moonsan612のブログ

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私のアウェイクニングの話 その32.断捨離とアウェイクニング
断捨離で、いいものを引き寄せる?
断捨離したい人なんて、基本的に変な奴だと思いますよ。それが出来る環境にあるってことは、ある意味、世捨て人じゃないですか。でも人によっては、捨ててもいい「世の中」があると思える時が来る、つまりはそれがアウェイクニングプロセスになっている場合もあるのだと思います。私の場合もそうでした。

断捨離とは、元は執着を断つことが目的の、純粋なマインドプラクティスです。それが途中で風水や神道的な教えと結びつき、家の中を整理整頓・清浄に保つことが、開運・厄除けにつながるという話になりました。

断捨離をすると「いいものが入って来る」というのも、結果的にはそうなったとしても、個人的には、それがメインの目的ではないと思います。「開運」「ご利益」というのもダイレクトでいいですが、アウェイクニングを通じてなりたい自分になるより、いいものなんてないと思うからです。

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断捨離とアウェイクニング

私が身の回りのモノを何もかも捨てようと思ったのは、アメリカに行く時でした。それまでの自分に飽き飽きしていて、人から認められるような一人前の人生じゃなくていいから、自分の人生を生きようと思ったのです。「古くて要らなくなった自分を手放し、新しい自分を選ぶ」ということは、精神的・感情的な断捨離でもあったと思います。

その当時、住んでいたマンションを引き払うにあたって、要らない荷物を実家に預けるという手段もありました。しかし幸いなことに笑、祖母の介護で忙しかった母がこれを断固拒否したため、やむにやまれず徹底的な取捨選択を行うことになったのです。

チョイスの基準は「これ、要るか?」というより、アメリカから帰って来て「これを見て、どう思うか」という点だったように思います。人からの評価を想定した服装や、いつか使うと思いながら、使わないままのモノを持っていることが、とても馬鹿らしく思えました。そんなものを必要だと思う自分にも、うんざりしていました。

一体、私はどんな服を着ていたいのか。何を着ている時が、一番自分らしくいられるのか。どんな毎日を送りたいのか。どんなライフスタイルを望むのか。何をしている時が心地よいのか。どんなものに囲まれて毎日を送りたいのか。何を手元に残し、何を未来に連れて行きたいのか。

そんなこんなで、今に至ります。





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なりたいバイブレーションを選ぶ

断捨離って、私にとっては要らないものを捨てるというより、なりたいバイブレーションを選び、そのバイブレーションで自分を囲むことです。毎日の生活は自分のドリームボードであるべきですし、パーソナルスペースは自分のバイブレーションにとっての神殿であるべきだと思うんですよ。

と言っても、具体的にどんな夢を叶えたいとか、何になりたいかは、あってもなくても構いません。ただ、どんなバイブレーションで生きていきたいかが大事です。それをこんまり風に言えば「ときめき」ですし、バシャールに言わせれば「わくわく」となります。イメージしただけで心がふわーっと広がって、目の前が明るくなるようなもの。それが望むバイブレーションの感覚です。

それにマッチするものを残し、そうでないものは容赦なく捨てていくと、自分の欲しいバイブレーションだけが残ります。そいつを未来に連れて行きましょう。別の言葉で言えば、望むバイブレーションには、すでに未来の光が入ってるんですよ。

捨てたと思ったら、また要らないものが入って来ることも、成り行きであると思いますけど、結局、チョイスはいつも、そいつを未来に連れて行きたいかどうかです。とにかく大切なのは、望むバイブレーションなのです。

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要るもの・要らないもののチョイス

私の場合、要るもの・要らないものの区分は、ざっと考えて以下のようなものですした。

要るもの
未来に連れて行きたいと思うもの: なりたいライフスタイルにつながるもの。なりたい自分が身に着けるもの。今後、実現させたい夢に関するもの。
愛を象徴するもの: 着心地がよい服など、セルフラブを象徴するものは、ここに区分されます。思い出の品で取っておきたいものがあれば、最高の愛を象徴するもの、ひとつに絞ります。

自分にとって神聖なもの: これはめちゃくちゃ大事です。言い換えれば、自分の魂が共鳴するもの、自分のスピリットの領域とのつながりを感じさせるものです。クリスタルや神聖なオブジェクト、各種ツールやカードなどもここに含まれますし、行ってみたい場所の写真や絵も、魂の故郷を象徴する神聖なものです。
質のいいツール: 道具系はなるべく高機能で品質がよく、使っていて心地いいものを買って、いつまでも使います。

要らないもの
使用頻度が少ないもの: たまにしか使わない衣服やアクセサリー、ツール等。でもクリスマスや新年会などの特別イベントに使うものは、本当に大好きなものを一つだけ残して、それを毎回使います。
過去につながるもの: 思い出の写真やアルバム、手紙、お土産、プレゼントなどが、ここに含まれます。誰かからいただいたものは、愛とバイブレーションだけ受け取って、基本的にモノは捨てます。
他の誰かとシェアできる可能性のあるもの: 本やCD、DVDなど、あえて所有しなくても、シェアできるもの。私の場合、職業柄、自分が教員側で写ってる卒業アルバムなんかもあったのですが、もし今後見たくなったら、生徒の誰かに見せてもらえばいいや思いました。
叶えたい夢やライフスタイルにマッチしないもの: でかいパンツなど。

