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福島原発の事故による周辺地域の放射線量は、少なくとも地上部分では次第に低下しているようだ。海外の知人達からは悲観的な情報ばかりが逆輸入されてくるのだが、国内の多様な機関や個人による、詳細で広範囲にわたる放射線量の測定値が公表されるようになったので、まずはそれらのデータを注視しておくことが重要と思う。
一方、海の汚染の方は深刻さを増している。原子炉を冷やすために今も多量の水を注入し続けているのだが、密閉されている筈の圧力容器に水を注入するということが、どういうことか、早い時期にその意味を理解した人がどれくらい居ただろうか。3月13日午前、枝野官房長官は記者会見で、3号炉で炉内の圧力を下げるために「ベント」が実施されたと説明した。この「ベント」は、実際には3月12日、1号機において、その建屋が水素爆発を起こすより少し前にも実施されていたことが、後から記録として出てきた。「ベント」は、本来、主として水蒸気を抜く作業である。しかし、建屋から立ち上る蒸気の量は、注入し続けられている多量の水に比べて、どう考えても少なすぎる。しかもこの蒸気は、位置から推定すると使用済み燃料プールからのものであると説明されていた。「ベント」とは別に、どこか別のところから漏れていない限り、水を注入し続けることはできない筈だ。この矛盾について、この間、誰も説明しなかったし、誰も訊こうとしなかった。
そうこうする内に、原発敷地内のあちこちから高濃度の汚染水が多量に「発見」されるに至り、事故処理作業の障害となっている。その量たるや、現時点で6万トンにも達し、「タンク」へ移し替えるのに数ヶ月を要するという。そして、いつの間にか、「当然、入れた分だけ出る」という説明になっていた。最初から分かっていて説明しなかった者、分かっていなかったのに分かった風なことを言ってきた者は、そろそろ黙ったらどうかと思う。地上を汚染から守るために、海が犠牲にされているというのが今の現実である。
現状認識や将来予測について、極端な悲観論から極端な楽観論まで、様々な見解が公表されていて、互いに衝突し合っている。ざっと見回したところ、専門家に近いほど、相対的には楽観論に傾いているようだ。一部の極端な楽観論者は、今は姿を見せなくなっているが、もともとリスク管理の視点から言えば、原発そのものが楽観論に支えられて成り立っている。日本ではチェルノブイリのような事故は絶対に起こらないと説明されていた。確かに、今回の事故はチェルノブイリと同じ性質のものではない。しかし、放射能拡散量ではチェルノブイリを超えようとしている。たぶん、超えるだろう。事故対策も後手後手に回っているように見えている。
そうした現状から、専門家の言うことが次第に信用されなくなっている。放射能の大気中への拡散を防止するために、事故現場を巨大な構造物で覆うというゼネコン提案の計画が、専門家の反対にもかかわらず、政府主導で実行に移されようとしているのもその現れであろう。こうした事態の方がもっと深刻である。だからこそ専門家は、発言に細心の注意を払わねばならない。
原子力発電所における電源喪失が今回のような深刻な事態を招くそもそもの原因は、核分裂反応が完全に停止した後でも燃料棒が発熱し続けることにある。発電効率を上げるためにも原子炉からの自然放熱は低く抑えられているので、発熱量は低くとも炉心は時間とともに加熱され、強制的に冷却しないかぎり、やがて今回のような事態を招く。原子炉建屋に併設された使用済み燃料棒のプールにおいても冷却機能が失われたために危険な事象を招いた。このことからも、燃料棒の強制冷却は相当長期間維持しなければならないことがわかる。
核分裂停止後の燃料棒の発熱は、核分裂生成物としての短寿命核種の放射壊変エネルギーによるもので、燃料のウランやプルトニウムの放射壊変による発熱は微々たるものに過ぎない。試しに、238U、235U、239Puをそれぞれ85%, 5%, 10%の割合で含むMOX燃料の核分裂停止時の放射壊変による熱出力を計算すると、たかだか0.191 ワット/kg にすぎないことがわかる(注1)。燃料棒1本あたり約6ワットである。
一方、主要な熱源である核分裂片の放射壊変エネルギーによる熱出力の計算には短寿命核種の含有量データが必要で、これは燃料の組成と運転履歴に依存するので、正確な計算は容易ではない。しかし、一般に知られている核分裂片の生成率(収率)から概算することは、多数の核種が関係するので大変面倒ではあるが、不可能ではない。これらの短寿命核種は将来的には高レベル廃棄物の成分となるので、本来、正確に核種個々の含有量を把握しておくべきものであるが、そうしたデータは一般論の形でしか出てこない。
事故後数日経った頃、テレビの報道番組のコメンテーターとして呼ばれていたある専門家は、核分裂停止後の燃料棒からの発熱は1本あたりおよそ4 kWと、自身の概算値を紹介していた。4 kWといえば家庭用の小型電気ストーブ2台分である。これで4 mもある燃料棒が熔解にまでいたるのは、多数の燃料棒がコンパクトに配置されていることと圧力容器が断熱されていることによるのだろう。100万kW程度の一般的な沸騰水型軽水炉では60本程度の燃料棒を束ねた燃料集合体が600体ほど装着されているということであるから、36,000本の燃料棒があるということになる。1本あたり4 kWとすると合計144,000 kWにもなる。停止直後の値とは言え、なるほど融ける訳だ。
財団法人日本分析センター(千葉市)は、福島第一原発から南南西約200 kmの同敷地内における空間線量率と核種毎の放射線量を計測し、3月31日までの変化をグラフとして公表した。
