さつきのブログ「科学と認識」

福島第一原発、アンダーコントロールで、わざと昨年の2倍の放射能を放出か

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追記
筑摩書房HPにある『内部被曝の脅威』の感想投稿フォームから、本エントリーのURLを示して同書の誤りを指摘する書き込みをしたところ、編集担当者から要約以下のようなメールが届きました。

おっしゃるとおり、著者の事実誤認によるものです。
誤った情報にもとづく書を出版し、多方面で混乱を招いたことについて、誠に申し訳なく、謹んでお詫び申し上げます。

誤記については2011年4月の段階で判明しており、3刷以降は該当箇所を削除しました。
(初刷りのp115の5行目からp120までを削除。あわせて図6〜9も削除)

ただし、本書全体を貫く肥田氏の問題意識と着眼点そのものは正しいと認識しており、3.11後の状況を鑑みると、肥田氏の主張はますます必要とされていると判断し、誤記を訂正したうえで出版を継続することにいたしました。

周囲の誰も指摘しなかったのかと不思議に思っていましたが、既に訂正されていたということですね。しかし、ウエブ上では、削除されたことを知らずに、本書が暴く最も衝撃的な「事実」として紹介しているサイト・ブログが多数あります。注意喚起は必要なので、この記事も残しておきます。
以上、(3/22)

はじめに
 肥田舜太郎・鎌仲ひとみ共著、『内部被曝の脅威』(ちくま新書 2005)の中で、肥田氏は、1986年のチェルノブイリ原発事故による放射性物質の飛来が東北地方を中心とした6県に顕著に高い乳癌死亡率をもたらした可能性が高いと主張していて、そのことを示すために掲載された二つの図は、いろいろな意味で驚きを持って言及されている。

 一つは、青森・岩手・秋田・山形・茨城・新潟6県の乳癌による死亡率(10万人あたり)の年次推移を示す折れ線グラフ(肥田の図7)、もう一つは秋田地方気象台で観測されたCs-137の降下量を示す図(肥田の図8)である。前者の図を見ると、1996〜98年の三年間の乳癌死亡率が、その前後の2倍に跳ね上がっていて(肥田氏は著書の中で97年からの三年間が異常だと書いている)、その原因が10年前にさかのぼるチェルノブイリ原発事故による放射性物質の降下にある可能性が高いと説明されている(p114-120)。

イメージ 1
肥田の図7(p118)

イメージ 2
肥田の図8(p119)

 その内容をやや詳しく紹介しているサイトがあるので、下記を参照されたい。

 このサイトのように、ウェブ上ではその真偽を問題にすることなく肥田氏に同調した見解を語っているものが多いが、私はこの両方の図に疑問をいだき、いろいろ調べた結果、肥田氏の「行為」に見過ごせない「過誤」を確認することとなった。

 広島の被爆医師として、被曝医療に献身的に奉仕されてきた肥田氏を批判しなければならないことは、まことに辛いものがある。しかし、肥田氏は医師であり、長年この問題に取り組んできた専門家である。その影響力の大きさを考えると、過ちは放置できない。

1)チェルノブイリ原発事故によるCs-137の降下量
 先ず、Cs-137の降下量を示す図8の単位がmCi(ミリキュリー)とだけ書かれていて、測定試料の量が分からない無意味なものになっている(初版の図では左肩に(人)とあるが、これは誤植であろう)。当時の気象研究所の報告書ではmCi/km2の単位で統一されているので、そう読み替えると、今度は同図に示されている核実験グローバルフォールアウト(以下GF)の秋田での値が、実際の観測値と全く合わない。にも関わらず、同図でいかにも意味ありげに目を引くのは、チェルノブイリ事故による降下量が、1963年のGF量の10倍以上にも達するように突出して示されている点である。

 気象研究所地球化学部のまとめによると、関東地方では1963年6月にピークに達した月間のGF(Cs-137で約550 Bq/m2)は、チェルノブイリ事故による年間の積算降下量を上まわっている。

