Comment 3(おれは海辺のカフカと重ねて)●ドストエフスキー「賭博者」新潮文庫 4/1 読書61
●ドストエフスキー「賭博者」新潮文庫(要約) 4/2 読書62
●ドストエフスキー「賭博者」新潮文庫(要約&コメント) 4/3 読書63
●ドストエフスキー「賭博者」新潮文庫(海辺のカフカと重ねたコメント) 4/4 読書64
本日はノーベル文学賞(2012年10月11日)の発表であるのだから有力候補として名前の挙がっている村上春樹「海辺のカフカ」をせっかくだから、いやいやそんな言い方はよそう。Bibleとノルウェイの森を据え置いている私は、村上春樹を・・・今回のこの小説に書かれている「アレクセイ」とはずいぶん異なる、愛を中心に据えた「復活の道程」を彼の「海辺のカフカ」からひきたいとおもったのだ。
田村カフカは15歳の誕生日。父親のお金をくすねて一人旅にでた。あてもなく行き着いたところは四国のとある図書館だ。そこでは同性愛者の従業員に図書館に住んでもよいと許可をもらって、然したびたび幽霊なんか出てくるこの図書館の1室で生活を送ることとなる。なんとその図書館というと長が幼い田村カフカ君を捨てて個人的事情に拠り出て行ってしまった記憶の彼方にたたずむあの母親(佐伯さん)だったのだ。彼女は毎日二階の自室で何やら執筆に励むルーティーンを送る。(平行してタナカさんという知恵おくれの老人が佐伯さん方角へ向かうラインも章ごとに交互にだけど描かれている)。母親は正体をめいかくに明かさずそれとなくたびたびカフカ君と館内で対話するがこのカフカ君の足場を求めての自分探しの物語は彼が死を象徴する森で葛藤におちいるところで物語はピークに達する。
(逃亡先としてもう1つの居場所である)森の小屋で田村カフカは幻影らしき少女の人物と対話をする。この箇所をね、どうしても読者諸君に読んでほしかった。
幽霊:「まずなによりも大事なこと」
「遅くならないうちにここを出なさい。森を抜けて、ここから出ていって、もとの生活に戻るのよ。入口はそのうちにまた閉じてしまうから。そうするって約束して」
田村カフカ:「ねえ佐伯さん、あなたにはよくわかってないんだ。僕が戻る世界なんてどこにもないんです。僕は生まれてこのかた、誰かにほんとうに愛されたり求められたりした覚えがありません。自分自身のほかに誰に頼ればいいのかもわかりません。あなたの言う『もとの生活』なんて、僕にとってなんお意味もないんです」(下466)
(*メモ:森の小屋で佐伯さん似の少女との会話。佐伯さんは幼い田村カフカを捨てて姉を連れてでていった。特別な事情があった)
「あなたは私のことを覚えていてほしいの。あなたさえ私のことを覚えていてくれれば、ほかのすべての人に忘れられたってかまわない」(下466)
(*森のなかで佐伯さんに似た少女と小屋の中で)
「あなたは僕のお母さんなんですか?」
「その答えはあなたにはもうわかっているはずよ」
「私は遠い昔、捨ててはならないものを捨てたの」
「私がなによりも愛していたものを。私はそれがいつかうしなわれてしまうことを恐れたの。だから自分の手でそれを捨てないわけにはいかなかった。奪いとられたり、なにかの拍子に消えてしまったりするくらいなら、捨ててしまったほうがいいと思った。そこには薄れることのない怒りの感情もあった。でもそれはまちがったことだった。それは決して捨てられてはならないものだった」
僕は黙っている。
「そしてあなたは捨てられてはならないものに捨てられた」
「ねえ、田村くん、あなたは私のことをゆるしてくれる?」
「僕にあなたをゆるす資格があるんですか?」
彼女は僕の肩に向かって何度かうなずく。
「もし怒りや恐怖があなたをさまたげないのなら」
「佐伯さん、もし僕にそうする資格があるなら、僕はあなたをゆるします」
と僕は言う。
お母さん、と君は言う、僕はあなたをゆるします。そして君の心の中で、凍っていたなにかが音をたてる。
(下471)
田村カフカ君が森から生還した後。大島さんは佐伯さんが死んだことを伝えた。そして。
「僕らはみんな、いろんな大事なものをうしないつづける」
「大事な機会や可能性や、取りかえしのつかない感情。それが生きることのひとつの意味だ。でも僕らの頭の中には、たぶん頭の中だと思うんだけど、そういうものを記憶としてとどめておくための小さな部屋がある。きっとこの図書館の書架みたいな部屋だろう。そして僕らは自分の心の正確なありかを知るために、その部屋のための検索カードをつくりつづけなくてはならない。掃除をしたり、空気を入れ換えたり、花の水をかえたりすることも必要だ。言い換えるなら、君は永遠に君自身の図書館の中で生きていくことになる(下520)
「彼女がここでなにを書いていたのか、僕は知らない」
「ひとつだけ言えるのは、彼女はいろんな秘密を呑みこんだまま、この世界からいなくなってしまったということだ
(下522)
*( )は新潮文庫「海辺のカフカ下巻」より
●おわりに
わたしはこの部分を再読し、懐かしく、おもわずね涙ぐんでしまった。
