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前回の記事を準備するにあたり乳癌死亡率の統計データを収集してまとめるうちに、肥田氏の次の記述が気になってきた。
上記「全国の死者数」というのは、肥田氏の著書では男性を含めた人口10万人当たりの乳癌死亡率のことである。女性だけの乳癌死亡率を、女性人口10万人当たりで示すと、1950年では3.3、2000年では14.3、2010年では19.2となる。この「右上がりの上昇」は、前回の記事の図3に示した通りである。
ところで、良く知られているように、日本で癌による死者数が増加したのは、平均寿命が長くなったために、かつては癌以外で死んでいたかもしれない人が、癌にでも罹らなければ死ななくなったからである。このことについてはNATROMさんによる「どうして日本は癌大国になってしまったのか?」に詳しい。そのコメント欄でのやりとりも大変参考になる。
しかし、私が最初に目にした乳癌死亡率のデータは年齢層毎の死亡率の年次推移についてのもので、そこには、ほとんどの年齢層で、年を追う毎に(加齢という意味ではない)乳癌の死亡率が増加してきた歴史がはっきりと現れていた(表1)。
表1 女性の乳癌の死亡率(女性10万人あたり)の年齢層毎の年次推移(注1)
赤色の数値は、加齢中途でのピーク、緑の背景は死亡率20以上を示す。
平均寿命が延びた効果を相殺してもなお死亡率が上昇してきたかどうかは、年齢調整死亡率のデータにあたる必要がある。それをグラフ化したのが図1である。
図1 女性の癌の年次別年齢調整死亡率
横軸は調査年、縦軸は年齢調整死亡率(女性人口10万対)(注2)
図1を見ると、女性の癌の年齢調整死亡率は、胃癌や子宮癌で劇的に下がってきたのと対照的に、乳癌では1960年の5.1から上昇を続け、2010年には2.3倍の11.9とトップクラスになった。この図から、寿命が延びた効果を差し引いてもなお、確かに乳癌による死亡率は増えてきたことが分かる。罹患率の方はもっと増加しているのだろう。
早期発見のための検診態勢や医療技術の進歩などをモノともしない、その上昇圧力の元となる原因はなんであろうか。医師である肥田氏がそこに関心を寄せたのは、むしろ当然と言えるだろう。
Wikipediaの「乳癌」の項には、明確になっているリスク要因として、「妊娠・出産歴がない」、「母乳を与えない」ことなどが挙げられており、近年の未婚化、出生率の低下などが影響している可能性は高い。そこで、どの世代がこの傾向を押し上げているのかを明らかにするために、生まれ年毎に、加齢に伴う乳癌死亡率の推移を比較するグラフを作成した(図2)。元データは表1である。
図2 乳癌死亡率の加齢に伴う推移の世代間比較
横軸は年齢、縦軸は死亡率(女性10万人あたり)
このグラフから、ある一定の年齢に達した時点での乳癌死亡率は、戦前生まれの世代より戦後生まれの世代の方が顕著に高くなっていることが分かる。例えば、1950年代後半から1960年代前半に生まれた世代(青系統の折れ線)が50歳に達した時点での死亡率は、1920年代前半生まれ(ピンク色の折れ線)の世代が80歳に達した時の死亡率より高い。
このことは、先に指摘した、戦後生まれの世代の未婚化・出生率の低下との相関を示唆するものかもしれないが、一方で、より若い世代(図の黒点線)では逆に死亡率が低下しているようにも見えるので、さらに詳しくみてみよう。そのために、図2のグラフを横軸の特定の年齢層のところで縦に切り取った断面を見るグラフを作成した(図3)。
図3 一定の年齢層に達した時の乳癌死亡率の生年(世代)による違い
横軸は生まれた年、縦軸は死亡率(女性10万人あたり)
図3の一つの折れ線は、生まれ年の異なるいろいろな世代の人が、特定の年齢層に達した時点での乳癌死亡率を現している。死亡率が最大となる世代(生まれ年)に赤丸を付した。
例えば緑の折れ線(45〜49歳の乳癌死亡率)に注目すると、1920年生まれは9.4、1925年生まれは10.6、1930年生まれは12.3と、世代が若くなるほど、同じ45歳代に達した時の乳癌死亡率は上昇を続け、1955年生まれの20.2でピークを迎え、より若い世代では低下している。赤丸を付したピーク位置の多い世代が、日本の乳癌の年齢調整死亡率を押し上げていると考えて良いだろう。
