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日本の森林について(「日本の林業」鳥羽正雄氏著 昭和23年 雄山閣発行) <筆註 一部改変> 日本の自然的環境(含む、用語の語源) 目本諾島の主要部は、北は北海道の北端北緯45度、南は九州の甫端北緯31度で、東北から西南へかけて、アジァ大陸の東方洋上に横たわっている。温帯的氣候の地方で春夏秋参の四季の別が明瞭である。東南に黒潮の暖流か流れ、太平洋に面する方は殊に湿気に富んで雨量も多いので、植物の生育が非常に良い。 <森の林の語源> 樹木の叢生す名土地を「森林」といふ。かようなところをいう日本の古くからの言葉に、「もり」と「はやし」とがあつた。 <森・杜・もり> 「もり」には森の字をあてた。「もり」は「盛」の義とも「籠もる」義とも解されて居り、衆木が一処にあるを意味し、人が伐採しない場所に、自づから樹木がこんもりと存在するものをいったのである。<自然発生> <林・はやし> これに対して「はやししには、「林」の字をあて、「生やし」の義と解されている。これは人が樹木を生やしている所をいい、数多の樹木を生育せしめる意志を持ってこれを在置せしめた晃のを指したのである<人為的> すなわち前者はこれを消極的存在ともいふべく、後者はこれを積極的存在とでもいふべ色であらうか。 <<森・杜・もり>> したがって「森」といへば、「鎭守(ちんじゅ)の森」などと、いう言葉のあるように、神霊の鎮座せられ所と信じられて、その樹木を伐採しないで在置せしめたものなどに用いられている。古くは「神社」「社(やしろ)」「杜」の字を訓で「もり」読んだ事例もある。 江戸時代の書物である雲『地方要集録』に 「森というのは、寺社らの境内に木を植立置、茂りて材木薪にも伐とらず立置くをいう」と記してある。 <林・はやし> これに対して「林」は同書に 「林というのは、何方にても、山・河原・原等に、木を立て置き木薪に伐候(そうろう)木立茂りたるを林と云也」 と記しているが、よくその要を得たものと思われる。要するに、おおむね平坦な所でであるから『説文』、「平地在草木曰淋」説明している。 從つて、別に「やま」という口葉で山岳丘陵にある樹木の叢生呼ぶことがあり、「山」の字これにあてる。そこで、これらの漢字を連ねて「山林」という。熟字存在する次第である。 <杣・そま> また、山中に樹木が存在して、人がこれを「材」として採るところを「そま」といい、「杣」という字を日本でつくって、これにあてた「そま」という言葉は『万葉集』にでており、宝亀23年(780年)の『西大寺資材帳』や延暦23年(803年)の『大神宮儀式帳』に用いてある。この語源については従来適当な解釈ができていないが、とにかく、古歌に「逢が杣」とか「ひたはえて 鳥だにすえぬ杣むぎに」などと用いられているように、、草木の叢生繁茂(そうせいはんも)しているさまをしめした言葉であった。 そこで山中に樹木の叢生する所をいい、やがてそこに生えている木を「杣木」といい、それらの木を伐る人を「杣人・そまびと」というようになり、さらにその行為をする場所をも意味するようなったものであろう。 すなわち、林(はやし)は、人がその意志があつて樹木を叢生生育せしめる行爲から起こった言葉であり、杣(そま)は、繁茂叢生いる樹木を探取の対象とする行爲に因んだ蓄葉といふべく、ともに叢生する樹木に封す]る人の「はたらき」に関して起こった言葉として、林業発達史の上から注意すべき名詞である。 樹木は一定の蕎命を有する生物であるが、時々刻々新陳代謝をしているから、普通の場合には叢生している樹木が同時に全部部無くなつてしまうごとはない。 しかし、斯かる樹木も、自然のカ(例へば暴風、天然の火による火災、水害、動物の害など)あるいは人の力によつて、一区域の樹木が全部無くなるごともないではない。そのような場含に、更に新しいものが繁殖するまでの間、その土地に樹木の存在しないことがある。ごれはすなわち帥ち原野である。從つて、長期に亘つて一定の場所の森林を対象として考察する場合には、原野状態をもその範囲に入れる必要がある。 森林には樹木が叢生し、その間には蔓(つる)植物や草木類が繁殖している。 また動物も植物の間に生活し、大地の表面.地中には鉱物も存在する。人はこの森林から、草木の実・花・葉,・皮.茎.樹液.根、鳥獣などによつて食物を、樹皮、樹葉、獣皮などによつて衣服の材料を、樹木の枝・幹・葉・蔓・草および鉱物などによって住居の資材を得ることができる。 かくのごとくその生産物を利用することは、「森林の直接的効用」であり、「経済的効用」である。 さらに森林は、雨露・風雪・寒暑を凌(しの)ぎ乾燥を調和し、水源を養い、土砂の飛散を防ぎ、山地崩壊を止めるなど自然の危害などを防止し、他の生物からの侵害を防ぐことを得しめ、人の安住の拠り所となる。 すなわち森林そのものの存在が、人の生活に恩恵を与える。これおわいわゆる「森林の間接効用」であり、「保安的効用」である。 従って森林には人生に対し「経済林」と「保安林」との両種が存するわけである。
(下略) <筆註> 少し難解の箇所もあるが、昔の林業関係者の森林に対する尊敬と感謝の気持ちが表れていて、森林や山と人々の共生が浮き彫りになっている。現在は仕事で林業があって、林業が好きだから仕事に就くわけではない。したがって森への愛着も薄れているのである。私たちは森林に木々に対して感謝の念と共生の道を復活することが大切なのである。 先生の著者からは学ぶものも多く、これからも先人の著書を紹介していきたい。 |

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