里山の樹木は人々の心のふるさとです

次々に消失する故郷の樹木たち、これ以上の--

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足利学校周辺

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<足利学校の松>

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 子供が通う学校の樹木はさまざまな理由によって、形を変形され喘いでいるもの多い。

 そんな中で訪れた結城中学校の校庭の赤松保存は見事というべき光景を成していた。

全国でも例を見ない赤松に胸をうたれた。邪魔者になりがちな校庭の樹木が、そばで野球の練習する生徒のはつらつさと合間見えて胸を打たれた。

 ありがとう感動を!結城中学校のみなさん。いつまでも大切にしてください。

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 昔の教科書『高等小学理科書』「」第一学年教師用 文部省

 第十二課
 要旨
森林め状態・効用及び造林について知らしむ。
準備 森林の状態を示す掛図、諸種の種の樹木の枝。有用水材の標本.

 教授事項
1、森林成せる樹木
 森林を成せる樹木は種類頗る多し。之を葉の形状によりて、濶葉樹(かつようじゅ).と針葉樹とに大別す。
 濶葉樹はかし・なら等の如く広き葉を有する樹木にして、
 針葉樹は松・杉・ひのき等の如く細きを魯有する樹木なり。
 又森林には唯一種の樹木より成れるもとこ、数種の樹木の相混れるものとあり。

 2、森林の状態
 
 森林の内部は樹木の枝葉にて蔽(おお)われるにより、日光の差し込むこと少なく、風瀞にして湿気多し。地面には落葉積重り、小植物数多生じ、土は概ね軟にして水分多し。 また所々に清き泉の湧出づるを見る。

 3、森林と水源

 森林にては雨水は樹木なき地に於ける如く、直ちに地上に落ちて流れ去るにはあらず、先づ樹木の枝棄に.當り、徐徐に下りて落葉及び小植物を湿し、其の間より漸次に深く地中に浸込む。故に森林はよく水を保ち随って泉の源をなす。

 4、森林と水害

 雨の多く降るとき、樹木なき地にては雨水は一時に地上を流れ土砂を洗ひ去ること多きも、森林地にてはかかることなく、随つて山崩などの起こること少し。
 又森林多き地を流るる川は水の俄に増すことなく、且土砂の爲に川底の高まることも少ければ洪水の起ること稀なり。

 5、木材・木炭

 家屋その他の建築物並びに器械器具等に用ふかる諸種の木材は皆森林より伐出すものなり。日常用ふる薪炭も亦之を森林より得ななり。
 木材は森林の樹木を伐倒し、枝を払い、適當の大いさに切りて、之を運び出すなり。山地にては多くは谷川に沿うて之を流し下す。

 6、造林

 森林はかく甚だ大切なるものなれば濫りに之を俄沸ふ避け、又伐取たる跡及び必要なる場研には新に之を仕立つべし。
 森林を仕立つるには種子を蒔き、、或は苗木を植付け、又は自然に生ぜる苗木、或は切株より生ぜる新芽を育成す。若ざ樹木の成長を容易ならしるため、初め四.五年間は地上の雑草を刈除き、六七年目の後に至れば蔓草等似如き妨害物を除き去る。
 其の梢、成長して枝葉茂り優劣の明かなる頃に至れば、特に優劣の明らかなる頃に至れば、特に優れたるもの及び劣れるもの伐去りて一様なる林をなさしむ。長くして節なき木材を得ん仁は此の頃より漸次に下枝を切沸ふ。

 概括

 森林を成せる樹木には潤葉樹と針棄樹との別あり。
 森林は木材・薪炭を供するのみならず、泉の源をなし、土秒の崩るるを防ぎ、洪水の害を少からしめ、甚だ大切なるものなり。されば侭伐取りたる跡及び必要なる場所には、苗木を育てて森林を仕立つべし

 備考
 澗葉樹の圭要なるものは橡(くぬぎ)・なら.かし・栗(くり)くす.けやき等なり。
 針葉樹の圭要なるものは杉・ひのき・さはら・松・からまつ.もみ・つが・こうやまき.あすなろ等なり。
 森林な夏は涼しく冬は暖にして、能く氣候の調和を助け、叉空気を清浄ならしむるにより、衛生上にも極めて有盆なり。その他尚暴風を防ぎ、雲頽を止め、海辺にては魚類の繁殖を助くる等の効あり。
 木材はむ時酉洋紙の原料として盛に用ひらる。
 土地の情況により森林の保存を要する場含には特に法令により之を保安林に編入し、濫りに伐採することを禁ず。

 これが教科書ので教師が教える内容なのです。現在はどんな教え方をしているのでしょうか。

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 日本の森林について(「日本の林業」鳥羽正雄氏著 昭和23年 雄山閣発行)
 <筆註 一部改変>

 日本の自然的環境(含む、用語の語源)
 
 目本諾島の主要部は、北は北海道の北端北緯45度、南は九州の甫端北緯31度で、東北から西南へかけて、アジァ大陸の東方洋上に横たわっている。温帯的氣候の地方で春夏秋参の四季の別が明瞭である。東南に黒潮の暖流か流れ、太平洋に面する方は殊に湿気に富んで雨量も多いので、植物の生育が非常に良い。