測定値はマイクログレイ単位で計測された値をそのままマイクロシーベルトとして表示されている(注2)。グレイ(Gy)は、放射線を浴びる物体が単位質量当たりに吸収するエネルギーで、吸収線量と呼ばれ、J/kgに等しい。そこで、核種毎の吸収線量の比率は単位時間あたりの壊変エネルギーの比率に等しいと仮定し、放射線量の最も大きなセシウム134の燃料ペレット中の重量濃度を100 ppm(0.01 wt%)と仮定した時の放出エネルギー(J/s= W)を元に、その他の核種の放出エネルギーが公表された吸収線量の比率に合うように、それぞれの濃度を逆算してみた。
公表されたグラフから読み取ると、3月31日時点でのセシウム134の吸収線量を100としたとき、その他の有意な値を持つ核種とそれぞれの吸収線量の割合(括弧内)は、ヨウ素131(50)、セシウム137(35)、ヨウ素132(15)、セシウム136(15)、テルル132(2)となる。キセノン133もテルル132と同程度検出されているが、これはより短寿命のヨウ素133起源である。さらに短寿命のヨウ素132(半減期2.3時間)がかなりの線量で検出されていることから再臨界を危惧するブログ記事を見かけたが、これは半減期3.2日のテルル132がβ崩壊したもの。両者は、既に放射平衡に達し、グラフ上で並行に単調減衰している。親のテルル132より娘のヨウ素132の線量が高いのは、後者で崩壊エネルギーが7倍も高いからで、エネルギーを単位とする吸収線量で表すとこのような結果になるが、ベクレルで表すとほぼ等しくなる。
3月21日に全体として急上昇している点について、分析センターでは降雨の影響と説明しているが、この前後でヨウ素131とヨウ素132の線量が2日間に渡って明瞭に逆転している。3月21日午後4時頃、第一原発3号機から灰色の煙が立ち上り、作業員を一時退避させるということがあったが、この時「若い汚染物質」が付加された可能性がある。もっとも、ヨウ素132は親核種であるテルル132の挙動に支配されるので、ヨウ素とテルルの化学的な性質の違いで説明できる現象なのかもしれない。
ストロンチウム90などの融点・沸点の高い元素は検出されていないが、飛散のメカニズムが異なるためと考えられる。計算の結果は以下の通りである。なお、熱出力は燃料ペレット1 kgあたりのワット(=J/s)として算出した。また 1eV = 1.6022E-19 J とした。
核種 半減期 壊変エネルギー(MeV) 熱出力(W) 濃度(ppm)
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セシウム134 2.06年 2.06 1.58 100
ヨウ素131 8.02日 0.97 0.79 1.11
セシウム137 30.1年 1.18 0.52 863
ヨウ素132 2.3時間 3.58 0.24 0.0011
セシウム136 13.16日 2.55 0.24 0.215
テルル132 3.204日 0.518 0.03 0.033
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合計 3.40 964.35
放射能リスクが高いのは半減期が数時間から数十年の範囲にある核種である。これより半減期が短いものは直ぐに消失するし、長いものは放射能レベルが低いのでどちらも問題にならない。その意味で、ここでは検出されていないストロンチウム89, 90、ジルコニウム95など、その他の重要な核種約10種類は、大気中よりむしろ海へ垂れ流された汚染水の中に含まれていると予想される。
セシウム137/134比は、通常0.7〜2.5程度になると説明されているが、8.6と高いのは、核分裂停止後長時間を経た使用済み燃料プールから飛散した成分の影響かもしれない。
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注1)この計算には以下の仮定をおいた。
1.ウラン234が天然比と同じだけ混入していて、ウラン系列はウラン234まで放射平衡に達している(終端はトリウム230)。
2.ウラン235から出発するアクチニウム系列は次のトリウム231(半減期25.52時間)まで放射平衡に達している(終端はプロトアクチニウム231)。
3.プルトニウム239から出発するアクチニウム系列には放射平衡に達しているものはない(終端はウラン235)。
4.親核種と、放射平衡に達している核種が崩壊した後の終端核種との間に生じた質量欠損に相当する壊変エネルギーは全て熱に変わる。
計算は放射壊変の基本式 D* = N0(1-EXP(-λt))から、まず1秒間における親元素の崩壊数(ベクレル)を求める。ただし、N0は親核種の数、D*はt時間後に生み出される娘核種の数、λは壊変定数で、半減期をTとすると λ= Ln(2)/T = 0.693147/T となる。
こうして求まったベクレル値にそれぞれの壊変エネルギーを掛けて、1 eV = 1.6022E-19 J からJ/s =ワットを算出する。
注2)本来グレイからシーベルトへの換算は、放射線の種類やエネルギー毎に、また、被曝する人体組織毎に決められた換算係数(ICRPの勧告による)などを掛けて足し合わせるなどの複雑な計算が必要である。市販の放射線サーベイメータの中には線量を直接シーベルト単位で表示する機種があるが、その値を鵜呑みにすることは大変危険である。
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