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小泉の教えを受け継いで、多数の音楽研究者が育った。(その1)に掲げた文献1の著者岡田真紀氏は、学者ではないものの小泉のよき理解者の一人である。この書は、小泉が亡くなって三年後に執筆が開始され、十二年後に出版されている。「あとがき」には、小泉文夫自身を相対化し、客観的な記述をすることの、彼を師と仰ぎ尊敬していればこその困難さが率直に語られている。彼女は、小泉が民族音楽研究の過程で建設していったその方法論を、他ならぬ小泉研究に向けて執ろうと8年の間苦労を重ねた。
小泉の執った方法論の指針のようなものは、次の文章に単的に表れている。
「音楽学の対象は単に芸術作品を通じての文化現象ではなくして、社会全体の動き、無意識的な世界にまで目を向けていくというような客観的・非個性的表現としての文化を対象とすることになる。この音楽学の新しい分野は、共同研究という形でしかその成果を期待することは出来ない。なぜなら、大量のデータの収集と、採譜を含む素材の客観的な評価などは、個人の能力を超えるものである。もしこの方法が確立すれば、音楽文化の客観的な研究として、民俗音楽学という分野も成り立ち得るわけである」(文献1からの孫引き)
大量のデータを客観的に評価し、対象の中に潜む「真理」に接近しようとする態度は、まさしく科学の方法である。そこには、「人文科学」の、一つの学問分野の創成期において帰納法を基礎とする場合に特有の困難さというものも表現されている。まず、本年5月の「「科学的」とはどういうことだろう(その1)」で書いたように、帰納法は原理的な弱点を備えている。
http://blogs.yahoo.co.jp/satsuki_327/20652660.html
すなわち、たとえ100の観察事実によって一つの理論が得られたとしても、101番目の観察事実がこれを否定しないとも限らないからである。また、観察という行為は、何らかの知識=先入観に支えられてなされるのが普通で(観察の知識(理論)負荷性)、この点でも帰納法の客観性には原理的な疑い(観測者問題)がつきまとう。事実は無限に存在し、その観察が先入観に支えられているとすれば、帰納法は、科学的な方法としてはそもそも誤っているとポパーは考えた。
しかし、そもそも論で言うなら、科学が対象とするのは私たちをとりまく「世界」であり、客観的事実を基礎に、その中に潜む「真理」に接近しようとするのが科学である。科学を完結させるためには外的世界の観察という行為は避けては通れない。この時、対象から表出する無数の現象の全てを観察し尽くすことが不可能だとしたら、どうしたらよいだろう。
こうした困難は、現象を有限のカテゴリーに分類(カテゴライズ)し、個々のカテゴリーから任意に抽出された観察事実を基に、そのカテゴリーに新しい「性質」を発見するという手続きによって克服することができるかもしれない。カテゴライズとは、概念理解ということであり、別の言葉で言うなら「レッテル貼り」ということでもある。これは、帰納と演繹のキャッチボールを通して構築され、武谷三男の言う「実体論」へと橋渡しをするという意味で、科学をなす上での重要な手続きの一つと考えられる。
いろいろな分類学においては、記載学的分類から出発して成因論的分類へ至る変遷の歴史が存在している。現場観察における便利さ故に、記載学的分類も捨て難く思われていて、一般に両者は共存しているが、創成期にある学問分野においては記載学的分類すら定まっていないのが普通である。小泉は、彼の最初の学術著書である『日本伝統音楽の研究1』(文献4)の第2章「民謡の研究方法」の中で分類の方法について特別に項目を設けて詳述している。そこでは、従来の、特に欧米や中国でなされている分類方法を総括し、次に日本における柳田国男の民俗学的分類の特色を調べ上げ、さらに、可能なあらゆる分類原理を網羅的に述べた上で、最後に自身の考える合理的分類の試案を示すという綿密さで、この問題に望んでいる。
地質学をはじめとした歴史科学のように、ポパー流の「反証可能性」が原理的に叶わない分野がある。それは、歴史的な展開を伴う現象を扱う分野のみならず、ほとんど連続的ともいえる無数の現象を扱うような研究一般にも言えることだろう。この場合、一つのカテゴリーに例外となる要素が発見されたからといって、統計的なゆらぎが前提とされている以上、それで反証されたことにはならない。社会科学的、人文科学的な研究の多くもそうしたものであるに違いない。この点では、クーンが指摘したように、反証可能性にこだわるのはこうした分野の科学の発展にとっては害の方が大きい。