 <森の林の語源>

 樹木の叢生す名土地を「森林」といふ。かようなところをいう日本の古くからの言葉に、「もり」と「はやし」とがあつた。

 <森・杜・もり>

 「もり」には森の字をあてた。「もり」は「盛」の義とも「籠もる」義とも解されて居り、衆木が一処にあるを意味し、人が伐採しない場所に、自づから樹木がこんもりと存在するものをいったのである。<自然発生>
 
 <林・はやし>
 これに対して「はやししには、「林」の字をあて、「生やし」の義と解されている。これは人が樹木を生やしている所をいい、数多の樹木を生育せしめる意志を持ってこれを在置せしめた晃のを指したのである<人為的>

 すなわち前者はこれを消極的存在ともいふべく、後者はこれを積極的存在とでもいふべ色であらうか。

 <<森・杜・もり>>

 したがって「森」といへば、「鎭守(ちんじゅ)の森」などと、いう言葉のあるように、神霊の鎮座せられ所と信じられて、その樹木を伐採しないで在置せしめたものなどに用いられている。古くは「神社」「社(やしろ)」「杜」の字を訓で「もり」読んだ事例もある。

 江戸時代の書物である雲『地方要集録』に
 「森というのは、寺社らの境内に木を植立置、茂りて材木薪にも伐とらず立置くをいう」と記してある。

 <林・はやし>

 これに対して「林」は同書に
 「林というのは、何方にても、山・河原・原等に、木を立て置き木薪に伐候(そうろう)木立茂りたるを林と云也」

 と記しているが、よくその要を得たものと思われる。要するに、おおむね平坦な所でであるから『説文』、「平地在草木曰淋」説明している。

 從つて、別に「やま」という口葉で山岳丘陵にある樹木の叢生呼ぶことがあり、「山」の字これにあてる。そこで、これらの漢字を連ねて「山林」という。熟字存在する次第である。

 <杣・そま>

 また、山中に樹木が存在して、人がこれを「材」として採るところを「そま」といい、「杣」という字を日本でつくって、これにあてた「そま」という言葉は『万葉集』にでており、宝亀23年(780年)の『西大寺資材帳』や延暦23年(803年)の『大神宮儀式帳』に用いてある。この語源については従来適当な解釈ができていないが、とにかく、古歌に「逢が杣」とか「ひたはえて 鳥だにすえぬ杣むぎに」などと用いられているように、、草木の叢生繁茂(そうせいはんも)しているさまをしめした言葉であった。

 そこで山中に樹木の叢生する所をいい、やがてそこに生えている木を「杣木」といい、それらの木を伐る人を「杣人・そまびと」というようになり、さらにその行為をする場所をも意味するようなったものであろう。

 すなわち、林(はやし)は、人がその意志があつて樹木を叢生生育せしめる行爲から起こった言葉であり、杣(そま)は、繁茂叢生いる樹木を探取の対象とする行爲に因んだ蓄葉といふべく、ともに叢生する樹木に封す]る人の「はたらき」に関して起こった言葉として、林業発達史の上から注意すべき名詞である。

 樹木は一定の蕎命を有する生物であるが、時々刻々新陳代謝をしているから、普通の場合には叢生している樹木が同時に全部部無くなつてしまうごとはない。

 しかし、斯かる樹木も、自然のカ(例へば暴風、天然の火による火災、水害、動物の害など)あるいは人の力によつて、一区域の樹木が全部無くなるごともないではない。そのような場含に、更に新しいものが繁殖するまでの間、その土地に樹木の存在しないことがある。ごれはすなわち帥ち原野である。從つて、長期に亘つて一定の場所の森林を対象として考察する場合には、原野状態をもその範囲に入れる必要がある。
 
 森林には樹木が叢生し、その間には蔓(つる)植物や草木類が繁殖している。
 また動物も植物の間に生活し、大地の表面.地中には鉱物も存在する。人はこの森林から、草木の実・花・葉,・皮.茎.樹液.根、鳥獣などによつて食物を、樹皮、樹葉、獣皮などによつて衣服の材料を、樹木の枝・幹・葉・蔓・草および鉱物などによって住居の資材を得ることができる。

 かくのごとくその生産物を利用することは、「森林の直接的効用」であり、「経済的効用」である。

 さらに森林は、雨露・風雪・寒暑を凌(しの)ぎ乾燥を調和し、水源を養い、土砂の飛散を防ぎ、山地崩壊を止めるなど自然の危害などを防止し、他の生物からの侵害を防ぐことを得しめ、人の安住の拠り所となる。

 すなわち森林そのものの存在が、人の生活に恩恵を与える。これおわいわゆる「森林の間接効用」であり、「保安的効用」である。

 従って森林には人生に対し「経済林」と「保安林」との両種が存するわけである。
 (下略)
 
 <筆註>
 少し難解の箇所もあるが、昔の林業関係者の森林に対する尊敬と感謝の気持ちが表れていて、森林や山と人々の共生が浮き彫りになっている。現在は仕事で林業があって、林業が好きだから仕事に就くわけではない。したがって森への愛着も薄れているのである。私たちは森林に木々に対して感謝の念と共生の道を復活することが大切なのである。
 先生の著者からは学ぶものも多く、これからも先人の著書を紹介していきたい。

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