやすめ見とれてしまひ、あっと赤面することなど君はあった。
「何んというだらしない二重生活だ」
「俺はほんとうに悲しい男だ。親父にも済まない。兄や妹にも済まない。この一生をどんな風に過ごしたら俺はほんとうに俺らしい生き方が出来るのだろう(93)」
自宅には母と、兄の子とをとりさった死がつねに近くで息をひそませていた。貧しさはちょっとした災難「家から火事を出すとか、家から出さないまでも類焼の災難に遇うとか、持船が沈んでしまうとか、働き盛りの兄上が死病にとりつかれるとか、にしんの群来(くき)がすっかり外れるとか、ワク船が流されるとか(99)」で崩壊するほど迫っている。貧しくとも家の中はしかし「嫂や妹の心ずくし(99)」で満たされていた。「だたっ広い囲炉裡の間はきちんと片づけてあって居心よさそうにしつらえてある(99)」
労働者に埋没したはずの君もある夜など皆寝静まる頃妹に絵のことの世評を通告されてもスケッチちょうを開かずにはいられない。先に眠った妹の顔も、「・・幼少の時から何かの祈りに必ず抱くなつかしい感情(103)」があった。あいも変わらず生活の過酷と美しさ、そして芸術の間で彷徨していた。冷たい布団の暖まる頃君も寝に入る。起きているのは「富んだなまけ者と、燈台守と犬くらい」だった。(104)。
「未来は凡て暗い」
「そう思うにつけて、その人達の行末については、素直な心で幸あれかしと祈る外はなかった。人の力と云うものがこんな厳粛な瞬間には一番便りなく思われる(103)」
まさに信仰をもった青年がここに直立していた。
コメント1:
木本君は生活を愛している。愛しつつ燃焼しきれぬじゃまな塵芥をどう処理していいかわからずにいるのだ。
8 芸術のじかんと忍び寄る死とこれよりも著者の想像だ。しかし空想とはいえぬ自信が著者にまた継続して漲っていた。
君はスケッチ帳と1本のえんぴつをもって婆の馬橇を手伝ったりしながら目的の山にむかった。途中唯一の親友K(――ちょうどミケランジェロ書簡集を読んでいた―――)の薬屋に寄って声をかけむかった先は雷電峠を一望できるところだ。たったまま君は時を忘れたようにスケッチする。「山は急にそそり立って、沸騰せんばかりに天に摩している」「今にもすさまじい響きを立てて崩れ落ちそうに見えながら、何百万年か何千年か、昔のままの姿でそそり立っている」(111)それらは、なんどみても君に異なった表情をみせた。「この自然が君に対して求めて来る親しみはしみじみとしたものだった。(112)」
なんども書き直しスケッチする。寒さがくわわり思い通りに描けずにいる。「君は思わずため息をついた。云い解きがたい暗愁―それは若い人が恋人を思う時に、その恋が幸福であるにもかかわらず、胸の奥に感ぜられるような―――が不思議に君を涙ぐました(117)」
君にとって道楽ではなく厳粛な仕事が絵だ。しかし「君の住む所では君1人だけが知っている喜びであり悲しみであるのだ。」彼の苦しみは吐露するとこうだ。
「皆んなはあれほど心から満足して今日今日を暮しているのに、俺だけは丸で陰謀でも企んでいるように終始暗い心をしていなければならないのだ。どうすればこの苦しさ寂しさから救われるのだろう(120)」
それは帰りにK宅に寄り絵をみせかつ生活を省みない己を彼の優しい感想をつっぱねるかに罵ったりもしたとき。その折にでた言葉だった。
Kから飯を勧められたが断り、町を横ぎってふらふらといつしか崖傍にたどり着いていた。すでに夜だった。君の頭には死という痺れが忍び入っていた。
今日に始まったことではない。恐ろしい企図だ。
「君はそれを極端にも恐れるし、憎みもし、卑しみ」(126)やくざなことだとおもってはいても「じりじりとそれを成就する為めには、凡てを犠牲にしても悔いないような心になって行くのだ、その恐ろしい企図とは自殺する事なのだ(126)」
「おもりをかけて深い井戸に投げ込まれた燈明のように、深みに行く程、君の心は光を増しながら、感じを強めながら、最後には死というその冷たい水の表面に消えてしまおうとしているのだ(126)」
海産物製造会社の交代時間の汽笛で我にかえった。
「男らしい君の胸をぎゅっと引きしめるようにして、熱い涙がとめどなく流れ始めた。
君は唯独り真夜中の暗闇の中にすすり上げながら、真白に積んだ雪の上に蹲ってしまった。立ち続ける力さえ失ってしまって。(128)」
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生れ出づる悩み
(新潮文庫:小さき者へ 生れ出づる悩み)
キャスト・父親・・・漁で生計を立てる。妻に先立たれた。ある日船が難破しかけ救出された折、岸につく頃に(息子の)兄と君(木本)をじっとみつめていた父。我が子たちを力強く見守っていたのだ。
・兄・・・嫁(木本の嫂にあたる・・)がいる。
・妹・・・若い。また嫂と一緒に漁に出かける間、家を綺麗に掃除する。時に兄(木本)の趣味(絵)をちゃかす。
