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 村一番の機(はた)織り娘「おまん」は父親と二人の貧乏暮らしでした。

 トントンカラリ、トンカラリ……。一日中機を織っていました。一反織り終えても手間の割にはお金にはたいしてなりませんでした。本当は「おまん」の一反は、他の機織り娘の反物より三倍の値段で取引されるほどの出来映えでしたが、そんなことを呉服屋の主人が教える訳もありません。ただ、「おまん」は文句もいわず仕事をしてくれたので、時々仕立て違いの着物などがあれば、主人は「おまつ」にくれてやっていました。「おまん」も年頃の娘ですから、それを着て仕上がった反物を呉服屋に届ける時だけは、そっと紅をひいて出かけるのでした。やがて「おまん」の父親が死に、「おまん」はひとりぼっちになりました。

トントンカラリ、トンカラリ……。と「おまん」は他にすることも無く、やはり機を織る毎日でした。

 ある日のこと呉服屋からの帰り道に「おまん」は一人の男に呼び止められました。川向こうの「嘉助(かすけ)」でした。嘉助は村でも有名な女癖の悪い男だと死んだ父親が言っていたのを「おまん」はふと思い出しました。

「やあ、おまん。今日はまた随分『べっぴん』なことだね、お城のお女中もかすむってもんだ、ははははっ」「まあ、お上手ねその口」「へっ、嘘じゃないよ。その小紋、都で今流行ってるくらい知ってるさ。お前に着てもらえればその着物も嬉しかろうぜ」解っていても男前の嘉助にそう言われると「おまん」は耳まで赤くなりました。(この人、それほど悪い人じゃないかも知れない……)

 

   トントンカラリ、トンカラリ……。軽やかに「おまん」は機を織り続けていました。暮らしはそれほど変わりません、変わったのは「おまん」の家に嘉助がいることと、「おまん」の側には赤子の入った行李(こうり)が置いてあることでした。それからもうひとつ、「おまん」は顔以外の体中にいつも新しい青あざがついていました。女癖以上に嘉助は「酒癖」が悪かったのです。それでも産まれた赤子の分も「おまん」は一生懸命、機を織るしかありませんでした。染め糸で織ればもっと高値で反物は売れるのですが、染め粉を買おうとして少しずつ残していた金さえ嘉助は酒代にするのです。赤子が急な風邪をひいても薬を買う金もなく、とうとう「おまん」の赤子も死んでしまいました。

 

 トントンカラリ、トンカラリ……。それでもまた「おまん」は機を織ります。いつの間にか髪に白いものが混じり始めても、他にすることが無いのです。ただその織った反物は都まで届けられる様になりました。呉服屋の主人も最近は正価で買ってくれる様になりました。でもその分嘉助の酒の量が増えただけでした。それにこのごろは嘉助は反物が仕上がるまで家には帰ってこなくなりました。それでも夫ですから「おまん」はその日が楽しみだったのでしょう。

 

 トントンカラリ、トンカラリ……。縦糸の間に「杼()[横糸を入れる紡錘状の道具]」を投げ入れるのさえ「おまん」には少しの無駄もありません、どこまでも滑らかでした。今日もらった仕事はいつもの仕事に加えて、染めた糸で織る「色反物」です。染料まで呉服屋の主人が用立ててくれていました。そこに嘉助が戻ってきました。

 「おい、幾らになった?」「おまん」は「おい」と呼ばれる時だけ、「織り子」から嘉助の女房に戻れるのでした。嘉助は金を「おまん」からもぎ取るとこういいました。「何だ、これっぽっちかい。呉服屋の欲張りがまた値切ったのか?」「お前さん、なんてことを。今度は『色反物』の仕事までくださったのに……」「へっ、大方お前を囲おうとでも思ってるんだろうが。俺が許しはしないからな」「なんてことを……」「おや、こいつは染め粉だろう。ははん、お前金が無いはずだ、こんな高い物買ってやがったのかい」嘉助はその瓶を取り上げた。「それは呉服屋の主人が立て替えて買ったもんだ、『色反物』が売れた時でいいからって」「じゃあ今度入る金で買えよ、こいつは『染め物屋』に引き取らせて金に換える」「そんな、約束は次じゃない。この仕事と一緒に納めるんだよ」しかし嘉助はもうとっくにいなかった。

 

