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6月15日の水無月公演を終え、最初の稽古日です。
11月に予定されている八王子市民俗芸能公演の台本の配布の後、 技芸部・研究部合同で、景山正隆先生の講義を拝聴いたしました。 私たちの伝承する薩摩派説経節の歴史を見直そう、という目的で 「説経節と義太夫、浄瑠璃」と言うテーマでお話しをいただきました。 私たちの説経節は「説経浄瑠璃」という呼称もされます。
しかし、説経節は語りの系統であり、 こうした音曲系統の浄瑠璃とは、 ルーツを異にするものであるということを、 さまざまな音源を通してご解説いただきました。 「義太夫説経」といわれた東京郊外・西多摩の説経、
もうひとりの十代目薩摩若太夫(浜中平治)の音源で 説経版の「絵本大功記」を聞いた後、 浄瑠璃系統の義太夫節や河東節、清元節、宮園節、荻江節などを 先生お持ちの貴重な音源で聞かせていただきました。 どれも、説経四十八節に留まらない、 多彩な節の中で語られる音曲です。 ではなぜ「説経浄瑠璃」と呼称されるのか?
現在、説経節の演目としても残っている 「日高川入相花王」や「絵本大功記」などは 浄瑠璃系統の物語です。 文化・文政期に初代薩摩若太夫が三味線と始めた、 現在私たちが伝承している形式の説経節は、 『説経正本集』などで残る、天満八太夫らの説経とは別に 「後期説経節」とよばれます。 明治時代を迎える頃に江戸で廃れて東京近郊に出て行く中で、
こうした「日高川入相花王」や「絵本大功記」などの 浄瑠璃系統の物語が、説経の節で語られるようになり、 そうした中で「説経浄瑠璃」という呼称が生まれたのだろう、 というご解説となりました。 【参加】
講義 景山正隆先生(元義太夫協会会長、元東洋大学部教授) 太夫組 十一代目薩摩津賀太夫、薩摩花太夫、薩摩桃太夫、薩摩布太夫 三味線組 雀屋妻三郎、京屋純、雀屋裕、雀屋千代康、坂田 研究部 宮川孝之、横山光子、野尻尚子 |
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2014年07月27日
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9月刊行予定の資料集の編集作業が続いています。
五代目薩摩若太夫・諏訪仙之助の明治時代の資料 「説経語り渡世願い」の読み込みが進んでいます。 7月13日の技芸部稽古日に、 景山正隆先生(元義太夫協会会長)による「」 「説経節と浄瑠璃、義太夫」の講義を予定しており、 この日はその段取りを決める打ち合わせもしました。 なので、技芸員の薩摩花太夫、薩摩桃太夫も参加しました。 ブログ担当・坂田が仕事で出られず、
この日の写真はありません。 於 八王子市生涯学習センタークリエイトホール 学習室
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