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作家の使命は、奉仕にあるとかんがえた。 デンマークの小噺(ある雪の話)からの小説家の想像力しかり、科学の限界の補完の役割りがそ のサービス精神にある。 「如是我問」 心つくし、という。 「葉」 芸術の美は所詮、市民への奉仕の美、と。 「姥捨」 自分1人の幸福だけでは生きていけぬ、と。 「HUMAN LOST」 すべて皆、人のための手本。われの享楽のための一夜もなかつた、と。 そして、「正義と微笑」、 誰か僕の墓碑に、次のような一句をきざんでくれる人はいないか。かれは、人を喜ばせるのが、何よりも好きで、あつた! 彼、太宰治の他者との違い、優越感というこの土台に、他人への奉仕という、道 化の宿命をみるのだつた。 「人間失格」 ここで道化を、 自分の、人間に対する最後の求愛、汗水流してのサービス、 という。 愛の表現だったんだ。唯一、他のために尽くすことが。 太宰治大事典 365-367 参考
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太宰治
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1 太宰とボードレール |
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道化の華以来の「大庭葉蔵」は世間が難解だつた。 嘘言え。 君が難解なのでせう。 ほら頷いた。 我を司る神を、不意に見上げたならこっちを見てた。 正しく愛せ・・・・か。もう一人の要蔵は耳元で呟いた。 神を欺く嫉妬まみれた男のほうがよい。 エスカリオのユダと、いふよりも、カインの徴を打たれた男として、道半ばで倒れ逝くのでいい。 足を止め、手紙をそっと開く。送り主「S」 「あなたはそうはいつてもたんぽぽの花一輪の贈り物も恥ずに授けるなどといえばまた、生きていさえすればいいじゃないの、と絶望の果ての軽みともいえる希望、満ち満ちたお顔を携えていたじゃないですか。あなたの潜つたトンネルは、ホップ・ステップなのです。そこ抜けると愛といふ単一神様がお立ちになられていた。指さす方向はもつとオドロオドロしいトンネル、その先の光であつた。 あなたの努力によつて獲得した武器<希望と名付けましょう>を握りしめ晩年期に、かの<なにやらおそろしきもの>といふ怪物との対決に挑ませた。」 ・・・・・・・・・怪物とは不遜な。神と呼べ。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 真に人間たろうとした男の、最後のプライド。いえ、祭壇までのお化粧。 「死んだ身でなければあなた様に顔向けできません」 葉蔵,、ぜーはー、ぜーはー、人間といふ荒道を歩いてたら、ちょつと 転んじゃつた。 まぶた開けると、お〃、神様、神様が、よつ手挙げていたとさ。 (おわり)
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日本に・・・ 1549年ザビエル来日してからの90年間といふもの、キリスト教徒の増加は苛烈な弾圧にもかかわらず明治期まで堅持し続けたのだつた。 その明治期のことだ。 従来のその江戸時代文化を全否定する勢いの中に、そう、キリスト教指導者たちもその途上に居た。 精神面での欧化を下支えしようと思つたがいささかそれは強引でもあつた。仏教等の伝統的勢力から当然反発はあつたのだ。地方都市・農村部でのかつての「邪宗教」政策を再び芽吹かせてしまつた。これらと戦い、中には敵愾心を持ちながらキリスト教信徒等は布教を続ける。欧化の下支えをしたことがナショナリズムへの協力、そして戦争を後押しする結果となつたところは反省する点であろう。太宰の愛した「内村鑑三」も、日露戦争を後押ししたことを猛省している。 太宰以後・・・・ 戦後、キリスト教会は宗教的習俗に対して否定的にあつた。アメリカ文化と民主主義導入におけるシンボルのように一時期扱われてもいた。 しかし、次のような現象があつた。プロテスタント教派の大部分は、戦前同様の都市の生年・知識人を主たる対象として布教、カトリックもまた都市部に知識人、高学歴者層相手に布教をつづけ、いったんは広まるも、その知識階層や学生がアメリカ占領軍に対する反米感情を持つようになり、やがて、キリスト教から遠ざかるものが増えたのだつた。 また、「知識層の宗教」「神に選ばれたものとしての自負心の強さと意識」が、一般庶民のキリスト教への接近を妨げている、という指摘もある。 (以上は、岩野祐介先生の文章をそのまま参考にした)
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太宰の愛といふ科目の履修途上には、「愛は言葉だ」があり、そして、「愛の困難性」、「罰の希求」という展開があつた。アウグスチヌスは神の愛は濃淡あれども、対極はないといつた。トマスは神より存在を与えられたこと、その愛こそ愛だといつた。
内村鑑三は、神の愛とは義と不可分といつた。義とは正しさ。太宰の敬愛した内村の愛を、太宰は、機能、特性、いや、「星」。 己の星の自覚が、神の大いなる愛をなによりも把握する仕方だとおもつたに違いない。 |