この図から、1950年代後半から1960年代前半(昭和30年代)に生まれた世代が、もっとも乳癌リスクの高い人生を歩んできたことがわかる。そのことは図2にも現れている。今後もこの世代の乳癌リスクは加齢とともに上昇を続けるであろう。
この世代とは、まさしく私の属する世代である。私は男なので、乳癌のリスクはほぼない(ゼロではないが)。しかしおそらく、その他の癌についても、このような検討を行えば、私たちの世代の相対的に高いリスクが明らかになるのではないかと思う。この点について、乳癌だけが特別でなければならない理由は見あたらない。こうした検討は、専門家によって既になされているに違いない。
森永ヒ素ミルク事件は1955年、水俣病の公式確認は1956年5月である。チッソは1968年5月まで水銀を垂れ流し続けた。その年(1968年)には、追い打ちをかけるようにカネミ油症事件がおきている。石油コンビナートから排出された亜硫酸ガスによってぜんそく患者が多発した四日市公害も1960年代。神岡鉱山から排出されたカドミウムによるイタイイタイ病は1910年代から1970年代前半とされている。人工甘味料チクロが発癌性や催奇形性の疑いで使用禁止となるのは1969年。それまでチクロは、一般家庭の台所にも普通にあって、ペロペロ舐めていた記憶がある。当時、瀬戸内海では「奇形魚釣り大会」が開催されたりもした。
そしてまた、大気圏内核実験による放射性物質のグローバルフォールアウトが最も多かったのも1960年代であり、半減期を考慮した蓄積量は、1970年頃にピークに達している。前回の記事で引用した図1に見られるように、その降下量は日本付近で最大となっている。何らの防護策も執られることなく、放射線感受性の高い乳幼児・子供としてその時代を生きてきた私たちの世代は、前後のどの世代よりも相対的に大きな影響を被った筈である。しかも、前掲のほとんどの公害被害が地域的な偏りの大きなものであったのに比べ、グローバルフォールアウトは日本全土を覆っていた。
たしかに、私たちの世代の発がんリスクを高めることになった要因を突き止めることは、絶望的に困難ではある。しかし、逆に言えば、時系列的に符合するどの要因も、その容疑を免れ得ないということでもあろう。
ここで昨年4月16日の記事「福島原発事故での低線量被爆について考える」で紹介した、近藤誠氏の「発がんバケツ」という考え方を再掲したい。
ある特定の因子の持つ発がんリスクは、どんなに小さくとも、いろいろな要因が集まり重なって、塵も積もれば山となる。私たちの世代の女性の乳癌死亡率が、他のどの世代にもまして高くなっているのは、その結果である。だから、特定の因子の持つリスクが小さいからといって、その影響を無視して良いということにはならない。リスク要因が多いほど、個々には小さなリスクにも気を配らなければならないということである。
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注1)元データは、「人口動態調査 > 平成22年人口動態統計 > 確定数 > 上巻 > 死亡 > 年次 > 2010年」の、表番号5-25「悪性新生物の主な部位別にみた性・年齢・年次別死亡率(人口10万対)」
注2)元データは、同上ページにある表番号5-26「悪性新生物の主な部位別にみた性・年次別年齢調整死亡率(人口10万対)」
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興味深く拝読させていただきました。
乳癌の増加要因としては、晩婚化・出産授乳機会の減少の他に、食生活の欧米化もあると医療関係者は習います。
乳癌にはホルモン依存性のものが少なからずあり、女性ホルモン産生と脂肪には浅からぬ関係があるからです。
教科書的な話なのでソースは確認しておりませんが、そのような側面もあると考えられていることをお伝えいたします。
2012/5/23(水) 午前 10:37 [ Yuk ]
Yukさん、コメントありがとうございます。
おっしゃることはウィキペディアにも書いてありました。
私の記事本文にも
「戦後生まれの世代の未婚化・出生率の低下との相関を示唆するものかもしれないが、・・・」と書いていますが、それだと、より若い世代で逆に乳癌死亡率が低下していることが説明できないので、不思議に思ったのがこの記事をまとめたきっかけでした。
罹患率を調べたらもっとはっきりすると思うのですが、素人にできることはここまでです。
2012/5/23(水) 午後 10:13 [ さつき ]