―――ドストの「救済の道程」が他者を神に奉りつつも首元にがぶりとかみついてみせ、互いに攻守をせわしくかえるようで、ある種友好的な闘争とみるならば、、、春樹の「救済への道程」はなんとおだやかな、、かつ内面にひっそりたたずむ『個室』にて、おこなわれる葛藤、そして平安といわれるものへのキヅキ・・といえようか。
体力のないわたしはとりあえずここで筆を置くとする。
|
読書
[ リスト | 詳細 ]
その2●ドストエフスキー「賭博者」新潮文庫 4/1 読書61
●ドストエフスキー「賭博者」新潮文庫(要約) 4/2 読書62
●ドストエフスキー「賭博者」新潮文庫(要約&コメント) 4/3 読書63
●ドストエフスキー「賭博者」新潮文庫(海辺のカフカと重ねたコメント) 4/4 読書64
第二の舞台。
ポリーナから実質的に振られて放心のさなかのアレクセイ。ブランシュの網にするすると捕まった(212)。
将軍から離れてあたらしい宿先を探していた妖艶な女のポリーナ。彼女に認められパリに連れていかれる。彼自身のお金なのだが束の間のビップ生活を2人は送った。
「たしかに、わたしにしゃれた身なりをさせ、毎日ネクタイを自分で結んでくれはしたものの、心の中ではとことんわたしを軽蔑していた。(218)」
この2人。それもたった2か月で金15万フランをほとんど使い果たす勢いにあった。
(フランス人のように代々お行儀よく一家を大きくするよりかロシア的な一夜で燃焼する生に魅せられているからだ)
ブランシュは金に敏感で崇拝しており金の魔力を恐れている。しかしアレクセイはそうではないのだ。
そのばくち打ちの無根拠の情熱にあるのだ。こんな男にブランシュは
「そう、そうね、そうだわ、それはすてきだわ!あたし知ってる、あんたきっと勝って、ここへ持ってきてくれるわ。教えて、あんたってあたしが本当に惚れこむように仕向けるのね!いいわ、あんたがそういう人であるお礼に、あたしずっとあんたを愛して、ただの一度だって不実なことはしない。あのね、あたし今までずっとあんたを嫌っていたけど、それというのも、あんたがただの家庭教師でしかなかったからよ(だって、一種の召使いみたいなものだもの、そうでしょ?)、それでもやっぱり、あたしはあんたに躁を立てていたいわよ、だってあたしいい子だもの」(222)
別れぎわになると次のように述べるブランシュだった。
「あんたに請求書や手形のサインはさせなかったわ。だってあんたが気の毒だったもの。ほかの女だったら、必ずそれをやらせて、あんたを牢屋にぶちこんでいたわ。ほら、ね、どんなにあたしがあんたを愛していたか、どんなにあたしがやさしいか、わかったでしょ!あのいまいましい結婚式1つにしたってどれだけ高いものにつくことか!」(223)
そう、じつはあの祖母がなくなり遺産が舞い込むことになってとある将軍と結婚式をあげたのだった。
「あたしは将軍夫人になるの。上流社会に入るんだわ(ブランシュは常にそれを夢見ていた)。そのあと、ロシアの女地主になって、お城や百姓を持ったり、そのうえいつも自分のお金を百万も持てるんだわ」(229)
とブランシュは喜んでいた。
別れの言葉。少しばかりのお金をアレクセイに渡して
「これ、あんたに役に立つわ。あんたはとっても学のあるウチーテルかもしれないけど、ひどくばかな人なんだもの。二千フラン以上は絶対にあげないわ、だってあんたはどうせ勝負で負けてしまうでしょうしね。じゃ、さようなら!いつまでもいいお友達でいましょうね、もしまた勝ったら、必ずあたしを訪ねてきてね、そしたら、いい思いをさせてあげるわ!」(231)
その3最後の舞台となる。
ふたたびルーレットのある賭博場へむかっていた。外見的には彼は破綻者のようだ。賭けにむかうのをひきとめるアストリーがふと目の前に立ちはだかる。アストリーに対して、アレクセイは最後にうちあける言葉があった。
我こそポリーナを知っているといわんばかりの分析である。
「あの卑劣漢のデ・グリューよりあなたを選ぼうと決心するためには、非常に永い時間が必要なんです。
彼女はあなたを評価してもいるし、あなたの親友にもなり、自分の心をすっかりあなたに打ち明けもするでしょう。でも、その心の中では、やはり、あの憎らしい卑劣漢が、あのいまわしい、ちゃちな金貸しのデ・グリューが支配しつづけるのです。
なぜって、ほかならぬそのデ・グリューがかつては、洗練された侯爵として、失意のリベラリストとして、また彼女の家族と軽薄な将軍を援助したために破産した人間として(はたしてそうですかね?)、後光に包まれて彼女の前に現れたんですからね。こういう仕掛けがばれたのは、あとになってからです。しかし、ばれたって、べつに何でもありゃしない。今でもやはり、かつてのデ・グリューを返してほしい――これが彼女に必要なことなんです!彼女が現在のデ・グリューを憎めば憎むほど、ますます強くかつてのデ・グリューを恋い慕うんですよ、たとえかつてのデ・グリューが彼女の想像の内にしか存在しなかったとしてもね。(244)」
返事をするアストリー。
「そうなんですよ、あなたは不幸な人だ。彼女はあなたを愛していたんですよ。わたしがこんなことをあなたに打ち明けられるのも、あなたが滅びた人間だからです!