 GFによる、1970年1月1日時点における半減期を考慮したCs-137の蓄積量は、関東地方でおよそ7000〜8000 Bq/m2、東北地方でおよそ8000〜9000 Bq/m2とされている(図1)。もし、秋田におけるチェルノブイリ原発事故によるCs-137の降下量が、この10倍にも達するとなれば、その量は、このたびの東電原発事故による福島市や郡山市などの汚染量に匹敵することになる。

イメージ 3
図1 北半球における1970年1月1日時点のCs-137蓄積量(文献1)

 しかし、実際の秋田地方気象台による観測では、チェルノブイリ原発事故が起きた1986年のCs-137の年間積算降下量は2469 MBq/km2(=2469 Bq/m2 = 67 mCi/km2)であった(図2)

イメージ 4

図2 秋田地方気象台で観測されたCs-137の年間降下量(文献2)

 肥田氏が、このように誤った図を、故意に作成(捏造)したとは思いたくない。しかし、同図はその主張の根幹にかかわるものであり、不注意にも程があると言わねばならない。次に述べる、乳癌死亡率の推移を示す図7についても同様である。

2)乳癌死亡率の年次変化
 次に、東北地方を中心とした6県における乳癌死亡率の年次推移を示す図(肥田の図7)をみてみよう。

 肥田氏は、その著書の中で、「一九九七〜一九九九年の三年間は、青森県十五人、岩手県十三人、秋田県十三人、山形県十三人、茨城県十四人、新潟県十二人と、六県の乳癌死者数が十二〜十五人と突出して増加している」(p115)と説明している。これは大変奇妙な図である。特定の癌による死亡率がある年に突然2倍に跳ね上がり、3年後に突然その半分になるなど考えられない。調べ始めてすぐに、肥田氏の主張を正面から批判するブログ記事を見つけた。


 この中で、ブログ主である富江氏は、「作為的な、捏造に近い、データ選びと説明です」と書いて、全国平均の乳癌死亡率の年次推移のグラフを作成し、肥田氏が突出して高いと主張した6県の「異常値」と、その年の全国平均が同じであることを示した。では、6県において「正常」な年の、低い乳癌死亡率は何であろうか。

 富江氏は、「測定間違いか、統計誤差です」とも書いているが、確率や統計誤差について、初歩的なことでも知っていれば、母数の大きさから、それが統計誤差ではあり得ないことがわかる。このグラフに見られる統計誤差は、「正常年」の折れ線が示す揺らぎに良く示されている。コメント欄で富江氏に質問しても要領を得なかったので、自分で調べてみて、やっと真相がわかった。

 厚労省の人口動態統計においては、女性だけが罹る子宮癌、卵巣疾患などは、女性の人口を母数とした死亡率だけを掲載したものが多い。ところが、乳癌については、少ないながらも男性にも毎年のように死亡例がある。最近の全国平均の男性の乳癌死亡率は、0.1(男性人口10万人あたり)程度である。そのため、人口動態統計における乳癌死亡率のデータには、全人口を母数とした値と、女性人口を母数とした値の両方、またはどちらか一方が示されている。(注1)

 容易に想像できるように、女性人口を母数とした乳癌死亡率は、全人口を母数とした死亡率のおよそ2倍(平均1.95倍)となる(図3)。

イメージ 5

図3 女性人口を母数とした場合と全人口を母数とした場合の乳癌死亡率の推移

 富江氏が作成したグラフは女性人口を母数としたものである。一方、都道府県別データの多くは、全人口を母数として示してあるものが多いので、肥田氏は、図7を作成するにあたって、基本的には全人口ベースの値を用いている。ところがどうした訳か、97年からの3年間だけは女性人口を母数とした死亡率を採用したため、この間の死亡率が、その前後の2倍に跳ね上がり、この間だけ富江氏のグラフと一致することになったのである(図3の緑の線)。

 実際に秋田県の1997年、98年、99年の乳癌死亡率の全人口10万人あたりを母数とした値を調べると、それぞれ、6.1、6.4、8.2となっていて、肥田の図7と異なり、その前後の年との間になんらの異常も認められない。

