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東電原発事故を受けて3月17日から適用されてきた飲食物の放射性元素暫定規制値の問題点については、既に4月30日の記事「放射性元素の食品暫定基準値のトリック、または、越境する科学」に書いた。ウェブ上では、この規制値の導出法についてフォローし、その問題点を指摘する記事なども見かけるが、そうした問題があること自体の認知度が低いというのが現状であろう。
しかし、前回の記事は、急ぎまとめたために説明不足で、不正確な記述もあって、改訂の必要性を感じていた。そのうち、きちんとまとめ直そうと思うが、とりあえずは、暫定規制値の導出法について、論評抜きに備忘録としてまとめておく。
以下、平成10(1998)年3月6日付の原子力安全委員会・原子力発電所等周辺防災対策専門部会・環境ワーキンググループによる「飲食物摂取制限に関する指標について」と題する文書(以下、「説明書」)に基づいて、野菜類についてのヨウ素131の暫定規制値である2000 Bq/kgという値がどのように導かれているかを記す。
基本となる計算式は、誘導介入レベルを求める下記の式1)である(「説明書」のp8)。
DILkj =( ILD/G)/(F・Wkj・ΣiSij・fi・(1 - exp (-λi・365))/λi) …… 1)
ただし、
添え字k:食品群を表し、ヨウ素の場合は、飲料水、牛乳・乳製品、野菜類(根菜、芋類を除く)の3群に分ける。
添え字j:年齢群を表し、成人、幼児(5歳児で代表)、乳児(3ヶ月児で代表)に分ける。
添え字i:個々の放射性核種を表し、ヨウ素群は、ヨウ素131, 132, 133, 134,135にヨウ素132の親核種であるテルル(Te)132を加える。このうちヨウ素131を代表核種とし、運用時にはヨウ素群全ての核種による被曝線量を考慮しつつ、ヨウ素131の測定値をもって判断できるよう定められる。
DILkj: 誘導介入濃度と呼ばれ、年齢群 j について、次のILD(介入線量レベル)に達する食品群 k 中の放射能濃度で、単位はBq/kg またはBq/リットルで表す。農産物の出荷制限などの規制値の基礎となる、許容上限の汚染濃度。
ILD:介入線量レベルと呼ばれ、公衆の放射線防護のため対策をとるべき被曝線量レベル( mSv/年)。ヨウ素グループについては、年間に許容される甲状腺等価線量を 50 mSvとして、その2/3 の 33.33 mSvを3つの食品群に割り当てる。残り1/3は3食品群以外のものに含まれる保留分である。
甲状腺等価線量の50 mSvは、全身に換算すると2 mSvに相当するとされる。
年齢によらず一定の値を採用するのは、年齢による感受性が線量換算係数(下記 Sij )の年齢群による違いに反映されているからである。
G:食品群に汚染がまたがる場合のDIL低減比で、ヨウ素群については G = 3 とする。つまり、上記ILDの33.33 mSv を3つの食品群に均等に分配し、例えば野菜類の摂取による被曝として11.11mSvまで許容するということ。
F:年平均濃度とピーク濃度との比、長期間にわたる汚染では、崩壊定数に従った減衰以外にも、時間的、空間的な希釈効果が働くと考える。ヨウ素群はいずれも半減期が短く、そのような希釈効果は考慮する必要がないので F = 1 とする。セシウム群ではこの値が0.5となる。
Wkj:年齢群 j による食品群 k の1日当たりの摂取量(kg/day)、ヨウ素群については、成人の1日当たりの野菜の摂取量を0.4 kgとする(「説明書」のp6参照)。
Sij:放射性核種 i を1Bq摂取した場合の年齢群 j の貯託線量 (mSv/Bq)、すなわち貯託線量換算係数のこと。ヨウ素群に対しては、甲状腺(貯託等価)線量換算係数とする。
fi:代表核種または核種群に対する核種 i の初期(核分裂停止0.5日後)の存在率。ヨウ素群の代表核種はヨウ素131。
λi:核種iの崩壊定数。半減期をTとすると、λ=Ln(2)/T として求められる。
Bij = Sij・fi・(1 - exp (-λi・365))/λi ………… 2)
とおくと、1)式は
DILkj =( ILD/G)/(F・Wkj・ΣBij) ………… 3)
と書ける。
2)式のBijは、年齢群 j について初期に1 Bqであった放射性核種iの量が崩壊定数にしたがって減り続けると仮定したときの、日々の摂取による貯託線量を1年間について積分した値となる。このような導出法が根本的な問題をはらんでくるが、この点については別の機会に改めて整理する。
ちなみに、D = N0(1-exp(-λt))と書けば、親核種の初期の原子数がN0であるときの時間 t 後の娘核種の数となり、放射化学の基本式の一つである(ただし、娘核種が安定同位体のとき)。
ヨウ素群の個々の核種の成人についてのBijを計算すると下記のようになる。
Bijの合計は、ΣiBij = 5.32E-03 となり、ほとんどがヨウ素131によるものであることがわかる。
以上の数値を3)式に代入すると、成人にとっての野菜の誘導介入濃度は
DILkj = (33.33/3)/(1×0.4×0.00532) =5221 Bq/kg
となる。
これが、「説明書」p10の表6に示された値である(ただし、5220と丸められている)。
同様に、幼児と乳児についての値を求めると、それぞれ、2500、3280となる。幼児より乳児の値が大きくなるのは、主に乳児の野菜摂取量が70 gと少量であることによる。
この中で、最も小さい値である2500に安全率を見込んで2000 Bq/kgとしたのが、暫定規制値ということになる。
こうして導出されたヨウ素の誘導介入濃度と現在の暫定規制値を以下にまとめる(「説明書」のp10, 19)。
ヨウ素群の誘導介入濃度と暫定規制値(Bq/kg) 代表核種はヨウ素131
赤色は、各食品群中の最小値を示し、安全率を見込んで、この値を下回るキリの良い値として暫定規制値が定められている。
セシウム群については、Sr-89とSr-90を含むものとし、代表核種はCs-134とCs-137の合計とする。また、介入線量レベルILD を年間の実効線量 5 mSvとし、食品を5群(飲料水、牛乳・乳製品、野菜類、穀類、肉・卵・魚介類・その他)に分ける。したがって、個々の食品群の介入線量レベルを5等分するため、1)、3)式のGを5と置く。さらに、セシウム群は比較的半減期の長い核種が多いので、1年を通しての放射壊変によらない希釈効果を考慮して、F = 0.5 とする。 以上に述べた導出法の問題点については、別途まとめる予定である。
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