さつきのブログ「科学と認識」

福島第一原発、アンダーコントロールで、わざと昨年の2倍の放射能を放出か

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 タイトルにある「水からの伝言」(以下、「水伝」)は、「水をいれたビンに「ありがとう」や「平和」など「よい言葉」で声をかけたり文字を書いた紙を貼ったりして凍らせると美しい結晶ができ、「ばかやろう」や「戦争」など「悪い言葉」にすると汚い結晶になったり結晶をつくらなかったりする。また、水を入れた瓶に音楽を聴かせると曲によって結晶の形が変わる。」という「お話」で、波動ビジネスの「株式会社I.H.M」の江本勝氏が彼の著書を通じてひろめたものである。

 この「水伝」にまつわる議論がネット上のいくつかのサイトで延々と繰り広げられている。議論がわき起こったそもそもの原因は、これが、小学校の道徳の教材として使われたり、高額な健康機器を販売する際の宣伝材料に使われたり、あるいは、平和や共生・エコロジーを唱えるグループの中に広まって、一つのムーブメントになったりしているからである。

 この問題にかかわって興味深いのは、各人の哲学・世界観がぶつかり合うところまで議論が「深入り」している点にある。この問題の本質をどこに置くか、あるいは、そもそも何らかの「解決」を目指すべき性質のものであるのかといった論点も含め、科学論や認識論や疑似命題の正否やら「外縁」を巡って、議論は哲学の広大な深淵宇宙へと拡大していく。哲学の議論は知的興奮を覚え、時として楽しいものであるが、私には到底追随する忍耐も時間もないので、そうした議論に参加しようとは思わない。

 こういうズボラな私の「水伝」への立場(評価)は極めて単純・素朴である。そう、これは単に、波動ビジネスで人を騙して儲けるためにねつ造された、明々白々な虚言である。「株式会社I.H.M」やこれに関連するウェブサイトを閲覧してそのことがわからない者は哲学論議などしない方が良い。江本氏は、科学的な真性について問いつめられると、これは科学ではなくポエムやファンタジーであると逃げているが、それは通用しない。彼のサイトにはいっさいそうした記述はなく、科学であることが強調されている。私は、これが「疑似科学」だからという理由で批判するのではない。これは詐欺だから批判するのだ。

 I.H.Mの「ショッピング」のページをみると、コマーシャルフレーズとしては奇妙な日本語が目立つが、薬事法(医療・健康機器にも適用される)を気にした結果であることがはっきりとわかる。それでもなお、薬事法に抵触すると思われる表現が残されている(それにしても「希釈蒸留水」には思わず吹き出してしまった)。「水伝」はインチキ商品を売りつける悪徳商法の一貫として出てきたものであって、たとえ間接的であったとしても、これを宣伝する者はその悪事に加担することになると自覚すべきである。最近経産省が、別の波動ビジネスの「バイオシーパルス」に六ヶ月の取引停止命令を出した(ただし、特定商取引法によるもの)。また損害賠償請求もなされようとしている。「水伝」を学校教育の現場で肯定的な教材として使用するなど、「道徳」に反する暴挙である。

 それでも私は、これを学校教育の現場で教材として使ったら、かなり刺激的で実のある授業ができるのではないかと想像する。これを教材として用いることで、「理科」の授業なら、水はどんな物質か、結晶とは何か、氷の結晶の形にはどんな種類があって、その違いは何から生じるのか、そうした研究は誰が最初にやったのか、その研究にはどんな苦労があったのか、科学実験の目的は何か、実験はどのようになされるべきか、そもそも科学とは何かといった話題が学年に応じて工夫できるだろう。

 実際に再現実験をやるのはお勧めできない。なぜなら、この実験を科学的に意味のあるものとして遂行するのはかなり面倒で、大学の理系学部の実験室程度の設備は必要になるし、相当の回数をこなさねばならない。おざなりな実験をやるよりは、むしろその困難さを正しく教えることの方が重要であろう。

 「水伝」は正しいものと仮定した上で、その帰結としてどのようなことが導かれるかを推論したり、他にどんな実験が可能かを提案させたりするのも良いだろう。例えば、いろいろな方言や外国語を理解するか、誰かがどこかに書いていたと思うが、「SHINE」(日本語では「死ね」、英語だと「輝く、輝かせる」)と書いた紙を貼ったらどうなるか、水にお国柄や個性はあるのか、漫才を聞かせたらどうなるか、はたまた、水の「聴力」や「視力」はどの程度か、「色覚」はあるか、暗号を解く能力(知能)はあるか、漢字検定能力は何級程度か等々。

 書いているうちにだんだんアホらしくなってくるのであるが、ともかく、そうしたことを大まじめに考えさせるのである。それが科学であるのなら当然、この、天地がひっくり返るほどの「大発見」の後に続けるべき様々な実験がなされずに、なぜ長い間放置されたままなのかも考えさせたい。

 「道徳」の教材としては、「ありがとう」はそれだけで良い言葉と言えるか、逆に「ばかやろう」はそれだけで悪い言葉と言えるか、「美しい」とはどういった感情か、「美しさ」は万人にとって共通のものか、二つの異なる結晶形の写真を見て、どちらか一方が美しいと決めることができるか、それは好き嫌いではないのか、人間の美しさは外見だけではないと言われるが、結晶も内面の美しさの方が大事ではないか、といった批判的な視点から言及できるだろう。

 「水伝」は、科学としてはつくり話であるが、ポエムやファンタジーとして創作されたものであるとする立場からは、例えば宮沢賢治の作品と比較しながら、「水伝」がいかにつまらないポエム・ファンタジーであるかを実感させるのも良いかもしれない。そのつまらなさの本質が何に由来するのかを考えさせるのである。

 可能なら、そして最も重要なことではあるが、この「水伝」が、金儲けのためにあみだされたウソ、つまり詐欺商法の一貫としてのつくり話であること、多くの大人がこのウソを事実と思い込んで騙されていることなどを正確に伝え、なぜ人はこうした嘘に騙されるのか、騙されないようにするにはどういった心構えが必要なのかを教えるべきである。

 それにしても、ここまで低級な嘘におおぜいの大人達が騙されていることを、子供達にどのように伝えたら良いのか、相当な難問である。

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いつも面白楽しく拝見させて頂いております。
今回初コメです。
これからのご活躍も楽しみに、もちろん拝読させていただきますよっ!頑張ってくださいね。

2008/5/29(木) 午前 4:23 [ はるか ]


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