
私たちも知っているようで間違った認識でものを言うときがある。最近のように「森林浴」とかそれに「森林セラピー」「森林療法」などの言葉で、新たな商売が展開されている。商売にしている人も居られる、といったほうが適切なのかもしれない。私はこうした森林や里山利用は好ましいことで、入山しただけで金になるとなれば持ち山を整備してこうした産業にのる御仁も現れてもよい。
民有林の閉塞状態を抜け出される要因ともなる。人が入るとなると、道や周辺を整備して危険木を排除して「森林浴公園」などがつくられる可能性もあり、大いに推奨できるかも知れない。しかしこの整備作業は困難で、赤松虫害材の処理、それに蔓蔦絡み材の処理など大きな費用を必要とする。
またフィトンチッドなど言葉も表れて、見掛けに走る行政は、その中身も精査しないうちに直ぐに取り入れる。何でもそうであるが底と奥行きの浅い施策は数年で泡沫なることがよくある。新たな場所を指定したりしてそこのしか効果が無い様な印象を与えては困る。森林はなら植林地でも天然林でもどこでも、フィトンチッドは発生していて、森林の中に入ると、癒し効果が生まれる。私も不登校の子供たちと数ヶ月一緒に居たときに、ある森の中で一泊二日の合宿をしたとき、あまり喋らない閉鎖的な子供の表情が明るくなり妙に陽気に接してきたことを思い出した。今後こうした取り組みを実施するときに、行政は一歩下がっていることと、地域の理解を得ることが」大切である。ともすると、地域の人々を蔑ろにする、参加対象者に照準をおく事が悪しき行政の形態は大きな変革を期待したい。地域の人が山梨の人がまず恩恵を受けるべきで、そうした体験のと経験の中から運営すべきであるが、新たな取り組み新たな補助金に飢えている行政はどう対処するか、見守っていきたい。
新月伐採や集成材加工そして森林浴などは県有林より多い民有林の地域や木材の活用が先決である。民有林の活力が県有林の再生に活きてくるくらいの考えは保持していただきたい。行政の空回りは林業の停滞に輪をかけることにもなる。
次の項では「森林効果」について述べてみたい。
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2007/11/23(金) 午前 7:36