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幼いころから親から虐待され、学校ではいじめられ、
社会に出てからもいじめは続き、最初の結婚相手はDVだった。
いつも虐げられ、馬鹿にされ、生きている価値がないと言われ続けた。
今の旦那と結婚するまでそんな人生だった。
人生の半分くらいは、「自分は生きている価値のない人間」だと
思いながら生きていた。(生きていたと言えるのかどうかも疑問だけど)
旦那に出会い、C-PTSDを発症して自分の身の上に起こっていたことを
精神科医によって知らされた。
そして長い闘病人生。今のカウンセラーと出会い断薬に成功し、
回復の道のりを歩み始めることが出来た。
そして今、過去の出来事について冷静に考えられるまでになった。
自分は生きている価値のある人間だと思えるようになってきた。
虐待やいじめやDV加害者たちの言っていたことは何の根拠もない
「たわごと」だと理解できた。
ただ私を操るために口にした「脅し文句」だったんだとわかった。
だから、今私の周りで同じような言葉を吐く人たちを見ると、
可愛そうになってしまう。
「人を口先だけで操ろうなんて、浅はかだな。」と冷めた気持ちが広がる。
私は私の信じる道を曲げることなく、いろいろな試練を積み重ねてきた。
辛くて逃げ出したい時もあったけど、逃げることは自分に負けることだと、
自分にムチ打ちながら、歯をくいしばって今日まで生き延びてきた。
だから「私は私だ」と言えるようになれた。
自分と向き合いトラウマを見つめ続けた結果、自分に自信が持てるようになった。
自己肯定感みたいなものが私の中に生まれた。
こんな気持ちをもっともっとたくさん手に入れたい。
DVトラウマに立ち向かうためには、一つでも多く「この武器」が必要だ。
私には生きる価値があるんだ。
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PTSD
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彼氏ができてからの長女は、いつも以上に自己中心的で、
彼氏以外の人間の言葉を受け入れようとしない。
私が彼氏が来ることでDV元旦那の恐怖が出ると話すと、
私の病気のことや私の存在そのものを攻撃し始める。
私の病気の理解者だと思っていた長女が一転、一番の疎外者になっている。
私を責めるその言葉や態度は、あの母親そのものだった。
いつしか長女の後ろに母親の影を感じるようになっていた。
食欲はなくなり、何をするのにも無気力になっていった。
先週から今週にかけて特にメンタルの落ち込みがひどくかった。
彼氏が来ればDV元旦那のフラバが来る。
長女の態度は母親を思い起させる。
旦那は「長女の話をまともに受け答えする価値はない。内容のない
絵空事ばかり。そんなものに心を乱されていてはもったいない。」と言う。
初めはその意味がわからず、無責任な言葉だと思っていた。
でも一昨日あたりから長女の言葉を冷静に聞いていると、矛盾や
希望的観測が多いことがわかってきた。
彼氏とのことを守りたい、成就させたいと強く願うばかりに、へ理屈や
支離滅裂な話になってしまっているようだとわかってきた。
あの人(母親)もそうだった。
自分の考えや立場を守るためなら、手段を選ばなかった。
相手が誰であろうと関係なく攻撃していた。
だがよく思い出してみると、幼稚で自分勝手なふるまいだった。
「価値のない人間とはあなたのことだ!」と叫んでいた。
すると長女の後ろに見えていた母親の影は消えてなくなり、いつも通りの
受け答えができるようになってきた。
今日になって久しぶりに空腹感を感じることが出来た。
「旦那が言っていたことはこういう事だったんだ。」と腑に落ちた。
まだ彼氏に対する恐怖感は残っているが、長女に対する不信感は、
払拭できた気がする。
久しぶりにピアノを弾くことが出来た。
メンタルは上り調子で、頭の中では、ピアノの旋律が鳴っている。
やっと自分を取り戻せた気がする。
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週2回くらいのペースで会っている長女たち。
家にも立ち寄ることが多くて、少し困っている。
彼氏が来たと思うだけで、パニックになりそうになるし、
ひどい時はDV元旦那のフラバが来てしまう。
長女がインフルエンザで寝込んでいるときなどは、
3日とおかずに見舞に来ていたので、とても辛い日が続いた。
条件反射制御法もぜんぜん効かない。
それにもう一つおかしな気持ちが出てきた。
彼氏とのデートに着飾って玄関を出ていく長女に対して、
「私を一人にしないで」そんな感情がよぎった。
自分でも何でそんな気持ちがしたのか腑に落ちなかったが、
後でチャイルドの気持ちだなってわかった。
玄関を出ていく長女の姿が、過去の実家で受けた仕打ちを思い出させた。
両親と弟、祖母は私を家に置き去りにして外出した。
「私たちは出かけるから、家のことをやっとくんだよ。」
そう言い残して玄関から出ていく実家の家族たち。
私はいつも家で一人ぼっちだった。
長女に彼氏ができたことで、私の中でいろいろな感情が出始めている。
旦那は、「今このタイミングで彼氏ができたことは、かすみの回復の
道筋にとって、必然だったのかもしれないね。」
「神様が与えてくれた、チャンスなのかもね。」と言ってた。
旦那の言うことも一理あるけど、今はそんな余裕は全く持てそうもない。
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いつもお世話になっている整体院の先生とお話した。
「ご両親はお元気ですか?」と聞かれたので、えっと思った。
先生は私が実家と絶縁状態なのを知っているのに変だなと思った。
「あの〜 連絡もしてないし、どうでもいいと思っているんですが。」と返すと、
「そうですよね。最近はかすみさんのように親との関係がうまくいっていない人が
増えてきました。」と先生。
「そう言ってもらえると、少し気が楽になります。親も高齢になって体のことなど
を心配するのが本来の子供の姿勢でしょうが、私にはそういった気持ちが少しも
わいてきません。親不孝者なのだと自分を責めた時もありました。」と私。
「気にすることはないですよ。あなたの生い立ちを思えば、当然だと思いますし、
同じような人が今はたくさんいますよ。」と先生。
先生は鍼灸の傍ら、思春期外来やお悩み相談などもされています。
今はこういった問題の相談が多いとのことでした。
「親に虐待された人や、ネグレクトを受けた人、逆に過干渉などで、親との関係
に問題を抱えている人は脳の海馬が委縮したり成長しなかったりして、
普通の人に比べて容積が小さいそうです。そういった人たちは対人関係が
苦手だったり、自己肯定感が低かったりして、生きにくさを感じているようです。」
「一度小さくなってしまった海馬を元に戻すのは難しいそうです。問題の解決
には、専門家にカウンセリングを受けるなどして自己の認識や感覚を
変えていくしかないようです。」とお話してくれました。
まさに今私が取り組んでいることが、回復への道のりなんだと再確認できて、
うれしく思いました。
また、親との問題で苦しんでいる人は、私以外にもたくさんいると知って、
なんだかほっとしました。
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PTSDを発症したころアファメーションと言うものを
行う必要があると思い少しかじりましたが、
「無理!!」と思い今までほったらかしでした。
やっと「取り組めるかな?」という気持ちが出てきたので、
少しづつやっていこうと考えています。
自己否定ばかりして生きてきた年月を「損したなー!!」と思えたのが、
きっかけかもしれません。
まだ具体的に何をしようという考えはありませんが、
「ねばならない」をやめて、「やれるときにやる」「出来てもできなくてもOK]
から始めようと思います。
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