・・・労働が何であるかを理解しないのは、べつにあなたが初めてじゃないです(わたしはロシアのナロードについて言っているんじゃありませんよ)
ルーレットってやつは、これはもっぱらロシア的な賭博です。
あなたは今まで誠実だったし、盗みをするくらいなら、むしろ召使になろうと思っていた・・しかし、将来どんなことが起りうるかを考えると、恐ろしくなりますね。もう、たくさんです。さようなら!あなたは、もちろん、お金に困ってるんでしょ?これはわたしからですが、10ルイ・ドルあります。それ以上はあげませんよ、どうせ負けちまうでしょうからね。受け取って、お別れにしましょう!取ってください!」(246)
2人は最後の抱擁をした。
アレクセイは「ふたたび生まれ変り、よみがえる(247)」ためにルーレットにむかい有り金残らずすってしまうが1グルデンだけチョッキのポケットに残っていることにはっと気付いた。
「最後の1グルデンを、それこそ本当の最後の1グルデンを賭ける、その感覚は、何か一種特別なものがある!
―――わたしは勝ち、20分後には170グルデンをポケットに入れて、カ
ジノを出た。
これは事実である!最後の1グルデンが、時にはこれだけのことを意味しかねないのだ!もし、あの時わたしが気落ちして、決心をつけかねたとしたら、どうだったろう?明日こそ、明日こそ、すべてにケリがつくことだろう!」(248)
彼は金さえ手にはいれば、いやわずかな気の迷いさえなければ復帰できると信じる。どこに復帰する?
ポリーナのもとへ?ブランシュのいるパリへ?ちがう。
今のじぶんを超えたべつのところだ。
Comment 1:それぞれ(将軍、フランス人、ポリーナ、ブランシュ、イギリス人)の思惑が交錯する。祖母の金にむらがりアレクセイも金勘定が心の平静を保つ要であることに違いはなかった。アレクセイに宿る狂気の芽はポリーナを前に生と死をないまぜにして芽吹く。ルーレットの結果の前においてはどちらに転んでも「それでよし」とする溌剌が確かにそこにあった。彼は天国と地獄の両方が共存した賭博場を愛して病まないのはポリーナを愛することと同義と云っても過言ではない。資産家の将軍祖母に感染した賭博熱が人々をむしばむなか1人生無傷で生存できると確信している様子のアレクセイ。彼は人をも殺しかねない勢いが裡に眠ったまま、ただ自己証明のため外界のあらゆる律法を蹴散らす。なぜにそのようなことを?
