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1 はじめに とくに憲法9条などみると、何故こうもはっきりと書かなかったのか、と制定後の憲法論争の経験から憤るものも少なくはないだろう。実は、これは、「あえて抽象的に書いた」というのが本音であった。法律とは多種多様な研究がなされ、現在では「法の適用」を見越し特殊な工夫がなされているのだ。 2 クィンクティウス法 古代ローマの法律で紀元前9年に引水権に関する法律「クィンクティウス法(Lex Quincti aquawducibus)」がある。そこには次のような条文がある。 「何ぴとも、悪意により、水あるいは水の一部がローマ市に通じ、落下し、流水し、到達し、導入することを等を不可能にする目的をもって<略>穴をあけさせ、または破壊せしめ、あるいは損害を加えた者は<略>および何であれこれを行ったものは、修理、改造、修復、建築、建設、健造、の破壊等の行為等をすべて行うべき責を負わなねけらばならない」 以上を読み、皆さんはあることにお気づきではないだろうか。 そう、現在のそれと比べ格段に明瞭・明確である。 なぜ、現行法は、上記に比べあまりにも抽象的な文言になっているのか。そこには大きな理由があった。 このクィンクティウス法の持つ「具体性」「特殊性」は実際にはおおくの弊害を招いた。 あまりに範囲を限定しすぎ、法律を濫立せねば対応できなくなった。結果法の煩雑化を招いてしまう。また、法の盲点をついて社会に不正義をもたらすことにもなった。 3 現実世界 そもそも世の中の出来事は複雑多岐で、例え、その変化を見越して(例えば)沢山の法を作ろうとも、たちまち社会がそれらを追い越してしまう。そして役の立たない法が残る結果となる。 以上のような理由から次のことが導き出される。 法とは、制定時には抽象的な規定を作るにとどめ、その後は法律家の適正な解釈によって具体的事件に当てはめる。これが、より実際に即した対応であるといえよう。 こうして、現在のほとんどの法令が一般的、抽象的に明記されるようになった。 4 法の適用(総論) さて、法が抽象的である点が分かったところで、次にその法律を具体的事件に当てはめる作業について見てゆこう。この作業を「法の適用」と呼ぶ。手順としては「事実認定」と「法の解釈」の順でおこなわれる。 先日判決が行われた飲酒運転事故の今林被告を例にとると、法の適用には、車で犯罪を発生させたという「事実の認定」を行い、その後、対応する法律を使い実際に当てはめる「法の解釈」を行う。今林被告の場合、アルコールの摂取が大きな争点となり、その後、危険運転致死傷罪を当てはめられるかの検討がなされた。 (08/1/21結果は、「過失」致死傷罪適用、被告控訴) 5 事実の認定 「カテゴリ:死刑廃止」のところでも書いたが、冤罪を含めた刑事犯罪は相手に刑罰を与えるため慎重な捜査が要求されるのだが、それでも、誤った判断がなされることは多い。 「事実の認定」は証拠によって行われるが、人的証拠(民事:証人190条・鑑定人212-1・当事者本人190 207以下、刑事:証人190以下、鑑定人165以下、通訳人175・翻訳人177)と物的証拠(書証、検証)にわけられる。(*民事の条文は民事訴訟法、刑事の条文は刑事訴訟法) 刑事事件ではこの証拠の信憑性がもっとも重大になる。新聞等では実は巧妙に事件の様子を憶測にもかかわらず、あたかも事実のように表現する場合がある。鈴木宗男や堀江貴史の場合も検察に踊らされたマスコミが大々的に報じただけで、犯罪自体は報道に比べ軽微なものだった(参照カテゴリ#検察1)このように警察・検察・マスコミによる事実の隠蔽とは裏腹、実際は我々が認識している以上に刑事事件の裁判ではシビアな攻防が繰り広げられていた。 事実認定が難しいということはアメリカ、ハーバード大学心理学教授ミュンスターバーグの「法と現代精神」からも伺える。 この教授は大学のゼミでわざとハプニング(けん銃事件)をおこし、後に演技であったことを明かし、当時の状況を学生達がどれだけ覚えているかを実験した。被験者のうち、もっとも犯人の顔を覚えているグループでも26%の誤りがあった。その他は80%の誤りがあった。これは、たとえ目前で発生した事件であっても証言の信用性が必ずしもあるとは限らないことを証明した実験結果であった。 その他に06年1/17の「皇居迫撃弾ゲリラ事件」判決がある。 1987年8/27に冷凍トラックに5発の迫撃弾が発射され無職のAが爆発物取締罰則違反でつかまった。1審では無罪を言い渡したが検察が控訴し目撃者証言の信憑性が争点となった。ここで、日本大学の厳島行雄教授が目撃証言の信用性についての鑑定実験(シュミレーション)をおこなった。非常に興味深い結果が出される。22人の被験者が事件とほぼ同じ条件で実験し、犯人の顔を正確に覚えていた被験者は22中2人にすぎなかった。 厳島教授は 「目撃証言はどういう条件で見たかが重要。明るい所で長時間、関心を持って見ていると、夜に短時間見た場合を同じには評価できない。証人が信用できる人物だからといってその記憶が正確とは限らない」と分析した。 「皇居迫撃弾ゲリラ事件」の被告人Aは二審で「無罪」が言い渡された。 (*平成8/1/17判例時報1558号145頁より) このように「事実認定」のうち証人の証言には不正確や虚偽を免れ得ないことがわかる。その「事実認定」の矛盾をつきとめるのが刑事では検察や弁護士、裁判官の役割である。 次回は、法の解釈について説明する。 (つづく) (参考図書:法学:真田芳憲:P20-22 P403−412)
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法の適用
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