 トントンカラリ、トンカラリ……。「おまん」は初めて気付きました。機と「おまん」は似たような物でした。繰り返し繰り返し反物を織る機と繰り返し繰り返し酒代を稼ぐ「おまん」はその他に何も出来ないのでした。やがて一反織れました。そして「おまん」は休みも取らず次の縦糸を架け始めました。とにかく機を織ることしか「おまん」に出来ることは無いのでした。

 

 トントンカラリ、トンカラリ……。「おまん」の機織り部屋からはそれからも休み無く機の音が聞こえていました。

 

 いつもは約束を違えたことの無い「おまん」が昼になっても呉服屋に現れません。気になった主人が「おまん」の家に様子を見に行ったのは、もう陽が傾き始めた頃でした。呉服屋の主人は機織り部屋に入りました。良かった、「おまん」は約束の「色反物」を織り上げていました。疲れて機の前でうつ伏している「おまん」に触れた主人は短く「ぎゃっ」と叫びました。冷たくなった「おまん」は床にだらしなく倒れました。夕日は赤く染まった反物と、干涸びたような「おまん」を照らしていました。

 呉服屋の主人のかかとに「こつん」と当たったのは、「おまん」が繰り返し繰り返し乳房の下を突いたのでしょう。「紅」より深く染まった「杼()」でした。

 

2016.2.8

 

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読み切り短編-昆虫哀歌

 「ズオオオオオーッ」
ひと月ほど前、けたたましい音が聞こえた。
「あれは、何の音だい?」
「初めて聞く音だ、あっ地震だっ」
次郎が手に持ったビスケットを落としかけた。
慌てて、台所のテーブルの下に身を隠した。それがすべての始まりだった。

 楽園には食べ物が豊富にあった。カップラーメン、おにぎり、サンドウィッチ、ポテトチップス、俺の大好きなチーズクラッカー…
生きていくのに、食べ物と水があれば、他に何がいるのだろう。俺たち兄弟におじさんたちの家族分も加えてもこの楽園には十分食べ物があった。俺たち兄弟とおじさんの家族、そして『同居人』の彼、それがこの楽園の最初の住人だ。
 まだ薄暗いうちから、彼は出かける。何をしているのか、名前はなんというのか、お互い知らないし、興味はない。それぞれの境界を守っていれば害のない存在だ。

「プルルルル、プルルルル」
心地よい音が響いた、最初はびっくりしたが、
今は平気だ。それは『スマホ』というのだそうだ。彼が戻ってくるとそれを手に取り何やら話しながら、笑ったり頷いたりしている。
その後、持ち帰った食べ物を食べる。もちろん俺たちの分も、ちゃんとある。

 「さあはいった、はいった」
ある日彼がメスを連れて帰ってきた。
どうやらこの楽園に住むつもりらしい。翌朝丸い二本足をもつ、へんてこな生き物を従えて、その新しいメスはこう言った。
「あのひとが出かけているうちに、少しは片付けなくちゃね」
その生き物の尻からあの大声が聞こえる、やがて飢餓が始まった。楽園に溢れていた食べ物が次第に無くなってきた。彼は大食いだが一日かけて食べ物を持って帰ってくる。働き者だから相応に食べてもいいが、メスは楽園の中で彼を待つだけの気楽なものだ。それに日ごと腹が膨れてくる、食べる事、食べる事。
 「きっと、子を産むんだぞ、あいつ」
次郎が知った風な事を言った。
「そんなことあるか、だんだん動きが鈍くなっている、病気だ。次第に動けなくなって死んじまうのさ…。俺は見たのさ、母さんも次第に身体の動きが鈍くなって、とうとう死んじまった」
だがそのメスはしぶとく、そのまま生きていた。そんなことより楽園の食べ物が日増しに減っていく、ビスケットのかけらさえ見つけられなくなった。毎晩集まるおじさんたちもすっかり痩せこけているように見えた。
 「太郎、今日からお前たちも食べ物を探してこい、それを持ち寄ってみんなで分けなければ生きていけない。働く事のできないものは生き残れんぞ…」
それから何日経っただろう。一人、また一人と弟たち、妹たちがいなくなった。おじさんのところも同じだ。毎晩遅く、集めてきた食べ物をみんなで分ける。食べ物は次第に少なくなったが、俺たちも一人、また一人といなくなるものだから、分け前はほとんど変わらない。俺はミチコと婚約しているが、この分だと食わしてなんかいけない。情けない事だ。

