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前回の記事で四国電力の伊方原発についてふれたが、ついでにこの原発に象徴される問題について整理しておく。
伊方原発の建設に際しては計画段階から強い反対運動があったが、Wikipediaの「伊方原子力発電所」には、「反対運動」の項目にも、いわゆる「伊方原発訴訟」についての記述がない。京都大学原子炉のメンバーを中心に活動している「原子力安全研究グループ」のウェブサイトにある荻野晃也さんの寄稿「コメント:伊方原発訴訟と地震問題」から引用する。
原告が重視したのは、世界最大級の活断層である「中央構造線」の存在でした。この問題は伊方2号炉の訴訟でも中心的な問題になったのですが、敗訴してしまいました。安全審査では、日本の活断層研究の第一人者である「松田時彦・東大助教授」が「この中央構造線は心配ない」とお墨付きを与えました。その後になって反省していて、本にも書いているそうです。しかし、私はこれらの地震学者を許すわけにはいきません。権力に迎合した研究者たちだとしか思えないからです。
荻野さんの専門は原子核物理であるが、「伊方原発訴訟」で原告側証人となった1978年当時、近代的な「活断層学」というものが創始された米国の研究成果を参考に、その危険性を的確に指摘した。一方で、当時の争点の一つに、断層は地震の結果なのか原因なのかということがあったのだが、実は、日本では、荻野さんが批判する松田時彦さんこそが、70年代の早い時期から断層運動そのものが地震動を引き起こすということを主張して、活断層研究の重要性を訴えたその人であり、今日、多数の活断層研究者が育つ下地を創った人でもあった。
その松田時彦さんが、安全審査において「この中央構造線は心配ない」としたのには訳がある。一つには「中央構造線」の多義性という問題(注1)、もう一つは、70年代当時における活断層研究の成果として、中央構造線の活断層としての活動度は、西部の伊予灘地域においてはそれほど高くないと考えられていたという事情がある(注2)。それはともかく、あれから30年が経過して、最新の研究成果ではどう評価されているか調べてみた。
阪神淡路大震災を契機に設立された「地震調査研究推進本部」のウェブサイトの中に、「活断層の長期評価」のページがある。その地図上に示された断層番号をクリックスすると、個々に調査結果の詳細を記したページへのリンク先が表示される。この調査は危険度が高いと予想される活断層から優先的に開始され、現在も進行中であり、全ての活断層について網羅されている訳ではないことに注意が必要。
この中で、No.81〜89の紀伊半島から四国西部にかけての中央構造線活断層系についての最新版は下記。
「中央構造線断層帯(金剛山地東縁−伊予灘)の長期評価(一部改訂)について」(平成23年2月18日)
伊方原発に影響を及ぼすのは「石鎚山脈北縁西部の川上断層から伊予灘の佐田岬北西沖」である。関係する記述を、以下に引用する。
3.断層帯の将来の活動
中央構造線断層帯は連続的に分布しており、地表における断層の形状のみから将来同時に活動する区間を評価するのは困難である。ここでは主に過去の活動時期から全体を6つの区間に区分したが、これらの区間が個別に活動する可能性や、複数の区間が同時に活動する可能性、さらにはこれら6つの区間とは異なる範囲が活動する可能性も否定できない。
6つの区間が個別に活動する場合には、以下のような地震の発生が想定される。
(中略)
石鎚山脈北縁西部の川上断層から伊予灘の佐田岬北西沖に至る区間が活動すると、マグニチュード8.0程度もしくはそれ以上の地震が発生すると推定され、その際に2−3m程度の右横ずれが生じる可能性がある(表1)。
(中略)
また、紀淡海峡から鳴門海峡に至る区間、讃岐山脈南縁から石鎚山脈北縁東部の石鎚断層に至る区間、石鎚山脈北縁の岡村断層からなる区間、及び石鎚山脈北縁西部の川上断層から伊予灘の佐田岬北西沖に至る区間は、今後30年の間に地震が発生する可能性が、我が国の主な活断層の中ではやや高いグループに属することになる。
また、「表1 中央構造線断層帯の特性」には以下の記述がある。
過去の活動時期
活動1(最新活動): 16世紀
活動2(一つ前の活動):1世紀以後、8世紀以前
ただし、活動2は重信断層以西には及んでいない可能性もある。
平均活動間隔
石鎚山脈北縁西部−伊予灘 約1千−2千9百年
地震の規模
マグニチュード8.0程度もしくはそれ以上
さらに、「表3 想定される将来の地震規模」によると、四国全域から伊予灘にかけての断層が連動して動いた場合のモーメントマグニチュード(Mw)は7.8〜8.2、紀伊半島以西の全ての断層が連動した場合にはMw7.9〜8.4になると予想している。
内陸地震(地殻内地震)としてMw8以上のものは、ほとんど記録がないのではないかと思う。兵庫県南部地震のMwが6.9 であったことを想起すると、直下型地震の破壊力の凄まじさが理解されよう。