このような学問分野の研究では、圧倒的多数の観察と事実収集が、学説の信頼性を高めるためのもっとも基本的な方法となる。また、観察の「客観性」を保証するためにも、多人数の共同研究としてなされるべきである。
小泉はまた、事実収集における「認識態度」についても「メルスマンの美学に対する批判」として詳細な検討を行ない、次のように書く。
「もし研究者が、対象の性質を極めようとするばあいに、単に主観的な知覚や論理だけに頼ったり、多少科学的であっても、ただデーターの統計的な数字だけに基礎をおいて結論したとするならば、その認識態度は、結局素朴実在論のようなものであるとしなければならない」
「なぜかというと、これらの考えの中には、研究者の感覚や、単に音響学的な数字よりももっと本質的であるところの、それらを歌ったり演奏したりする人達の音感においては、いったいそれらが、どういう意味を持っているかという問題が、軽視されているように思えるからである」
詳細について述べる余裕はないが、この点での小泉の考察は、武谷三男のいう「現象論的段階」にある人文科学に特有の困難さをいかに克服するかという視点から、比較音楽学以外の分野においても広く注目されて良いと思う。
小泉は、意識的にこうした手法を執って「音楽の根源にあるもの」を追求していった。彼の最初の学術的著作(文献4)についての専門家の評価を、文献1から引用しよう。
「小泉はみずから採譜したものや『日本民謡大観』その他の楽譜などをもとに、比較音楽学の方法で客観的に分析したうえで、日本の音階を明快な四種のテトラコルド(四度の枠)で理論化した。それは「日本音楽研究の中で欠如していた最も本質的な部分を論理的に補った」(間宮芳生)もので、文学的内容や情緒から「音」をいったん引き離し、客観的なデータから日本の音楽の音階構造を説明した点が高い評価を受けた。それは「完結した体系」(徳丸吉彦『季刊音楽教育研究』1978年)をつくっており、後に様々な人々によって検証の対象とされ、反論や修正、展開がなされているが、それまでの音階論の混乱に一つの終止符を打った画期的な学問的業績である」
小泉が「比較音楽学」を語る中で頻繁に用いる「科学的」という言葉は、自然科学で用いるそれと基本的には同じ意味を持っている。人文科学一般も同じであるべきで、ただ、それを具体的に実現するための困難さが、自然科学とは別のところに存在しているだけなのだと思われる。この点で、門外漢なりにやや不思議に思えるのは、科学的であろうとする限り、人文科学にこそ多人数の共同研究でなされるべき課題が多い筈なのに、そうした研究例があまり話題にならない点である。私が知らないだけなのかもしれないが、自然科学研究の多くは、多人数の共同研究としてなされている。
実際、科学研究の目標が定まっている場合には、そのために何をなすべきか自ずと明らかである場合が多い。結局、それをなす情熱があるかどうかということなのだろう。この点で小泉には、ただこの世界を解釈するということではなく、この現実を変えたいという明確な目標と情熱があった。彼の人文科学的方法論は、そこから生みだされたのだ。
最後に、彼が目指したものが何であったのか、文献4から引用して終ろうと思う。
「民俗的な基層文化の中で、次第に民謡をみずから生みだす場を失いつつある人々だけが、創造的な芸術音楽から無縁の状態で永くほおっておかれてよいはずはないのである。その上芸術音楽そのものが、もはや民衆の感覚から離れた純粋に理論的な計算から生みだされるべきではなく、たとえ一見そのように見られるものでも、その背後や根底には人々の無意識的な感覚が基礎とされていなければならない。こうして両面から —芸術家の側からも民衆の側からもー 期待される現代の作曲家の社会的な任務は、まずわれわれの音感の中に伝統として存在する音組織や、旋律法などの客観的で理論的な把握を前提とするであろう」
「アジアの社会形態の前近代性が芸術音楽と一般民衆の隔絶となって表れ、又逆に民衆音楽が高い芸術性を与えられることもなく、単に民族的な段階に留まっていた。こうした伝統音楽に新しい息吹を与え、民衆と隔絶した芸術音楽に親しみやすさと率直さをとりもどすために、現代のわれわれが第一になすべきことは、伝統音楽と民俗音楽の理解と、それを可能にする科学的研究である」
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文献4)『日本伝統音楽の研究 1 民謡研究の方法と音階の基本構造』(音楽之友社 1958)
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