 「ズオオオオー」
大声で変な生き物が歩き回る。それを聞くたびに死が近づいてくるような気がした。
 「そろそろお腹もすいたかしらね?」
メスがそう言うのを俺は聞き逃さなかった。「やっぱり、あのメスが俺たちの分まで食べ物を食っていたんだ…」
俺たち兄弟は、次郎しか生き残っていない。おじさんもおばさんもいなくなった。ミチコとその弟の四人だけだ。メスは厚紙で器用に家を作った。そしてもう一度こう言った。
「そろそろいいわね…」
小さな袋からぷーんと美味そうな匂いがした。
「これで家族が増えても安心ね…」
その包みを、メスは作った家の中にそっと置くと何処かへ行ってしまった。
 「あのメス、結構いいヤツかもしれない」
この匂いは、食べ物だ。メスが言ったとおり、これなら家族が増えても安心だ。そっそく、ミチコも匂いに誘われてやってきた。
(ミチコ、あのメス、家族が増えてもいいようにねぐらと食べ物を用意してくれたぞ…)
俺は立ち上がり、手を大きく振ろうとした、…しかしそれは叶わなかった。
 「ただいま、ミチコ」
「おかえりなさい、あなた」
「あのゴミ屋敷がこんなに広かったとは…」
「少しずつ片付けたから、結構時間がかかったわ。それより順調ですって、赤ちゃん」
「そうかよかった、毎晩退治したからこれで家族が増えても安心だ」

彼は両手をばたつかせ、俺たちの真似をしている…。

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短編、エッセイ集です。

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赤いナマズ

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赤いナマズというのがよく魚取りをしているといた。
アカザというのが標準和名だけど「テンキリ」とも言う。
こいつを握りでもすると大変な事になる。
鋭い刺で刺されて、頭のてっぺんから何かに突き刺された様に痛む…。
だから『テンキリ』と呼ばれる。
それほど大きくならないが、10センチくらいのものがよく岩の下に隠れていて
水中にいてもすぐ解る。
よくいたのは冷たくてきれいな川だ。
この赤い色は一度見れば忘れないほど強烈だ。

アマゾンのカンディラという人食いナマズによく似ている。
ただしアマゾンのそれは灰色っぽくて、こっちの勝ち。

絶滅が心配されている貴重な魚になってしまっている。



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白いピンポン球星人     黒瀬新吉

「きっと今日は夕焼けがきれいね」
 小学三年生の「あかり」は駆け出した。
「あかり、ご飯は七時だからね。気をつけていってらっしゃい」
道沿いに行くとやがて眺めのいい丘がある。  
丘までの途中には神社があり昼間でも一人だと少し暗くて心細い。長い石段が道からも見える。上っていくと広い境内、本祭りの時には屋台がにぎやかに並ぶ。お祭りの時くらいしか、一人でなんてとても行けない場所だ。
 「コーン・コーン・コーン…」
ピンポン球がその石段を跳ねながらあかりの足下に転がってきた。あかりはそれを拾い上げ、しかたなく神社の石段を上っていった。
「何だろ…」
境内には光を放っている、丸い卵がぽつんとあった。その中から白いピンポン球が次々とあふれているのだった。
「整列っ」
大きな卵から声が聞こえた。ピンポン球が小さな足をぬっと出し、あかりの手のひらから飛び降りると卵に向かって走り出した。
「番号っ」
「一、二、三、四…、九、十、十一、十二」
「よし、いいか、しっかり覚えておくように。この星を破壊するかどうかは、一週間後の投票結果で決めることとする」
 つむじ風が起こりその卵は消えてしまった。
急に周りはシンとした。夕焼けのことなんかすっかり忘れて、あかりは夢中で石段を駆け降り、一度も後ろを振り返らずに走った。