地殻内地震としては異常に大きなマグニチュードが想定される理由として、中央構造線の特異な構造がある。北米西海岸のサンアンドレアス断層のように、横ずれ断層は、ふつう断層面が鉛直になっているため、断層面を深部へ延長した「幅」は、地殻が脆性破壊を起こす最大の深さ(日本では平均15 km)より大きくはならない。ところが、紀伊半島から四国にかけての中央構造線は北へ20〜40°で緩く傾斜しているため、深さ15 kmに至るまでの「幅」が20〜30 kmにもなる。モーメントマグニチュードは断層の面積(長さ×幅)とずれの大きさに比例するので、海溝型(プレート境界型)地震にも匹敵する大きなマグニチュードになる。
伊方原発は、内陸の地殻内部を震源として、海溝型地震にも匹敵する巨大地震を起こす可能性のある中央構造線の直近に建設されているという点で、立地条件としては浜岡原発とともに最悪と言えよう。
同じように、九州電力の川内(せんだい)原発、中国電力の島根原発、関西電力の美浜原発、東京電力の柏崎刈羽原発、電源開発が建造中の大間原発なども活断層の問題を抱えているが、いずれにおいても電力会社の「活断層隠し」が問題になってきた。
原発の新設にかかる安全審査に際しては、活断層の調査が義務づけられているが、電力会社が調査・作成した資料をもとに、それが正しいという前提で審査されているのである。誰かが訴訟でも起こさない限りその真偽についておおやけに議論されることはないが、一度建設されて稼働を初めてしまえば、運転差し止めを求めても審査結果が翻ることは期待できない。5月28日の中国新聞社会面に載った島根原発についての記事の一部を引用しよう。
建設当初、中電は近くに考慮すべき活断層は「存在しない」としていた。それが1998年、原発の南約2.5キロに長さ8キロの「宍道断層」の存在を認める。2004年には10キロ、08年には22キロに延長。その都度国も長さを承認した。
(中略)
地元住民の一部は、中田高・広島大名誉教授の地質調査を基に、宍道断層は全長30キロ以上あると主張。運転差し止め訴訟を起こしたが昨年5月、松江地裁により棄却された。・・
このたびの東電原発事故でも露わになった電力会社と原子力安全委員会がグルになっての隠蔽体質を思えば、泥棒に金庫番をさせるに等しい審査体制と言えよう。石橋克彦さんが指摘するように日本においては原発の立地に適した場所などない。予防原則の立場に立って安全審査を厳密にやれば日本での原子力発電は成り立たなくなるので、原子力推進派としてはこのような審査体制を敷く他ない。
私が原発に反対する理由として「立地条件」の問題は大きくはないのだが、差し迫った危機という点では大変重要と考えている。この次の大規模な原発事故は世界のどこでおこるか。再び日本でおこる確率が最も高いのである。
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注1:「中央構造線」は白亜紀中頃(約9千万年前)に発生し、当時のプレートの斜め沈み込みに対応して左横ずれの断層運動をおこした。この運動は数千万年以上継続して、少なくとも400 km以上、一説には2,000 kmにも及ぶずれを生じ、このため幅広い断層破砕帯が形成され、その差別浸食によって衛星画像にもはっきりと現れる顕著な谷地形の連なり(リニアメント)が形成された。
今日、「中央構造線」という時、その最も顕著な特徴は、この白亜紀から続く第一期の活動によって形成され、地体構造を分ける大規模な構造線になったと考えられている。その後幾つかの異なる運動時階を経て、第四期になると右横ずれ運動に転じて活断層となったが、その位置は、本来の中央構造線の位置からずれている場所も多く、地質境界になっていないこともある。つまり、活断層としての中央構造線は、いわば「見かけ倒し」との通念がある。
注2:「活断層研究会」が1991年に出版した「新編 日本の活断層―分布図と資料」では、中央構造線に沿う愛媛県西部の伊予断層について、確実度I、活動度A、と記載しているが、より西方の伊予灘海域においては、1975年に実施された佐多岬半島北岸海域における音波探査の結果から、確実度II、活動度Cと判定されていた。
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◆ 上関のまちづくりについて、町の実情を知らない東京のマスコミなどは、「原発に代わる産業はないのか」、「原発財源をあてにしなくても、豊かな自然を活かしたまちづくりをすればいいのではないか」と言います。
◆ 彼らにとって上関は、何かの象徴なのかもしれませんが、私たちは、上関を彼らが言うような「自然の聖地」などにしたいと願っているのではありません。
よそに働きに出て行かなくても生計を立てることができ、遠くまで行かなくても買い物などができ、子どもたちは学校で好きなクラブ活動を選ぶことができ、交通の便もよくなり、老後も安心で「暮らしやすい町」にしたい、と願っているのです。
◆ そんな町になるには、大勢の若い世代が働ける基幹となる産業が必要です。人が増えれば、生活に関連した色々なサービス産業も成り立つようになりますし、税収が増えれば、福祉や道路・設備等も良くなり、町も住みやすくなります。
2011/11/2(水) 午後 9:42 [ エネルギーを考える ]