|
昨年は年の瀬ギリギリまで仕事が忙しく、一年を振り返って区切りをつけることもできず、このブログも5ヶ月間放置したままであった。年初にあたって、取りあえず、積み残してきたことを備忘録としてメモしておきたい。 ●『伊丹万作エッセイ集』(大江健三郎編、筑摩叢書180)を読みかえす。 本書に収録された「戦争責任者の問題」(p. 75-85)で伊丹は次のように書く。 「そして、だまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも雑作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己のいっさいをゆだねるようになってしまっていた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである。」 「『だまされていた』といつて平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう。いや、現在でもすでに別のうそによってだまされ始めているにちがいないのである。 一度だまされたら、二度とだまされまいとする真剣な自己反省と努力がなければ人間が進歩するわけはない。この意味から戦犯者の追求ということもむろん重要ではあるが、それ以上に現在の日本に必要なことは、まず国民全体がだまされたということの意味を本当に理解し、だまされるような脆弱な自分というものを解剖し、分析し、徹底的に自己を改造する努力を始めることである。」 昭和21年8月、伊丹が亡くなるひと月前に『映画春秋』創刊号に掲載されたものである。これに先立つ終戦末期に病床で書き付けられた「戦争中止ヲ望ム」(p. 61-62)では、 「現在ノママデ戦争ヲツヅケルカギリスベテハ絶望デアル。唯一ノ道ハイカナル条件ニモセヨ一旦戦争ヲ終結サセテ、科学ニ基礎ヲ置イタ国力ノ充実ヲ計リ、三十年五十年後ノ機会ヲ窺ウコト以外ニハアルマイト思ウ。科学を軽視シタ報イガイカナルモノカ。物力ヲ軽蔑シタ結果ガイカナルモノカ。民力、民富ノ発展ヲ抑制シタ罰ガイカナルモノカ。ソレラノ教訓コソハコノ戦争ガ日本ニ与エタアマリニモ痛切ナ皮肉ナ贈物トイウベキデアロウ。」 と書く。 さて、戦後は、「科学に基礎を置いた国力の充実を計る」ためにこそ、原発が導入されたのであろう。その真意は核兵器所有にもあったのかもしれない。 戦後間もない頃の原発への幻想が左翼陣営をも蝕んでいたことは、加藤哲郎氏による次の論考に明らかである。
そこでは、武谷三男氏や日本共産党の「原子力の平和利用」論の歴史的変遷について詳しいが、吉本隆明が『「反核」異論』(深夜叢書社、1982年)で示したシニシズムの果たした役割については押さえられていない。当時高揚しつつあった反核運動の担い手の中には吉本のエピゴーネンとも言える者らもいたことを知っているが、おそらく、当時、少なからぬ驚きと戸惑いも広がり、いくらかは反核運動の沈滞に手を貸すことになったのではないかと思う。 吉本への正面からの批判は土井淑平著『反核・反原発・エコロジー』(批評社、1986)によってなされている。要するに、吉本もまた、情勢認識のために必要かつ正確な情報を持っていなかった、つまり、体よくだまされたのである。 加藤氏の「ネチズンカレッジ」には少し前まで田中正造の言葉、 「真の文明は、山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし」
が大きく掲げてあった。その田中正造に手厳しいのは、前田朗氏である。 伊丹万作著作集の編集にあたった大江健三郎は、編集後記のようなもので次のように書いた。 「僕は伊丹万作の遺したすべての文章の原則ともすべき中心に『演技指導論草案』をおき、(農民のなかで実践しつつ、その経験からうまれたところの真の法則を『農民芸術概論要綱』として書きしるした宮沢賢治を考えながら、そうしたいのであるが)、一翼に『シナリオ時評』を、そしてもう一翼に、病床の日記、ノート風の文章を置くことによって、伊丹万作の経験と思考のたどりついたところを、そのあまりに早すぎた晩年の全体を、把握したいと思うものである。」(p. 327) 宮沢賢治については、私自身、ここでも短い文章を書いたが、前田朗氏は、賢治に対しても手厳しい。 人は間違いを犯す。それは不可避である。自らは何ものにもだまされていないなどということは、すくなくとも当人にとっては証明不可能だ。だから、特定の個人を全面的に肯定したり、逆に全面的に否定したりすることは避けなければならない。 ● 島薗進氏のブログ「島薗進・宗教学とその周辺」を読む この間、もっとも良質の文章は、自然科学者によってではなく、宗教学者によって書かれたことを確認する。 |
備忘録
[ リスト ]





納得!
勉強させていただきました。
2012/1/2(月) 午後 2:58 [ 笑って笑って ]