平均的人間相手にじぶんは病気であることの告白以外に説明の術はない。一方に於いて行動として彼は死んでまた生き返るローテーションをせねばならぬと自らを囃したてここをまた立ち去る。
Comment 2ドストエフスキーの描く人物はトルストイが指摘したようにすべてにドストの影がちらつく。みな吃音者のように背骨のゆがんだ同一の人間にさえ見えてくる。しかしその違和も親しみをおぼえてのめり込んでしまう魅力がここにある。ドストエフスキーの目は愛を基軸にして決して対象を神ほどに奉る勢いで輝かせこちらといえば頭をたれるばかりなのだが、ちょっとでも人間臭さをみせようなら厳しく指弾するのがドストのやり方だ。
よって舞台はいつも血なまぐさくなる。静謐な教会でとっつかみあいの喧嘩をしているくすぐったい面白みさえ感じるのだ。
ドストの愛する女性は憎しむ対象でもある。同時にその女性たちは傲慢でエゴイストをさも隠し通していると固く信じているようにみえてあるとき溶解してみせる。
そんなダイナミックなやりとりが心地いいのだ。それがなんといってもドストの醍醐味なんだろう。
|
|
●ドストエフスキー「賭博者」新潮文庫 4/1 読書61
●ドストエフスキー「賭博者」新潮文庫(要約) 4/2 読書62
●ドストエフスキー「賭博者」新潮文庫(要約&コメント) 4/3 読書63
●ドストエフスキー「賭博者」新潮文庫(海辺のカフカと重ねたコメント) 4/4 読書64
「ロシア人はあまりに豊かに多面的に天賦の才を与えられているために、それにふさわしい形式を手っ取り早く見付け出すことができないからなんですよ。この場合、問題は形式なんです。われわれロシア人は、たいてい、あまり豊富な天賦の才を授かっているので、それにふさわしい形式を見つけるには天才が必要とされるんです。」
「わずかフランス人と、それにおそらく、ほかのいくつかのヨーロッパ民族の間では、形式が実にきちんと定まっているために、きわめて品位のある様子をしながら、実はこの上なくつまらない人間だっていうことがありうるんです。
だからこそ彼等の間では形式があれほど多くの意味を持つんですよ(52)」
2 要約1はじまりこの小説は手記形式である。1つは主人公アレクセイ・イワーノヴィチがルーレテンブルク(架空の町 P5)での最愛の女性ポリーナを中心におこる事件。もう1つは家庭教師先の将軍が恋したマドモワゼル・ブランシュの誘惑だ。アレクセイの一時の大金に目をつけられ供にパリで豪遊する。そして、ふたたびホンブルグ(232)に帰り召使などをしてまで金を貯めた後命をかけるほどの意気込みで賭博に挑む。
奇跡の勝利(=170グルデン)を手にするはなしだ(248)。
およそ舞台は3つに分かれている。1つずつみていこう。
メモ:
1ルーブル=1.5フローリン
1フローリン=1グルデン=2フラン=2ターレル
1フリードリヒ・ドル=10フローリン
金貨=10フリードリヒ・ドル
*亀山郁夫氏によると1ルーブル=千円
(133) その1とある将軍のところにて家庭教師に従事していたアレクセイ。3か国語を使いこなせる優秀な彼だったが性格破綻者の側面も色濃かった。この将軍家に来るべき遺産相続にむけフランス人やブランシュやポリーナ、イギリス人のミスター・アストリー(8)という人物らが集っていた。将軍開催の食事会(5)からはじまる。
紹介していこう。
何度か偶然顔をあわせたことのある内気なイギリス人(8)。アストリーという。このイギリス人はポリーナに片思いしている。(16 35)。
つぎにアレクセイがもっとも毛嫌いする高飛車なフランス人。のちに食事のさいに喧嘩をふっかける(12)。
そしてアレクセイの片思いの相手ポリーナという女性。将軍の親戚であり借金があるため相続金狙いにやってきている。隠れた目的のもう1つは侯爵のフランスデ・ブリューも狙っている(16)。
そしてマドモワゼル・ブランシュ。博打好きで男にパラサイトしては一文なしにさせて町を追い出されるほど破天荒な素行だ。あまりにもうつくしい美貌をもつ女性。
そして主人公たるアレクセイだ。
彼等一行はアレクセイとイギリス人をのぞいて将軍の祖母の遺産狙いだ。遺産問題と大きくかかわるのが将軍もたびたび足をはこぶ賭博場。①紳士の勝負②欲得ずくの成り上がり者の勝負(23)と、対極のもの同士が混在していた。後者は人のもうけた分をくすねる大胆ささえもある。アレクセイもルーレットに親しむ側の人だから(いや、生命をかけているほどだ・・)精神的支配者たるポリーナも体裁もあって持ち金を彼に託して頼むほどだった。さてアレクセイとポリーナ2人の関係にやや入り込んでみたい。