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捨てるのが辛かったもの

今では自分でゴルゴ13かと思うほど情け容赦のない私ですが、現時点までのプロセスで、捨てるのに段階が必要だったり、激しく心揺れたものが沢山ありました。それは、たとえば以下のようなものでした。
昔の夢に関するもの: 本屋になりたかった私としては、本を捨てるのは動揺しました。カメラマンになりたかったこともあったので、カメラや暗室道具を手放すときも、自分の青春を切り捨てるくらい動揺しました。
自分の作った作品: いつか結婚して、旦那さんが実家にやって来たら、これまでの自分の歴史として見せたいと、文科系クソガール丸出しの夢を持っていたのですが、どうでもよくなりました。作品なんて、いくらでも新しく作るしね。
昔の日記、手紙や写真: 一応、私も人ですから、いつまでも捨てられない時期というのもありましたが、最終的に未来には愛だけ持って行こうと思いました。思い出したかったら、イメージと記憶の世界で、いくらでも会いたい人に会ったり、戻りたい場所に戻れますからね。それでいいんです。



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結婚して、その後の断捨離

私は基本的に身の回りは神社の境内みたいにバキバキに整えておきたいのですが、そんな私が、山盛りダンプカーみたいな旦那さん(以下、CC)と暮らすことになって、正直、最初は死にそうでした笑。何を要るものと考えるロジックが、全然反対なんですよ。私は一つのものを何通りにも使うのが好きなのですが、CCは用途に合わせてどんどん増設したいんです。要塞みたいだからやめてよって言うと、悲しい顔をして自分の部屋の、ただでさえぎゅうぎゅうのクローゼットに、さらに押し込んだりするので、いつもごめんねって思います。

でも面白いもので、二人とも、なりたい自分のイメージに従ってモノを取捨選択してるという点では、同じなんですよ。どちらかが精神的に豊かで、どちらかが貧しいということもなく、全然違う方法で同じことをしているだけで、結果として得る満足の量も(比べられるものではないにせよ)それぞれの分野で変わらないのではないかと思います。

つまり結局は、どの道をたどろうとも、行きつく場所は同じなんじゃないかと。そして断捨離すべきは、最終的にモノではなくて、こだわりであり、それは自分を自由にしてあげることだと、つくづく思います。
*断捨離とアウェイクニング>http://metaphysicstsushin.tokyo/2019/06/13/%e7%a7%81%e3%81%ae%e3%82%a2%e3%82%a6%e3%82%a7%e3%82%a4%e3%82%af%e3%83%8b%e3%83%b3%e3%82%b0%e3%81%ae%e8%a9%b1%e3%80%80%e3%81%9d%e3%81%ae%ef%bc%93%ef%bc%92%ef%bc%8e%e6%96%ad%e6%8d%a8%e9%9b%a2%e3%81%a8/ 弥栄 !369 感謝 祝福 歓喜 999長根 明




りんくる転載🍀😌🍀



【宇宙時代の結婚と離婚】

これから霊的に目覚めた宇宙時代(※)がやってくるでしょう。そのときには、今の結婚形態は変わってきます。
愛のない、形だけの結婚生活は続けられなくなるのです。

なぜなら、すべてがテレパシーでほんとうかうそかわかってしまうので、むき出しの、ありのままの自分で生きていくことが求められていくのです。
本物のバイブレーションだけが、相手に伝わっていくのです。

ですから、入籍して形だけつくっているというのは、もう意味をなしません。
ただ、子どもを安心して育てるには、
物質的にも環境的にも安定した巣のようなものが必要なのですから、形というものがまったく必要ないわけではありません。

しかし、その中において、お互いに学ぶべきことを学んだならば、「離婚」という形で卒業していくこともあるでしょう。ありがとうという感謝をもって、手放していく。

そこで、「離婚しないことが善だから」とか、長年別居しているのに、「愛人の手前、意地でも離婚届に判を押さない」というのは、正しいことではないということです。

愛するということは、相手の幸せを願うということです。
ほんとうにこれは愛の思いにかなうかどうか、
そこのところで判断していくことが大事かなと思います。

私たちは転生のたびに同じ人とパートナーになっているわけではありません。だいたい皆さん、自分の魂のパートナーでない人といっしょになっています。だからこそ、自分がどういう存在で、どういう個性を持っているのか、わかってくるのです。

ですから、ひとつの結婚生活で学び終わったのならば、
「たまたま一生の人生の途中で卒業がきたのだ」と、そう解釈すればいいのではないでしょうか。

ただ、むやみに離婚を奨励しているのではありません。
結婚というのは、二人でさまざまなことを乗り越えていく、その過程が学びであり、それを教えてくれるのが結婚愛です。

いちばん大切なのは、人生の中でどれだけ愛を学びとることができるかということです。

子どもたちがいる場合はやはり、子どもたちのことを優先に考えてあげていただきたいと思います。

ただ、毎日、暴力をふるわれて、子どももビクビクしているのに、離婚は悪いことだから絶対にしないというような、あるいは結婚生活の中で縛られて、心の中は相手を殺してやりたいというような思いで生活しているようなこと、それはけっして正しいことではないですよ、ということなのです。

「スピリチュアル美人になるためのヴィーナス(金星)の法」より

※宇宙時代:地球人が宇宙の常識である愛の価値観に目覚め、地球自体もアセンションすることで訪れる時代。



【2019#0614#0844】

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