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矢ヶ崎克馬氏による「内部被曝についての考察」は、特にα線の危険性を訴えるために書かれている。もっとも、このたびの東電原発事故では、α崩壊核種による汚染は、環境中の天然ウランに比べても遙かに低濃度なので、今のところ問題にする必要はない。以下に述べることは、ごく一般的に、その特性を整理するものである。話題の焦点は、α線の放射線加重係数の20という値は妥当なのか・・・、もしかしたら、桁違いに高いのではないかという点にある。
重要なのは、固体の構造におよぼす放射線の影響
大気中で一組のイオン対を作るのに必要な放射線の平均エネルギーは、β線で34 eV, α線で35.5 eV程度である。大気分子のイオン化エネルギーを差し引くと、放出された自由電子のエネルギーは10〜20 eV程度で、やがて再結合し、もとにもどったり、他の中性分子をつくったりする。以上は、気体の場合である。
固体の場合には、その構造におよぼす影響がどのように現れるかで、異なってくるであろう。例えば、生体におよぼす放射線の影響は、主に、高分子錯体としてのDNAの構造を破壊することで発揮される。よく言われていることは、DNAの二重鎖の両方が同時に切断されると修復が不可能になるということである(例えば、こちら)。そこで、DNAの二重鎖の両方を同時に切断する作用の強弱が、放射線の種類によって異なるのかどうかが問題となる。
放射線の生体に及ぼす影響度は、基本的には電離作用の強弱で評価されている。このとき、電離作用の強弱をひとつの放射線が生成するイオン対の総数で表せば、放射線の種類とは無関係にほぼエネルギーだけに比例することになる。一方、電離作用の強弱を比電離(荷電粒子が単位長さ進むときに生ずるイオン対の数)で表せば、放射線の種類によって大きく異なってくる。例えば、同じエネルギーで比較して、α線の比電離の大きさはβ線の1000倍ほどにも達する。矢ヶ崎氏が注目したのはこの点である。α線の、γ線やβ線にない特徴は、他にもある。
多色性ハローについて
α線が結晶構造におよぼす影響を視認できる現象として、多色性ハローがある。特に、ウランやトリウムなどのα崩壊する元素を含む鉱物が黒雲母と接している時に顕著で、放射性鉱物の周囲の黒雲母の結晶構造が放射線によってダメージを受け、メタミクト化し、偏光顕微鏡下で黒く焦げたように見える現象である(注1)。
褐廉石(右上)の周囲の黒雲母(左下)中にみられる多色性ハロー 黒雲母中に含まれるジルコンの周囲にみられる多色性ハロー 写真から、多色性ハローの幅は約20 μmとわかる。ウラン系列とトリウム系列のα線の中で最大のエネルギーのものは、それぞれ、214Poからの7.7 MeVのα線と、212Poからの8.8 MeVのα線であり、それらの黒雲母中での飛程はおよそ50 μmである。多色性ハローの幅がこの飛程より短いことの一因として、α線が放射性鉱物の内部から抜け出す間のエネルギーロスが考えられる。
ウラン系列とトリウム系列はβ線、γ線をも放出するので、それらがメタミクト化を引き起こす能力があるなら、多色性ハローの幅は桁違いに広い筈である。また、黒雲母は主成分としてカリウムを8%ほど含むので、40Kからのβ線とγ線で全体がメタミクト化しても良い筈であるが、そのような報告はない。したがって、多色性ハローはα線のみによって引き起こされていると考えられる。
さて、もし放射線の電離作用がメタミクト化の原因であるなら、α線だけがそれを引き起こす必然性はない。40Kからのβ線・γ線の持つエネルギーも、黒雲母の結晶構造のイオン結合を引き離す能力は十分すぎるほどあるが、一旦解き放たれた(自由)電子も、すぐに再結合してしまうのだろう。α線の電離作用は、その飛程の末端付近で最大になることが知られているが、多色性ハローが周囲へ次第に薄くなっている様子は、その成因が電離作用とは無関係であることを示していよう。
α粒子(ヘリウムの原子核)の最大の特徴は、電子の7000倍以上にもなる大きな質量にある。そのため、α粒子が他の原子と弾性衝突をすると、衝突された方の原子に大きな運動量が分配されることになる。α線の放出に際しての反跳エネルギーが大きいことも同じ理由による。そのため、α崩壊するような重元素であっても、固体表面から飛び出して周囲へ溶け出し、その固体内外において同位体非平衡となったりすることも知られている。
これらのことから、α線だけがメタミクト化を引き起こすのは、その大きな質量のために、直接、力学的に結晶構造を破壊する能力があるからだと考えられる。α線による被曝を考える上では、電離作用が高密度で引き起こされることとともに、無視できない特徴と言えよう。つまり、α線による被曝という現象は、γ線やβ線によるものとは、質的に大きく異なると考えねばならない。
横軸のLETは、放射線が物質中を通過する際、通路の単位長さ当りに平均して失うエネルギーのことで、「線エネルギー付与」と呼ばれる。これらの図では、媒質が水である場合について、keV/μmの単位で表してある。縦軸のRBEは「生物学的効果比」と呼ばれるもので、標準放射線(ここでは60Coのγ線)が与えるいろいろな生物学的影響を1として、問題となる放射線が同じ線量で与える影響の大きさを相対比で表してある。その大きさは、例えば、マウスの半数致死量であったり、白内障を引き起こす限度量であったりと、観察内容によって異なる値を示すのが普通である。
放射線加重係数は、これらの図で危険率を最大に見積もる実験結果を基に、そのRBEをもって定められている。α線のそれが20になっているのは、図を見れば明らかである。
ところで、同じトータルの被曝線量でも、長期間にわたって少しずつ被曝した場合と、短期間に一度に被曝した場合とでは、後者においてその影響がより強く表れることも知られていて、「線量率効果」と呼ばれている。これはDNA損傷に修復作用があるためと考えられている。線量率が高いと修復が追いつかないのである。
そうであるなら、はやり、「その1」で問題にしたような、微小な高濃度線源が体内の一カ所に留まっているケースでは、局所に集中的にダメージを及ぼすα線源だと、DNAの修復が追いつかず、より危険度が増すと考えられる。ところが、α線源を用いての生物影響を調べる実験は、溶液を注入して放射性核種が体内に拡散するような状況でなされているので、その危険性は充分に解明されているとは言い難い。ただし、α線のような高LET放射線では線量率効果は小さいことがわかっているので、局所に集中した被曝であっても、その危険度が何桁も違っているというようなことはないかもしれない。
今回も字数制限にかかって、これ以上書けないので、また補足記事をあげる予定。
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注1)You Tubeに多色性ハローの動画がアップしてあるが、スケールが不明なので、ここでの議論には役立たない。
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