アレクセイは激しく彼女を愛している。愛を語ることは許されているものの奴隷のように使い走りに使われている域を出なかった。彼女は決して己を離さず緊急のときしか語らない卑怯な性格もある。借りた金をアレクセイがすった後、将軍と食事の席で賭博熱をついつい語ってしまったアレクセイがあったのだが、そのときも他人ごとのようにそしらぬ顔のポリーナがあった。
アレクセイのポリーナに対する愛情は激しく時に狂気にさえ映る。
「僕はいっさいの形式を失っています。」「今や僕の内部すべてが停止してしまったんだ。」「僕はもうずっと以前から、ロシアだろうと、ここだろうと、この世で何が起こっているのか、わからないんです。」「ずばり言いますけれど、どこにいても僕の目に映ずるのはあなたの姿だけで、それ以外のものはどうだっていいんです(53)」
かつて、彼女が一言すれば奈落に飛び込んでみせると言い放ったことまであった。
それを思い起こす命令への懇願に対してポリーナは「あたしがなんのためにあんたをシランゲンベルグからとびこませなければいけないの?」「そんなの、あたしにとって、まったく無益なことだわ(65)」
と手をふる。
「みごとだ!」「人間は天性、暴君だから迫害者になるのを好むもんです。あなたなんかひどくお好きじゃありませんか」という返事する始末だ。
ただ、「僕にわかっているのは、あなたの前に出ると、しゃべって、しゃべって、しゃべりつづけなければならないということだけです、だから喋るんですよ。あなたの前に出ると、僕はいっさいの自尊心を失くしちまうんだ、どうだってよくなるんですよ(56)」
ここは重要だ。アレクセイは被支配者にとどまっているようで常に相手の頸ねっこをねらっている獣がある。歪曲した愛し方だ。
それはつまりこうだ。相手を神のように奉りながらもそんな相手が人間的臭みをひとたびみせるならば恐ろしく噛みついて見せる。
俺は彼女を憎んでいる・・・誓ってもいいが、もし彼女の胸に鋭いナイフがゆっくりと沈めることができたとしたら、わたしは快感をおぼえながらナイフをつかんだことだろう、という気がする。(19)
彼は自分自身に率直なためにごまかさず狂気をそのまま表に出してしまう。(まだ行動にしないだけ随分ましなのだが)。彼の願い、救いは些細だ。
「彼女がわたしのところに来て『だって、あなたを愛しているんですもの』と言ってくれることを望んでいるのであって、もしそうでなければ、そんなばかげたことなぞ考えられぬというのであれば、その時は・・・そう、いったい何を望めばいいのだろう?自分が何を望んでいる、わたしにわかるとでもいうのか?わたし自身、途方にくれているにひとしいのだ。わたしはただ彼女そばに、彼女の後光とかがやきに包まれていたいだけだ、永久に、いつも、一生の間。その先のことは何一つわからない!」(141)
さて奴隷と瓜二つ、言いなりにあえて服することで至福を堪能するアレクセイ。ポリーナがついつい挑発に乗って彼に命じてしまった「小学生じみたいたずら」とは、とある男爵夫妻にむけて暴言を吐いたことだった。(のちに影で大笑いしていた悪魔的な側面を露わにするポリーナなんだが)
その暴言といったら時代のマナーからすればとてもじゃないほど逸脱していた。
アレクセイ「わたしはあなたの奴隷たる光栄を有するものです」(63)
それがきっかけでアレクセイの雇い主である将軍から家庭教師解任要求と発展したのだがからたまったものではない。その背後に男爵がブランシュと事件をおこし二人を接近させぬためには早急にこのトラブルを治めたかった事情があった。同時に将軍のフランス人侯爵デ・グリューが資産そっくり抵当権者になっていたという財布事情がイギリス人のアストリーを通じて明らかになった。将軍の部屋をでるとすぐさまデ・グリューがポリーナの手紙持参で訪れる用意周到もあって全体の人間関係がアレクセイの中でついに浮かび上がった。
今一度関係図をくりかえす。
①将軍――デ・グリューに多くの債務をもつ。祖母の相続が頼みの綱
②ポリーナ――借金がある。将軍の義理の娘。祖母の相続をあてにしている&デ・グリューとの結婚を強く願っている。
③デ・グリュー――将軍への債権回収が目的。ポリーナには興味はなし。
④アストリー―――ポリーナに片思いをしている。デグリューより資産はある模様。ブランシュやデ・グリューの内情を人伝えに知っている。
⑤マドモワゼル・ブランシュ―――賭博好き。男を魅了す美しさの持ち主。将軍との結婚を狙っている。人から気に入られるのが巧み。
*アストリー除いた全員の願望・・・祖母が死に相続が開始されること。(97)