 「お父さん、投票ってなあに?」
夕食を食べながら、あかりは聞いた。
「うーん、投票ってのはな、何かを決める時に、ひとりずつ賛成か反対かを紙に書いて、箱に入れるんだ。それでな、入れ終わった後でどっちが数が多いかで決めるんだよ」
「ふうーん」
あかりはお父さんにもうひとつ聞いてみた。
「破壊ってなあに」
「破壊?ああ、こなごなに壊す事さ」
(大変だ、この町をこなごなにするかどうか、あのピンポン球たちが決めるのかも…)
 あかりは目をかたく閉じても、大きな卵の言葉を思い出してなかなか眠れなかった。
ちいさな寝息が聞こえた頃、パーカーのポケットから、あのピンポン球が這い出てきた。細いアンテナがぐんぐん伸びて、部屋中の本のページがぱらんぱらんと、めくれていった。
「言語、インプット完了。番号6、着床」
『6』はあかりの髪をかき分けて入り込み、髪の毛よりも細い針を、毛穴にしっかりと差し込み、やがて動かなくなった。
 彼らの目的は、この町の小学校に通う子供たちから、正と負のエネルギーをためて戻ってくる事だった。期限は一週間、それを大きな『卵(ステーション) 』に持ち帰り、集計して彼らの星に送信するのが仕事だった。『6』は特別あかりを気に入った訳でもない。
この星で、最初に見た小学生だったからだ。
「結果は決まっているのに…」
『6』は故郷の星を出発する時、仲間の一人の『3』にそう耳打ちされた。
それだけではない、未だに繰り返し行われる戦争、楽しみのためだけに生き物を殺している人間さえいる。この星を『破壊』することは、決定していた。ただ彼らの星の女王だけは、チャンスを与えるべきだと王に提案したのだ。
「この星の『人間たち』は平気で川を汚し、木を切り倒し、山を崩し、海を埋め立てる。やはり破壊してしまうのだろうか?」
『6』はそう思った。

「やーい、やーい」
「返してよ、返してったら」
「お前、生意気なんだよ!」
「先生に言いつけたら、もっといじめてやるからな。かくごしとけよ」
「ほらお前もパンチしてやれ、しないともう仲間じゃないぞ」
あかりと一緒に学校に行った『6』はクラスの中で信じられない光景を見るのだった。
この星の人間は『仲間はずれ』を恐怖と感じている。それは、『6』の星では考えられない光景だった。
「やめなさいよ、あんたたち」
あかりが、背は低いが強そうな翔太を止めた。
「またお前か…、女は泣かしちゃいけないからな。わかりましたよ…」
どうやら、翔太はあかりには弱いらしい。
「あんたもいけないのよ、はっきり断ればいいの。翔太なんて、てんで弱いんだから。」
翔太は幼稚園の時から、よくあかりに泣かされていた。おまけに父親からは、きつく言われていたのだった。
「女の子を泣かしたら許さん、飯抜きだぞ」
 
どう考えてもこの選挙は不利だ、とあかりは思った。悲しい事、辛い事、腹の立つ事。毎日、周りはそんなことばっかりなのだ…。
「私一人が、反対したって…」
期限の一週間はあっという間に経ち、神社にピンポン球が集まってきた。
『ステーション』が投票結果を読み上げた。
「投票数、十二。白票、無効票無し。正票十、負票二。よってこの星を破壊しない!」
「ええっ、なんで…。十個のピンポン球は『いじめっ子』側にでも取り憑いたのかしら?でも変ね、そんなにたくさんクラスにいじめっ子はいないけど…」
急いで『ステーション』に戻ろうとする『6』を呼び止め、あかりは聞いた。
「ねえ、みんないじめられて楽しかったの?」
「そんな訳ないだろ、何言ってんだ」
「じゃあ、あななたち、いじめっ子にだけ取り憑いたの?」
「ますます、何言ってんのか…」
「正のエネルギーって…」
「お前、国語嫌いだろ、正しいエネルギー、たとえどんな目にあっても自分が正しいと思った事しかしないっていう、心に決めたエネルギーの事さ、仲間はずれなんか怖くないっていう心の強さのエネルギーだよ」
『6』は閉まりかけた『ステーション』に滑り込んだ。たちまちつむじ風とともに『ステーション』は見えなくなった。
 
それを合図に、ヒグラシの合唱が境内にいっせいに響き、心細くなったあかりを家へと追い立てていった。

おしまい
 

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ホソバシュンラン


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シュンランは自生する蘭の中でもっとも普通であるし、素朴だ。
しかし、最近ではこの蘭にも品種改良が進んでいる。いやはや…、である。

さて、これは自生地が限られるシュンラン。「ホソバシュンラン」である。
まあ、名前の通り葉の細いシュンランで、花も少し小さいくらいで代わり映えしない。
やせたやや寒い岩陰などに生えていた。そこでは今はもう見られなくなった…。

もう10年近く前のことだが、数株もって帰り、増やした。
小さな株も今では、毎年変哲も無い小さな花を咲かせる。
もう花芽がでているものもあった、こういった汚れた鉢がこの蘭にはいいのかもしれない。

ちなみに「シュンラン」のことをこちらでは「ジジババ」と呼ぶ。
定かではないが、ゆえんはたいてい対で咲くからかもしれない。

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