 私は素人だから、ウェブ上で公開されている厚労省の死亡統計の必要なデータにアクセスするのに、四苦八苦した。そして、上記のことに気づくのにかなりの時間を要した。統計誤差ではあり得ないし、肥田氏が故意に捏造したとも考えたくない。ならば何か根拠がある筈だとの一念である。しかし、肥田氏はその道のプロである。再び、不注意にも程があると書いておく。

 肥田氏は、この本を回収すべきである。そうしなければ、彼がかかわる「運動」の一切に、将来取り返しのつかないダメージを与えることになるだろう。もう、その兆しは顕れているかもしれない。

関連エントリー:「政治が科学を軽視するとき

 肥田氏は、乳癌と放射線被曝の関係に着目した動機として、アメリカにおける乳癌死亡率と原子力発電所立地との関係を暴いたグールドの著書『内部の敵』(1996)に触発されたと書いている。ところが、日本についてまとめようとすると、日本全土が原子力発電所から半径100 kmの範囲にすっぽりと包まれてしまい。地域毎にその影響のあるなしを比較することができなかった。そこで、秋田気象台の「特異なデータ」に注目したのらしい。

 私は、肥田氏の動機と着眼点そのものは間違っていなかったと思う。乳癌による死亡統計データをあれこれ探っている内に、私自身、この癌の特異な年次推移に不思議に思うところができたので、次回は、素人ながら考えたことをまとめてみたい。

---------------
文献1:Aoyama, M., K. Hirose, Y. Igarashi, 2006, Re-construction and updating our understanding on the global weapons tests 137Cs fallout, Journal of Environmental Monitoring, 8, 431-438.

文献2:第41回環境放射能調査研究成果論文抄録集(平成10年度)収録,I−16、小林 正・松岡 稔,秋田における降水全β放射能の年変動,秋田地方気象台,p35-36 )

注1)人口動態調査のページの各年度の「死亡」の欄を開くと、csvファイルのダウンロードページが表示される。その中で、「都道府県(20大都市再掲)別にみた死因簡単分類別死亡率(人口10万対)」や「年次別にみた死因簡単分類・性別死亡数及び率(人口10万対)」などが、関係するデータである。

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大変興味深く読ませていただきました。重大な事実誤認ですね。意図的なものとは思えませんが重大な誤りであり、訂正しなければならないことです。肥田医師にはお知らせしたのでしょうか? 削除

2012/3/19(月) 午後 3:02 [ 松田まゆみ ] 返信する

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松田さん、

私がこの記事をアップした理由の一つは、大勢の人が、肥田さんの主張を真に受けて、東電原発事故による放射能汚染で、福島から遠くはなれた地域でも10年後には乳癌死亡率が何倍にもなると信じてしまうことです。

そうした誤解の積み重ねで、いろいろなことが身動きとれないようになっているのが、今の現状ではないでしょうか。

筑摩書房のウェブサイトの、この本の広告ページに、読者の感想を投稿するフォームがありましたので、そこに肥田先生へも連絡されるよう非公開で投稿しておきました。

出版社にも編集責任というものがあると思います。

なお、グローバルフォールアウトの影響は全くなかったと断言する人がいるので、そうした安易な発想にも疑問を呈する新たなエントリーを投稿しました。

2012/3/20(火) 午前 0:39 [ さつき ] 返信する

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肥田先生には「市民と科学者の内部被曝問題研究会」からも連絡できると思います。ホームページに連絡先が書かれています。

誤ったことはきちんと正していかないと、信用問題になりますね。 削除

2012/3/20(火) 午前 6:36 [ 松田まゆみ ] 返信する

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筑摩書房から返事が届きました。
本文冒頭に追記した通りです。

2012/3/22(木) 午後 9:46 [ さつき ] 返信する

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筑摩書房も肥田先生もすでに気づいていたのですね。ちょっと安心しました。ただこのような重大な誤認がネット上でどんどん広まってしまうのは怖いことです。 削除

2012/3/23(金) 午後 9:00 [ 松田まゆみ ] 返信する

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