さて第一の舞台のpeakとなるのは遺産の保持者である祖母が車いすで来訪したことだ(99)。場のじかんをとめるほど一同を驚かせた。彼女はさらに毛嫌いする将軍がのめり込むルーレットを見物したいなどと言い出す(109)。これがきっかけでまるで「彼女は子供に返っちまいましたね(119)」とデ・グリューが囁くほどに、そうミイラとりがミイラになる。
最初の頃はルーレットのゼロばかりかけるなど奇異な賭け方が目立ったのだがビギナーズラックを呼び込んだ。最終的に8千フローリン(533万3千円)も稼いだ。(132)
将軍「以外」のものたちへ乞食もふくめてチップをわたし有頂天だった祖母だが将軍の危惧したとおり(139)翌日には1万2千グルデンの負け(800万マイナス)最終的に1万5千ルーブル(1500万)負けた(159)。付き人だったアレクセイも関わっていては損だと祖母のもとをはなれてしまう。翌日もまた一同の説得虚しく(174)祖母はまたルーレットに出掛けた。結末は、ふたたびモスクワに帰るまで10万ルーブル(*亀山「罪と罰」末巻解説:1ルーブル=千円 10万ルーブル=1億となる)近く負けてしまった(184)。いくらかの資産が自宅には残っているとはいえ疲れた様子で最後ポリーナに将軍などの処にいず、うちにこい、待っていると言い残しモスクワに帰った。(185)
アレクセイはこの祖母の御付きとしてまじかに破綻する道程をみていたのだが彼のほうこそ性格破綻者であるのは今更いうまでもない。
ポリーナが彼の泊まるホテルに訪れた。彼自身はポリーナが(祖母賭博事件後に)退散したフランス人のデ・ブリューの残した手紙(188)から結婚の筋がもはやなくなったと聞かされ残された彼女の借金5万フランに旨を痛めるアレクセイ。熱にうかされる体質のアレクセイはなんと1時間で彼女のためお金10万フローリン(6666万)をルーレットで用意してみせた(198)。
彼のほうこそ賭博熱の芽は塵芥の中顔をだすチャンスを待ちわびていたのだった。さてそんな愛情を一心に注ぐアレクセイのプレゼントをポリーナは快く受け取ることはできなかった。彼女は常にリスクをおわない・支配者でなければならないのだから彼の思わぬ行動は嫌悪にしか映らない。
「あたし、あなたのお金なんて貰わないわ」「あたし、ただでお金は貰わないの」(201)
「あたし、あなたが憎い!そう・・そうよ!・・・あたし、あなたをデ・グリュー以上になんか愛してないわ」(202)
「あたしを買いなさいよ!どう?ほしい?デ・グリューみたいに、5万フランで?」(202)
さて奴隷にとどまるのを旨とするアレクセイはただポリーナの狂気をみるだけだ。「わたしはこうした一時的な精神錯乱は理解できないけれども、もちろん、この時の彼女が正気でなかったことは知っている。たしかに、彼女はひと月たった今でもまだ、病気だ。」(206)
ポリーナはやがて彼においかぶさり甘く口づけする。
|
|
●ドストエフスキー「賭博者」新潮文庫 4/1 読書61
●ドストエフスキー「賭博者」新潮文庫(要約) 4/2 読書62
●ドストエフスキー「賭博者」新潮文庫(要約&コメント) 4/3 読書63
●ドストエフスキー「賭博者」新潮文庫(海辺のカフカと重ねたコメント) 4/4 読書64
*( )は参考ページ数
賭博者 新潮文庫 ドストエフスキー 訳:原卓也
はじめに「この短編の主題はこうです。
つまり、外国にいるロシア人のことは、各雑誌で大きな問題になっていました。それがすべてわたしの短編に反映するでしょう。それに概して、わが国の内面生活の現在の瞬間も(もちろん、可能なかぎりですが)反映するはずです。わたしは直接モデルを描きます。大いに発達した人間なのですが、すべての面で未完成で、信仰をなくしながら、信じずにいる勇気がなく、権威に抗して立ち上がりながら、権威を恐れている人物です。ロシアでは何もすることがないという考えで自分を安心させているため、外国にいるロシア人にロシアからよびかける人々に対して手きびしい批判をします。
いちばんの眼目は、この人物の生活力、力、狂暴さ、勇気などがことごとく、ルーレットに注がれたという点です。彼は賭博者ですが、プーシキンの吝嗇な騎士が単なる吝嗇漢でないのと同様、単なる賭博者ではありません(これは、わたしとプーシキンの比較では決してなく、問題をはっきりさせるために言っているにすぎません)。彼はそれなりに詩人なのですが、問題は彼自身その詩精神を恥じていることです。なぜなら、リスクを求める気持ちが彼自身の目から見ても自分を高潔な人間にしているにもかかわらず、彼はその詩精神の卑しさを深く感じているからです。作品全体が――この人物が足かけ3年、各地の賭博場でルーレットをやっているという物語です・・」(アポリナーリヤとローマ旅行中、ストラーホフにだした手紙より)