・君(木本)・・・画家になりたかった。著者とは木本が学生時代に知りあう。それから10年たって絵と一緒に手紙をよこした。見事の作品だった。「やっつけたな!」
その後木本は漁師となる。その漁師以後が著者の空想で埋められているものがこの「生まれ出づる悩み」といふ小説だ。
著者の空想内において彼は自殺衝動に1度かられる。理由といえば家のことを一心に考えられない芸術の虜にいまだある中ぶらりんのじぶん。二重生活の自分を苛んだ結果だった。
・著者(有島武郎と思われる)・・・ある日、木本といふ少年が絵を農場の事務所にもってきた。それがきっかけで精神的つながりが強固となる。師弟といふより血のつながった永久の友だ。10年後再会するがすっかり彼は漁師の容貌となっていた。それ以後を本作にて著者は空想するのだ。
・婆・・・君(大木)が暇をみて出かけたときに出会う婆。
・K・・・君(大木)の唯一の親友。薬屋のせがれ。文学好きの模様。
要約1 回想「私は自分の仕事を神聖なものにしようとしていた。ねじ曲がろうとする自分の心をひっぱたいて、出来るだけ伸び伸びした真直ぐな明るい世界に出て、そこに自分の芸術の宮殿を築き上げようともがいていた。」
「それは私にとってどれ程喜ばしい事だったろう。と同時にどれ程苦しい事だったろう」(30)
午後。ニセコアンの丘陵からふくはげしい吹雪を横目に主人公は燃焼しきれぬ我が情熱(=「火が燃えてはいたけれども、その火をいぶらそうとする塵芥の堆積は又ひどいものだった(30)」)をみつめていた。自室からふっと大木こと「君」を思ふ。
窓にかさかさうちつける雪はいっぽうは舞い、一方はおしのように死んでゐた。そんな自然の呼吸は著者を涙ぐませた。
コメント:
著者とは小説家だ。この回想シーンは時間軸にして9章と同じと考えてよかろう。そして次章から著者の語りで物語は進行する。
・くすぶった情熱を阻害するなにものかを「塵芥」と形容。旨い。
2 大木との出会い著者が札幌の豊平川の傍の林檎園の中に建築した家にまだ住んでいた頃の話だ。
16・17とみえる少年(34)が絵を持参してやってきたのだ。傲慢なふうに、みてくれ、という少年。これが彼との最初の出会いであった。
「私は一眼みて驚かずにはいられなかった(32)」。
中でも8号の風景画はずばぬけよかった。批評を待つ様子の君「・・いわさないじゃ置かないぞと云ったような真剣さが現れていた(35)」顔に応えていくつか語ってやった。
君は1泊して帰った。「じゃあ又持ってきますから見て下さい。今度はもっといいものを描いて来ます(35)」
小説家たる著者も芸術の恍惚を知っている。
「私の周囲には亡霊のように魂がひしめいていて、紙の中に生まれ出ようと苦しみあせっているのをはっきりと感じたこともあった。そんな時気が付いてみると、私の眼は感激の涙に漂っていた。芸術に溺れたものでなくって、そういう時のエクスタシーを誰が味わい得よう。」
同時に不安もある。
「然し私の心が痛ましく裂け乱れて、純一な気持ちが何処の隅にも見つけられない時の淋しさは又何んとも喩えようもない。その時私は全く一塊の物質に過ぎない。私には何んにも残されない。・・・そういう時に彼は明らかに生命から見放されてしまっているのだ(40)」
ちょうどそういう暗い気持ちがひきだされるたんび君を思い出す。
「あの少年はどうなったろう。道を踏み迷わないでくれ。自分を誇大して取り返しのつかない死出の旅をしないでくれ。若し彼に独自の道を切り開いて行く天秤がないのなら、どうか正直な勤勉な凡人として一生を終ってくれ。もうこの苦しみは俺一人だけで沢山だ(41)」
それから1度か2度君から手紙は来たが(38)約束の硫黄採掘場の風景は来ず4・5年という歳月を経て(―――この間、妻を3人の子の父となった 39)ちょうど君と出会って10年目のこと。
1封の小包が届き「やっつけたな!(43)」と思わずにはいられないスケッチと、手紙が添えられていた。文には小説家だからわかる魂のこめられた言葉がちりばめられていた。
大木は学校を辞め岩内に戻って漁師をしながら絵をかいていた。彼は労働の疲れでなかなか思うように感力の伝わらない指を叱咤して筆にぎりしめて、いつか地上から空へ山がもれあがっているように描いてみたい。
「山ハ絵具ヲドッシリ付ケテ、山ガ地上カラ空ヘモレアガッテイルヨウニ描イテミタイモノダト思ッテイマス(44)」
その手紙に感化され北海道行きの旅行の支度に早々とりかかる著者であった。
「誰も気も付かず注意も払わない地球の隅っこで、尊い1つの魂が母胎を破り出ようとして苦しんでいる(45)」
コメント:少年と著者の出会いは芸術作品を通して固くむすばれ、それは人生の辛酸をなめるほどに一方への同情へと変換させられる。それほどに魂は結びついてしまった。少年時代の彼に、著者は感動以上の何を語れようか。混迷へと続く道程を明瞭に述べ伝えること以外に何ができようか。いや、その言葉さえも投げかける意味を見出せぬ。
・木田金次郎が元ネタ=木本
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