冒頭から著者ドストエフスキーの本作に於ける主題を引かせてもらった。この作品が完成するまでの道のりは決して平たんなものではなかった。素案は以前から練られていたようだが本作を執筆するきっかけがいくつかある。
或る女性との出会いだ。
その女との正確な出会いは諸説あるのだが「アポリナーヤ・プロコーフィエブナ・スースワロ」とはある文学の集まりで「死の家の記録」を朗読感激してファンレターを送りそれに応えたドストというのが1つある。(ドストエフスキーの娘の説)。
彼女の出来の宜しくない小説がドストエフスキーの雑誌「時代」に載った(61年9月)ところから以前より深い仲となっていったとのドリーニンの推察もある。
ともかくこの「アポリナーヤ」という女性と(ドストの妻が結核で病床にあるなか)恋に落ちるのだ。
ドストエフスキーは執筆の多忙で先にパリ旅行にいったアポリナーヤだったが追いかけるように3か月後むかうとアポリナーヤはある医学生と失恋したばかりと聞く。ここから亀裂が入る。二人の微妙な関係は兄妹な様相で残りの旅を過ごした。ここでバーデン、ジュネーブ、ローマ、ナポリ、トリノとまわりベルリンで別れるまでドストエフスキーはアポリナーヤの私物を質入れするほどルーレットに同時に入り浸っていた。後に手紙で金の工面を彼女に懇願するほどだった。さて二人の関係はいかほどだったか。
「アポリナーヤは、大変なエゴイストです。彼女のエゴイズムと自尊心は、度はずれです。彼女は人々にすべてを、あらゆる完璧さを要求し、ただ1つの不完全さをも、ほかのよい点に免じて赦したりせず、そのくせ、自分は他人に対する微々たる義務さえも逃げようとするのです」(86年4月妹ナジェージダへの手紙)
「賭博者」のヒロインと云っても良いポリーナと重ねてしまう。
1865年借金に苦しんでいたドストエフスキーはステロフスキーに全集出版権を売渡し契約の中に66年11月1日まで長編を渡せねば以後9年書くものすべての権利を彼に独占する取り決めがあった。翌年66年1月からロシア報知で「罪と罰」の連載が9月に終わるにしてもいま1つ長編にとりかかるのはドストにとって無理なところであった。然しわずか27日で将来の妻となる速記者の口述筆記もあって「賭博者」の原稿を完成させた。10月31日に原稿をステロフスキーに渡した。20歳の速記者アンナ・グリゴーリエヴナ・スニートキナと翌67年2月15日にトロイツキ−大寺院で結婚する。この(2人目となる)妻と前述のアポリナーヤが「賭博者」執筆を牽引した重要なファクターであったことは間違いない。(参考249―254)
次回は要約に入る。
物語幕開く・・・
|
|
●壁 阿部公房 新潮文庫
序にて1951年5月著の石川淳の解説のあるかわった構成。壁。新潮文庫。3部(1部「Sカルマ氏の犯罪」2部「バベルの塔の狸」3部「赤い繭」)からなる。どれもこの世とあの世の境のシンボルの「壁」をthemeに扱う。
1部では目覚めのすぐ後名前を失くしたN火災保険・資料課勤務の男の違和からはじまる。異変は職場、動物園、洞窟の凡てのシーンに及ぶ。ユーニークな登場人物とともに名前喪失の原因探しに翻弄される。「・・物を盗りたいものが自由に物を盗れるためにこそ、裁判が必要とされるわけだ(ある哲学者 47)」。洞窟での裁判において彼は被告に当たらず故に永遠裁判は続くと決着される。「被告がこの世界の内に留まる限り、法廷は被告の後を追ってゆく(63)」。洞窟を後自宅で彼の分身の名刺、また衣類等が革命への会議をする。タイピストY子はなんとしゃべるマネキンに変貌。あるせむしに導かれ映画を通して舞台に招き世界の果てにいくほかないと彼にヒントを与える。
ラストで追手のドクトルとユルバン教授がついに聖書の比喩よりひらめきを覚えたのであろう。「らくだ」にのり拷問中の彼の目に忍び入る。が1つのくしゃみで旅は挫折。ユルバン&ドクトルは退散。見る物を吸収したことが罪と責め立てられていた彼はやがて壁そのものになっていたことに気づく。こうして物語は閉じる。一連の出来事は自意識内の出来事か或いは世界に横たわる永遠の難問をメタファーにしたのか誰もわからぬ。夢の中で現世の亀裂に指あて破壊してしまえと燻る様子にもみえる話。
2部は貧しい詩人が影を動物にくわえられ持ち去られる話。やがて詩人は目玉だけの透明人間となる。すべて手帳「とらぬ狸の皮」が原因だ。夜望遠鏡の先に棺にのったとらぬ狸が到来。供に「バベルの塔」にゆき塔内で偉人たちの演説をきき残った目玉を銀行にあずけ完全なる自由をと促される。が土壇場で拒否する詩人。時間の逆戻し&微笑の妨害、つまりこの世界の論理を逆手に元の世界に戻る。その頃には詩人を捨てていた。「急に腹がすいていることに気付きました。もう詩人ではなくなったのですから、腹がすくのは当然なのでした(218)」
3部「赤い繭」は帰る家のない男が主人公。靴の裂け目から出る絹糸をひっぱり繭に閉じ込められ見事居場所獲得。
次の話。誠実な哲学者が望遠鏡からのぞいた労働者の液化現象発見が瞬く間に世界に広がり世界への逆襲と発展する話。ノアも太刀打ちできぬ洪水が起こり世界は滅亡する。
3つ目「魔法のチョーク」では貧しい画家アルゴン君の手元に現れた赤いチョークに纏わる話。食べ物を生み出し世界を生み出すchoke。やがて絵を描くこと、創造することの重荷を発見する。窓の外1つかけぬ難問から切り抜けるためチョークで生み出したドアの「外」を観察することで解決を引き寄せようとする。がそこは無でしかなかった。また人の祖イブを作るも約束の元半分与えたchokeを使ってピストルで死を呼び込まれアルゴン君は撃たれる。実世界で彼は絵そのものに変わり果てapartment houseの住人から発見される。
Comment:カフカより明るく軽いと違いを強調す佐々木基一だが確かに芥川河童と酷似した僕・調のインテリ風「バベルの塔の狸」なのに陰鬱とした空気は全くみられない。春樹「ハードボイルド〜」に近く無を地盤に主体性をもった選択に重きを置おいた作り。町田康「宿谷めぐり」と相似しパノラマ描写は飽きが来ぬよう入念に工夫した跡はみられるも固有名詞で盛り付けしている感は欠伸がやや漏れた。安陪の新しさは現代の常識に重なる故彼が先駆者との読み方で評価する他今彼の小説に強度のある興奮は見だせなかった。
●砂の女 阿部公房 新潮文庫
昆虫採集に出掛けた教師「仁木」が(ハエの新種を探し)途中砂地の部落に行きあたる。砂地の傾斜を無視するかに作られた無数の穴があった。のぞけば平坦な底に家をかまえている。―――塩気を多分に含んだ砂をこの村の組合は違法売買することで金を得ては村人に配分していた。何より過疎が激しく働き手に困っていた。そこで罠にひっかけるよう穴底の家に旅人誘き寄せる他ない。
―――この教師も同様或る30過ぎの女が1人住まう家に嵌った。捕まった教師・仁木順平は抵抗したがすると上階からのモッコによる配給がストップさせられた。ブヨブヨの傾きかけた家、ノミだらけの室内。狭い屋外で砂かきに励めば配給は再開されれると女は云う。ゆえに仁木も最終的にそうする他ないと受け入れた。ねむるときは黄粉のように砂がまぶされ眠る裸体の女。この女は子と旦那を砂によって亡くした。ならばと仁木は彼女の指さした所、骨の埋まった個所をあちらこちら掘ってみた。が何も出てこぬ。半ば嘘を入り込ませていたことを仁木は嗅ぎあてはしたが然し女について確かなこと。それは、地上に出るよりここでの生活、鏡とラジオさえあれば満足という生活で一貫して保守的な女ということであった。だから仁木の脱出作戦にはこの女は力なく反対し続けていた。脱出計画2度目、女を激しいsexで疲労困憊させ眠らせた後にこっそり屋根上から鎹にロープをかけた。脱出成功する。が特殊な靄と地形のせいか部落にふたたび舞い戻ってしまう。仁木は、挙句最も危険と警戒される「塩あんこ」に落ち村人に救済を求める他なかった。ふたたび穴に引き戻される仁木はすっかり妻の如くなった女と内職も加え穴底の家で冬を越した。この頃には配給の呪縛から逃れるため秘密裡に進めていた蒸留装置が完成するところにあった。それに女が子宮外妊娠で町の病院に入院させることになる幸運まで廻る。女を外に運びあげてしばらくの別れを告げた後、1人、かけっぱなしの梯子を前にした仁木。だが、今度は逃げ出す気もなかった。ただ此処でしか喜びを分かちあうことにできぬ境遇だけが余っていた。
comment:Tolstoy「復活」における監獄に至る現実やカミユ「異邦人」ムルソーのママンの葬式場へむかう太陽が起こす疲労感よりもっと生活の1部と化した「砂の女」の砂底生活。「夜と霧」の収容所生活や遠藤「死海のほとり」の神の居る地獄というより有島の「カインの末裔」にみられる神なき生(なま)の現実に近い。しかし阿部のそれは明るい。彼は女よりも女的な男にみえるのは太宰の「ビヨンの妻」での「生きてさえいればいい」とほほ笑む幸子を髣髴とさせる。(読めばわかるが「砂の女」といふより「砂」があっている。)
|





